東国原知事、「徴兵制に賛成」発言の真意
2007年11月29日
東国原知事、「徴兵制に賛成」発言の真意
熊日朝刊に、宮崎県知事の東国原氏が、県民との対話フォーラムで、
「僕は、徴兵制はあってしかるべきだと思っている、若者は一年か二年ぐらい自衛隊か、ああいうところに入らなければならないと思っている」
と述べたと書かれたいた。真意を質問されると、
「徴兵制や軍隊とは言わないですけど、若者にはある時期、規律がきちんと身につくような教育が必要だと思う。そういったものの欠落が、今の社会の道徳うや倫理観の喪失につながっている気がする。」
と説明した。昨日の防衛省のトップ守屋次官の逮捕劇と東国原氏の発言は関連ないと思いますが、あまりにも唐突で、不注意の発言と思います。
東国原氏の私見とは思いますが、県知事の地位に在る方の言うべきことでないし、軍隊式の訓練と教育の在り様を、同じような考えとして語ることは、考えが足りないように感じます。
教育は、生き方の学びであって、規律を教え込むことではないと思います。生活態度、あるいは周囲との人間関係、さらには社会に関心を持つことは、目の前にいる大人たちの発言、行動が一番大事と考えます。
・中国の晋の名宰相・謝安(しゃあん)の逸話があります。
謝安の夫人から、わが子を教えない夫に、不満を言った。
「貴方は、初めから子を教えるところを見たことがありませんね。」
と絡みました。ところが謝安曰く、
「われは、常に子に教えている。これある哉(か)。」
と答えたそうです。
いつも一緒に暮らしておるから、四六時中お手本を示している。別に事新しく説教や決まり(規律)を教えるまでもない。
教育は、昔も今も率先垂範が重要と言う故事からの教えです。
東国原氏の出馬は、地方に刺激与えました。知事も社会変化に、臨機応変に対応し、県民の支持を集めていると感じます。その行動そのものが、教育になっていると感じます。
法や決まりを、若者に叩き込むより、知事自身の行動で若者にアピールする方が遥かに教育効果があると思います。
今回の徴兵制容認の発言には、少々残念な気持ちです。みんさんのご意見等頂けるとありがたいです。
熊日朝刊に、宮崎県知事の東国原氏が、県民との対話フォーラムで、
「僕は、徴兵制はあってしかるべきだと思っている、若者は一年か二年ぐらい自衛隊か、ああいうところに入らなければならないと思っている」
と述べたと書かれたいた。真意を質問されると、
「徴兵制や軍隊とは言わないですけど、若者にはある時期、規律がきちんと身につくような教育が必要だと思う。そういったものの欠落が、今の社会の道徳うや倫理観の喪失につながっている気がする。」
と説明した。昨日の防衛省のトップ守屋次官の逮捕劇と東国原氏の発言は関連ないと思いますが、あまりにも唐突で、不注意の発言と思います。
東国原氏の私見とは思いますが、県知事の地位に在る方の言うべきことでないし、軍隊式の訓練と教育の在り様を、同じような考えとして語ることは、考えが足りないように感じます。
教育は、生き方の学びであって、規律を教え込むことではないと思います。生活態度、あるいは周囲との人間関係、さらには社会に関心を持つことは、目の前にいる大人たちの発言、行動が一番大事と考えます。
・中国の晋の名宰相・謝安(しゃあん)の逸話があります。
謝安の夫人から、わが子を教えない夫に、不満を言った。
「貴方は、初めから子を教えるところを見たことがありませんね。」
と絡みました。ところが謝安曰く、
「われは、常に子に教えている。これある哉(か)。」
と答えたそうです。
いつも一緒に暮らしておるから、四六時中お手本を示している。別に事新しく説教や決まり(規律)を教えるまでもない。
教育は、昔も今も率先垂範が重要と言う故事からの教えです。
東国原氏の出馬は、地方に刺激与えました。知事も社会変化に、臨機応変に対応し、県民の支持を集めていると感じます。その行動そのものが、教育になっていると感じます。
法や決まりを、若者に叩き込むより、知事自身の行動で若者にアピールする方が遥かに教育効果があると思います。
今回の徴兵制容認の発言には、少々残念な気持ちです。みんさんのご意見等頂けるとありがたいです。
防衛省の心得に、緒方洪庵の「仁術」の志を
2007年11月28日
防衛省の心得に、緒方洪庵の「仁術」の志を
■防衛省の天皇 影響力パンまで
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=349829&media_id=2(毎日新聞jp - 11月28日)
>「一人を以(もっ)て国興り、一人を以て国滅ぶ」。9月3日の離任式で、中国の故事を「好きな言葉」として紹介した前次官はこう続けた。
>「国の防衛に従事する人の心意気を示す言葉として、いつも忘れず心がけました」。しかしその言葉は今、空虚に響き、同省元職員は「切腹もの」とはき捨てた。
>その裏で12年もの間、ひそかに続いた元専務とのゴルフ。プレー代約2万5000円に対し支払いは1万円。回数は300回超に達した。
今夜、NHKの「その時歴史は動いた」で、幕末の蘭学者の緒方洪庵が、当時の人類の病魔「天然痘」に挑んだ歴史を紹介していました。
自らの体験を活かし、医師の勉強をし、一般市民に先進的な医療を施したいと思い、当時最大の病「天然痘」の予防に努めた10年の挑戦は、誹謗中傷、迷信、風評にもめげず続けられました。
風前の灯火になっていたが、ワクチンを理解ある地方の医師たちと連携して、ワクチンを広げ、市民から認知され、信用を得ていきました。
そこに登場するのが、まがいワクチンで一儲けしようとする族です。緒方洪庵は、意を決して幕府を説得して、幕府の認可を得てから、大きく広がりを持つことになります。
天然痘は、1980年地球上から撲滅されました。江戸期は、子どもがかかると4人に3人は死に至ると言われた病を、どうにかしたいと私財をなげうち続けられた、緒方洪庵の志が有ったればこそ、市民を動かし、幕府を動かしたと思います。
蘭学を究めた緒方洪庵が生涯大事にした言葉が、「仁術」です。
「仁」は、孔子の教えの最も重要な「哀れむ心」と理解しています。東西を問わず、相手を思いやる心、特に社会の弱者に在る人々を病から救いたい気持ちの現われと思います。
前置きが長くなりました。
今回の防衛省の事務方トップの贈収賄事件は、「軍は、国民を守る」が目的だったのに、その公の目的を忘れ、「私を守る」ことだけに奔走した姿と、緒方洪庵の生き方は、比べるにもおこがましいですが、もし緒方洪庵と同時期の軍人で幕末の英雄・西郷隆盛が現代の生きていたら、現在の防衛省の不祥事になんと苦言を呈するでしょうか。
西欧文明の導入依頼、富国強兵で戦争を起こし敗戦、更にグローバル・スタンダート導入で経済大国化しバブル崩壊に至りました。
「大きい事は良いこと」の拡大志向、経済優先の国民の代表が、官僚であって良いのでしょうか。行き着くところ「公僕が平然と私腹肥す」では、社会が荒れるは、市民の怒りと思います。
リーダーたちこそ、緒方洪庵の「仁術」や西郷隆盛の「敬天愛人」の理念を学び直して欲しいと思います。
それと日本の国民が、「志高きリーダー」を選出する行動が重要と、人類学者のマーガレット・ミード博士が教示しました。
「考えに考えぬいた、悩みに悩みぬいた、小さな市民のグループが世界を変える」(マーガレット・ミード)
テレビを見ながら、志の大切さを学んだ一日でした。
■防衛省の天皇 影響力パンまで
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=349829&media_id=2(毎日新聞jp - 11月28日)
>「一人を以(もっ)て国興り、一人を以て国滅ぶ」。9月3日の離任式で、中国の故事を「好きな言葉」として紹介した前次官はこう続けた。
>「国の防衛に従事する人の心意気を示す言葉として、いつも忘れず心がけました」。しかしその言葉は今、空虚に響き、同省元職員は「切腹もの」とはき捨てた。
>その裏で12年もの間、ひそかに続いた元専務とのゴルフ。プレー代約2万5000円に対し支払いは1万円。回数は300回超に達した。
今夜、NHKの「その時歴史は動いた」で、幕末の蘭学者の緒方洪庵が、当時の人類の病魔「天然痘」に挑んだ歴史を紹介していました。
自らの体験を活かし、医師の勉強をし、一般市民に先進的な医療を施したいと思い、当時最大の病「天然痘」の予防に努めた10年の挑戦は、誹謗中傷、迷信、風評にもめげず続けられました。
風前の灯火になっていたが、ワクチンを理解ある地方の医師たちと連携して、ワクチンを広げ、市民から認知され、信用を得ていきました。
そこに登場するのが、まがいワクチンで一儲けしようとする族です。緒方洪庵は、意を決して幕府を説得して、幕府の認可を得てから、大きく広がりを持つことになります。
天然痘は、1980年地球上から撲滅されました。江戸期は、子どもがかかると4人に3人は死に至ると言われた病を、どうにかしたいと私財をなげうち続けられた、緒方洪庵の志が有ったればこそ、市民を動かし、幕府を動かしたと思います。
蘭学を究めた緒方洪庵が生涯大事にした言葉が、「仁術」です。
「仁」は、孔子の教えの最も重要な「哀れむ心」と理解しています。東西を問わず、相手を思いやる心、特に社会の弱者に在る人々を病から救いたい気持ちの現われと思います。
前置きが長くなりました。
今回の防衛省の事務方トップの贈収賄事件は、「軍は、国民を守る」が目的だったのに、その公の目的を忘れ、「私を守る」ことだけに奔走した姿と、緒方洪庵の生き方は、比べるにもおこがましいですが、もし緒方洪庵と同時期の軍人で幕末の英雄・西郷隆盛が現代の生きていたら、現在の防衛省の不祥事になんと苦言を呈するでしょうか。
西欧文明の導入依頼、富国強兵で戦争を起こし敗戦、更にグローバル・スタンダート導入で経済大国化しバブル崩壊に至りました。
「大きい事は良いこと」の拡大志向、経済優先の国民の代表が、官僚であって良いのでしょうか。行き着くところ「公僕が平然と私腹肥す」では、社会が荒れるは、市民の怒りと思います。
リーダーたちこそ、緒方洪庵の「仁術」や西郷隆盛の「敬天愛人」の理念を学び直して欲しいと思います。
それと日本の国民が、「志高きリーダー」を選出する行動が重要と、人類学者のマーガレット・ミード博士が教示しました。
「考えに考えぬいた、悩みに悩みぬいた、小さな市民のグループが世界を変える」(マーガレット・ミード)
テレビを見ながら、志の大切さを学んだ一日でした。
異業種交流会大盛況。「ガツン」と刺激講(スナップ有り)
2007年11月25日
異業種交流会大盛況。「ガツン」と刺激講(スナップ有り)
土曜日は、年末恒例の異業種交流会「秋の会(望年会)」の第11回目を開催しました。
11年前に、建築技術者の研究会の忘年会として始まった、今回の「望年会」は、色々な講師にお話をしてもらい、講師を囲む講演会として、続けて来て新たな展開を見せました。
今回の交流会は、建築関連の人が2割を切る異業種の集まりになり、段々社会と近づきつつあると思いました。職能は色々で、共催に一人がお寺に住職がでしたが、お通夜で開会に間に合いませんが、全員「了解(理解)」・・・要は、主催はどうかでなくて、どんな話かと誰が参加しているかでした。
・・・毎回戦々恐々の開催ですが、思ってもみない参加者がドンドン参加して、主催者がびっくりの会でした。ありがたいです。
内容は、海外との通信の在り様から、IT技術開発、人事でリストラの切る側、脱サラ+天下り拒否、独自技術取得、年金問題の本質、自衛隊疑惑の責任、まちづくり、行革批判+改革提案、落語の若手育成、等々その分野はとどまるところを知らない。
ただ、自営業でないので企画と責任の関係が上手く理解でなかったことと、地域組織での役で、全て無報酬の立場は、すこし理解をできなかったこと、仕掛けるが10年経って後の結果がまだと言うのが少し残念で、5年後の福祉の視点で顕彰してみたいと思います。
参加予定者は、主催の予定を遥かに越えてびっくりしました。40名の参加、30名程度の読みだったのでびっくりしました。
交流会(懇親会)の熱気と、質問攻めには、講師にも楽しみだったように思います。今日は、熊本県南の八代市のまちづくりの支援の相談に行きましたが、商店街の賑わいを見てびっくり、実は妙見祭の祭期間でした。日常の状況が分からなかったことと、これからは歴史・文化を大事にする事が大事等の話をしました。
要は、生活、仕事、近所付き合いは、発想と活動の一体化が地域を活性化すると思っています。やる気ある若い世代が、「試み」続けることと思います。
今後の八代市もそれぞれの商店街で、催しを常にやり続けることが必要と思いました。
講演のスナップを載せます。後日、交流会の精しい報告は、後で時間を取り進めて行きます。よろしくお願い致します。
最後に、遠路より参加して頂いた方も、熊本の方も参加ありがとうございました。次の、春の会、夏の会も講師が決まり、近づきましたら、ご案内をします。興味ある方は、ぜひご参加ください。
土曜日は、年末恒例の異業種交流会「秋の会(望年会)」の第11回目を開催しました。
11年前に、建築技術者の研究会の忘年会として始まった、今回の「望年会」は、色々な講師にお話をしてもらい、講師を囲む講演会として、続けて来て新たな展開を見せました。
