【人間力】 歌手・加藤登紀子さんの原点「命の手応え」

2011年01月31日

【人間力】 歌手・加藤登紀子さんの原点「命の手応え」

致知出版社の「人間力メルマガ」から、転載します。今日の文に、私の意見は書きません。

(以下、転載)

  「命の手応え」
    加藤淑子(元レストラン「スンガリー」経営者)
……………………………………………………………………………………

 わが郷愁の街、ハルビン──。
 
 戦前、「極東のパリ」と呼ばれたこの美しい街と
 そこに暮らした人々への愛と尊敬の気持ちは、
 帰国から六十年の歳月が過ぎたいまも消えることはありません。

 二十歳から十一年間を過ごした現地での生活を、
 孫や曾孫たちのために残しておきたいと筆を執ったのは、
 九十歳を迎えた昨年のことでした。

 思い出すままに綴った原稿は二百枚にも及び、
 とりわけ強い関心を示したのが、
 現在、芸能活動をしている娘の登紀子です。
 
 「もっとディテールを克明に」と
 深夜零時から聞き取りが始まり、
 毎晩二時間近く尋問のようなやりとりが行われました。
 
 ハルビンで生まれ、二歳半で引き揚げを体験した
 娘にとっても格別の思いがあったのでしょう。


 私がハルビンへ渡ったのは昭和十年、
 主人と結婚した二十歳のことでした。
 
 当時、ハルビンは日本と満州の支配下にあり、
 故郷を追われたロシア人たちが過ごしていましたが、
 神を信じ、誇り高く生きる彼らの生活には、
 どこか美しいロシアの匂いが息づいていました。
 
 世間体ばかりを気にする日本人に窮屈さを
 感じていた私にとって、彼らの暮らしに対する憧れは強く、
 ロシア人宅に間借りをして幸福な日々を過ごしていました。


 しかしそんな生活も長くは続きません。
 
 平和だったハルビンにも戦争の影が忍び寄ってきて、
 主人は徴兵されていきました。
 
 その頃生まれた赤ん坊に「世紀が登るように」と
 "登紀子"と名づけたのは、そんな私たちが
 未来に託した希望であったかもしれません。

 戦局は日ごとに激しさを増していく中、
 幼子三人を抱えたまま終戦を迎え、
 私たちはトラックで収容所へ連行されました。
 
 そこには七十名の婦人とその子どもたちがいましたが、
 敗戦のショックからか、誰もが憔悴した表情を見せています。

 まもなくするとソ連兵による略奪行為が始まり、
 金めのものはすべて持ち去られたほか、
 ラジオのコードを切断され、情報源を失いました。
 いつ来るかもしれぬソ連兵に怯える日々が続きます。


 ある朝、「ソ連兵が来たぞ! みんな外へ出てくださいっ」
 という大きな声に慌てて外へ飛び出すと、
 トラックに乗った大勢の兵隊たちが
 門の垣根を越え建物に侵入してきます。
 家財道具がみるみるうちに運び出されていくのが見えました。


 日暮れ時に恐る恐る戻ってみると、
 お金や食糧の隠してあった畳は引っ剥がされ、
 辺りにはずたずたにされた襖や衣類が散乱しています。

 女性たちの中には兵隊による強姦を恐れ、
 「女」を見せまいと髪をくしゃくしゃにし、
 顔を炭で汚す人もいました。
 しかしそれでは人間扱いされるはずもありません。
 
 ソ連兵も人間ならば、収容所にいるのも同じ人間。
 ならば私は、人間としての尊厳を
 相手に認めさせるしかないと思いました。


 ある日、自動小銃を構えたソ連の将校が押しかけてきて
 「武器があるか調べにきた」と尋ねます。
 そのまま、ずかずかと上がってこようとする兵隊に、私は
 
 
 「ここは私たちの眠る場所です。
  畳の上を靴で歩かないでください」
  
  
 と強い調子で言いました。
 すると兵隊も馬鹿にした素振りは見せません。
 
 こちらが毅然とした態度で振る舞えば、
 相手もちゃんと敬意をもって接してくれることを、
 この時身をもって知りました。


 その後、人形作りや洋裁をして、
 中国人やユダヤ人から賃金を得ていましたが、
 やがて引き揚げ協定が成立し、
 在留邦人による引き揚げが始まりました。

 日本への船が出る錦州のコロ島まで、
 ハルビンから実に八百キロの距離。

 雨に吹きさらされる無蓋列車の旅で、
 途中にある鉄橋が爆破され、
 十二キロの距離を自分たちで歩かねばならないという
 過酷な旅です。
 
 私は食糧や衣類などをリュックに詰め込めるだけ詰め込み、
 子どもたちには夏服の上に冬服を重ねて着せました。
 
 夕刻に千人余りの日本人を乗せ走り始めた列車は
 昼近くになって停車し、下車すると線路を伝う
 長蛇の列ができていました。

 長男と長女にリュックを背負わせ、
 登紀子を胸に括りつけた私は、
 後ろに重いリュックを背負いました。
 
 思うように足が進まず、子どもたちの姿が
 どんどん見えなくなっていきます。
 肩にリュックの紐が食い込んで足がいうことを聞きません。

 そこで登紀子を背中におぶることにし、
 リュックを線路上に引きずって歩き出しましたが、
 線路が切れて砂地になると、
 リュックがめり込んで歩けません。
 
 私は背負った登紀子を下ろし、厳しい調子でこう言いました。


「あんたが自分で歩かなければ死ぬことになるよ」


 まだ二歳半だった登紀子にこの意味が
 通じたかどうかは分かりません。
 しかし登紀子は泣きもせず、
 一歩一歩自分の足でゆっくりと歩き始めたのでした。


 明日の命は分からないが、
 とにかくきょうを生きている──。


 その命の手応えが、私たちの生きる唯一の証しでした。

 帰国後、主人が開いたロシア料理店の切り盛りに洋裁、
 子育てとその日々は多忙と困難を極めましたが、
 私は自分の生きる道を見失うことはありませんでした。
 
 どんな状況に置かれても、周りの環境や情勢に流されず、
 肝心なことは自分の頭で決める、
 自分の足で歩くということの大切さを、
 この身を通じて知っていたからです。

 どれだけ時代は巡ろうと、人間の運命は
 いまを生きる私たち自身の意志によって
 切りひらかれていきます。

…………………………………………………………………………………

人間は、自分の意志の力こそ、命をつなぐ原点なのかもしれません。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 12:03Comments(0)名言・スピーチ・訓示・他

人生は、自分を活かす方向を探す日々の連結

2011年01月31日

人生は、自分を活かす方向を探す日々の連結

~龍馬のように「常に明るく、前のめり」に生きる~

 今日は、早朝からキッズサッカーの準備をして、直ぐ自宅へ帰り、親戚の法事の準備の手伝いをしました。親父の兄弟の三年忌で、久々に親族が集まり、叔父の冥福を祈る御経をみんなで聞きながら、以前の様子を思い出しました。
 また、夕方から私の祖父に縁の深い家のおばーちゃんが亡くなり、通夜に参加しました。93才、10日前まで元気に食事をされていたそうで、寒さで風邪でも引かれたのか?、昨日急に亡くなったそうです。

 死とは、誰にも訪れる生命の終末ですが、50代になり、周りの親族でお世話になった先輩方の死に直面し、色々なことを考えます。
 今日、NHKの大河ドラマ「江」の中で、天下人に登りつめようとする織田信長と江姫との会話の中に、「自分の思う通りに生きる」の江姫の言葉に、信長は「思いは長くかかるが、人生は短い」とあった。

 私も52年の人生を歩んで来ました。高校を卒業し、3年の行きつ戻りつの中で、建築と言う分野を決め、勉強と経験を詰めこんだ10年、社会勉強の足りなさから社会づくりの仕組みを学び仲間を作った10年、多様な分野の方々を探し交流すために動き続けた10年、アッと言う間に22歳から30年が過ぎていました。

 昨年は家族の入院、子どもたちそれぞれの進学、父の高齢を感じる出来事、加えて選挙という生活の大きな激変もあり、周りへも大きな影響を与えた一年でした。人は、一人では生きて行けません。助けあいの大切さをを学んだ年でした。

 自分の人生、明日どうなるかは分かりません。だからこそ、一日一日を大切に生きなかければならないと思います。
 100年前は、人生50年と言われていました。今は、人生80年と言われます。私の祖父は40年前79才で、祖母は8年前に100才で亡くなりました。長寿者社会の中でも、短命の方もたくさんいます。私の同級生も数名、病気などで亡くなりました。
 今日のお坊さんの講話で「朝に紅顔、夕に白骨」の人生の短さを語っていましたが、人生80年時代になり、人生の後半、特に晩年をどう生きるかが大事と思います。

 日本社会は、海外から超高齢化社会のサンプルとして注目されています。少子化、自殺の増加等「ジャパン・シンドローム」の表現で、日本の成熟社会、特に人口構成から来る地方の変化が注目されています。
 そんな難しい問題は、後日に回しますが、60代、70代にどんな生き方をするのか? 私自身は、まだまだ日々のことで精いっぱいで、後の時代を想像できませんが、22歳から「10年×3回り」を振り返ると、日々毎日の積み重ねしか、足跡(人生)を残す方法は無いとも感じます。 

 私は、自分を活かす方向(行動)を常に模索して来ました。今後も同様に、広がった仲間と語りながら、自分の目指す「周りを元気する」の方向どこか、今年も日々の生活・仕事の中から、変化(気付き、ニーズ)を見つけながら、新たなネットワークづくりへチャレンジしたいと思います。

>「朝に紅顔、夕に白骨」=人の人生は、朝露の如し。
 
とありますが、1年は365日、1日は24時間あります。この時間を、自分だけでなく私を取り巻く様々な人々の思いを知り、それぞれがより良き人生を歩めるように、自分の目指す方向を常に修正し、これからの10年を生きるために、もがき、苦しみ、考え、日々行動し続けたいと思います。

 しかし、日々全力を尽くす必要はありますが、むやみやたらの行動ではいけないと思います。「知行合一」の教えは、゛考え即行動゛の意味ですが、だらこそ考えること(思考)が大事と思います。

・思考の三原則
一、目先にとらわれず、できるだけ長い目で見る。
二、一面だけ見ないで、なるべく多面的、できれば全面的に観察する。
三、枝葉末節を見ないで、根本を見る。

 それと、私の行動の中には、多くの偶然が何度か有りました。その出来事は、すべて「興味+行動」から起こりました。地域づくりの先輩は、「人生に偶然はない、全て必然」と強調します。
 でも、゛その時そこへ行かなかったら゛の出会いが多々ありました。それをただの偶然と済ますか、「ラッキー」と思い、次の再会を約束するかだけの違いで、後の人生(生活・仕事)が変わります。私の偉業交流会の出会いは、けっこう偶然の出会いから、仲間が増えて行きました。
 その偶然に「意志」がこもっているかで、人とのつながりが形になるか、後で大きく変わります。偶然から人生が変わる、それを楽しむゆとりも必要と思います。

・不尽の妙味(みょうみ)~「偶然」の面白さ~
 偶然を人生の事実として平たく考えてみると、これまたなかなか面白いものである。これがないと、杓子定規になって味わいがない。偶然に人に会い、偶然に書を読む。人生全て偶然の連結と、却(かえ)って不尽の妙味がある。
 (以上、『安岡正篤「こころ」に書き写す言葉』より)

 人生、何時の時代に、何処に生まれるかで、人生は違いがあります。しかし、生まれ落ちた場所(時代)で、どう自分の人生を切り開くかは、その人次第と思います。
 時代や周りの状況を原因にして、自分を向上させない、仲間づくりをしない、周りを明るくするような行ないをしない、では自分の人生も暗くなる。龍馬のように、「常に明るく、前のめり」に生きたいものです。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 00:33Comments(0)マイライフ

日本サッカー、アジア制覇4度目、おめでとう!!

2011年01月30日

日本サッカー、アジア制覇4度目、おめでとう!!
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1485845&media_id=2

>【ドーハ江連能弘】サッカーのアジアカップは最終日の29日、当地のハリファ競技場で決勝を行い、日本がオーストラリアを1-0で破って2大会ぶり単独最多4回目の優勝を果たした。両チームともに無得点で迎えた延長の後半4分に途中出場の李忠成(広島)が決勝点を決めた。日本は13年にブラジルで開かれるコンフェデレーションズカップの出場権を獲得した。

耐えて、耐えて、勝利おめでとう!!

日本サッカーの強さを感じました。

明日のニュース、新聞が楽しみです。

李選手の素晴らしいボレーシュート、長友のセンタリングがドンピシャでした。

少々興奮気味ですが、明日があるので寝ます。

祝杯は、明日にやります。

お休みなさい。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 03:00スポーツ

上杉鷹山の師・細井平州の教示「治者は民の父母なり」

2011年01月29日

上杉鷹山の師・細井平州の教示「治者は民の父母なり」

■鳩山・森元首相会談 国を憂う(毎日新聞 - 01月29日 02:33)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1485109&media_id=2

>民主党の鳩山由紀夫前首相(左)と自民党の森喜朗元首相
>民主党の鳩山由紀夫前首相と自民党の森喜朗元首相が28日夜、東京都内の日本料理屋で会談した。菅政権が11年度予算案審議で行き詰まる「3月危機」がささやかれるなか、民主、自民の首相経験者の会談は臆測を呼びそうだ。呼び掛け人の国民新党の亀井静香代表が同席。亀井氏が「首相経験者として責任ある立場だ」と述べて外交安全保障を含めた今後の国の行方を巡って意見交換し、「憂うべき状況だ」との認識で一致したという。

二人とも、自分の行いで辞職した二人が、こんの論調を出せるのでしょうか。

国の行く末を心配することは良いが、この二人は今の時期に語るに値することを首相時代にしたのだろうかと思います。

江戸の名君、米沢藩主の上杉鷹山は、アメリカの元大統領、故ジョン・F・ケネディも知る日本の偉人の一人です。この名君を育てた、師が儒家の細井平州です。細井平州は、実務家(実学)の提唱者で、他の藩改革も手掛けています。

歴史小説を多く手掛ける作家の童門冬二氏の著書「上杉鷹山と細井平州」に次の一節があった。

<以下、転載>
・・・、平州は常に主張した。
「治者は民の母でなければならない。そのためには、経済という言葉の本当の意味を悟るべきだ」
 かれはこういう。
「経済というものは、経世済民の略であります。経世というのは乱れた世を整えるということです。済民というのは、苦しんでいる民をすくうということであります。したがって経済というのは単なる銭勘定ではなく、その背後に、民を愛する政治を行うという姿勢がなければなりません。治者は民の父母であるというのは、世の親のような気持になって政治を行なってほしいということであります。世の親は、子どもが飢えていれば自分の食べる食事も差し出します。また、子が勉強をしたいのにも拘わらず資金が足りなければ、自分の生活費も削ってでも子に学費を送ります。こういう愛が政治のも必要でしょう」
 (以上、「上杉鷹山と細井平州」より)

 細井平州が江戸で開いた塾は「櫻鳴館(おうめいかん)」ですが、この櫻鳴の意味は、雄雌の鳥が互いにオウオウと鳴き交わすことですが、これは腹が減ったとか、愛を囁くのではない。平州の目指すの意味は、

「朋友が互いに切磋琢磨して、学問の励む」

という意味を持つようになったそうです。良き人が良き人を呼ぶ(鳴く)の意味で、有能な人間は互いを惹き合うと意味だそうです。良き人は、良き人に会える「縁尋機妙(えんじんきみょう)」の塾を目指したようです。櫻鳴館には、たくさんの有能が人材が集まり、各地のリーダーとして活躍をしました。

熊本藩の「時習館」の塾長秋山玉山は、細井平州の友人であり、熊本藩の財政改革「宝暦の改革」の指導をしました。

今、この日本に細井平州の役をできる人はいないのでしょうか。現代の様相は、

リーダーのやったことの汚点だけをニュースにする報道。
言葉尻を取って攻撃する野党。
身内の不人気ばかり気にする与党。

江戸の大財政改革をした諸侯の名君には、必ず聡明な師がいました。

一、世の変化を察知する先見力、
二、民衆を引き付ける深い知識に裏打ちされた魅力、
三、いざという時の決断と逃げない責任感、

苦境にある時こそ、この3つの能力が問われます。

その根本にあるのが、「治者が父母のごとし」ではないかと思います。

また、熊本の時習館の秀才横井小楠は、リーダーの素養を次にように教示しています。

(現代語訳)
心に逆らうことあるも、人をとがむることなかれ、人をとがむれば徳を損ず。
為さんと欲するところあるも心を正(あて)にするなかれ、心を正(あて)にすれば事を破る。
君子の道は身を修めるにあり。

(意味)
 世界に大義を語るものは、次にようなことを気をつけなければならない。

 自分の心にそぐわないようなことをする仲間はいるが、それを非難するようなことがあってはならない、そうすれは自分の品格を落とす。
 自分がしたいと思う時、自信過剰になってはならない、自分を信じすぎると仕事を失敗する。
 リーダーは、日々の努力と行ないが大事である

と私は解釈しています。どんなに立派なことを言っていても、日ごろの態度が足りなかったら、やはり信用を失います。自分の能力に過信することなく、毎日の努力を怠らないことが大事との教えと思います。

長い尊敬の念は、生きて来た人生そのものからくる、人の品格によるように思います。

マハトマガンジーの言葉に

My life is my messege.

があります。昨年、NHKの大河ドラマ「龍馬伝」の主人公、坂本龍馬はその人生そのものが、今日の人々を魅了しています。正に人生そのものが゛メッセージ゛と思います。

鳩山元首相、森元首相、そして管首相が後世に残すメッセージはどんなものか、その評価は次世代の人々しか分かりません。

>「憂うべき状況だ」との認識で一致した

今後、この会談の内容が少しづつ、世にもれてくると思います。
その真価を見極めて行きたいと思います。

*参考資料:童門冬二氏著「上杉鷹山と細井平州」
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 22:17Comments(0)名言・スピーチ・訓示・他

地域づくりに、学生の参画の工夫

2011年01月28日

地域づくりに、学生の参画の工夫

 熊本大学「実践のまちづくり講座」の学生たちと意見を交した。毎年歩道の狭さが問題になるが、今年は学生たちの住む地域の防犯のことが多かった。講座担当に、第五高等学校以来百年の伝統ある大学、地域自治会と学生たちとの交流について聞いた。返事は「中心市街地や子飼商店街とはあるが、大学周辺の自治会との交流はない」とのこと。

 熊本大学に通う学生は、四千人を越える。その多くが大学周辺のアパートなどに住んでいるようで、講義に参加した学生から「私の住む地区には、街灯が少ない。もっと増やして欲しい」と何人も意見が出た。

 5年前、法学部の一人の学生が、在学生八百人にアンケートを取り、熊大周辺の街灯の必要場所の地図を作り、熊本県警に改善要望を出し、数か所街灯が増設されたそうだ。しかし、以後の活動が続かなかった。