今回の交流会は、建築関連の人が2割を切る異業種の集まりになり、段々社会と近づきつつあると思いました。職能は色々で、共催に一人がお寺に住職がでしたが、お通夜で開会に間に合いませんが、全員「了解(理解)」・・・要は、主催はどうかでなくて、どんな話かと誰が参加しているかでした。
・・・毎回戦々恐々の開催ですが、思ってもみない参加者がドンドン参加して、主催者がびっくりの会でした。ありがたいです。
内容は、海外との通信の在り様から、IT技術開発、人事でリストラの切る側、脱サラ+天下り拒否、独自技術取得、年金問題の本質、自衛隊疑惑の責任、まちづくり、行革批判+改革提案、落語の若手育成、等々その分野はとどまるところを知らない。
ただ、自営業でないので企画と責任の関係が上手く理解でなかったことと、地域組織での役で、全て無報酬の立場は、すこし理解をできなかったこと、仕掛けるが10年経って後の結果がまだと言うのが少し残念で、5年後の福祉の視点で顕彰してみたいと思います。
参加予定者は、主催の予定を遥かに越えてびっくりしました。40名の参加、30名程度の読みだったのでびっくりしました。
交流会(懇親会)の熱気と、質問攻めには、講師にも楽しみだったように思います。今日は、熊本県南の八代市のまちづくりの支援の相談に行きましたが、商店街の賑わいを見てびっくり、実は妙見祭の祭期間でした。日常の状況が分からなかったことと、これからは歴史・文化を大事にする事が大事等の話をしました。
要は、生活、仕事、近所付き合いは、発想と活動の一体化が地域を活性化すると思っています。やる気ある若い世代が、「試み」続けることと思います。
今後の八代市もそれぞれの商店街で、催しを常にやり続けることが必要と思いました。
講演のスナップを載せます。後日、交流会の精しい報告は、後で時間を取り進めて行きます。よろしくお願い致します。
最後に、遠路より参加して頂いた方も、熊本の方も参加ありがとうございました。次の、春の会、夏の会も講師が決まり、近づきましたら、ご案内をします。興味ある方は、ぜひご参加ください。
スポーツマンシップ
2007年11月25日
スポーツマンシップ
異業種交流会「秋の会(望年会)」は、参加予定人数をはるかに越え、盛況の内に無事終わりました。スナップを出しています。
講話は、通信技術、革新、ネットワーク、そして光通信とは何ぞや、国際電電のこれからの役割り、戦火の中の仕事は、リストラに難しさ、リストアの責任、天下り拒否、違った分野の模索、高齢福祉とまちつくり、最後はどう人間が終わるか・・・人生の選択がつきもと思います。
九州平成義塾に最高のリピーターで、高い志と無私の思いを聞きました。だから選挙は、きれい過ぎて勝てない・・・これ変よねです。闘争心だけを頼りにするサッカーより、自分を技術を磨き出て来た選手を真似ることで影響力があります。
志ある人はその地域に縁があると思います。要は、どう動くが我変化の始まりと思います。
熊本 ノグチ
異業種交流会「秋の会(望年会)」は、参加予定人数をはるかに越え、盛況の内に無事終わりました。スナップを出しています。
講話は、通信技術、革新、ネットワーク、そして光通信とは何ぞや、国際電電のこれからの役割り、戦火の中の仕事は、リストラに難しさ、リストアの責任、天下り拒否、違った分野の模索、高齢福祉とまちつくり、最後はどう人間が終わるか・・・人生の選択がつきもと思います。
九州平成義塾に最高のリピーターで、高い志と無私の思いを聞きました。だから選挙は、きれい過ぎて勝てない・・・これ変よねです。闘争心だけを頼りにするサッカーより、自分を技術を磨き出て来た選手を真似ることで影響力があります。
志ある人はその地域に縁があると思います。要は、どう動くが我変化の始まりと思います。
熊本 ノグチ
高齢対策より 尊厳を大事に
2007年11月23日
高齢対策より 尊厳を大事に
最近、少子化対策、高齢者対策の文字を良く見ますが、問題児のような印象を受けます。少子化、高齢化は、全国的な現状で、誰もが好きでこの状況を作り出したのでなく、社会全体で進めて来た結果と思います。
数日前フランスの育児支援制度のことを聞き、日本との違いに愕然としました。北欧では子供2人は当たりまえ、日本との違いは「対策」でなく、それぞれの育児家族に合わせ、生み育てやすい支援が整っているからと思います。
日本の福祉は、生活保護を受けるのに住居がないと無理とか、高齢者に平均的なサービスをするために「対策」を立てる考え方です。故河合隼雄氏の著書「縦糸横糸」の一節に、ある老人施設で「何がしてみたいか?」入所者に希望とったら、一度歌舞伎を見たい、一度故郷に帰りたいなどあり、全員で知恵をしぼり、カンパを集めたりして進めると、一人ひとりが元気を取り戻したと書かれていました。
要は、「対策」を立てる側の発想でなく、利用者側が求める支援が必要ではないかと思います。高齢者も育児家族も、色々なケースがあります。これまでの一律の基準でなく、一人ひとりの尊厳を大事に、生き生きと生活を営める支援を、利用者中心に考えることが、これから成熟社会の政策と考えます。
福田総理のメールマガジンで、経済産業大臣の甘利明氏は、「現場にこそ転がっている政策づくりのヒント」と題して書かれていました。政策立案に関わる人たちが、利用者の思いを聞く努力が必要と思います。
最近、少子化対策、高齢者対策の文字を良く見ますが、問題児のような印象を受けます。少子化、高齢化は、全国的な現状で、誰もが好きでこの状況を作り出したのでなく、社会全体で進めて来た結果と思います。
数日前フランスの育児支援制度のことを聞き、日本との違いに愕然としました。北欧では子供2人は当たりまえ、日本との違いは「対策」でなく、それぞれの育児家族に合わせ、生み育てやすい支援が整っているからと思います。
日本の福祉は、生活保護を受けるのに住居がないと無理とか、高齢者に平均的なサービスをするために「対策」を立てる考え方です。故河合隼雄氏の著書「縦糸横糸」の一節に、ある老人施設で「何がしてみたいか?」入所者に希望とったら、一度歌舞伎を見たい、一度故郷に帰りたいなどあり、全員で知恵をしぼり、カンパを集めたりして進めると、一人ひとりが元気を取り戻したと書かれていました。
要は、「対策」を立てる側の発想でなく、利用者側が求める支援が必要ではないかと思います。高齢者も育児家族も、色々なケースがあります。これまでの一律の基準でなく、一人ひとりの尊厳を大事に、生き生きと生活を営める支援を、利用者中心に考えることが、これから成熟社会の政策と考えます。
福田総理のメールマガジンで、経済産業大臣の甘利明氏は、「現場にこそ転がっている政策づくりのヒント」と題して書かれていました。政策立案に関わる人たちが、利用者の思いを聞く努力が必要と思います。
原油高騰、ホンダ「フィット」カー・オブ・ザ・イヤー
2007年11月22日
原油高騰、ホンダ「フィット」カー・オブ・ザ・イヤー
■日本カー・オブ・ザ・イヤーにホンダの「フィット」(読売新聞)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=345204&media_id=20
>日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員会は21日、「2007―2008日本カー・オブ・ザ・イヤー」にホンダが10月に全面改良した小型乗用車「フィット」(排気量1・3~1・5リットル、5人乗り)を選んだ。
わが家は、本田宗一郎氏を私が好きな事で、ホンダの車です(父の軽トラックは、スバル)。わが家にも、今回の新型車ではないですが、フィットがあります。
日常は、妻が通勤と仕事に使っていますが、熊本市の市街地を走って、18km/l近く伸びると言ってます。試験数値は、24km/lとありますが、現実は違いますが、とても満足の数値と、妻も語っています。
さて、ガソリンの先物取引は、年間で2倍なり、100ドルの時代になりました。市販で、150円前後になりました。経済にも家計にも大きく影響を与えてきています。
来年は、125ドルになるのではとも言われ、中小零細事業には大きく収益に響く事になりそうです。
私も、現場監理で、日々車を動かしていますので、無駄の無い動きを心がけ、温暖化の削減に協力したいと思っています。
投資ファンドに、良識ある判断で世界経済を安定へ向けて欲しいですね。
「原油は上がる、ふところはしぼむ」
■日本カー・オブ・ザ・イヤーにホンダの「フィット」(読売新聞)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=345204&media_id=20
>日本カー・オブ・ザ・イヤー実行委員会は21日、「2007―2008日本カー・オブ・ザ・イヤー」にホンダが10月に全面改良した小型乗用車「フィット」(排気量1・3~1・5リットル、5人乗り)を選んだ。
わが家は、本田宗一郎氏を私が好きな事で、ホンダの車です(父の軽トラックは、スバル)。わが家にも、今回の新型車ではないですが、フィットがあります。
日常は、妻が通勤と仕事に使っていますが、熊本市の市街地を走って、18km/l近く伸びると言ってます。試験数値は、24km/lとありますが、現実は違いますが、とても満足の数値と、妻も語っています。
さて、ガソリンの先物取引は、年間で2倍なり、100ドルの時代になりました。市販で、150円前後になりました。経済にも家計にも大きく影響を与えてきています。
来年は、125ドルになるのではとも言われ、中小零細事業には大きく収益に響く事になりそうです。
私も、現場監理で、日々車を動かしていますので、無駄の無い動きを心がけ、温暖化の削減に協力したいと思っています。
投資ファンドに、良識ある判断で世界経済を安定へ向けて欲しいですね。
「原油は上がる、ふところはしぼむ」
男女共同参画「家事・育児、一緒にできる彼募集」(標語)
2007年11月21日
男女共同参画「家事・育児、一緒にできる彼募集」(標語)
今日は、隣接の自治体主催の「宇城市男女共同参画宣言都市記念大会」に参加してきました。歌あり、寸劇あり、講演会あり、楽しい時間でしたが、私にとって一番は、小中高校生の作文、標語に感動しました。
見出しの言葉は、標語の最優秀賞の地元女子中学生の作品です。
「家事・育児、一緒にできる 彼募集」
この標語を読み上げると、大きなどよめきと拍手が起りました。また、男子高校生の標語もあり、方言で綴られた言葉の意味は「子育ては、とても大変、一緒にやろうよ」でした。男子生徒も自分の家庭や、周りに風景や親たちの話から、学んでいるなと感じました。
受賞の最後に、高校生の作文部門で最優秀償を、本人が朗読したのですが、作文の中身も、朗読の態度もすばらしく、頼れる高校生が地元で育っていると感激しました。ご両親の生き方に影響を受けているのかなと思いました。
私は平成13年に、熊本県の男女共同参画課が募集する「地域リーダー国内研修」に、先輩から誘われ参加しました。研修内容の目的を不十分の理解のまま参加しましたが、女性行政の変遷も含め、学び、大きな影響を受けました。
その一番は、市川房枝先生の生き様(歴史)でした。「無私」の崇高な精神を持ち続け、女性の地位向上、政治の市民参加の意識啓発に一生を投げ打ち、活動を続けた人生に大きく影響を受けた人は、とても多いと思います。民主党の管直人氏もその一人で、市川先生の選挙活動を学性時代から手伝ったと知りました。
国内研修では、市川房枝氏の歴史を展示した婦人参政権会館には、戦前戦後の女性活動家の歴史が学べ、先月熊本で開催した「肥後の猛婦人たち」の書簡も多く保管されていました。
今日の「宇城市男女共同参画宣言都市記念大会」では、県下で長く女性行政の改善を訴え続けて居られる、江村代表が挨拶をされ、その思いの深さ、実績から語られる言葉には、心を動かされる感動をおぼえました。
やはり、活動を続けた「実学」から湧き出る、示唆(教示)の言葉こそが、我々が忘れている教育の原点があるように思います。
12月9日に私の参加する男女共同参画社会についての国際シンポジウムで、何を訴えるかとても参考になる言葉や、資料を本日頂き、後20日ほどですが考えてみたいと思います。
明日は、その12月9日の男女共同参画社会国際シンポジウム(ユニセフ熊本支部が主催)のパネリスト、コーディネーターが一同の会する打合せが有ります。パネリストは、フランス(ヨーロッパ)、ギニア(アフリカ)、フィリピン(アジア)、そして日本が私です。みなさん熊本在住の方で、日本語が使えるすが、色々なお国柄が出るようなシンポジムになるように準備論したいとを思っています。
また12月9日の午後は、同じ会場で「仕事と子育てを考えるシンポジム」のコーディーネーターを私が務めます。こちらは、農業、フェアトレード、保育園園長と私で、母たち父たちが仕事と子育てとどう向き合い、過ごすか、会話、協力、地域連携も含めて、色々話が出ればとやります。この企画は、このMIXIでの出会いが始まりでした。