 先日、大学周辺の老人施設の職員に、学生たちの生活態度を聞いた。「ゴミ出しルール違反はもちろんだが、地域行事の参加がほとんど無い」とこぼしていた。まちづくり講座に参加するような学生は、少しは地域に関心を持っているが、他の学生は無関心な学生が多いのが現実で、地区自治会も、学生自身も、生活者として意識が薄い。

 講義の意見交換で、毎年同じような地域の改善要望が出るのは、改善がなされていないのだと思う。これからのまちづくりには、「若者」が重要とよく聞く。今後は、地区自治会と学生自治会の見交換の場が必要に思う。加えて学生自身も、地域住民の一人として積極的に、自分の住む地域のまちづくりに参加して欲しいと思う。



今日の午後は、男女共同参画推進員の研修に参加します。
年に1度、熊本県全域から、推進員が集まり、意見交換をします。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 11:29Comments(0)私の意見

(東京)「幸せ経済社会研究所」の設立記念シンポジウム

2011年01月28日

[Enviro-News]幸せ経済社会研究所の設立記念シンポジウム、他

 メールニュース[Enviro-News from Junko Edahiro]に、「幸せ経済社会研究所」の設立記念シンポジウムの案内があった。

 この環境ニュースは、「成長の限界 人類の選択」を翻訳した、枝廣淳子さんのメールマガジンで、時々環境政策の参考にさせてもらっています。今日は、怠慢日記ですが、成長ばかりを考える政界のリーダーたちに、限界を既に越えている地球環境を考え、人々の満足をだけを追い求める経済ではない、幸福を考える経済を目指す動きが世界で少しづつ広がっています。
 今の経済を突き進めば、あと地球が2個必要になると言われます。悲惨な未来に至る経済でなく、「足るを知る(知足)」の経済を目指す、人々が多く集まって欲しいと願います。東京近郊にお住まいで、環境問題の興味のある方は、ぜんひ参加して、感想等メールで送っていただけるとありがたいです。よろしくお願します。


<以下、[Enviro-News]抜粋>

 これまで、世界の大部分では、経済成長はなくてはならないものだと(無意識・意識的に)考えられてきました。しかし、人口や経済の成長がもたらした温暖化をはじめとする環境問題の影響が明らかになるにつれ、“経済成長”についてもう一度しっかり考えようという動きが盛んになってきました。

・経済成長とは何なのか?
・その果たしてきた役割とは?
・経済成長が生み出してきたものは何か、引き起こしてきた弊害は何か?
・経済は無限に成長できるのか? どこまで成長できるのか?
・GDPは実際には何を測っているのか?
・社会の進歩や人々の幸せはどうやって測ることができるのか?

地球温暖化も生物多様性の減少も、問題の「症状」のひとつです。こうした多くの問題を引き起こしているのは、有限の地球のうえで、無限の経済成長を求める構造であるという認識が広がりつつあります。

一方で、現在の社会や経済の構造が“成長”を基盤としているかぎり、経済成長をやめることは考えられないという考え方もあり、現状ではほぼすべての政府が「経済成長」「GDPの成長」を国の政策の基盤に置いています。

「現在の経済・社会システムの中では経済成長を続けないと雇用や生活が不安定になってしまう」一方、「地球の資源やエネルギー、CO2吸収源などの限界を考えれば、永遠に経済成長を続けることは不可能である」という状況は、「経済成長のジレンマ」と呼ばれています。

「社会や経済を不安定にすることなく、どう地球の限界と折り合いをつけ、真に幸せな社会を築いていくか」「社会の真の進歩や幸せを何によって測るのか」は、今後の政府、自治体、企業をはじめとするあらゆる組織、そして私たち一人ひとりにとって避けることのできない課題です。

「幸せ経済社会研究所」はこのチャレンジに正面から向き合い、調査研究/情報発信/世論形成/対話/世界の動きとのネットワークづくりといった活動を展開していく所存です。

~~~~~~~~~~~~ここからご案内~~~~~~~~~~~~~~~~

「幸せと経済と社会との関係を問い直す」をテーマに、持続可能な方法での社会
発展とイノベーションについて、北米・ヨーロッパ・オーストラリア・アジアな
どで、企業や自治体へのコンサルティングを行っているアラン・アトキソン氏を
特別ゲストに迎えるほか、国内の専門家をお招きして、お話を伺い、今後の研究
所の取り組みについて考えていきます。

多くの方々のご参加をお待ちしております。


<幸せ経済社会研究所設立記念シンポジウム>

●日 時:2011年3月4日(金)13:00~16:30(受付開始12:30~)

●会 場:三菱ビル コンファレンススクエア エムプラス10階「グランド」
     http://www.marunouchi-hc.jp/emplus/access/index.html
     〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-5-2 三菱ビル/TEL:03-3282-7777
●テーマ:「幸せと経済と社会との関係を問い直す」
○特別講演 ゲストスピーカー:アラン・アトキソン氏
 「幸せと経済と社会との関係を問い直す~真の幸せを目指す欧米の取り組みから」
○会場との意見交換・質疑応答(通訳あり)
●定 員:200名程度
●主 催:有限会社イーズ/幸せ経済社会研究所/ジャパン・フォー・サステナビリティ
●参加費:以下のいずれかの方法でお支払いください。
 a)「ビッグイシュー」1冊(300円/冊を事前にご購入ください。
  当日、購入されたビッグイシューを会場受付にてご提示ください。
 b) 当日、会場受付にて1,000円を現金にてお支払いください。

●申込み方法:
シンポジウム参加申込み専用フォーム(https://www.tfaforms.com/191147)よ
り必要事項をご記入のうえお申込みください。折り返し、電子メールにて参加票
をお送りいたします。

●問合せ:
有限会社イーズ(担当:飯田)
E-mail:info@es-inc.jp/電話: 03-5426-1128

~~~~~~~~~~~~ご案内ここまで~~~~~~~~~~~~~~~~
「ビッグイシュー」について
 ビッグイシューとは、ホームレスの自立を支援するための取り組みで、定価
300円の雑誌「ビッグイシュー」をホームレスである販売者が路上で売り、160円
が彼らの収入になるしくみです。地球の限界を超えることなく皆が幸せに暮らせ
る社会や経済を研究する「幸せ経済社会研究所」では、「ビックイシュー1冊」
を設立記念シンポジウムの参加費といたします。ぜひご自宅や会場の近くで販売
者がいる場所を下記から探して、ひと声お声を掛けて買ってきてください。
 http://www.bigissue.jp/(トップページ)
 http://www.bigissue.jp/sell/system.html(販売のしくみ)
「ビッグイシュー」販売場所
 http://www.bigissue.jp/sell/index.html

※アラン・アトキソン氏
コンサルティング会社 AtKisson & Associates 創設者&CEO。持続可能な方法で
の社会発展とイノベーションをテーマに、北米・ヨーロッパ・オーストラリア・
アジアなどで、企業や自治体へのコンサルティングを行っている。
http://www.atkisson.com/

<以上、[Enviro-News]転載>

 未来の地球に、次の世代が夢を持てるようにしましょう。この運動に、多くの方の参加と行動が必要です。世界の平和と次世代の夢を創りましょう  

Posted by ノグチ(noguchi) at 10:51Comments(0) 異業種交流会・講演会

認可外保育に、公的保育支援必要

2011年01月27日

認可外保育に、公的保育支援必要
   
 先日、夜間保育について会議があった。資料を読み、熊本都市圏の夜間保育利用の増加に目を見張った。多くが認可外保育所が担っているとは聞いていたが、今後は夜にも認可保育所の増設が必要と思います。認可できない状況であれば、子ども手当てだけでなく、保育現場を支援する仕組みも必要と思います。

 18年も前だが、わが家の子どもたちは、保育内容は重要な要件だったが、早朝・延長の保育がある認可外保育所で育った。当時の熊本市の認可外保育支援は、一年に一度だけ、健康診断の初診料千円を助成するだけだった。保護者会で、何度も子育て支援の助成をお願いに行ったが、改善しなかった。

 熊本市都市圏もそうですが、全国には認可園に入れない子どもたちがたくさん待機しています。わが家の子どもが通って居た時期に、既に東京都心のいくつかの区は、認可・無認可を問わずに保育助成をしていました。

 管首相の施政方針演説に、子育て支援の充実と男女共同参画社会の推進がありました。日本の女性労働者は、中年時にM字カーブの減少があります。成熟期に入った日本経済を内部から活性化する一つが、女性の社会進出と言われます。

 私は、熊本県男女共同参画推進員をしていますが、低迷する地方で、女性が就労するには、昼夜を問わず仕事を探す厳しさがあります。地方の高齢期化社会に対応する仕事が増える中、午後から深夜、24時間保育等、夜間に子どもを安心して預けられる保育の充実が必要です。それは、認可外保育所で働く保育師の労働改善にもつながるので、ぜひ実現をして欲しいと思います。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 18:00Comments(0)男女共同参画社会

和風建築を見学に行ってみませんか、通潤、馬見原、

2011年01月27日



和風建築を見学に行ってみませんか、通潤、馬見原、

 今週は、少々時間にゆとりがあり、文章やこれまでの動きを整理する時間が取れそうです。昨秋からの色々な活動の性で、家族にも色々迷惑をかけ、気苦労も色々ありました。

・酒蔵「通潤」
 建築の方の仕事は、社会の状況で厳しいのですが、私の手掛けて来たことで、地域や事業所が元気に成ってきています。私は、平成6年に熊本県上益城郡矢部町の酒蔵「通潤」の改装工事の設計をしました。京都伏見の月桂冠記念館などの酒造会社の観光酒蔵を参考に、地方でも人を呼び、直接販売をする時代に合わせ、200年~150年前に建てられた土蔵造りを蔵を改修し、現代の人が使いやすくし、現代風のデザインを施し、観光酒蔵「通潤」を完成させました。
 以来、その酒造会社は、ネット販売にも力を入れ、更に酒蔵の酒づくり体験ツアー、等々など広報活動にも力を入れ、ファンを増やしてきました。改装工事が、熊本県景観賞の奨励賞(建築部門)を受賞、町のチラシの重要な位置を占めることができました。

*通潤酒造
http://tuzyun.co.jp/about/sakagura/ 


・玉名「光尊寺」 
 さて、通潤酒蔵以来、和風建築をいくつか手掛けて来たのですが、特に、寺の建築にご縁があり、宇土市と玉名市の古いお寺の改修をしました。特に、玉名のお寺は、築400年を越える寺で、創建当時の熊本城の木と同じ山で採れた材木を使ったもので、菊池川の水害に何度も会いながら、今の至っていました。
 隣接の米蔵が、師の観光施設へ改修されるの時期合わせて、寺を移動し駐車場を確保する工事に合わせて、耐震補強と使い勝手を良くし、庫裏を新築しました。菊池浦川に面し、菖蒲の時期には、多くの観光客が訪れます。



・馬見原・白壁のまちづくり
 それと、熊本県山都町馬見原商店街の街並み改修工事に関わり、26件の商店を明治時代の風情に戻す、外観の改修工事をしました。下記のサイトに掲載しているので、検索頂ければ幸いです。

*馬見原・白壁のまちづくり
http://aandekyouseiken.otemo-yan.net/c4025195.html

 馬見原は、九州を横断する日向街道と、阿蘇から人吉につながる九州山系を縦につなぐ街道が交差する地区で、有史以来とても賑わった地域でした。しかし、モータリゼーションの発達で、瀬戸内から大分、阿蘇、熊本の物資の流れが変わり、すこしづつ衰退していました。しかし、地域の人々が「もう一度昔の元気を」と言うことで年前から、まちづくり協議会をつくり、地域の活性化に努めて来ました。
 その最後の仕事が「白壁のまちづくり」の景観整備の事業でした。昭和30年代後半、道路拡幅で建物の前面を解体した商店街は、正面はばっさり切られ、ビルのような様相の建物が多かったのですが、それを白い壁、黒い屋根、黒系の開口部に変える改装工事です。上記のサイトを検索頂き、その手法を見て頂けると良いのですが、なるべく地域の材料を、地域の技術者が作ることを重視して設計をしました。
 私が改装工事に行っていたころは、昼食を取る食堂もなかったのですが、今は、7つの食堂が毎日輪番で、観光客やビジネス客のために昼食を出しています。また、まち上げて色々個性のあるコロッケを作り、コロッケ街道と銘うって、人気を集めています。一度、足を運んで頂ければ幸いです。
 熊本市から、車で1時間半くらいです。途中には、放水のできる石橋「通潤橋」、観光酒蔵「通潤」、農民文楽の傑作「清和文楽」の実演もあります。ところどころに郷土料理も店もあり、天孫降臨の地に近いため、色々な伝説やパワースポットもあります。天気の良い日に、九州山地の麓をドライブしてみませんか、新たな発見があると思います。


若山牧水歌碑
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 07:18Comments(0)マイライフ

雪下ろし中の死亡、例年の倍。東北地方、除雪費ピンチ。

2011年01月26日

雪下ろし中の死亡、例年の倍。東北地方、除雪費ピンチ。

■東北地方、除雪費ピンチ…仕分けの予算減も響く
(読売新聞 - 01月26日 07:35)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1480967&media_id=20

> 厳しい寒さと降雪が続く東北地方で、除雪作業が追いつかず、市民生活に影響が出ている。

> 気温が低く雪が解けないため、積雪量は増すばかりで、各自治体は軒並み、除雪費の補正予算を組む事態となった。事業仕分けで予算が1割削減された国土交通省の東北地方整備局も25日、「国道の除雪費は3月上旬にも資金ショートしかねない」との危機感を示した。

> 「歩道の雪が人の背丈ほどになり、通学の子供が車道を歩かざるを得ない」。青森市にはそんな苦情が届いている。同市では市街地の積雪が23日に今季最高の1メートル30となり、24日、「平成18年豪雪」以来5年ぶりに豪雪対策本部を設置した。


今朝のNHKに、雪下ろしグッズが話題になっていた。
今年の雪下ろしの作業は、例年よりとても大変とニュースで何度も報じている。

悪い例で申し訳ないが、雪下ろし中の死亡事故が、例年の倍になっている状況と知った。例年を越える状況は、やはり自然災害に匹敵すると思う。

ここ数年、九州地方は、たまたま大きな台風の被害が少ないが、数年前まで毎年大きな被害を与える大台風が続いた。全国から、多くの支援と政府からの援助もあった。今回のような雪の被害は、自然災害に匹敵すると思います。

激甚災害と言えないまでも、なんらかの政府の支援が必要なように思います。
今度は、西日本や都市部の理解を応援をするときではなかと思う。ブログやML等で、このことを話題して、報道や政府へアピールする事も必要と思います。



  

Posted by ノグチ(noguchi) at 12:40Comments(0)私の意見

着眼大局、着手小局の哲学をもて (荀子)

2011年01月26日

着眼大局、着手小局の哲学をもて (荀子)

 リーダーは船?
 荀子の教示に、

 「伝日、君主船也、庶人水也、水即載船、水即覆船」

(意味)
 伝に曰く、「君は船なり、庶人は水なり、水はすなわち舟を載せ、水はすなわち舟を覆す」

 使う者は、使われる者の信頼があってこそその地位に留まることができる。君主は舟で民は水、浮くも沈むも水しだい、ということになります。
 荀子は、孔子の影響を大きく受けています。「大事を誤らず、小事も間違えないのが、最上の君主だ」と孔子も教示しています。
 評論家の竹山健一氏の著書「『荀子』人生で学ぶべきこと」に、日本興業銀行の中山素平氏の言葉が載っていた。

(以下、転載)
「大事というものは、当事者はもちろんのこと、関係者も真剣に考えているし、心に深く刻み込まれているのだ。だから、それほど気をもむことはない。だが、解決に持っていく過程の、細々した小事には細心の注意をはらう必要がある。小事をおろそかにして大事が解決したためしはない」

 リーダーは組織が大きくなれば、たくさんの部下をリードしなければならない。そうした部下が千人だろうと、一万人だろうと、心を掴むことの要諦はかわりはない。ひとりの心を掴めれば、百人、千人の人間の心を掴めるものだ。
 (以上、「『荀子』人生で学ぶべきこと」)

 「千人萬人之情、一人之情是也(一人の心を掴めば、千人の心が掴める)」-荀子-
 
 なかなか凡人は、大事を見らず目の前のことばかりに追われている。しかし、トップは大事は良く考えるが、細事・小事を忘れがちだです。人間バランスよく生きるのが理想だが、なかなかできないのが人生のように思います。  

*参考資料:竹山健一氏書「『荀子』人生で学ぶべきこと」  

Posted by ノグチ(noguchi) at 08:55Comments(0)名言・スピーチ・訓示・他

「菅首相が施政方針演説」~得手に帆をあげて~

2011年01月25日

「菅首相が施政方針演説」~得手に帆をあげて~

■通常国会召集、菅首相が施政方針演説
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1479192&media_id=88

>菅首相、
>「『最小不幸社会の実現』」のために必要なことは、それは国民生活の安心の基盤である社会保障をしっかりさせることです」「国民生活の安心を高める、そのためには国民の皆様にある程度の負担をお願いすることは避けられないと考えます」「内閣は、今年6月までに社会保障改革の全体像とともに、必要な財源を確保するための消費税を含む税制抜本改革の基本方針を示します」

>菅首相はまた、消費税などの税制改革の議論について「負担の議論は、触れたくない話題かもしれない」とした上で、「対策を講じる責任は与野党の国会議員が負っている」と述べ、野党側に対してあらためて超党派の議論を呼びかけた。

 国民の関心は、消費税のアップと思うが、施政方針の全文を読むと、日本の国の現状の大変さが少しは分かる気がします。
 「無縁社会」「孤族」なる言葉を、新聞紙面でよく見るようになりました。まして、首相の言葉で語られるような大きな社会問題になっていると思います。
 自殺者3万人、昨夜妻が出席した三十代前半の男性だが、「どうも、自殺のようだ」と語っていました。自殺が、身近な出来事に常時かし、地方でも当たり前になりつつあります。この点にも、声かけ活動含め、官民協力した病んだ心を再起させる取り組が必要と思います。

>菅首相はまた、環太平洋経済連携協定(TPP)について、6月をメドに交渉に参加するか結論を出す考えをあらためて強調した。

農業の現実は、管首相の語るような国づくりをするには、日本の農業力を下降から上昇へ早く切り替えないと、関税の障壁がなくなった時、耐えれるだろうかと思います。
勧告は、EUやアメリカとの貿易協定で、小麦に生産がほぼゼロになったと聞きます。日本の米には、700%を越える関税がかかっています。肉は15%、他にも色々な国産産業保護策があります。
 デフレ傾向の日本では、国民のニーズが「低価格」へむかうことは、更に自分たちの生活環境が下がることに意味しています。「牛丼」が240円という看板を目にします。国民ニーズと国会の議論は、まだまだと遠い隔たりがあるように感じます。