出会いから、何かが始まりますが、社会の変化も含め、常に情報に耳を傾け、自分で考え、人と語ることを忘れずに、生きて行きたいと思っています。ミクシィがつなぐ出会いから、大きなネットワークが広がるように感じています。みなさんのミクシィの関わりでもご紹介頂けるとありがたいです。よろしくお願いします。
今日は、隣接の自治体主催の「宇城市男女共同参画宣言都市記念大会」に参加してきました。歌あり、寸劇あり、講演会あり、楽しい時間でしたが、私にとって一番は、小中高校生の作文、標語に感動しました。
見出しの言葉は、標語の最優秀賞の地元女子中学生の作品です。
「家事・育児、一緒にできる 彼募集」
この標語を読み上げると、大きなどよめきと拍手が起りました。また、男子高校生の標語もあり、方言で綴られた言葉の意味は「子育ては、とても大変、一緒にやろうよ」でした。男子生徒も自分の家庭や、周りに風景や親たちの話から、学んでいるなと感じました。
受賞の最後に、高校生の作文部門で最優秀償を、本人が朗読したのですが、作文の中身も、朗読の態度もすばらしく、頼れる高校生が地元で育っていると感激しました。ご両親の生き方に影響を受けているのかなと思いました。
私は平成13年に、熊本県の男女共同参画課が募集する「地域リーダー国内研修」に、先輩から誘われ参加しました。研修内容の目的を不十分の理解のまま参加しましたが、女性行政の変遷も含め、学び、大きな影響を受けました。
その一番は、市川房枝先生の生き様(歴史)でした。「無私」の崇高な精神を持ち続け、女性の地位向上、政治の市民参加の意識啓発に一生を投げ打ち、活動を続けた人生に大きく影響を受けた人は、とても多いと思います。民主党の管直人氏もその一人で、市川先生の選挙活動を学性時代から手伝ったと知りました。
国内研修では、市川房枝氏の歴史を展示した婦人参政権会館には、戦前戦後の女性活動家の歴史が学べ、先月熊本で開催した「肥後の猛婦人たち」の書簡も多く保管されていました。
今日の「宇城市男女共同参画宣言都市記念大会」では、県下で長く女性行政の改善を訴え続けて居られる、江村代表が挨拶をされ、その思いの深さ、実績から語られる言葉には、心を動かされる感動をおぼえました。
やはり、活動を続けた「実学」から湧き出る、示唆(教示)の言葉こそが、我々が忘れている教育の原点があるように思います。
12月9日に私の参加する男女共同参画社会についての国際シンポジウムで、何を訴えるかとても参考になる言葉や、資料を本日頂き、後20日ほどですが考えてみたいと思います。
明日は、その12月9日の男女共同参画社会国際シンポジウム(ユニセフ熊本支部が主催)のパネリスト、コーディネーターが一同の会する打合せが有ります。パネリストは、フランス(ヨーロッパ)、ギニア(アフリカ)、フィリピン(アジア)、そして日本が私です。みなさん熊本在住の方で、日本語が使えるすが、色々なお国柄が出るようなシンポジムになるように準備論したいとを思っています。
また12月9日の午後は、同じ会場で「仕事と子育てを考えるシンポジム」のコーディーネーターを私が務めます。こちらは、農業、フェアトレード、保育園園長と私で、母たち父たちが仕事と子育てとどう向き合い、過ごすか、会話、協力、地域連携も含めて、色々話が出ればとやります。この企画は、このMIXIでの出会いが始まりでした。
出会いから、何かが始まりますが、社会の変化も含め、常に情報に耳を傾け、自分で考え、人と語ることを忘れずに、生きて行きたいと思っています。ミクシィがつなぐ出会いから、大きなネットワークが広がるように感じています。みなさんのミクシィの関わりでもご紹介頂けるとありがたいです。よろしくお願いします。
公共交通再編は、 利便性重視で
2007年11月21日
公共交通再編は、 利便性重視で
11月20日、路線バス運行会社の記事が載っていました。3年前の年末、熊本市へ
公共交通網再編の提言が出されましたが、1年間回答もなく、2年前の年末に熊日が
路線バスの路線と経営状況の連載で、市営バス路線が民間バスへ移譲が始まった。
そして今年、民間バスの共同運行会社ができ、再編が動き出したかと思いました。
電車通り、特に中心市街地沿いは、市営バスと民間3社のバスが、朝夕は数珠繋ぎ
で通ります。昼間は、少ない乗客を奪い合うかのように運行され、「無駄だよね」の声
を聞きます。バス4社が、話し合って効率よく動かせば良いのにと思っていました。
そんな思いで3年前の春に、熊本市環境企画課と市民で作る「エコパートナーくまもと」
の一つのグループ「自転車、バス、電車が主役のまちづくり」(原育美代表)が中心とな
り、熊本都市交通を考える「バス円卓会議」(坂本正議長)を開催。行政、民間バス、商
店会、市民グループで1年間議論しました。その提言の重要項目が、路線バスの共同
運行とバス路線の見直しでした。
公共交通は、国や自治体から助成を受けていますが、路線の見直しが進まず、中心
市街地の百円駐車場で、利用客は減り、逆に排気ガス汚染は悪化しています。温暖化
防止の切り札「路線バス」が衰退の一途では、先行き不安が募ります。今後は、市電、
市営バス、民間バスそれぞれが、特性を活かし高齢社会を迎える熊本に、利便性を重
視したバス路線の再編と共同運行が進むことを期待します。
11月20日、路線バス運行会社の記事が載っていました。3年前の年末、熊本市へ
公共交通網再編の提言が出されましたが、1年間回答もなく、2年前の年末に熊日が
路線バスの路線と経営状況の連載で、市営バス路線が民間バスへ移譲が始まった。
そして今年、民間バスの共同運行会社ができ、再編が動き出したかと思いました。
電車通り、特に中心市街地沿いは、市営バスと民間3社のバスが、朝夕は数珠繋ぎ
で通ります。昼間は、少ない乗客を奪い合うかのように運行され、「無駄だよね」の声
を聞きます。バス4社が、話し合って効率よく動かせば良いのにと思っていました。
そんな思いで3年前の春に、熊本市環境企画課と市民で作る「エコパートナーくまもと」
の一つのグループ「自転車、バス、電車が主役のまちづくり」(原育美代表)が中心とな
り、熊本都市交通を考える「バス円卓会議」(坂本正議長)を開催。行政、民間バス、商
店会、市民グループで1年間議論しました。その提言の重要項目が、路線バスの共同
運行とバス路線の見直しでした。
公共交通は、国や自治体から助成を受けていますが、路線の見直しが進まず、中心
市街地の百円駐車場で、利用客は減り、逆に排気ガス汚染は悪化しています。温暖化
防止の切り札「路線バス」が衰退の一途では、先行き不安が募ります。今後は、市電、
市営バス、民間バスそれぞれが、特性を活かし高齢社会を迎える熊本に、利便性を重
視したバス路線の再編と共同運行が進むことを期待します。
フューチャー500中国・北京国際シンポジウム(その3)
2007年11月20日
<今日の言葉>自己鍛錬の妙薬(安岡正篤語録-03)
人間はどんなことが起っても、自由自在に対応できる適応力を不断に養わなければならない。それには絶えず自力を養成しなければならないぬ。薬の力とか、医者の力とか、他物に依存して居っては段々自力が弱くなります。自然の体力、生命力が弱くなってしまいます。どんな代用品も自然の生命力に勝るものはありません。
身体ばかりではない。整理ばかりでない。精神、心理という意味に於ける性理、命理もすべてそうです。
そんなことから、病弱とか、愚鈍であるとか、貧乏でるとか、多忙であるとかいうことは、逆に自分自身を鍛錬する非常な妙薬、否、妙薬以上のものであります。(一日一言より)
2005フューチャー500中国・北京国際シンポジウム(その3)
~The Future500 china 2005Conference~
7)フューチャー500北京シンポジウムのその後
前回の日記が、私の実践報告の全文です。社会制度が違うので、どこまで分かってもらえたか不安でしたが、報告会の後の昼食会で、全然知らない中国の中年の女性から日本に住む日本語のできる中国の方を紹介され、電話で話をしてと携帯電話を渡され、少しお話をしました。
びっくりですが、木内氏から「君の話に関心を持ったのだよ」と言われ、無事に責任を果たしたのかなと胸をなでおろしました。ちなみに、私のシンポジウムでの位置づけは、九州の中小企業の代表として、発表をしました。(良いのかと思いつつ?)
午後は、まとめに入りそれまでの発表を踏まえて研究者の報告と会場から意見があり、最後にシンポジウムの司会の意見、主催者のビル・シャーマン氏、木内孝氏が感想を述べ、中国シンポジウムの責任者の金周英氏がまとめを述べて、満場の拍手の中で会は終了しました。本当にすばらしい経験になりました。
その後、講師たちと中国シンポジムのスタッフとの慰労の夕食会が有り、和やかに中に色々意見が来年へ向けた議論になっていました。そのエネルギーのすごさも理解でき、丸2日(前後を入れると4日間)につぎ込まれた、主要な方のご苦労を思い頭が下がる思いをしました。夕食後に、北京の主要地区を車でドライブして、ホテルに帰り疲れからシャワーを浴びて直ぐ寝ました。
8)予定外の日程に、どきどきの帰国スケジュール??
4日目は、朝5時半起きで、ホテルを6時半に出て空港へ向い、約50分走り空港に着くと早朝なのにその混雑振りは、現在の中国発展を写すような賑わいでした。
どうにか、チェックインを済ませて朝食を取ろうと周りを見ると、日本のようなレストランも無く、「機内食でどうにかできるか」と思って登場すると、乗客の大きな団体が30分遅れ待つことになり、それが原因で、全員揃ったのですが、霧も有り管制塔から離陸調整が上手く行かずに、飛行機に1時間50分足止めして離陸、更に飛んでいる間も天候が悪く、機内サービス中止で13時まで何も食べずに、大連到着。
到着後、出国手続きを済ませて、お土産買おうと免税店に行くと、福岡行きのアナウンス、乗客は搭乗口へ向っていたのですが、飛行機の性で遅れたのに、福岡へは予定時間に飛ぶらしく、そこはおじさんの気合で、チェックインぎりぎりまでの5分で、買い物済ませ無事搭乗し福岡へ向かいました。
3泊4日の北京シンポジウムで色々経験でき、良い機会なりました。これも、木内とのご縁のおかげと思っています。そして、本当に親切にしていただいた、金周英夫妻とシンポジムのスタッフ、更には世界から来られた講師に感謝するばかりです。このことから、私はとても中国が近い存在になりました。やはり、人との出会いが世界を身近なものにして行くのだと感じたフューチャー500中国の北京シンポジウムでした。
最後に、国際シンポジウムの現実を垣間見て、先生たちも色々な国際舞台で、苦労があるのだなと感じた(体験した)フューチャー500中国・北京国際シンポジウム でした。人生何でも勉強ですが、精神的な緊張感に耐えてこその国際人なのだと体感しました。
・木内孝(フューチャー500)コミュ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2615890
~木内さんは言う~ 「日本の国民は環境問題に無関心な人が多いが、政府に任せていては期待出来ない。」
人間はどんなことが起っても、自由自在に対応できる適応力を不断に養わなければならない。それには絶えず自力を養成しなければならないぬ。薬の力とか、医者の力とか、他物に依存して居っては段々自力が弱くなります。自然の体力、生命力が弱くなってしまいます。どんな代用品も自然の生命力に勝るものはありません。
身体ばかりではない。整理ばかりでない。精神、心理という意味に於ける性理、命理もすべてそうです。
そんなことから、病弱とか、愚鈍であるとか、貧乏でるとか、多忙であるとかいうことは、逆に自分自身を鍛錬する非常な妙薬、否、妙薬以上のものであります。(一日一言より)
2005フューチャー500中国・北京国際シンポジウム(その3)
~The Future500 china 2005Conference~
7)フューチャー500北京シンポジウムのその後
前回の日記が、私の実践報告の全文です。社会制度が違うので、どこまで分かってもらえたか不安でしたが、報告会の後の昼食会で、全然知らない中国の中年の女性から日本に住む日本語のできる中国の方を紹介され、電話で話をしてと携帯電話を渡され、少しお話をしました。
びっくりですが、木内氏から「君の話に関心を持ったのだよ」と言われ、無事に責任を果たしたのかなと胸をなでおろしました。ちなみに、私のシンポジウムでの位置づけは、九州の中小企業の代表として、発表をしました。(良いのかと思いつつ?)
午後は、まとめに入りそれまでの発表を踏まえて研究者の報告と会場から意見があり、最後にシンポジウムの司会の意見、主催者のビル・シャーマン氏、木内孝氏が感想を述べ、中国シンポジウムの責任者の金周英氏がまとめを述べて、満場の拍手の中で会は終了しました。本当にすばらしい経験になりました。
その後、講師たちと中国シンポジムのスタッフとの慰労の夕食会が有り、和やかに中に色々意見が来年へ向けた議論になっていました。そのエネルギーのすごさも理解でき、丸2日(前後を入れると4日間)につぎ込まれた、主要な方のご苦労を思い頭が下がる思いをしました。夕食後に、北京の主要地区を車でドライブして、ホテルに帰り疲れからシャワーを浴びて直ぐ寝ました。
8)予定外の日程に、どきどきの帰国スケジュール??