>「国民の皆さんは国会に何を期待しているのでしょうか」「先送りせず、結論を出すことを求めていると思います。国会質疑や党首討論を通じて、その期待に応えようではありませんか。今度こそ、熟議の国会になるよう」

 施政方針の中に、国会議員の削減論が提起されていました。国会議員の数を確保するためだけに政党は力を入れているように見え、本来の未来を見据えた議論が足りないように感じます。
 これから必要なリーダーの3要素は、時代の変化に気付く「先見力」、人を惹きつける「魅力(磁力)」、最後まで当事者と向き合う「逃げない責任」が必要と思います。管首相の施政方針演説で語られた、多くの課題、提言、政策を、3つの要素に照らし合せ、今後の国政の同行を検証したいと思います。

 日本は、戦後、加工貿易で外貨を稼いで来ました。その製造業で、日本のエジソンとも言われた、ホンダの創業者本田宗一郎氏が、良く社員に訓示したこと言葉が、「得てに帆をあげて」だそうです。スピーチの一節得尾紹介します。

(以下、転載)
「私は不得手なことはやらず、得意なことしかやらないことにしている。人生は、゛得手に帆をあげて゛生きるのが最上だと信じているからだ。それゆえ、社員にも得意な分野で働け! と言っている。リーダーというものは、下の連中がなにを最も得意とするかを見極めたうえで、人の配分を考えるのが経営上手と言うものだし、社員の方も、゛能ある鷹は爪をかくさず゛で、自分の得手なものを上役に知らせる義務がある。上役だって神様ではないのだから、そうしてもらわなければわからないだろう。そのくらいのことは、自分が楽しみながら働くためには当然のことだ」
 (以上、竹村健一著「『荀子』人生で学ぶべきこと」より)

リーダーは、リーダーの目指すテーマ、支援者(フォロワー)、状況の3つの要件で成り立つ。国政は、フォロワーである国民、状況は日々変化しています。テーマは、その状況、フォロワーのニーズに常に修正が必要です。また、支援者も状況にあわせ学ぶことが必要です。

「第三の開国」と改革を掲げた新政権が、どう船出し、どんな風を帆で受けて進むか、日本の特性を活かすように、「得手に帆をあげて」の方向を示して欲しいと願いします。

 今日は、少々長くなりました。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 10:34Comments(0)政治問題(国)

龍馬と政治、国際家族交流、阿蘇パワースポット、

2011年01月24日

龍馬と政治、国際家族交流、阿蘇パワースポット、

 金曜日の夕方から、熊本へ来てくれたバンクーバーの友人家族が、昨夕、熊本を離れた。年に1度の国際家族交流、今回は、小学生に娘も同行しての来熊で、にぎやかな交流ができた。

・金曜の夜、歓迎会
 金曜日は、議会の決算委員会や市幹部との交流会等があり、合流は夜の8時過ぎでしたが、奥さんとは1年ぶり、夫と娘とは3年ぶりで、私の妻の研修会で妻が顔を出したのは夜10時でした。夫の方は、日本語がなかなかできないので、通訳役の3名が替わり替わりに英語で語り、奥さんと娘さんは、日本語で語った。私は、歓迎会の1次会で退散したが、他の8名は、深夜まで元気に飲んだようです。

・(龍馬の)船中八策に学ぶ議会の開催と選挙制度
 土曜日は、福岡県大牟田市の吉野公民館での講話に早朝から出かけた。予定時刻よりも早く着いたので、読みかけに本を読み時間を待った。最後の公民館講話のテーマは、「(龍馬の)船中八策に学ぶ議会の開催と選挙制度」だった。幕末から明治、そして現代の政治まで語る講話は8回目で、前半は講話、後半は意見交換をさせてもらった。
 私が、一昨年10月から昨年の2月まで関わった「宇土市民マニフェスト」を紹介し、議論をしたのですが、市民が地域の政治(まちづくり)に関わることの大切さ、市民の責任、リーダーの役割等に色々な感想・意見を頂いた。8回連続講座だったが、私自身は準備をする中で、大きな学びになったように思います。

・カナダの友人来訪
 講話が終わり、1時間半道のりを家へ急ぎ帰ると、カナダの友人家族が来ていた。来客と言うよりは、家族が3人増えたような雰囲気で、午後の予定はあるのに、コタツに入って、だべって時間を過ごした。
 土曜日は、阿蘇の古民家宿を予約していたので、4時くらいから出かけた。熊本市の街中を通るルートを選んだため、夕方のラッシュで阿蘇一番の眺望「大観望」に行く時間なく、宿へ向うことにした。

・古民家宿「野わけ」
 着くと、熟年のご主人が迎えてくれ、古民家を宿を案内してくれた。約200年を古民家を移築したもので、夫婦で経営している素泊まりの宿、だいたい土曜日は女将さんが用があり、休館だったのを無理にお願いして泊めてもらった。夕食は、近くの郷土料理の店、風呂は隣接の久木野温泉に私の妻とカナダの娘が入り、私とカナダの夫はシャワー、夜9時頃から「囲炉裏」のある部屋で、片言の英語を駆使して、建築談義を始めた。10時近くから全員そろい、3年ぶりの家族会話を楽しんだ。

・10年つづく家族交流
 10年間に5度「熊本の家」に来てくれ、我が家も和歌山・バンクーと訪問した。前回は、どこにも行かずに、家でしゃべり続けたが、今回は阿蘇という気分もあり、深夜まで色々なことを4人で話しました。熊本とバンクーバーで、互いに10年の歳月を過ごしながら、子どもの成長を見ながら、仕事もそれぞれに変化した。
 今回は、奥さんが和歌山を拠点に数年居て、子どもの教育の充実、子育て後の起業へ向けた準備を始める。娘は、英語・日本語を話し、2国両方を選べる環境を保ちながら、自分の仕事を創造する壮大な計画です。また、日本での前職のネットワーク、カナダでのネットワークを連携して、国際交流も含めた人の「和」を目指しています。
 
・阿蘇のパワースポット
 金曜日の歓迎会で、若い仲間ら阿蘇の「パワースポット」の話しから、日曜日の行動は、阿蘇山から、天孫降臨に深い関係をもつ「幣立宮」(へいたてぐう)神社、矢部の石橋「湯通潤橋」を訪ねた。
 阿蘇山は、年末からの寒波で雪をかぶり、真っ白だった。しかし、到着時に火山ガスが発生し火口見学ができなかった。残念!
 次の「幣立宮」は、最近のパワースポットブームで、日曜でもありましたが、ひっきりなしの参拝者だった。みんなでおみくじを引き、大吉、末吉で、幸先良い気分を頂いた。
 幕末にできた石橋「通潤橋」に、大いに感動してくれた。放水のできる石橋で、幕末にできた。周りに棚田が広がり、「正式な田舎」と大いに喜んでくれた。この石橋は、水道今日で用水を高台へ送る送水管(石管)が、橋の上部を走る。

・締めは、熊本ラーメン
 帰りの列車に間に合うように熊本駅へ向かった。今回は、阿蘇の言うことで山道ばかりでだったが、世界最大のカルデラは、大きい事を痛感するドライブでもあった。前回から、なぜか熊本駅のラーメン店で「熊本ラーメン」を一緒に食べ、列車に乗るのが、御決まりになり、2家族と私の後輩が参加して、ラーメンを食べ、列車を見送った。
 アッという間の国際家族交流だったが、やはり気の合う人との会話は、良いものです。さらに熊本を好きになってくれたようで、「老後は熊本で過ごす」と言って、次の目的地広島へ向かった。

・夜は、国政報告会へ参加
 国会議員の国政報告会が宇土市民会館であり、勉強のため参加した。政権与党の民主党の熊本県連の前代表の講演会で、政府の内情を詳しく聞くことができた。短い時間だったが、意見、要望も出て、中身の濃い話があった。
 統一地方選挙が春にあるのですが、来年度予算を通し、春の選挙へ各政党も本腰を入れること、私も地方政治に関わるものとして、春の選挙シーズンに向け、勉強と準備の時期を確認した。 


 公民館講話に待ち時間に読んだ「荀子、人生で学ぶべきこと」に、次の言葉があった。

「どんなに小さな声でも誰かが聞いている。どんな人知れぬ行いも必ず誰かが知っている。積み上げてさえゆけば、必ず世に出るはずだ」

とあった。日々の何気ない行いこそ、人を成長させる根本のように思います。

  

Posted by ノグチ(noguchi) at 08:07Comments(0)マイライフ

大学講義終了、海外から友人家族が来訪

2011年01月21日

大学講義終了、海外から友人家族が来訪

 今日は、午後から議会の会議が続きますので、昨日の大学での講義の資料整理をしています。今夜から、カナダの友人たちが熊本へ来てくれます。

 先週は、講話、講義の1週間でした。昨日の講義、明日の大牟田市吉野地区公民館講話と、出前講義が続きますが、人に語り、意見を交わすことの大切さを痛感します。

・大学の講義終わりました。
 昨日は、自分の関わるコミュ二ティー正義をテーマにしたハーバード大学の政治哲学のビデオを20分ほど見てもらい、自分の関わる地域、自分の育ってきて地域の中で、矛盾(問題)を感じることを改善することについて議論しました。学生の行動範囲ですから、気付く点はあまりないかなと思いましたが、いやいや、20歳、21歳なりの目線で、しっかりと街を見ていることに感心します。
 地域のつながりの大切さ、あるいは道路の狭さ、タクシーの運転の荒さ、などなど、とても具体的なことも出ていました。

 熊本市内から通う学生ですが、保育園の隣りに大きなダンプが駐車場があり、音も含め、色々な危険を経験したので、駐車場を移転したが良い。

 福岡県八女市出身の学生は、地域(八女市)に古い建物があるので、古い街並みを使い街を元気にすることを考えています。

 熊本大学の周り(学生の住む)で、街灯が少なく。学生たちは、自転車や歩いてなので、もっと明るくして欲しい。

 (熊本大学周辺)実は、この意見と、歩道の狭さが何人もから出ていました。担当の教授は、もともと都市計画系が専門だったので、「これは、大学当局、学生、地域が顔を合わせる懇話会などありますか?」とたずねると、「そんな場はありません。5年前に、法学部の学生が、学内の学生にアンケートを取り、危険地域を調べ、地図を作り、警察へ提出して、何ヶ所か街灯を増やしてもらった事がある」とありました。
 講義が終わって、担当教授で話を少ししたのですが、「短期の学生生活と、街の改善スピードが合わないため、不満のあるまま卒業する」と語っていました。熊本市は、今度、政令市なり、100年を越える大学の歴史を考えれば、今後の10年後、20年後の大学周辺を考える「懇話会」的な場が必要と思います。
 最低でも4年間を過ごす大学生活で、良いイメージで熊本から巣立って行って欲しいと思います。

 実は、これからレポートの採点がありますので、まだまだ気がかりなことは残っています。


・カナダ(バンクーバー)日本(熊本)交流
 さて、今夜から日曜日まで、カナダの友人家族が熊本へ来ます。
 このカナダの友人は、11年前にインターネットで知りました。そのころはまだ、ML(メーリングリスト)での通信が主でした、今はミクシィなどのSNが主になっています。
 11年間で、熊本へ来るのは5度目。私たちは、カナダへは子どもたちの学生生活等々で、一昨年妻と娘が、やっとバンクーバーへ訪ねました。今回は、昨年1月の私の異業種交流会に奥さんが参加してくれて、熊本の仲間を増え、途中下車して熊本市の通訳をする友人宅に寄り、私たちと合流します。
 奥さんは和歌山県出身、カナダ人の夫はバンクーバーで左官の2代目をしています。私が建築をしている関係もあり、意気投合して、家族での付き合いになっています。2年に1度くらいしか顔を合わせることはないのですが、現代の情報ツールのお陰で、とても身近に感じることができます。
 奥さんとは1年ぶり、夫とは3年ぶりの再会ですが、「朋遠方より来るあり、楽しからずや」の心境です。今夜は、昨年異業種交流会から、カナダ交流の輪が広がって、9名の晩さん会(居酒屋)になります。英語・日本語をしゃべる子ども(9才)も一緒に来るので、通訳者は4名いるので、会話も楽しみです。

 後日、報告します。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 10:39Comments(0)マイライフ

「素心規」、「三不幸」、先人の教えを忘れない

2011年01月19日

「素心規」、「三不幸」、先人の教えを忘れない

 今日は、毎年開催される、「横井小楠墓前祭」の案内メールは来ました。新暦2月15日(旧暦1月5日)は、横井小楠が暗殺された日です。今年で141年目です。明治2年の正月に凶刃に倒れました。小楠は、62歳で命を落としました。晩成の人生だったと思います。

 人は、早く成功を願うものです。人気、名声、富貴、等々、人の欲望が何時の時代も変わりません。中国古代の賢人伊川が、次に教示を残しています。

「三不幸」
 伊川(いせん)先生言う、人、三不幸あり。少年にして高科に登る、一不幸なり。父兄の勢に席(よ)って美官となる、二不幸なり。高才有って文章を能(よ)くす、三不幸なり。

(意味)年の若いのにどんどん上へあがる。世の中はこんなものだと思ったら大間違いである。というのは修練というものを欠いてしまうことになるからで、これは不幸である。これは官ばかりではない。親のお陰で若輩が重役になったりする、みな同じことである。またいろいろのすぐれた才能があって、文章を能くする――文章を飾る、表すということで、つまり弁が立ったり、文才があったりして表現が上手なこと――これも大きな不幸である。
 (以上、「安岡正篤 一日一話」より)

 早熟は長く続かずとも評されます。大器晩成と言う言葉もあります。

 私は、熊本県央地域の坂本龍馬ファンの集い「不知火龍馬会」を主宰しています。仲間と意見を交わし、規約(綱領)を決めました。難しなく、少ない言葉が良いと決まり、借用しているのが、昭和の東洋哲学者(儒家)の安岡正篤先生の教えです。「素心規」です。

「素心規」~生き方の指針~ (不知火龍馬会 綱領)

一、禍か福か、福か禍か、人間の私心でわかるものではない。長い目で見て、正義を守り、陰徳を積もう。

二、困窮に処するほど快活にしよう。窮すれば通ずる、又通ぜしめるのが、自然と人生の真理であり教えである。

三、乱世ほど余裕が大切である。余裕は心を養うより生ずる、風雅も却ってこの処に存する。

四、世俗の交は心を傷めることが少ない。良き師友を得て、素心の交を心がけよう。

五、世事に忙しい間にも、寸暇を偸んで、書を読み道を学び、心胸を開拓しよう。

六、祖国と同胞の為に相共に感激を以って微力を尽そう。

*素心とは:利害や意見や年齢や地位身分など、そういう様々な世間の着色に染まぬ生地のままの純真な心
 (以上、「安岡正篤著一日一言」より)

 短いですが、多くの教示を含んでいると思います。私は、上記の教えを忘れることなく、仲間と少しづつ前へ進んで行きたいと思います。

*参考資料:安岡正泰編「安岡正篤 一日一言」  

Posted by ノグチ(noguchi) at 22:23Comments(0)名言・スピーチ・訓示・他

人生は「品性」を表す。日々、7つの性格(徳目)を磨く。

2011年01月18日

人生は「品性」を表す。日々、7つの性格(徳目)を磨く。


 サミュエル・スマイルズの「自助論」を以前に紹介しましたが、今日は、その理念を基にした人格・品格のついて、書かれた著書「日本人の本能」(渡部昇一著)から、一節を紹介します。少し文章が長いですが、日々、人を観察する参考なると思います。


(以下、転載)

 ……、J・S・ミルは1859年に、エリートやインテリを対象に「自由論」を書いた。その108節で、ミルは「キャラクター」について次のように述べている。

「願望とか衝動が自分のものである人、そして自分自身の教養、その他のよって発展せしめられ、特徴づけられたような、その人自身の性質から出てくるような表現、そのいうような人にはキャラクター(品性)がある。欲求や衝動が自分のものでないような人、借り物のである人にはキャラクターはない。それは蒸気エンジンにキャラクターがないのと同じことだ」(渡部訳)

 ここでミルが述べているのは、品性・品格の根本は自由だということである。自由な人間は、欲望も衝動も自分のものである。そしてその表現が、教養などによって裏付けられ、発展せしめられ自分自身のもになっている人こそが品性・品格を持つっているといえる。自由を持たない人は、自分自身の欲望や衝動を持つこと、あるいはそれを表現することができないから、当然品性・品格を持ち得ない。つまり自由と品性・品格は切り離せないものとなっているわけである。

 一方スマイルズの方は、個人の「キャラクター」については、「それは人類最高の実現である。人間性を最高に体現したものが個人の品性・品格である」というまことに意義深い定義をしている。

 具体的にどのような徳目を挙げているいるかというと、高い品性とは次のような諸性質を実践することにより養われるとしている。たとえば、truthfulness(真実)、chasteness(品行の良いこと)、mercifulness(慈悲深いこと)、integrity(ごまかしのないこと)、courage(勇気)、virtue(美徳)、goodness(善良さ)であり、これらを実践することから品性・品格は生まれてくるとしている。
 (以上、「日本人の本能」より)


>品性・品格の根本は自由だということ

>高い品性とは、真実、品行の良いこと、慈悲深いこと、ごまかしのないこと、勇気、美徳、善良さ、を自覚し実践すること

 言われてみれば、当たり前ですが、なかな自由に動けるには、それを支える仕組み、協力者、更には、自分自身が行動で示す必要があります。なかなか実践することは、難しいのが現実です。

 また、「日本人の本能」の一節に、

(以下、転載)

 リンカーンであったか、「人間は四十歳以上になると自分の顔に責任がある」という言葉を残している、すなわち人間の顔には幸とか不幸とか経験的なことがだんだんと刻まれれ、内側の道徳性がある程度現れるという性質がある。それを刻み込まれたしわのあたりから行ったのか、characterという語が用いられている。
 (以上、「日本人の本能」より)

 人生は「品性」を表す、のテーマの文ですが、私も50代になり、それなりの人生を歩んで来たのですが、先輩方の後ろ姿を見るに、色々な物語の表す顔をされているように思います。
 またスマイルズは、「他人の力を期待し、頼っているような人に、「キャラクター」(品性・品格)が養われるはずがない」というとありました。
 私も、新たな世界に、昨秋飛び込み、色々な方々の力を頂き、地域活動の世話役の一人に加えて頂いたのですが、自分を磨くことを忘れて行けないと感じます。
 「日に新たに、日日に新たに、また日に新たなり」
と四書の「大学」に、伝説の聖王「湯王」は、洗面器の縁に刻み、毎朝顔を洗う時に、自分を鼓舞したそうです。先人の教えを学び、日々暮らして生きたいと思います。

*参考資料:渡部昇一著「日本人の本能」 

  