4日目は、朝5時半起きで、ホテルを6時半に出て空港へ向い、約50分走り空港に着くと早朝なのにその混雑振りは、現在の中国発展を写すような賑わいでした。
どうにか、チェックインを済ませて朝食を取ろうと周りを見ると、日本のようなレストランも無く、「機内食でどうにかできるか」と思って登場すると、乗客の大きな団体が30分遅れ待つことになり、それが原因で、全員揃ったのですが、霧も有り管制塔から離陸調整が上手く行かずに、飛行機に1時間50分足止めして離陸、更に飛んでいる間も天候が悪く、機内サービス中止で13時まで何も食べずに、大連到着。
到着後、出国手続きを済ませて、お土産買おうと免税店に行くと、福岡行きのアナウンス、乗客は搭乗口へ向っていたのですが、飛行機の性で遅れたのに、福岡へは予定時間に飛ぶらしく、そこはおじさんの気合で、チェックインぎりぎりまでの5分で、買い物済ませ無事搭乗し福岡へ向かいました。
3泊4日の北京シンポジウムで色々経験でき、良い機会なりました。これも、木内とのご縁のおかげと思っています。そして、本当に親切にしていただいた、金周英夫妻とシンポジムのスタッフ、更には世界から来られた講師に感謝するばかりです。このことから、私はとても中国が近い存在になりました。やはり、人との出会いが世界を身近なものにして行くのだと感じたフューチャー500中国の北京シンポジウムでした。
最後に、国際シンポジウムの現実を垣間見て、先生たちも色々な国際舞台で、苦労があるのだなと感じた(体験した)フューチャー500中国・北京国際シンポジウム でした。人生何でも勉強ですが、精神的な緊張感に耐えてこその国際人なのだと体感しました。
・木内孝(フューチャー500)コミュ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2615890
~木内さんは言う~ 「日本の国民は環境問題に無関心な人が多いが、政府に任せていては期待出来ない。」
フューチャー500中国・北京国際シンポジウム(その2)
2007年11月20日
<今日の言葉>活学のすすめ(安岡正篤語録-02)
学問というものは現実から遊離したものは駄目であって、どうしても自分の身に付けて、足が地を離れぬように、その学問、その思想をもって自分の性格を作り、これを自分の環境に及ぼしてゆくという実践性がなければ活学ではない。われわれは今後本当に人間を作り、家庭を作り、社会を作る上に役に立つ生命のある思想学問を興し、これを政治経済百般に適用してゆかねければならない。いわゆる実学、活学をやらなければならない。(一日一言より)
2005フューチャー500中国・北京国際シンポジウム(その2)
~The Future500 china 2005Conference~
6)社会貢献活動の実践報告発表
「ニイハオ」から始まり、自己紹介し、九州地方で、小さな企業の経営をしている、建築家であり、社会活動家であること、フューチャー500との出会いは、社会貢献活動を学ぶセミナーで出会ったことを紹介し、日常の話に移りました。
私の社会貢献は、ほとんどがボランティア活動で、特徴は地域が小さいことも有り、活動の分野が多様なことにあります。環境保全、歴史文化の検証、子育て支援、男女共同参画、福祉のまちづくり、公共対策など、10を越える活動に参加し、活動で分かった問題点は関係有る、行政や企業へ提言し、改善するように申し入れ、社会をより良きものにできるように、時間と労力を注いで来ました。
① 最初の師匠との出会い
社会貢献の勉強は、15年前にさかのぼります。建築の設計事務所開設と同時に、自業の利点を生かし、時間を調整し、社会の現況のこと、まちづくりのこと、環境の現状のことを学ぶ、セミナーや研究会に参加するようになりました。そこで、1人の教授に出会います。教授の考え「地球規模で考え、足元の地域で行動を起す」に賛同し、約5年間、様々な地域社会のことを学び、多くの地域のリーダーのお話を聞き、意見を交わさせてもらいました。
この教授の主催する「くまもと地球市民塾」の事業で、1997年に熊本で西日本初で、規模も400名を越える「九州太陽エネルギー研究集会」を開催することになり、私も企画準備に関わり、日本の新エネルギー分野の最先端の研究者や、九州の新進気鋭の技術者と出会いました。この研究集会には、当時の県知事も参加され、その参加者の多さと関心の高さに、時代を感じたと感想を述べられたと言います。ここで、「私も、なにかやろう」と私の目覚まし時計が鳴りました。
② 学ぶだけの生徒から、実践へ向けた試み
それまでは、学ぶだけのスタッフが、社会貢献するために仲間作りに走り回る日々が始まりました。その重要な仲間であり指導者の木内氏で有り、友人で有る青柳氏です。
1998年から始まった、地域で信頼できる有能な人材探しとネットワーク作りでは、1人と話す時間を大切にし、とことん時間をかけて話し込むことで理解が深まって行きました。ですから、どんなに頑張っても年間百人程度で、9年目でやっと1000名を越えるまでなっています。
その出会った人たちを集め、年に4回交流会を企画し、ネットワークの親睦をはかり、私を介してリンクさせ、企業の連携を図り、交流会の対話から地域の問題点が浮かび上がり、さらにまちづくり関わるスタッフが出てきて、私と一緒にまちづくりにも参加するようになりました。
③ 九州の現状と持続可能社会へ向けた事業例
(会場にむかって)こんな活動の話をすると、九州は「のん気」で良いなと感じられるかと思いますが、九州でも日々激しい競争の中で仕事しています。ただ、競争ばかりに走るとフォーチュン500の方向に進み、私はフューチャー500の仲間になれません。そうではなくて、持続可能な地域社会にする活動にも参加し、事業経営も健全にやることを目指すのが、フューチャー500の理念と考えています。
地方の市場でそんなことができるか疑問に思われますので、成功している企業を紹介したいと思います。この経営者は、太陽エネルギー研修会で出会ったのですが、開業当初は普通の家電販売店だったそうです。
しかし、バブル経済崩壊後低迷し、苦労が続く中でアメリカのニュースで太陽光発電設備を設置するところを見て「これからは、これだ」と九州には資料が無いので独自に集め勉強し、元々研究熱心なことで取付金具やアルミの溶接技術を習得し、徐々に事業を進めたころが研修会開催でした。それから一緒に社会的な活動を一緒にするようになりました。
研修会当時、夫婦二人で始めた家電店で太陽光発設備部門の売り上げは、年間2000万円程度だったそうですが、毎年成長を続け九州を代表する太陽光発電販売の企業になっています。これを支えているのは、地域の信頼のネットワークと創業時の「未来社会への貢献」に市民が賛同し、協力してくれた結果だと思います。今も一緒に仕事しているのですが、益々元気になっていまして、彼曰く「私は、人のために仕事をします」だそうです。
④ 私に自身の社会活動の考え方
さて、私の現在の活動は、今のような元気な企業仲間を合わせる異業種交流会を主催し、仲間の多様な個性や能力を整理し、情報発信する仕事、社会活動を企画運営したり、地元の大学でまちづくりの講義をしたりを、企業活動のかたわら続けています。木内氏にも、2002年以来、毎年熊本へお招きして、講演会や主要な自治体の首長との対談をしてもらっています。おかげで、県知事や県都の市長も理解し応援してもらっていまし、企画にも参加してもらっています。
この活動で重要なことは、未来社会を思う熱き「志」と「私心のないこと」にあります。私は、活動初めの頃、色々な中傷や入れ知恵などありましたが、小さくても主旨をしっかり持ち、地道に続けて来たことで、協力者も増え、地域社会に認知され、ついには北京まで来る事になりました。全てがすばらしい人たちのとの出会いから始まりました。
また、私の考えの基本に、自然も地域社会も制度も、現代の人が未来の世代から預かっている、大切な「社会的共通資本」と考えています。昨日から地球の危機の話が出ていますが、私たちが変ることで世界が変わって行くと思っています。
⑤ 基本理念は、中国古典思想と幕末の偉人たちの生き方
私は、今の行動理念に行き着くまで、様々な本や人に学びました。特に影響を受けているのが、中国の古典の「孔子」「孟子」、王陽明の流れを汲む「陽明学」などが、私の考え方に大きく役立っています。そして到達した「知行合一」は、「知識は理解し行動に起してこそ知識」という考えです。幕末の志士の考えにもたくさん学びました。このシンポジウムでも、気付きと行動がテーマに在ると思っています。
皆さんも今日の気付きから、小さなことでも良いですから、まず行動を起してみましょう。そして仲間を募り、ネットワークをすることで思いが広がり、地域更には世界が、少しづつですが変わって行くと思っています。
⑥ 世界が同じ共通認識を持っていると分かった
私は、今回の北京シンポジウムで、アジアの人も、世界の人も、思いが同じ方向を向いていることが分かりました。とてもすばらしい経験になり、多くの友人もできました。この北京シンポジウムに来れたことに感謝しています。
最後に、今年出会った古くてあたらしい言葉のインドの指導者マハト・マガンジーの言葉を紹介します。
We must become the change we want to be.
(我々は、変化そのものにならなければならない。)
ご清聴ありがとうございました。シエシエ。
・木内孝(フューチャー500)コミュ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2615890
~木内さんは言う~ 「日本の国民は環境問題に無関心な人が多いが、政府に任せていては期待出来ない。」
学問というものは現実から遊離したものは駄目であって、どうしても自分の身に付けて、足が地を離れぬように、その学問、その思想をもって自分の性格を作り、これを自分の環境に及ぼしてゆくという実践性がなければ活学ではない。われわれは今後本当に人間を作り、家庭を作り、社会を作る上に役に立つ生命のある思想学問を興し、これを政治経済百般に適用してゆかねければならない。いわゆる実学、活学をやらなければならない。(一日一言より)
2005フューチャー500中国・北京国際シンポジウム(その2)
~The Future500 china 2005Conference~
6)社会貢献活動の実践報告発表
「ニイハオ」から始まり、自己紹介し、九州地方で、小さな企業の経営をしている、建築家であり、社会活動家であること、フューチャー500との出会いは、社会貢献活動を学ぶセミナーで出会ったことを紹介し、日常の話に移りました。
私の社会貢献は、ほとんどがボランティア活動で、特徴は地域が小さいことも有り、活動の分野が多様なことにあります。環境保全、歴史文化の検証、子育て支援、男女共同参画、福祉のまちづくり、公共対策など、10を越える活動に参加し、活動で分かった問題点は関係有る、行政や企業へ提言し、改善するように申し入れ、社会をより良きものにできるように、時間と労力を注いで来ました。
① 最初の師匠との出会い
社会貢献の勉強は、15年前にさかのぼります。建築の設計事務所開設と同時に、自業の利点を生かし、時間を調整し、社会の現況のこと、まちづくりのこと、環境の現状のことを学ぶ、セミナーや研究会に参加するようになりました。そこで、1人の教授に出会います。教授の考え「地球規模で考え、足元の地域で行動を起す」に賛同し、約5年間、様々な地域社会のことを学び、多くの地域のリーダーのお話を聞き、意見を交わさせてもらいました。
この教授の主催する「くまもと地球市民塾」の事業で、1997年に熊本で西日本初で、規模も400名を越える「九州太陽エネルギー研究集会」を開催することになり、私も企画準備に関わり、日本の新エネルギー分野の最先端の研究者や、九州の新進気鋭の技術者と出会いました。この研究集会には、当時の県知事も参加され、その参加者の多さと関心の高さに、時代を感じたと感想を述べられたと言います。ここで、「私も、なにかやろう」と私の目覚まし時計が鳴りました。
② 学ぶだけの生徒から、実践へ向けた試み
それまでは、学ぶだけのスタッフが、社会貢献するために仲間作りに走り回る日々が始まりました。その重要な仲間であり指導者の木内氏で有り、友人で有る青柳氏です。
1998年から始まった、地域で信頼できる有能な人材探しとネットワーク作りでは、1人と話す時間を大切にし、とことん時間をかけて話し込むことで理解が深まって行きました。ですから、どんなに頑張っても年間百人程度で、9年目でやっと1000名を越えるまでなっています。
その出会った人たちを集め、年に4回交流会を企画し、ネットワークの親睦をはかり、私を介してリンクさせ、企業の連携を図り、交流会の対話から地域の問題点が浮かび上がり、さらにまちづくり関わるスタッフが出てきて、私と一緒にまちづくりにも参加するようになりました。
③ 九州の現状と持続可能社会へ向けた事業例
(会場にむかって)こんな活動の話をすると、九州は「のん気」で良いなと感じられるかと思いますが、九州でも日々激しい競争の中で仕事しています。ただ、競争ばかりに走るとフォーチュン500の方向に進み、私はフューチャー500の仲間になれません。そうではなくて、持続可能な地域社会にする活動にも参加し、事業経営も健全にやることを目指すのが、フューチャー500の理念と考えています。
地方の市場でそんなことができるか疑問に思われますので、成功している企業を紹介したいと思います。この経営者は、太陽エネルギー研修会で出会ったのですが、開業当初は普通の家電販売店だったそうです。
しかし、バブル経済崩壊後低迷し、苦労が続く中でアメリカのニュースで太陽光発電設備を設置するところを見て「これからは、これだ」と九州には資料が無いので独自に集め勉強し、元々研究熱心なことで取付金具やアルミの溶接技術を習得し、徐々に事業を進めたころが研修会開催でした。それから一緒に社会的な活動を一緒にするようになりました。
研修会当時、夫婦二人で始めた家電店で太陽光発設備部門の売り上げは、年間2000万円程度だったそうですが、毎年成長を続け九州を代表する太陽光発電販売の企業になっています。これを支えているのは、地域の信頼のネットワークと創業時の「未来社会への貢献」に市民が賛同し、協力してくれた結果だと思います。今も一緒に仕事しているのですが、益々元気になっていまして、彼曰く「私は、人のために仕事をします」だそうです。
④ 私に自身の社会活動の考え方
さて、私の現在の活動は、今のような元気な企業仲間を合わせる異業種交流会を主催し、仲間の多様な個性や能力を整理し、情報発信する仕事、社会活動を企画運営したり、地元の大学でまちづくりの講義をしたりを、企業活動のかたわら続けています。木内氏にも、2002年以来、毎年熊本へお招きして、講演会や主要な自治体の首長との対談をしてもらっています。おかげで、県知事や県都の市長も理解し応援してもらっていまし、企画にも参加してもらっています。
この活動で重要なことは、未来社会を思う熱き「志」と「私心のないこと」にあります。私は、活動初めの頃、色々な中傷や入れ知恵などありましたが、小さくても主旨をしっかり持ち、地道に続けて来たことで、協力者も増え、地域社会に認知され、ついには北京まで来る事になりました。全てがすばらしい人たちのとの出会いから始まりました。
また、私の考えの基本に、自然も地域社会も制度も、現代の人が未来の世代から預かっている、大切な「社会的共通資本」と考えています。昨日から地球の危機の話が出ていますが、私たちが変ることで世界が変わって行くと思っています。
⑤ 基本理念は、中国古典思想と幕末の偉人たちの生き方
私は、今の行動理念に行き着くまで、様々な本や人に学びました。特に影響を受けているのが、中国の古典の「孔子」「孟子」、王陽明の流れを汲む「陽明学」などが、私の考え方に大きく役立っています。そして到達した「知行合一」は、「知識は理解し行動に起してこそ知識」という考えです。幕末の志士の考えにもたくさん学びました。このシンポジウムでも、気付きと行動がテーマに在ると思っています。
皆さんも今日の気付きから、小さなことでも良いですから、まず行動を起してみましょう。そして仲間を募り、ネットワークをすることで思いが広がり、地域更には世界が、少しづつですが変わって行くと思っています。
⑥ 世界が同じ共通認識を持っていると分かった
私は、今回の北京シンポジウムで、アジアの人も、世界の人も、思いが同じ方向を向いていることが分かりました。とてもすばらしい経験になり、多くの友人もできました。この北京シンポジウムに来れたことに感謝しています。
最後に、今年出会った古くてあたらしい言葉のインドの指導者マハト・マガンジーの言葉を紹介します。
We must become the change we want to be.