Posted by ノグチ(noguchi) at 16:55Comments(0)名言・スピーチ・訓示・他

人生は「品性」を表す。日々、7つの性格(徳目)を磨く。

2011年01月18日

人生は「品性」を表す。日々、7つの性格(徳目)を磨く。


 サミュエル・スマイルズの「自助論」を以前に紹介しましたが、今日は、その理念を基にした人格・品格のついて、書かれた著書「日本人の本能」(渡部昇一著)から、一節を紹介します。少し文章が長いですが、日々、人を観察する参考なると思います。


(以下、転載)

 ……、J・S・ミルは1859年に、エリートやインテリを対象に「自由論」を書いた。その108節で、ミルは「キャラクター」について次のように述べている。

「願望とか衝動が自分のものである人、そして自分自身の教養、その他のよって発展せしめられ、特徴づけられたような、その人自身の性質から出てくるような表現、そのいうような人にはキャラクター(品性)がある。欲求や衝動が自分のものでないような人、借り物のである人にはキャラクターはない。それは蒸気エンジンにキャラクターがないのと同じことだ」(渡部訳)

 ここでミルが述べているのは、品性・品格の根本は自由だということである。自由な人間は、欲望も衝動も自分のものである。そしてその表現が、教養などによって裏付けられ、発展せしめられ自分自身のもになっている人こそが品性・品格を持つっているといえる。自由を持たない人は、自分自身の欲望や衝動を持つこと、あるいはそれを表現することができないから、当然品性・品格を持ち得ない。つまり自由と品性・品格は切り離せないものとなっているわけである。

 一方スマイルズの方は、個人の「キャラクター」については、「それは人類最高の実現である。人間性を最高に体現したものが個人の品性・品格である」というまことに意義深い定義をしている。

 具体的にどのような徳目を挙げているいるかというと、高い品性とは次のような諸性質を実践することにより養われるとしている。たとえば、truthfulness(真実)、chasteness(品行の良いこと)、mercifulness(慈悲深いこと)、integrity(ごまかしのないこと)、courage(勇気)、virtue(美徳)、goodness(善良さ)であり、これらを実践することから品性・品格は生まれてくるとしている。
 (以上、「日本人の本能」より)


>品性・品格の根本は自由だということ

>高い品性とは、真実、品行の良いこと、慈悲深いこと、ごまかしのないこと、勇気、美徳、善良さ、を自覚し実践すること

 言われてみれば、当たり前ですが、なかな自由に動けるには、それを支える仕組み、協力者、更には、自分自身が行動で示す必要があります。なかなか実践することは、難しいのが現実です。

 また、「日本人の本能」の一節に、

(以下、転載)

 リンカーンであったか、「人間は四十歳以上になると自分の顔に責任がある」という言葉を残している、すなわち人間の顔には幸とか不幸とか経験的なことがだんだんと刻まれれ、内側の道徳性がある程度現れるという性質がある。それを刻み込まれたしわのあたりから行ったのか、characterという語が用いられている。
 (以上、「日本人の本能」より)

 人生は「品性」を表す、のテーマの文ですが、私も50代になり、それなりの人生を歩んで来たのですが、先輩方の後ろ姿を見るに、色々な物語の表す顔をされているように思います。
 またスマイルズは、「他人の力を期待し、頼っているような人に、「キャラクター」(品性・品格)が養われるはずがない」というとありました。
 私も、新たな世界に、昨秋飛び込み、色々な方々の力を頂き、地域活動の世話役の一人に加えて頂いたのですが、自分を磨くことを忘れて行けないと感じます。
 「日に新たに、日日に新たに、また日に新たなり」
と四書の「大学」に、伝説の聖王「湯王」は、洗面器の縁に刻み、毎朝顔を洗う時に、自分を鼓舞したそうです。先人の教えを学び、日々暮らして生きたいと思います。

*参考資料:渡部昇一著「日本人の本能」 

  

Posted by ノグチ(noguchi) at 16:54Comments(0)名言・スピーチ・訓示・他

阿久根市長選、きっかけは竹原ブログ、勝因は市民の一体感

2011年01月18日

■阿久根市長選 教訓踏まえ行政改革を進めよ(読売新聞 - 01月18日 01:22)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1471833&media_id=20



阿久根市長選、きっかけは竹原ブログ、勝因は市民の一体感


「以前は自然に淘汰された機能障害を持ったのを生き残らせている」(竹原氏)
~うちの子は生きてちゃいけないのか~

阿久根市長選挙の後報が、色々出ている。熊本の地元紙に、共同通信配信の記事で、阿久根市の新市長に就任した西平良将氏の談話が載っています。

(以下、転載)
西平氏は、一昨年11月、前市長のブログで、高度医療によって「以前は自然に淘汰された機能障害を持ったのを生き残らせている」と記したことだった。
さっそく、市役所へ障害者団体と出向き講義をしたが、市長は面談も拒み謝罪もしなかった。「阿久根はこのままでいいのだろうか」。不安を感じた20~40代の若手メンバーと市民団体を立ち上げ、リコール運動に発展させた。
西平氏の長男(6才)に障害があり、「うちの子は生きてちゃいけないのか」、許せなかった。
 (以上、熊本日日新聞「人」より)

と、あった。入院中の末期がん患者も協力してくれた。「勝因は一体感。いろいろな人を巻き込んで勝ち取った」と。

また、熊本日日新聞の一面のコラムに次のような批評も載っていた。

(転載)
 阿久根市長選で、竹原市長が敗れた。議会制民主主義を軽視し、住民至上主義を旗印に市職員組合や市議会を批判した。あのエネルギーは何に由来するものであろうか。竹原市に三度市政を任せるのは危うい面があったが、選挙では根強い支持票を集めた。
 同市は閉塞感の苦しんでいることは再三指摘されてきた。市民が公務員や市議会議員の収入に批判的な目を向けた。その気分は分かるのだが、竹原前市長はそれをあおっただけで、地道な地域振興策を示すことができなかった。
 ある種のポピュリズムが支えた阿久根市の暴走は一応止まった。続いて注目されるのは、愛知・名古屋のトリプリ選挙、大阪府の「大坂都構想」の行方だ。橋下府知事は「思想としては竹原市長を大いに尊敬する」と明言したが、リーダーシップと独裁は違う。お分かりであろうが。(中略)
 (以上、熊本日日新聞「新生面」より)

社会の閉塞感の中で、市民はリーダーを求める傾向がある。リーダーは、支持者、状況の3つの要素から生まれると、今読んでいる「リーダー・パワー」の著書にあった。

*関連日記
リーダーシップの3つの要素、阿久根市長選挙から考える
http://noguchi-shuichi.at.webry.info/201101/article_23.html

 リーダーシップは、三つの重要な構成要素、すなわち、リーダー、フォロワー(支援者)、状況を備えたプロセスと考えることができる。状況を作り上げているのは、外部環境と、集団がある特定の事情の中で追求している変化する目標の二つである。……、効果的なリーダーシップにもっともふさわしい特性は、状況に依存する。そうした状況からフォロワーのニーズが生まれ、そのニーズに促されて、フォロワーたちは特定のリーダーを探そうとする。
(昨日のブログより、一部抜粋)

 竹原市長は、初めは市民の思い「不安」に一条の光を灯したが、市民のニーズが変化する状況を把握せず、状況の変化に合わせたミッション(目標)を、市民へ伝えることができなかった。

 3年前、国道三号線を使い、阿久根市を通る機会があった。隣接の薩摩川内市に比べ、商店街の衰退には、驚くほどだった。新幹線が開通するまでは、けっこう賑やかな駅前商店街が、串の歯が折れるように、シャッターでなくて、家ごと無くなる状況を目の当たりにした。経済の活性化が、最大の政策であることは明白な気がした。

 目先の行政・議会の特権意識を批判することで、注目を浴びたが、根っこの地域振興策がなおざりだったのが、今回の結果を生んだ要因のように思う。

「英雄型リーダーの上に成り立つ社会は、市民社会を発達させることができないし、今日のネットワーク世界(社会)の先頭を行くのに必要な社会資本を整備することもできないということだ」(「リーダー・パワー」より)

と、ある。現代の情報ツール「市長ブログ」を活用して、日本の注目を浴びた前市長は、その情報社会の攻勢を、自分のパワーに変化させることができなかった。

インターネット時代の市民社会のリーダーのあり方が、今度の統一地方選挙で問われるように思う。

*参考資料:ジョセフ・S・ナイ教授の著書「リーダー・パワー」
      熊本日日新聞(1月18日朝刊)


  

Posted by ノグチ(noguchi) at 09:35Comments(0)政治問題(地方)

阿久根市選、きっかけは竹原ブログ、勝因は市民の一体感

2011年01月18日

■阿久根市長選 教訓踏まえ行政改革を進めよ(読売新聞 - 01月18日 01:22)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1471833&media_id=20



阿久根市選、きっかけは竹原ブログ、勝因は市民の一体感


「以前は自然に淘汰された機能障害を持ったのを生き残らせている」(竹原氏)
~うちの子は生きてちゃいけないのか~

阿久根市長選挙の後報が、色々出ている。熊本の地元紙に、共同通信配信の記事で、阿久根市の新市長に就任した西平良将氏の談話が載っています。

(以下、転載)
西平氏は、一昨年11月、前市長のブログで、高度医療によって「以前は自然に淘汰された機能障害を持ったのを生き残らせている」と記したことだった。
さっそく、市役所へ障害者団体と出向き講義をしたが、市長は面談も拒み謝罪もしなかった。「阿久根はこのままでいいのだろうか」。不安を感じた20~40代の若手メンバーと市民団体を立ち上げ、リコール運動に発展させた。
西平氏の長男(6才)に障害があり、「うちの子は生きてちゃいけないのか」、許せなかった。
 (以上、熊本日日新聞「人」より)