(我々は、変化そのものにならなければならない。)
ご清聴ありがとうございました。シエシエ。
・木内孝(フューチャー500)コミュ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2615890
~木内さんは言う~ 「日本の国民は環境問題に無関心な人が多いが、政府に任せていては期待出来ない。」
フューチャー500中国・北京国際シンポジウム報告(その1)
2007年11月20日
<今日の言葉>人物の見分け方(安岡正篤語録-01)
「大事・難事には担当を看る。逆境・順境には襟度を看る。臨喜・臨怒には涵養を看る。群行・群止には識見を看る」
これは呂新吾の呻吟語(しんぎんご)に出てくる言葉であるが、大事難事が起ったときは、人の担当力を看るだけでなく、自分自身がどう対処し得るかと内省する意味がある。
逆境順境に襟度を看るは、襟は心であり、度は度量である。
臨喜臨怒に涵養を看るは、喜びや悲しみに際して恬淡(てんたん)としているか、どんなに怒るかとか思っていると悠揚(ゆうよう)としているなど、平生深く養っておればそれが出ることだ。
群行群止とは、大勢の人間と一緒の行動をしているとき、その人の見識が現れること(一日一言より)
2005フューチャー500中国・北京国際シンポジウム報告(その1)
~The Future500 china 2005Conference~
ちょうど2年前のシンポジムのことですが、ご笑覧頂ければ幸いです。
1)始まりは、母校の同窓会
2005年7月末に、私の出身高校の熊本市支部創設5周年の記念講演の企画担当をすることになり、熊本の情報誌の出版社長の先輩と私の2人で託され、いくつかの候補が有る中で、私の師の木内孝氏を招聘することになりました。
その企画は好評の内に講演会+総会が終了したのですが、次の日に私の地元の宇土市から大阪まで、石棺を人力の手漕ぎ船で運ぶ出港式に参列しようと早朝からホテルに向かいに行き、盛大な式典や知事との対談を終えて空港に送る途中で、「秋北京でシンポジムがあるから、九州から2人連れて行きたい。野口さんは、どうかと思っているので、ぜひ北京に行かないか」と誘われました。
話は、そこで終わるのですが、9月に再度打診が有り、福岡のフューチャー500の支部長と行くことになりました。それから、出発近くまで詳しい日程連絡も無く、出発準備を近くなった日曜日するとになります
。
2)緊張の始まりは、フューチャー500福岡シンポジムから
2005年11月15日の福岡シンポジム後、次の日は熊本で日常の仕事と家族の用事を済ませ、17日朝から北京行きの準備をして、熊本のバスセンターから福岡空港行きの高速バスに乗り、能古島で15日の打ち合わせ予定よりもちょっと早めの午後1時半に国際線ターミナルに着いたので、昼食を済ませ待ち合わせ場所へ行くとフューチャー500福岡の青柳さんが居て、それからチケットをもらいました。
そこで青柳さんに初めて、「北京の日程は?」とたずねると「木内氏が北京空港で到着ロビーで、待っているから」だけ言って、東京に帰られるそうで、とにかく北京空港に行くしかないと、内容も会場も分からないまま、大連経由北京行きに中国国際航空B737に搭乗しました。中国の発展からか飛行機は満席でした。
3)ハプニングは、何回も・・・
大連空港でのハプニングが1つ、入国手続きで宿泊予定のホテルの記入部分があったのですが、会場も日程も知らないので、戸惑っていると日本のツアー客のコンダクターが中国語で係官に告げてくれ、「日本の国内の電話番号」の記入でOKで、入国できました。そのツアー客の女性数名が、私の住む近郊の人が居て、妙に海外での身近な親近感を覚えました。
北京に到着、到着ロビーに木内氏が居るか探すが見つからず、2人で「とにかく出て、待つしかないか」と出て、きょろきょろしている木内会長が、いつもの半そでスタイルで出迎えてくれました。中国側の迎えも居て、一安心。
後は、スタッフに連れられてホテルへ向かいました。夜の7時(日本時間から1時間遅れ)を過ぎた周りか暗く、高速道路を約40分近く走り、市道をちょっと走ってホテル到着。ホテルは国営で、到着と同時に七ヶ国の講師たちのレセプションが始まり、自己紹介や雑談始まりました。
アメリカ、日本、インド、オーストラリア、中東のUAE、イギリス、そして中国のスタッフも含め、約20人の夕食会でした。夕食会が終って、木内会長に「私は、どんなことを紹介すれば良いのでしょうか」とたずねると、「今やっていること紹介してください、知事とか市長とかの対談、異業種交流会、ネットワークなど、2日目午前中に15分程度、通訳は私がする」とあり、そこから実践報告の準備が始まりました。
4)フューチャー500中国・北京国際シンポジウム 開会
初日の18日は、朝からセレモニー、基調講演、3名の提言、午後は、人民会議副議長(?と聞きました)が入ってのパネルディスカッション、その後研究者からの報告があり、国際シンポジウムとは、こんなものかと思いつつ、時々分かる英語の単語と、中国語の理解できる漢字を読みつつ、午前は2列目、午後は最前列で傍聴しました。
朝のセレモニーの時に、日本からの報告者と紹介され、内容は九州の中小企業家の代表だったので、「おれで、良いなか?」と木内氏にたずねると、新しい経営スタイルで紹介すると言われ、「ここまで来たからには、やるしかないか」と方向を決めて考えをまとめ始めました。
5)深夜まで、報告原稿の作成
初日の行事が終わり、懇親会がはじまると、中国語と英語の乱舞する中、日本語頼りの九州の2人は、木内氏と一緒のテーブルで二回目の夕食を楽しみました。前日に食べた唐辛子の辛さに泣いた経験から、用心しながらの食事でしたが、季節を感じるものの有り、美味しくいただけました。なぜか、最後の果物にスイカが朝から晩まで出たのが不思議でした。夕食は、ビールも一杯で止め、9時から深夜2時までかかり、19日の実践報告の原稿をまとめました。
さて、19日の一部は、研究者の報告が有り、2部に4人の実践報告で、福岡の青柳氏と私が話をしました。私は、4人目で国際シンポジウムも初めて、まして海外での報告になるとは思ってもみず、緊張して演題に経ちました。内容は、下記のようなものにしました。
・木内孝(フューチャー500)コミュ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2615890
~木内さんは言う~ 「日本の国民は環境問題に無関心な人が多いが、政府に任せていては期待出来ない。」
「大事・難事には担当を看る。逆境・順境には襟度を看る。臨喜・臨怒には涵養を看る。群行・群止には識見を看る」
これは呂新吾の呻吟語(しんぎんご)に出てくる言葉であるが、大事難事が起ったときは、人の担当力を看るだけでなく、自分自身がどう対処し得るかと内省する意味がある。
逆境順境に襟度を看るは、襟は心であり、度は度量である。
臨喜臨怒に涵養を看るは、喜びや悲しみに際して恬淡(てんたん)としているか、どんなに怒るかとか思っていると悠揚(ゆうよう)としているなど、平生深く養っておればそれが出ることだ。
群行群止とは、大勢の人間と一緒の行動をしているとき、その人の見識が現れること(一日一言より)
2005フューチャー500中国・北京国際シンポジウム報告(その1)
~The Future500 china 2005Conference~
ちょうど2年前のシンポジムのことですが、ご笑覧頂ければ幸いです。
1)始まりは、母校の同窓会
2005年7月末に、私の出身高校の熊本市支部創設5周年の記念講演の企画担当をすることになり、熊本の情報誌の出版社長の先輩と私の2人で託され、いくつかの候補が有る中で、私の師の木内孝氏を招聘することになりました。
その企画は好評の内に講演会+総会が終了したのですが、次の日に私の地元の宇土市から大阪まで、石棺を人力の手漕ぎ船で運ぶ出港式に参列しようと早朝からホテルに向かいに行き、盛大な式典や知事との対談を終えて空港に送る途中で、「秋北京でシンポジムがあるから、九州から2人連れて行きたい。野口さんは、どうかと思っているので、ぜひ北京に行かないか」と誘われました。
話は、そこで終わるのですが、9月に再度打診が有り、福岡のフューチャー500の支部長と行くことになりました。それから、出発近くまで詳しい日程連絡も無く、出発準備を近くなった日曜日するとになります
。
2)緊張の始まりは、フューチャー500福岡シンポジムから
2005年11月15日の福岡シンポジム後、次の日は熊本で日常の仕事と家族の用事を済ませ、17日朝から北京行きの準備をして、熊本のバスセンターから福岡空港行きの高速バスに乗り、能古島で15日の打ち合わせ予定よりもちょっと早めの午後1時半に国際線ターミナルに着いたので、昼食を済ませ待ち合わせ場所へ行くとフューチャー500福岡の青柳さんが居て、それからチケットをもらいました。
そこで青柳さんに初めて、「北京の日程は?」とたずねると「木内氏が北京空港で到着ロビーで、待っているから」だけ言って、東京に帰られるそうで、とにかく北京空港に行くしかないと、内容も会場も分からないまま、大連経由北京行きに中国国際航空B737に搭乗しました。中国の発展からか飛行機は満席でした。
3)ハプニングは、何回も・・・
大連空港でのハプニングが1つ、入国手続きで宿泊予定のホテルの記入部分があったのですが、会場も日程も知らないので、戸惑っていると日本のツアー客のコンダクターが中国語で係官に告げてくれ、「日本の国内の電話番号」の記入でOKで、入国できました。そのツアー客の女性数名が、私の住む近郊の人が居て、妙に海外での身近な親近感を覚えました。
北京に到着、到着ロビーに木内氏が居るか探すが見つからず、2人で「とにかく出て、待つしかないか」と出て、きょろきょろしている木内会長が、いつもの半そでスタイルで出迎えてくれました。中国側の迎えも居て、一安心。
後は、スタッフに連れられてホテルへ向かいました。夜の7時(日本時間から1時間遅れ)を過ぎた周りか暗く、高速道路を約40分近く走り、市道をちょっと走ってホテル到着。ホテルは国営で、到着と同時に七ヶ国の講師たちのレセプションが始まり、自己紹介や雑談始まりました。
アメリカ、日本、インド、オーストラリア、中東のUAE、イギリス、そして中国のスタッフも含め、約20人の夕食会でした。夕食会が終って、木内会長に「私は、どんなことを紹介すれば良いのでしょうか」とたずねると、「今やっていること紹介してください、知事とか市長とかの対談、異業種交流会、ネットワークなど、2日目午前中に15分程度、通訳は私がする」とあり、そこから実践報告の準備が始まりました。
4)フューチャー500中国・北京国際シンポジウム 開会
初日の18日は、朝からセレモニー、基調講演、3名の提言、午後は、人民会議副議長(?と聞きました)が入ってのパネルディスカッション、その後研究者からの報告があり、国際シンポジウムとは、こんなものかと思いつつ、時々分かる英語の単語と、中国語の理解できる漢字を読みつつ、午前は2列目、午後は最前列で傍聴しました。
朝のセレモニーの時に、日本からの報告者と紹介され、内容は九州の中小企業家の代表だったので、「おれで、良いなか?」と木内氏にたずねると、新しい経営スタイルで紹介すると言われ、「ここまで来たからには、やるしかないか」と方向を決めて考えをまとめ始めました。
5)深夜まで、報告原稿の作成
初日の行事が終わり、懇親会がはじまると、中国語と英語の乱舞する中、日本語頼りの九州の2人は、木内氏と一緒のテーブルで二回目の夕食を楽しみました。前日に食べた唐辛子の辛さに泣いた経験から、用心しながらの食事でしたが、季節を感じるものの有り、美味しくいただけました。なぜか、最後の果物にスイカが朝から晩まで出たのが不思議でした。夕食は、ビールも一杯で止め、9時から深夜2時までかかり、19日の実践報告の原稿をまとめました。
さて、19日の一部は、研究者の報告が有り、2部に4人の実践報告で、福岡の青柳氏と私が話をしました。私は、4人目で国際シンポジウムも初めて、まして海外での報告になるとは思ってもみず、緊張して演題に経ちました。内容は、下記のようなものにしました。
・木内孝(フューチャー500)コミュ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2615890
~木内さんは言う~ 「日本の国民は環境問題に無関心な人が多いが、政府に任せていては期待出来ない。」
ジョギング再開と、「人物の見分け方」は難しい
2007年11月19日
ジョギング再開と、「人物の見分け方」は難しい
久々にジョギングをはじめました。ちょうど一年前に、10区間25.5kmの距離を、地元の10校の小中学校PTAがつなぐ駅伝があったのですが、私は2ヶ月半のジョギングを練習を積み重ねて、25.5kmを一人で完走することに挑戦し、最終区の10区ではふらふらになりながら、走り終えたことを思い出します。
あれ以来、娘たちに受験、入学、更にPTA役員引継ぎ、春夏とまちづくりの仕事等で、なかなか走れなかったですが、意を決して(少々大げさですが)やっと、走りはじめました。昨年の今頃は、毎日10kmを走っていたのですが、きょうはやっと400mをゆっくり5周、それの休み休みでした。やはり、継続は力だなと思います。
さて、ここ3日間、キッズサッカー、地域おこし団体、あるいは横井小楠顕彰事業、フェアトレード活動等で、色々な人に会ったのですが、人物評価はむずかしいなと思います。私は、人間10年くらい付き合わないと解からないと言って(逃げて?)います。でも、人の評価はとても難しいと思います。
年に、1~2回読む、安岡正篤先生の「一日一言」の一説に「人物の見分け方」なるものがありました。漢詩まじりの言葉で、私にはいつも難解なのですが、でもとても勉強になっています。本文を転載します。
・人物の見分け方
「大事・難事には担当を看る。逆境・順境には襟度を看る。臨喜・臨怒には涵養を看る。群行・群止には識見を看る」
これは呂新吾の呻吟語(しんぎんご)に出てくる言葉であるが、大事難事が起ったときは、人の担当力を看るだけでなく、自分自身がどう対処し得るかと内省する意味がある。
逆境順境に襟度を看るは、襟は心であり、度は度量である。
臨喜臨怒に涵養を看るは、喜びや悲しみに際して恬淡(てんたん)としているか、どんなに怒るかとか思っていると悠揚(ゆうよう)としているなど、平生深く養っておればそれが出ることだ。
群行群止とは、大勢の人間と一緒の行動をしているとき、その人の見識が現れること。
(一日一言より)
何もなく平穏無事の時は、人間性はなかなか見えないものですが、危機とか、災害、不当な圧力、瀕死の重傷、或いは貧乏に陥ったとき、逆に地位が上がる、権威を持つ等、日常と違った時に、人間性が出ると先人が説いています。
また、西郷隆盛は、学問とは「危機管理のため」(西郷南州遺訓)とも説いた言葉も有あります。そう考えると、私の思いの「せめて10年くらい付き合わないと良くわからない」もまちがっていないように思います。
人間危機に臨んだときこそ、本性と真の知恵が湧き出ると信じています。数は少なくて良いですから、心振るわせるような出会いを楽しみに、明日もやってみたいと思います。
何日続くか分かりませんが、ジョギングを無理をせず、できるときやるスタイルで、1年ぶりに続けること挑戦したいと思います。中年のオヤジたちも、寒さに負けずに何か運動を始めると、忘年会も乗り切れるかもしれません。今年も残り40日ちょっと、元気に頑張りましょう。
久々にジョギングをはじめました。ちょうど一年前に、10区間25.5kmの距離を、地元の10校の小中学校PTAがつなぐ駅伝があったのですが、私は2ヶ月半のジョギングを練習を積み重ねて、25.5kmを一人で完走することに挑戦し、最終区の10区ではふらふらになりながら、走り終えたことを思い出します。
あれ以来、娘たちに受験、入学、更にPTA役員引継ぎ、春夏とまちづくりの仕事等で、なかなか走れなかったですが、意を決して(少々大げさですが)やっと、走りはじめました。昨年の今頃は、毎日10kmを走っていたのですが、きょうはやっと400mをゆっくり5周、それの休み休みでした。やはり、継続は力だなと思います。
さて、ここ3日間、キッズサッカー、地域おこし団体、あるいは横井小楠顕彰事業、フェアトレード活動等で、色々な人に会ったのですが、人物評価はむずかしいなと思います。私は、人間10年くらい付き合わないと解からないと言って(逃げて?)います。でも、人の評価はとても難しいと思います。
年に、1~2回読む、安岡正篤先生の「一日一言」の一説に「人物の見分け方」なるものがありました。漢詩まじりの言葉で、私にはいつも難解なのですが、でもとても勉強になっています。本文を転載します。
・人物の見分け方
「大事・難事には担当を看る。逆境・順境には襟度を看る。臨喜・臨怒には涵養を看る。群行・群止には識見を看る」
これは呂新吾の呻吟語(しんぎんご)に出てくる言葉であるが、大事難事が起ったときは、人の担当力を看るだけでなく、自分自身がどう対処し得るかと内省する意味がある。
逆境順境に襟度を看るは、襟は心であり、度は度量である。
臨喜臨怒に涵養を看るは、喜びや悲しみに際して恬淡(てんたん)としているか、どんなに怒るかとか思っていると悠揚(ゆうよう)としているなど、平生深く養っておればそれが出ることだ。
群行群止とは、大勢の人間と一緒の行動をしているとき、その人の見識が現れること。
(一日一言より)
何もなく平穏無事の時は、人間性はなかなか見えないものですが、危機とか、災害、不当な圧力、瀕死の重傷、或いは貧乏に陥ったとき、逆に地位が上がる、権威を持つ等、日常と違った時に、人間性が出ると先人が説いています。
また、西郷隆盛は、学問とは「危機管理のため」(西郷南州遺訓)とも説いた言葉も有あります。そう考えると、私の思いの「せめて10年くらい付き合わないと良くわからない」もまちがっていないように思います。
人間危機に臨んだときこそ、本性と真の知恵が湧き出ると信じています。数は少なくて良いですから、心振るわせるような出会いを楽しみに、明日もやってみたいと思います。
何日続くか分かりませんが、ジョギングを無理をせず、できるときやるスタイルで、1年ぶりに続けること挑戦したいと思います。中年のオヤジたちも、寒さに負けずに何か運動を始めると、忘年会も乗り切れるかもしれません。今年も残り40日ちょっと、元気に頑張りましょう。
人間は疑念を持つが、これが科学の芽生えである(エマーソン)
2007年11月16日
人間は疑念を持つが、これが科学の芽生えである(エマーソン)
例えば市場で三割を占める家具メーカーがあるとする。他の企業を圧倒するシェアーで、ニーズを把握していると自負する。
でも、思想家のピーター・ドラッカー氏によれば、シェア三割と言うことは、逆に七割のお客の事を知らないと言うことになる。三割に過ぎない情報を鵜呑みにしていると、いずれシェアを失い、倒産する事を指摘する。
組織とって最も重要な社会のできごとの多くは、定量化できず、事実となっていないため、コンピューターでつかむのは難しい。外の世界の重要なことは、もはや手遅れという時期にならないと、定量的な形では入手できない。
ドラッカー氏は、言う。
「社会における真に重要なことは趨勢(すうせい)ではなく、変化である。変化は人間自身が知覚しなければならない。現場に足を運び、自分の目で現物を見て聞き、現実も即してものごとを考える。そんな現場感覚、現実感覚があって初めてデーターは生き、判断を助ける。」
思い込みを反省し、常に社会は変化していることを確認し、反省し、前進したいものです。
*エマーソン:アメリカの哲学者
例えば市場で三割を占める家具メーカーがあるとする。他の企業を圧倒するシェアーで、ニーズを把握していると自負する。
でも、思想家のピーター・ドラッカー氏によれば、シェア三割と言うことは、逆に七割のお客の事を知らないと言うことになる。三割に過ぎない情報を鵜呑みにしていると、いずれシェアを失い、倒産する事を指摘する。
組織とって最も重要な社会のできごとの多くは、定量化できず、事実となっていないため、コンピューターでつかむのは難しい。外の世界の重要なことは、もはや手遅れという時期にならないと、定量的な形では入手できない。
ドラッカー氏は、言う。
「社会における真に重要なことは趨勢(すうせい)ではなく、変化である。変化は人間自身が知覚しなければならない。現場に足を運び、自分の目で現物を見て聞き、現実も即してものごとを考える。そんな現場感覚、現実感覚があって初めてデーターは生き、判断を助ける。」
思い込みを反省し、常に社会は変化していることを確認し、反省し、前進したいものです。
*エマーソン:アメリカの哲学者
赤字国家にも、まだ税源があり。でもまた借金の日本?
2007年11月15日
赤字国家にも、まだ税源があり。でもまた借金の日本?
■道路事業 10年間で68兆の素案(毎日新聞 - 11月13日)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=338991&media_id=2
>87年に閣議決定した「高速網約1万4000キロ」のうち、未着工となっている計約
2900キロの必要性を指摘し、ほぼ計画通りの道路完成を求める内容だ。事業費は道路
整備に約65兆円、高速道路料金値下げの助成金など関連施策に3兆円で計68兆円。
我が家は、相当な田舎(以前僻地)ですが、の補修はありますが、新たな新設は必要な
いように思います。これ以上やると、益々水害が増えそうな気がします。
道路が便利になれば、益々都市集中が加速し、車社会を助長するばかりと思います。
ヨーロッパは、温暖化防止で、CO2を50%削減とか、70%削減とか言っているのに、日
本は1990年の段階どろか、増え続ける現状を見ても、社会システムの改善を考えない国民と、
他の先進国から評価されてもしかたありませんね。最近、同じ考えのアメリカ国民も、CO2
削減に向けた政治論争が激しくなっています。
それでも車社会を増幅させることを、国は推進して行くのでしょうか?この方向を決める
のも、国民の意志によります。無関心、行け行けドンドンと地球を汚し続ける国民だった、
「21世紀前半の日本人」と揶揄されることのないようの、健全な判断で日本の進む方向を軌
道修正させることも必要と思います。
もっと公共交通を充実、発展させることが必要と思います。
そして、公共工事に頼らない産業の育成に力を注いで欲しいと思います。来年は、洞爺湖
サミット、日本が置き去りにならないように、しっかりと政治家の人は、日本の舵取りをし
て欲しいと願います。
・日本の借金時計(数字はうそをつかない)
日本の経済が破綻するまで動きつづける
http://www.geocities.jp/mkqdj167/japan.htm
・財部誠一オフィシャル・ホームページ
『日本の借金』時計
http://www.takarabe-hrj.co.jp/clock/
■道路事業 10年間で68兆の素案(毎日新聞 - 11月13日)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=338991&media_id=2
>87年に閣議決定した「高速網約1万4000キロ」のうち、未着工となっている計約
2900キロの必要性を指摘し、ほぼ計画通りの道路完成を求める内容だ。事業費は道路
整備に約65兆円、高速道路料金値下げの助成金など関連施策に3兆円で計68兆円。
我が家は、相当な田舎(以前僻地)ですが、の補修はありますが、新たな新設は必要な
いように思います。これ以上やると、益々水害が増えそうな気がします。
道路が便利になれば、益々都市集中が加速し、車社会を助長するばかりと思います。
ヨーロッパは、温暖化防止で、CO2を50%削減とか、70%削減とか言っているのに、日
本は1990年の段階どろか、増え続ける現状を見ても、社会システムの改善を考えない国民と、
他の先進国から評価されてもしかたありませんね。最近、同じ考えのアメリカ国民も、CO2
削減に向けた政治論争が激しくなっています。
それでも車社会を増幅させることを、国は推進して行くのでしょうか?この方向を決める
のも、国民の意志によります。無関心、行け行けドンドンと地球を汚し続ける国民だった、
「21世紀前半の日本人」と揶揄されることのないようの、健全な判断で日本の進む方向を軌
道修正させることも必要と思います。
もっと公共交通を充実、発展させることが必要と思います。
そして、公共工事に頼らない産業の育成に力を注いで欲しいと思います。来年は、洞爺湖
サミット、日本が置き去りにならないように、しっかりと政治家の人は、日本の舵取りをし
て欲しいと願います。
・日本の借金時計(数字はうそをつかない)
日本の経済が破綻するまで動きつづける
http://www.geocities.jp/mkqdj167/japan.htm
・財部誠一オフィシャル・ホームページ
『日本の借金』時計
http://www.takarabe-hrj.co.jp/clock/
(2007年)異業種交流会「秋の会(望年会)」のご案内
2007年11月14日
(2007年)異業種交流会「秋の会(望年会)」のご案内
熊本の野口です。毎回、論語語録をお読み頂きありがとうございます。
今日は、恒例となりました。異業種交流会「秋の会(望年会)」のご案内です。望年会も12年目
になりました。今回は、東京から講師をお招きして交流会を開催します。
<ご案内>
2007異業種交流会「秋の会(望年会)」
「(東京発)高齢化福祉へ挑戦を語る」
~情報通信業界から、福祉分野への転職の真意は~
ご 案 内
環境共生施設研究所 理事長 野口修一
秋の深まりを感じさせる季節になりました。恒例の異業種交流会「秋の会(望年会)」を開催
します。今回は、私どもの仲間が、東京で新たな挑戦をはじめて4年、高齢福祉の新たな試み
で、地域を変える活動をしている、九州創発義のリーダーで、東京で活躍している武山稔氏を
お招きして、セミナーと交流会を開催します。
武山氏は、もと国際電電(KDDI)の資材調達部長で、日本-中国の海底ケーブル敷設責任
者、中東で戦火の下での通信工事、あるいは天草赴任時代は、環境保全活動に参加したり、
東京勤務時代は途上国の子どもたちの支援もするなど、様々な活動にも参加して居られます。
武山氏との出会いは、九州7県の新聞社が主催する九州創発塾の前進、九州平成義塾での
ご縁で、九州発見塾には、東京から毎回参加され、今年始まった九州創発塾にも参加されまし
た。九州の地域リーダーの仲間とも交流を続けて居られます。
今回のセミナーは、長く情報通信産業の先端を走ってきた人が、新規一転して福祉の分野で
新たな試みをしながら、地域活性化に取り組む思いと、目指す社会について講演をしてもらう予
定です。KDDI時代のエピソードの含め、他では聞けない話が沢山出てくると思います。興味あ
る方は、ぜひスケジュール調整して、ご参加下さい。
セミナー後、講師を囲み意見交換する懇親会も予定しています。また、2008年で何をするか
語る会でもあります。夜なべ談議をやりたい方もお待ちしています。
記
日 時 平成19年11月24日(土)18:30~21:30(開場18:00)
場 所 熊本交通センターホテル 3階 (50名予定)
(熊本市桜町3-10 TEL 096-354-1111)
参加費 セミナー 1,000円(資料代含み)
交流会 5,000円
主 催 環境共生施設研究所・異業種交流会「四季の会」
申し込み先 事務局 〒869-0465 熊本県宇土市網引町1374 野口修一
申し込みアドレス Email : aande@lime.ocn.ne.jp
(申し込みはメール・FAXで、11月20日まで送信下さい。)
<参加申込み>異業種交流会「秋の会」参加申し込み(11/24)
*氏名・連絡先(メール・FAX・TEL)・所属等と、セミナー・交流会の参加の有無を記
入し、申し込みください。
<申込み内容>
氏 名 :
住 所 :
所属・職業:
連絡先:
*食事の準備等がありますので右の参加内容を記入ください。
1. セミナーのみ 2.セミナー+交流会 :
熊本の野口です。毎回、論語語録をお読み頂きありがとうございます。
今日は、恒例となりました。異業種交流会「秋の会(望年会)」のご案内です。望年会も12年目
になりました。今回は、東京から講師をお招きして交流会を開催します。
<ご案内>
2007異業種交流会「秋の会(望年会)」
「(東京発)高齢化福祉へ挑戦を語る」
~情報通信業界から、福祉分野への転職の真意は~
ご 案 内
環境共生施設研究所 理事長 野口修一
秋の深まりを感じさせる季節になりました。恒例の異業種交流会「秋の会(望年会)」を開催
します。今回は、私どもの仲間が、東京で新たな挑戦をはじめて4年、高齢福祉の新たな試み
で、地域を変える活動をしている、九州創発義のリーダーで、東京で活躍している武山稔氏を
お招きして、セミナーと交流会を開催します。
武山氏は、もと国際電電(KDDI)の資材調達部長で、日本-中国の海底ケーブル敷設責任
者、中東で戦火の下での通信工事、あるいは天草赴任時代は、環境保全活動に参加したり、
東京勤務時代は途上国の子どもたちの支援もするなど、様々な活動にも参加して居られます。
武山氏との出会いは、九州7県の新聞社が主催する九州創発塾の前進、九州平成義塾での
ご縁で、九州発見塾には、東京から毎回参加され、今年始まった九州創発塾にも参加されまし
た。九州の地域リーダーの仲間とも交流を続けて居られます。
今回のセミナーは、長く情報通信産業の先端を走ってきた人が、新規一転して福祉の分野で
新たな試みをしながら、地域活性化に取り組む思いと、目指す社会について講演をしてもらう予
定です。KDDI時代のエピソードの含め、他では聞けない話が沢山出てくると思います。興味あ
る方は、ぜひスケジュール調整して、ご参加下さい。
セミナー後、講師を囲み意見交換する懇親会も予定しています。また、2008年で何をするか
語る会でもあります。夜なべ談議をやりたい方もお待ちしています。
記
日 時 平成19年11月24日(土)18:30~21:30(開場18:00)
場 所 熊本交通センターホテル 3階 (50名予定)
(熊本市桜町3-10 TEL 096-354-1111)
参加費 セミナー 1,000円(資料代含み)
交流会 5,000円
主 催 環境共生施設研究所・異業種交流会「四季の会」
申し込み先 事務局 〒869-0465 熊本県宇土市網引町1374 野口修一
申し込みアドレス Email : aande@lime.ocn.ne.jp
(申し込みはメール・FAXで、11月20日まで送信下さい。)
<参加申込み>異業種交流会「秋の会」参加申し込み(11/24)
*氏名・連絡先(メール・FAX・TEL)・所属等と、セミナー・交流会の参加の有無を記
入し、申し込みください。
<申込み内容>
氏 名 :
住 所 :
所属・職業:
連絡先:
*食事の準備等がありますので右の参加内容を記入ください。
1. セミナーのみ 2.セミナー+交流会 :
ローカル政党「対話でつなごう滋賀の会」の挑戦(熊日記事より)
2007年11月14日
ローカル政党「対話でつなごう滋賀の会」の挑戦(熊日記事より)
今日は、昨日の日記の書き込みを読み、最近思ったことを書きます。
ローカル政党なる言葉を最近聞くようになりました。熊本の地元紙にも、特集で「知事力」なるコラムが、連載されていますが、その中で滋賀県の「対話でつなごう滋賀の会」という、いわゆる嘉田由紀子知事応援団的な政策集団の登場です。
前回の衆議院選で、北海道に「新党大地」なる政治集団ができたと聞きましたが、これとはだいぶ様相がことなり、滋賀県内の政治を活性化し、利権団体をバックにした政治でなく、市民主導の政治の実現を目指す実働隊といったグループです。
4月の県議選で、「対話の会」は公認候補9人、嘉田知事に共鳴する民主、自民、無所属10人と政策協定を結び選挙に向かい、12人が当選した。これであおりをくらったのが、自民党で27名から16名に激減した。
ここで止まらないのが、この「対話の会」で、春の市町村選挙にも候補者、推薦者を出し、当選させています。
(新聞から抜粋)
・・・「嘉田がいつまでも知事をやるかはわからないが、このエネルギーを途絶えさせたくない。地方分権の時代にふさわしいローカル政党に結びつけたい。」と「対話の会」の代表寺川庄蔵氏は語る。常に永田町と中央省庁の側を向き、権力と利益を分配してきた地方政治の現場に、新たな形が芽生えつつある。
・嘉田知事のマニュフェスト「もったいないを生かす県政」
3つの緊急提言、40の政策提言の構成
①新幹線駅凍結 ②県内6ダム計画凍結・見直し ③廃棄物行政
地元市民団体のマニュフェストの達成度評価 は、57点。加田知事の評価は、これからと地元は見ている。
地方政治で、知事は県政の権限が集中する地位にあり、大統領的な要素があるが、やはり県民の支持を得てこそその権限を振るえるのであって、そこを忘れて利権団体と一緒に暴走する自治体が後を絶たないのも事実です。ここ一年で知事にからむ不祥事で辞任を余儀なくされています。
滋賀のように、市民自ら考え、行動し、行政や議会の監視も含め、積極的な参画に乗り出す必要があると思います。地方も国も瀕死の状況なのに、市民があまりにも関心が低い、また関心を持たせない行政側の広報も原因と思いますが、気付いた人が仲間を作り、まちづくり=行政、それを決定する政治家の行動に感心を持つことが必要と思います。
その監視活動は、継続する事が大事です。それを実現するには、人材の育成、連鎖が重要と思っています。まちづくりの元気者を、それぞれの地域で育てる意識がこれから必要と思います。
今日も、日常の活動日記ではないですが、ご笑覧いただければ幸いです。
今日は、昨日の日記の書き込みを読み、最近思ったことを書きます。
ローカル政党なる言葉を最近聞くようになりました。熊本の地元紙にも、特集で「知事力」なるコラムが、連載されていますが、その中で滋賀県の「対話でつなごう滋賀の会」という、いわゆる嘉田由紀子知事応援団的な政策集団の登場です。