と、あった。入院中の末期がん患者も協力してくれた。「勝因は一体感。いろいろな人を巻き込んで勝ち取った」と。

また、熊本日日新聞の一面のコラムに次のような批評も載っていた。

(転載)
 阿久根市長選で、竹原市長が敗れた。議会制民主主義を軽視し、住民至上主義を旗印に市職員組合や市議会を批判した。あのエネルギーは何に由来するものであろうか。竹原市に三度市政を任せるのは危うい面があったが、選挙では根強い支持票を集めた。
 同市は閉塞感の苦しんでいることは再三指摘されてきた。市民が公務員や市議会議員の収入に批判的な目を向けた。その気分は分かるのだが、竹原前市長はそれをあおっただけで、地道な地域振興策を示すことができなかった。
 ある種のポピュリズムが支えた阿久根市の暴走は一応止まった。続いて注目されるのは、愛知・名古屋のトリプリ選挙、大阪府の「大坂都構想」の行方だ。橋下府知事は「思想としては竹原市長を大いに尊敬する」と明言したが、リーダーシップと独裁は違う。お分かりであろうが。(中略)
 (以上、熊本日日新聞「新生面」より)

社会の閉塞感の中で、市民はリーダーを求める傾向がある。リーダーは、支持者、状況の3つの要素から生まれると、今読んでいる「リーダー・パワー」の著書にあった。

*関連日記
リーダーシップの3つの要素、阿久根市長選挙から考える
http://noguchi-shuichi.at.webry.info/201101/article_23.html

 リーダーシップは、三つの重要な構成要素、すなわち、リーダー、フォロワー(支援者)、状況を備えたプロセスと考えることができる。状況を作り上げているのは、外部環境と、集団がある特定の事情の中で追求している変化する目標の二つである。……、効果的なリーダーシップにもっともふさわしい特性は、状況に依存する。そうした状況からフォロワーのニーズが生まれ、そのニーズに促されて、フォロワーたちは特定のリーダーを探そうとする。
(昨日のブログより、一部抜粋)

 竹原市長は、初めは市民の思い「不安」に一条の光を灯したが、市民のニーズが変化する状況を把握せず、状況の変化に合わせたミッション(目標)を、市民へ伝えることができなかった。

 3年前、国道三号線を使い、阿久根市を通る機会があった。隣接の薩摩川内市に比べ、商店街の衰退には、驚くほどだった。新幹線が開通するまでは、けっこう賑やかな駅前商店街が、串の歯が折れるように、シャッターでなくて、家ごと無くなる状況を目の当たりにした。経済の活性化が、最大の政策であることは明白な気がした。

 目先の行政・議会の特権意識を批判することで、注目を浴びたが、根っこの地域振興策がなおざりだったのが、今回の結果を生んだ要因のように思う。

「英雄型リーダーの上に成り立つ社会は、市民社会を発達させることができないし、今日のネットワーク世界(社会)の先頭を行くのに必要な社会資本を整備することもできないということだ」(「リーダー・パワー」より)

と、ある。現代の情報ツール「市長ブログ」を活用して、日本の注目を浴びた前市長は、その情報社会の攻勢を、自分のパワーに変化させることができなかった。

インターネット時代の市民社会のリーダーのあり方が、今度の統一地方選挙で問われるように思う。

*参考資料:ジョセフ・S・ナイ教授の著書「リーダー・パワー」
      熊本日日新聞(1月18日朝刊)


  

Posted by ノグチ(noguchi) at 09:29Comments(0)政治問題(地方)

リーダーシップの3つの要素、阿久根市長選挙から考える

2011年01月17日

リーダーシップの3つの要素、阿久根市長選挙から考える


■竹原氏落選 最後まで報道批判
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1470546&media_id=2

関連Webニュース
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110117k0000m040074000c.html


 昨日の阿久根市長選挙では、僅差ではあるが、若いリーダーを阿久根市民は選択した。今回の選挙を前にして、「リーダー」あるいは「リーダーシップ」とは何か、考えてみた。先週から読んでいる、ジョセフ・S・ナイ教授の著書「リーダー・パワー」にいくつかのヒントがあったので、紹介します。

(以下、転載)

 リーダーとは、人間の集団が共通の目標を設定し、それを達成させる手助けをする存在であると定義している。


 リーダーシップは、三つの重要な構成要素、すなわち、リーダー、フォロワー(支援者)、状況を備えたプロセスと考えることができる。状況を作り上げているのは、外部環境と、集団がある特定の事情の中で追求している変化する目標の二つである。……、効果的なリーダーシップにもっともふさわしい特性は、状況に依存する。そうした状況からフォロワーのニーズが生まれ、そのニーズに促されて、フォロワーたちは特定のリーダーを探そうとする。(中略)
 われわれは、リーダーという存在を、英雄のような個人という特定のタイプを考えるのではなく、リーダーシップのプロセスを構成する三つの要素すべてを考慮に入れる必要がある。リーダーとフォロワーは、状況認識が変わるにつれ、必要な役割を身につけ、役割を変える。重要な鍵は、リーダーとフォロワーがともに、異なる状況に対処する役割のレパートリーを広げ、適応できるようにする方法を理解することである。


 リーダーシップとは「人々に対して、そのようにやれと命令によって強制するだけでなく、人々が本心からリーダーのためにそうしたいと望むように、一緒にしごとをさせる能力のことである……人の頭を殴って言うことを聞かせてはいけない。それは暴力による脅迫であって、リーダーシップではない」


 英雄型リーダーの上に成り立つ社会は、市民社会を発達させることができないし、今日のネットワーク世界(社会)の先頭を行くのに必要な社会資本を整備することもできないということだ。もしその通りだとしたら、現代のポスト英雄型リーダーシップとは、リーダーがどういう人か、どの家系の出身かとかいったことは大した問題でなく、リーダーとなる人が何を学んできたか、また、集団の一員として何をするか、ということに尽きる、ということになる。生まれ育ちは絡み合ったいるが、現代の世界でより重要なのは育ち方であり、名誉をもたらす英雄型リーダーというパラダイムは二の次ということになる。


 ハード・パワーとソフト・パワーの区別は、行動の性質においても、資源の確実性においても、程度の問題にすぎない。ハード・パワーもソフト・パワーも他人の行動に影響を及ぼすことで目的を達成する能力という、共通の部分を備えているからだ。「命令する力」 ― 他人の行動を強制的にかえる能力 ― は威圧や誘導を基本とする。一方、「他人を勧誘して仲間にする力」 ― 他人の望みをかなえる能力 ― は、その人の価値観に備わる引き寄せ力や、政治選択のため議論設定をする能力に基づく。
 
 (以上、「リーダー・パワー」)

 この「リーダー・パワー」の本の副題は、21世紀型組織の主導者のために、とあった。情報社会、ネットワーク社会の中で、これからのリーダーは、本人の資質や、それを支える支援者(フォロワー)たちの要望、取り巻く状況から、先導者が選ばれるように思います。
 阿久根市、あるいは名古屋市、大阪府等々、新しい方のリーダー像が今後議論されると思いますが、選ぶ側の市民自身も、受身でなく、能動的に市民社会の形成に参画して行くことが求められると思います。今後の各市の動向に注目したいと思います。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 08:16Comments(0)政治問題(地方)

阿久根市長選 西平氏が初当選 失職の竹原氏落選

2011年01月16日

阿久根市長選 西平氏が初当選 失職の竹原氏落選

■阿久根市長選 西平氏が初当選 失職の竹原氏落選
毎日新聞 1月16日(日)21時17分配信
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1470525&media_id=2

>鹿児島県阿久根市の竹原信一前市長(51)が解職請求(リコール)による住民投票で失職したことに伴う出直し市長選は16日投開票され、リコール団体元監事の新人、西平良将氏(37)が、再度の返り咲きを目指した竹原氏=いずれも無所属=を破り、初当選を確実にした。議会を開かずに専決処分を乱発するなど強引さが指摘された「竹原市政」に市民が、住民投票に続いて「ノー」を突き付ける形となった。【福岡静哉、馬場茂、村尾哲】

>08年秋の竹原氏の市長就任から約2年半、2度の市長失職など混乱した阿久根は大きな転機を迎えた。

>西平氏は竹原氏を「独善的で市長の資質がない」と批判。「法律を守り、対話を尽くした手法で、地に足をつけた改革を断行する」などと、市政の正常化を訴えた。知名度不足の懸念はあったが、市政正常化を訴え、主婦層や若者に支持を拡大。反竹原派市議12人や、企業・団体などとも連携した組織戦も功を奏した。

>一方、竹原氏にとっては2年半で3度目の市長選。強引な行政手法への批判を浴び、12月5日の住民投票で失職したが、わずか398票差だったため、「改革」に期待する根強い支持を背景に巻き返しを狙った。しかし、市民の心を三度つかむことはできなかった。

>阿久根では今後、竹原氏が対立した市議会解散の是非を問う住民投票が31日告示され、2月20日に投開票される。過半数が賛成なら4月24日に出直し市議選となる見通しで、市政の混迷はまだしばらく続くことになる。


自治とは何をする事か、市民も、議会も、行政職員も考えることが必要と思います。地域からすると、破格の行政職員の給与、人事院勧告に従うか、地域を重視するか、地方自治のこれからに、疑問を投げかけた出来ことと思います。

次は、阿久根市議選です。

どんな構図になるか、市民の真価が問われると思います。


  

Posted by ノグチ(noguchi) at 21:52Comments(0)政治問題(地方)