前回の衆議院選で、北海道に「新党大地」なる政治集団ができたと聞きましたが、これとはだいぶ様相がことなり、滋賀県内の政治を活性化し、利権団体をバックにした政治でなく、市民主導の政治の実現を目指す実働隊といったグループです。
4月の県議選で、「対話の会」は公認候補9人、嘉田知事に共鳴する民主、自民、無所属10人と政策協定を結び選挙に向かい、12人が当選した。これであおりをくらったのが、自民党で27名から16名に激減した。
ここで止まらないのが、この「対話の会」で、春の市町村選挙にも候補者、推薦者を出し、当選させています。
(新聞から抜粋)
・・・「嘉田がいつまでも知事をやるかはわからないが、このエネルギーを途絶えさせたくない。地方分権の時代にふさわしいローカル政党に結びつけたい。」と「対話の会」の代表寺川庄蔵氏は語る。常に永田町と中央省庁の側を向き、権力と利益を分配してきた地方政治の現場に、新たな形が芽生えつつある。
・嘉田知事のマニュフェスト「もったいないを生かす県政」
3つの緊急提言、40の政策提言の構成
①新幹線駅凍結 ②県内6ダム計画凍結・見直し ③廃棄物行政
地元市民団体のマニュフェストの達成度評価 は、57点。加田知事の評価は、これからと地元は見ている。
地方政治で、知事は県政の権限が集中する地位にあり、大統領的な要素があるが、やはり県民の支持を得てこそその権限を振るえるのであって、そこを忘れて利権団体と一緒に暴走する自治体が後を絶たないのも事実です。ここ一年で知事にからむ不祥事で辞任を余儀なくされています。
滋賀のように、市民自ら考え、行動し、行政や議会の監視も含め、積極的な参画に乗り出す必要があると思います。地方も国も瀕死の状況なのに、市民があまりにも関心が低い、また関心を持たせない行政側の広報も原因と思いますが、気付いた人が仲間を作り、まちづくり=行政、それを決定する政治家の行動に感心を持つことが必要と思います。
その監視活動は、継続する事が大事です。それを実現するには、人材の育成、連鎖が重要と思っています。まちづくりの元気者を、それぞれの地域で育てる意識がこれから必要と思います。
今日も、日常の活動日記ではないですが、ご笑覧いただければ幸いです。
県民運動成果 ロッソ熊本J2昇格
2007年11月12日
県民運動成果 ロッソ熊本J2昇格
悲願のJリーグチームが熊本に誕生しました。3年の約束で「熊本にJリーグを」の掛け声で始まったのですが、無事に来期からJ2の試合が熊本で観戦できることになります。まずは、ロッソの選手は勿論、監督コーチそしてロッソ熊本の関係者にご苦労さまと言いたいと思います。
熊本はこれまで、六人制サッカーを全国にさきがけで始めたり、十五年前キッズサッカー協議会設立は熊本が最初、最近になり日本サッカー協会が十才以下の育成に乗り出しました。サッカーの新しい取り組みが熊本から始まっていることに驚きます。また今回、全国でも珍しい県運動の核として、Jリーグ参入を目指し、選手もサポーターも懸命に努力して実現したと思います。
今後、まだ課題はあるかもしれませんが、熊本に大きな夢を作ってくれたことは間違いないと思います。私も、キッズサッカーに関わっていますが、Jリーグは遠い存在でしたが、地元チームができたことで、子供たちの夢が大きく膨らんで行くと思います。これまでも、熊本から日本代表のユニフォームを着た人が出していますが、更に加速して名選手が出るものと期待しています。
十一月十日、KKウイングで開催された熊本県高校サッカー選手権決勝を観戦したのですが、すばらしい決勝戦を見せてもらいました。その会場でJリーグの試合が見れるようになると思うと、ワクワクして来ます。更に、ロッソを県民上げて応援して、いつかJ1になる日を期待し応援したいと思います。ロッソ熊本頑張れ!
悲願のJリーグチームが熊本に誕生しました。3年の約束で「熊本にJリーグを」の掛け声で始まったのですが、無事に来期からJ2の試合が熊本で観戦できることになります。まずは、ロッソの選手は勿論、監督コーチそしてロッソ熊本の関係者にご苦労さまと言いたいと思います。
熊本はこれまで、六人制サッカーを全国にさきがけで始めたり、十五年前キッズサッカー協議会設立は熊本が最初、最近になり日本サッカー協会が十才以下の育成に乗り出しました。サッカーの新しい取り組みが熊本から始まっていることに驚きます。また今回、全国でも珍しい県運動の核として、Jリーグ参入を目指し、選手もサポーターも懸命に努力して実現したと思います。
今後、まだ課題はあるかもしれませんが、熊本に大きな夢を作ってくれたことは間違いないと思います。私も、キッズサッカーに関わっていますが、Jリーグは遠い存在でしたが、地元チームができたことで、子供たちの夢が大きく膨らんで行くと思います。これまでも、熊本から日本代表のユニフォームを着た人が出していますが、更に加速して名選手が出るものと期待しています。
十一月十日、KKウイングで開催された熊本県高校サッカー選手権決勝を観戦したのですが、すばらしい決勝戦を見せてもらいました。その会場でJリーグの試合が見れるようになると思うと、ワクワクして来ます。更に、ロッソを県民上げて応援して、いつかJ1になる日を期待し応援したいと思います。ロッソ熊本頑張れ!
壁を越えるのは、熟練者でなく素人(挑戦者)
2007年11月10日
壁を越えるのは、熟練者でなく素人(挑戦者)
今日は、社会人なって初めて全国高校サッカー選手権、熊本県の決勝を見に行きました。
県の決勝を体験するのは、32年前に高校時代インターハイ県予選で優勝して以来です。観
戦したきっかけは、決勝に進んだチームのセンターフォワードが、私の地元中学出身で、
少年サッカー育成会で応援に行こうと有志があつまり、大人20名、中学生、小学生40名の
地元応援団を編成して臨みました。
結果は、延長戦の末、1-0の勝利でした。県関係者が期待はしたものの、常勝チーム
(7連覇)の下馬評で沈滞ムードの県予選を、今回準決勝で8連覇を止め、念願の全国の
切符を手しました。
保護者は別として、サッカー関係者も目を醒まされた出来事でした。久々の県の決勝選、
少々熱くなって応援をしました。
7連覇中の常勝チーム「大津高校」へ挑んだチーム「ルーテル高校」は、春も夏も、大
津高校に負けていました。今回、準決勝で当たり、劣勢と思われたルーテル高校は、3年
生を中心に挑戦者の気持ち忘れずやろうと、前半から飛ばし2点取り流れをつかみ、後半
の猛反撃をかわし2-0で勝利しました。バスケットの能代高校ではないですが、常勝の
気の緩みが、大津高校に有ったのではと、大きな話題になっています。
さて話は変わりますが、自動車メーカー「フォード」の創始者ヘンリー・フォードの技
術革新の考え方は、新しい試みに熟練工でなく、未経験者を管理職に当てたそうです。そ
の真意は、
「なぜなら彼ら(熟練工)は、「できない」ことをあまりにも多く知りすぎており、「そ
れはできまん」と断定してしまうからである。」と語ったそうです。
一度、フォードの海外工場で、一日2台の車を作っていたのを、改善のため一日8台つ
くる体制を作ろうとしたら、熟練工は「2台でも精一杯なのに、8台も作ったら身体を壊
してしまう」とやる前から及び腰になり、退職者が続出した。仕方なく未経験者を雇い、
8台生産プログラム作り、やってみると8台作ってもけろりとやっていたそうです。挑戦
心が無くなってやる仕事での思い込み(壁)の解消はむずかしいと思います。
今日の試合、全国の切符がいつも入ると思い込んだ、大津高校や県下のサッカー関係者
は、多くの経験を積む指導者たちですが、上記の熟練工と同じで、「既成概念」の弊害で
挑戦心と、同じ高校生であること忘れていたと思います。
ルーテル高校の高校生は、今年が始めての高校3年生で、選手権のベテランでは無く、
未経験者だったと思います。常にチャレンジャーだったから、今回の勝利がもぎ取れたと
思います。
壁を越える考え方をソニー創業者の井深大氏が、本田宗一郎さんについて語っています。
「技術者として、本田さんと私の間に共通していたのは、二人とも厳密に言えば技術の専
門家でなく、ある意味で素人だったということでしょう。」
また同じことを、長野オリンピックのスピードスケート500メートル金メダリスト・
清水宏保さんが、34秒台の世界新記録を出した時、語った言葉は
「常にスケートの素人でありたいと思っています。かつて、『34秒台の記録はムリだ』
と言われていましたが、達成することができました。今同じように『33秒台はムリだ』
とスケートを知る人はみんな言っています。しかし、『ムリ』と思ったら、記録はそこで
止まってしまいます。こと記録に関しては、素人でありたいと思っています。」
頂点を目指し続ける人の言葉は、静かに語りますが、心揺さぶられる思いがします。
最後に、スイスに詩人 フレデック・アミエルの言葉に次のものがあります。
「決心する前に、完全に見通しをつけようとする者は、決心することができない。」
壁をつくるのは人間の気持ちしだい。目の前にある壁のほとんどは、「できるはずかな
い」という思い込みにすぎないのでは・・。
ときには、いい意味の素人になって「とりあえずやってみるか」と挑戦することが必要
な気がします。意外と、簡単に壁を越えることができるかもしれません。
今日は、18歳の挑戦者たちの真剣な試合を見て、感動をもらいました。私も気持ちだ
けは、挑戦者の気持ちを持ち続けたいと思っています。
今日は、社会人なって初めて全国高校サッカー選手権、熊本県の決勝を見に行きました。
県の決勝を体験するのは、32年前に高校時代インターハイ県予選で優勝して以来です。観
戦したきっかけは、決勝に進んだチームのセンターフォワードが、私の地元中学出身で、
少年サッカー育成会で応援に行こうと有志があつまり、大人20名、中学生、小学生40名の
地元応援団を編成して臨みました。
結果は、延長戦の末、1-0の勝利でした。県関係者が期待はしたものの、常勝チーム
(7連覇)の下馬評で沈滞ムードの県予選を、今回準決勝で8連覇を止め、念願の全国の
切符を手しました。
保護者は別として、サッカー関係者も目を醒まされた出来事でした。久々の県の決勝選、
少々熱くなって応援をしました。
7連覇中の常勝チーム「大津高校」へ挑んだチーム「ルーテル高校」は、春も夏も、大
津高校に負けていました。今回、準決勝で当たり、劣勢と思われたルーテル高校は、3年
生を中心に挑戦者の気持ち忘れずやろうと、前半から飛ばし2点取り流れをつかみ、後半
の猛反撃をかわし2-0で勝利しました。バスケットの能代高校ではないですが、常勝の
気の緩みが、大津高校に有ったのではと、大きな話題になっています。
さて話は変わりますが、自動車メーカー「フォード」の創始者ヘンリー・フォードの技
術革新の考え方は、新しい試みに熟練工でなく、未経験者を管理職に当てたそうです。そ
の真意は、
「なぜなら彼ら(熟練工)は、「できない」ことをあまりにも多く知りすぎており、「そ
れはできまん」と断定してしまうからである。」と語ったそうです。
一度、フォードの海外工場で、一日2台の車を作っていたのを、改善のため一日8台つ
くる体制を作ろうとしたら、熟練工は「2台でも精一杯なのに、8台も作ったら身体を壊
してしまう」とやる前から及び腰になり、退職者が続出した。仕方なく未経験者を雇い、
8台生産プログラム作り、やってみると8台作ってもけろりとやっていたそうです。挑戦
心が無くなってやる仕事での思い込み(壁)の解消はむずかしいと思います。
今日の試合、全国の切符がいつも入ると思い込んだ、大津高校や県下のサッカー関係者
は、多くの経験を積む指導者たちですが、上記の熟練工と同じで、「既成概念」の弊害で
挑戦心と、同じ高校生であること忘れていたと思います。
ルーテル高校の高校生は、今年が始めての高校3年生で、選手権のベテランでは無く、
未経験者だったと思います。常にチャレンジャーだったから、今回の勝利がもぎ取れたと
思います。
壁を越える考え方をソニー創業者の井深大氏が、本田宗一郎さんについて語っています。
「技術者として、本田さんと私の間に共通していたのは、二人とも厳密に言えば技術の専
門家でなく、ある意味で素人だったということでしょう。」
また同じことを、長野オリンピックのスピードスケート500メートル金メダリスト・
清水宏保さんが、34秒台の世界新記録を出した時、語った言葉は
「常にスケートの素人でありたいと思っています。かつて、『34秒台の記録はムリだ』
と言われていましたが、達成することができました。今同じように『33秒台はムリだ』
とスケートを知る人はみんな言っています。しかし、『ムリ』と思ったら、記録はそこで
止まってしまいます。こと記録に関しては、素人でありたいと思っています。」
頂点を目指し続ける人の言葉は、静かに語りますが、心揺さぶられる思いがします。
最後に、スイスに詩人 フレデック・アミエルの言葉に次のものがあります。
「決心する前に、完全に見通しをつけようとする者は、決心することができない。」
壁をつくるのは人間の気持ちしだい。目の前にある壁のほとんどは、「できるはずかな
い」という思い込みにすぎないのでは・・。
ときには、いい意味の素人になって「とりあえずやってみるか」と挑戦することが必要
な気がします。意外と、簡単に壁を越えることができるかもしれません。
今日は、18歳の挑戦者たちの真剣な試合を見て、感動をもらいました。私も気持ちだ
けは、挑戦者の気持ちを持ち続けたいと思っています。
ケネディの残した゛チャレンジ・スピリット゛(その2)
2007年11月10日
・ケネディの残した゛チャレンジ・スピリット゛(その2)
トルーマンはケネディに呼びかけた。
「ケネディ上院議員、1961年1月に大統領の役職に就くことに関して、あなた自が国家のた
めに用意が出来ているか、同時に国家があなたを受け入れる時機にあるとお考えか。あな
たが将来政治的頂点に昇りつめるであろうことに、私は一片の疑念の抱かない。しかし、今
私は現在および近い将来の世界の状況に関して、非常に心配しかつ心を痛めている。だか
らこそ私は、出来る限り成熟し、経験を富んだ人間の登場を希望しているのだ。あなたはま
だ若い。もう少し辛抱して待つこと要請したい。」
ケネディの反応は電撃的かつパワフルな正論に満ちたものだった。
「トルーマン氏は1960年の候補として私が降りることを提言した。私は誰の要請であろうと降
りるつもりはない。
全部の予備選に出てリスクを冒したのは私だけであり、全ての州を訪れたのも私だけだっ
た。私はあらゆる障害と反対に直面して生き残って来た。大会直前の今になって名前を引っ
込めるということはできない。・・(中略)・・
44歳以下の人間を信頼と指導力が要求される地位から除外するなら、ジェファーソンは独
立宣言を書いていなかったであろうし、ワシントンは大陸軍を指揮していなかったであろう。
また、マディソンは合衆国憲法を書けなかったし、クレイは下院の議長になれなかった。そし
てかのクリストファー・コロンブスはアメリカを発見していなかった。」
ここでケネヂディは、ホコ先を年寄りに向けてシャープな一撃を加える。
「今日、鉄のカーテンの両側にいる世界的なリーダーの大部分は、65歳以上の人間ばかり
というのは事実である。今日の世界が、国際状況が二つの世界大戦によって変えられる以
前に教育された人間たちによって支配されているいうのも、事実である。
しかし、彼らが果たして世界の運命を変えるのに、どれほど成功したといえるのだろうか。
彼ら19世紀に生まれた人間たちにとってかわるのは誰なのだろうか。世界は変わっている
のだ。古いやり方はもはや通用しないのだ。・・(中略)・・」
そしてエンディングは、次の言葉だった。
「今こそ新しい機会と新しい問題に取り組むための新しいリーダシップが必要な時なのだ。
われわれの前には全く新しい世界が横たわっている。それは平和と善意に満ちた世界であ
り、希望と豊富さに満ちた世界である。アメリカはその導き役とならねばならない。
トルーマン氏は私が用意ができているかと尋ねた。今私は、100年前、アブラハム・リンカ
ーンがまだ大統領になる前、多くの老練な政治家の攻撃にさらされながら書いた言葉を思
い出さずにいられない。゛私には嵐が来るのが見える、そしてその嵐の中に神の手があるこ
とを知っている。もし神が私に場所を仕事を与えるなら、私はその用意ができていると信じて
いる゛。今日、私は大統領職という最も大きな責任を十分に自覚し、それを心に刻んだ上で
あなた方に言いたい。もし国民が私を大統領に選ぶなら、私は用意ができていると信じる、
と。」
この8日後、ベテラン政治家を寄せ付けず、第1回目の投票で民主党大統領候補に座を
獲得した。
(今日の出来事)
今日も地域の先輩と話をしました。私の社会活動の先生の師・松前重義氏(東海大学創
始者)は、82歳の時に特に世界的貢献を起こされました。私の先生こと、高宗昭敏氏(九州
東海大学名誉教授)が、まだ40代だったと思いますが、松前総長に、「総長お元気ですね」
と尋ねた時、松前氏は次のように応えられたそうです。
「高宗君、ぼくは今青春だよ」
年齢は関係なく、常に前をみて考え行動している人に、高齢の意識は無いし、その時期に、
松前氏が残した功績が今の東海大学を作った感じています。
いくら年をとっても、「青春だよ」と言える人生をやってみたいですね。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
・ジョン・F・ケネディの言葉 トピック
http://mixi.jp/list_bbs.pl?id=1484223&type=bbs
トルーマンはケネディに呼びかけた。
「ケネディ上院議員、1961年1月に大統領の役職に就くことに関して、あなた自が国家のた
めに用意が出来ているか、同時に国家があなたを受け入れる時機にあるとお考えか。あな
たが将来政治的頂点に昇りつめるであろうことに、私は一片の疑念の抱かない。しかし、今
私は現在および近い将来の世界の状況に関して、非常に心配しかつ心を痛めている。だか
らこそ私は、出来る限り成熟し、経験を富んだ人間の登場を希望しているのだ。あなたはま
だ若い。もう少し辛抱して待つこと要請したい。」
ケネディの反応は電撃的かつパワフルな正論に満ちたものだった。
「トルーマン氏は1960年の候補として私が降りることを提言した。私は誰の要請であろうと降
りるつもりはない。
全部の予備選に出てリスクを冒したのは私だけであり、全ての州を訪れたのも私だけだっ
た。私はあらゆる障害と反対に直面して生き残って来た。大会直前の今になって名前を引っ
込めるということはできない。・・(中略)・・
44歳以下の人間を信頼と指導力が要求される地位から除外するなら、ジェファーソンは独
立宣言を書いていなかったであろうし、ワシントンは大陸軍を指揮していなかったであろう。
また、マディソンは合衆国憲法を書けなかったし、クレイは下院の議長になれなかった。そし
てかのクリストファー・コロンブスはアメリカを発見していなかった。」
ここでケネヂディは、ホコ先を年寄りに向けてシャープな一撃を加える。
「今日、鉄のカーテンの両側にいる世界的なリーダーの大部分は、65歳以上の人間ばかり
というのは事実である。今日の世界が、国際状況が二つの世界大戦によって変えられる以
前に教育された人間たちによって支配されているいうのも、事実である。
しかし、彼らが果たして世界の運命を変えるのに、どれほど成功したといえるのだろうか。
彼ら19世紀に生まれた人間たちにとってかわるのは誰なのだろうか。世界は変わっている
のだ。古いやり方はもはや通用しないのだ。・・(中略)・・」
そしてエンディングは、次の言葉だった。
「今こそ新しい機会と新しい問題に取り組むための新しいリーダシップが必要な時なのだ。
われわれの前には全く新しい世界が横たわっている。それは平和と善意に満ちた世界であ
り、希望と豊富さに満ちた世界である。アメリカはその導き役とならねばならない。
トルーマン氏は私が用意ができているかと尋ねた。今私は、100年前、アブラハム・リンカ
ーンがまだ大統領になる前、多くの老練な政治家の攻撃にさらされながら書いた言葉を思
い出さずにいられない。゛私には嵐が来るのが見える、そしてその嵐の中に神の手があるこ
とを知っている。もし神が私に場所を仕事を与えるなら、私はその用意ができていると信じて
いる゛。今日、私は大統領職という最も大きな責任を十分に自覚し、それを心に刻んだ上で
あなた方に言いたい。もし国民が私を大統領に選ぶなら、私は用意ができていると信じる、
と。」
この8日後、ベテラン政治家を寄せ付けず、第1回目の投票で民主党大統領候補に座を
獲得した。
(今日の出来事)
今日も地域の先輩と話をしました。私の社会活動の先生の師・松前重義氏(東海大学創
始者)は、82歳の時に特に世界的貢献を起こされました。私の先生こと、高宗昭敏氏(九州
東海大学名誉教授)が、まだ40代だったと思いますが、松前総長に、「総長お元気ですね」
と尋ねた時、松前氏は次のように応えられたそうです。
「高宗君、ぼくは今青春だよ」
年齢は関係なく、常に前をみて考え行動している人に、高齢の意識は無いし、その時期に、
松前氏が残した功績が今の東海大学を作った感じています。
いくら年をとっても、「青春だよ」と言える人生をやってみたいですね。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
・ジョン・F・ケネディの言葉 トピック
http://mixi.jp/list_bbs.pl?id=1484223&type=bbs
ケネディの残した゛チャレンジ・スピリット゛(その1)
2007年11月10日
ケネディの残した゛チャレンジ・スピリット゛(その1)
ジョン・F・ケネディのことを久々に書きます。
ケネディ兄弟が残したもの(ケネディ・レガシー)、彼らがその短い人生において人々に
示したものは、一言で言えば不可能に挑戦し、それをひとつひとつ打つ破っていく゛チャレ
ンジング・スピリット(挑戦の精神)゛であった。1960年の大統領選に出馬したジョン・F
・ケネディは、それまでの候補者には考えられないほどのハンディを背負っていた。
第一は、肉体的なハンディキャップ。一見健康そうに見えた彼だが、その身体は幼少期から
アディソン氏病に侵されていた。背骨の痛みやひんぱんに襲った熱は、生まれつきのもので
あった。
1947年治療のためにイギリスに渡り、診察を受けたとき医師は「彼の命は1年待持つまい」
と友人に語った。また、1954年上院議員時代、背骨の手術を行ったが、そのときのカトリッ
クの神父が手術台に横たわるケネディに、ラスト・ライト(死んで行く物への儀式)を施し
たという。投薬による副作用で、苦痛のため眠れぬ夜が何週間も続いたが、強力な意志とト
ップをきわめる決意で、完璧に隠し通した。
(注)アディソン氏病:慢性の副腎機能不全によって起る病気。無気力症状、食欲減退、低
血圧など。以前は不治の病でしたが、現在は治療法も見つかり普通の生活ができる。
第二に、彼がカトリックの信者だったこと。圧倒的にプロテスタントの多いアメリカでカト
リックが大統領になるなど、当時は考えられなかった。民主党のボス連中は、カトリックで
ある限り選挙には勝てないと考え、出馬に反対した。市民の反応も、10人中7人が゛ダメだ。
彼はカトリックだ゛と応えたと言います。
この圧倒的不利な状況に対してケネディは我慢強く説得を続けた。どのような馬鹿げた質
問に対しても、一度として彼は怒りを爆発させる事はなかった。スピーチの一部を紹介します。
「・・今回の選挙に勝ために自分の考えを変えたり、教会を変えたりもしない。(中略)
どのような教会を信ずるかではなく、どのようなアメリカを信ずるかについて語りたい。
私は宗教と国家が絶対的に分立しているアメリカを信じている。(中略)
もし、真に重要政策をめぐる論争をして選挙に敗れたなら、私は全力を尽くし、公正な審
判が下されたという満足感をもって上院にもどる。・・・」
当初、ケネディの忍耐強い説得にもかかわらず、投票日には490万人のアメリカ人が、宗
教上の理由だけでニクソンについたと言われています。
*参考資料:落合信彦著「ケネディからの伝言」より
ジョン・F・ケネディのことを久々に書きます。
ケネディ兄弟が残したもの(ケネディ・レガシー)、彼らがその短い人生において人々に
示したものは、一言で言えば不可能に挑戦し、それをひとつひとつ打つ破っていく゛チャレ
ンジング・スピリット(挑戦の精神)゛であった。1960年の大統領選に出馬したジョン・F
・ケネディは、それまでの候補者には考えられないほどのハンディを背負っていた。
第一は、肉体的なハンディキャップ。一見健康そうに見えた彼だが、その身体は幼少期から
アディソン氏病に侵されていた。背骨の痛みやひんぱんに襲った熱は、生まれつきのもので
あった。
1947年治療のためにイギリスに渡り、診察を受けたとき医師は「彼の命は1年待持つまい」
と友人に語った。また、1954年上院議員時代、背骨の手術を行ったが、そのときのカトリッ
クの神父が手術台に横たわるケネディに、ラスト・ライト(死んで行く物への儀式)を施し
たという。投薬による副作用で、苦痛のため眠れぬ夜が何週間も続いたが、強力な意志とト
ップをきわめる決意で、完璧に隠し通した。
(注)アディソン氏病:慢性の副腎機能不全によって起る病気。無気力症状、食欲減退、低
血圧など。以前は不治の病でしたが、現在は治療法も見つかり普通の生活ができる。
第二に、彼がカトリックの信者だったこと。圧倒的にプロテスタントの多いアメリカでカト
リックが大統領になるなど、当時は考えられなかった。民主党のボス連中は、カトリックで
ある限り選挙には勝てないと考え、出馬に反対した。市民の反応も、10人中7人が゛ダメだ。
彼はカトリックだ゛と応えたと言います。
この圧倒的不利な状況に対してケネディは我慢強く説得を続けた。どのような馬鹿げた質
問に対しても、一度として彼は怒りを爆発させる事はなかった。スピーチの一部を紹介します。
「・・今回の選挙に勝ために自分の考えを変えたり、教会を変えたりもしない。(中略)
どのような教会を信ずるかではなく、どのようなアメリカを信ずるかについて語りたい。
私は宗教と国家が絶対的に分立しているアメリカを信じている。(中略)
もし、真に重要政策をめぐる論争をして選挙に敗れたなら、私は全力を尽くし、公正な審
判が下されたという満足感をもって上院にもどる。・・・」
当初、ケネディの忍耐強い説得にもかかわらず、投票日には490万人のアメリカ人が、宗
教上の理由だけでニクソンについたと言われています。
*参考資料:落合信彦著「ケネディからの伝言」より