今朝の新聞から、スパコン詐欺と小学校統廃合に思うこと。〜地方の施設維持に支援を願います〜
2017年12月28日
今朝の新聞から、スパコン詐欺と小学校統廃合に思うこと。〜地方の施設維持に支援を願います〜
おはようございます。テレビニュースでは、相撲騒動、障がい者監禁遺棄事件、等々、心痛むことが報じられていますが、政治はテレビに出ない地方の現場で、刻々と変化していると、市民投稿の訴えから気付かされます。
さらに、地方社会からは考えられない、ハイレベルの知識・技術者集団の姑息な補助金の活用(詐欺)には、怒りが込み上げては来るが、スパコンの中身が分からないから、国の外郭団体のNEDOもこれまでの補助金詐欺が何年もわからなかった。
地方における小学校は、明治以来、地域の中心的な役割を果たしてきた。しかし、人口減少から統廃合が進む。背景には、人口減少により国からの交付金が減少し、学校教育を維持するために学校の統合を進めるしかない。
大都会の真ん中では、何十億のお金が、大企業支援のため使われている。ますます地方と都会との格差が広がっている。
スパコンへの補助金を、交付金と読み替えると、あまりにも地方と都会との格差を感じます。日本には資源がないから、技術で世界をリードすることが、明治以来国策として取り組んできたことはわかります。
しかし、その多くの人材は、地方から供給されてきたことを、政府は忘れているのではないか?
1千万人を超える大都会「東京」は、世界をリードするために様々に人材支援が必要なのでしょうが、都会の貧富の格差はすさまじいこと。加えて「隣の人は何するものか?」の疎遠社会を作り出した。防犯カメラが張り巡らされる監視社会にもなった。
田舎では人が減り、学校も無くなっている。本日の記事と市民投稿を読み、国づくりの方向が、何か違って進んでいるのではと、疑問を持つ。
2つの話題を取り上げて、過疎化の流れが止まるわけではないですが、地方選出の代議士たちは、日ごろは大都会の東京にほとんど住んでいるのですが、せめて週末は、過疎の進む現場(小学校統廃合の地域)に足を運び、これから地方に何が必要か?、現地の声を聞きて回る活動をしてほしい。
『読者のひろば』の尾田さんの文の末尾にある
>仮に再開校が難しくても、わずかの可能性があるなら、いつでもできるように維持管理していく必要があると思う。
この望みを叶えるには、お金が必要になることは、誰しもわかると思います。現実は、配合した校舎維持する交付金はありません。地方を維持していく交付金の必要性を、日々感じているので、尾田さんの意見を、皆さんに紹介したくて、コメントしました。
スパコンへの何十億円ような補助金は、校舎維持には必要ありません。雨漏り防止とグランドの草刈り等々に少しばかりの維持費かあれば、いつか地方に人が戻ってきた時、旧校舎が使えます。
小さな地方の夢を、支える交付金ができることを願います。
おはようございます。テレビニュースでは、相撲騒動、障がい者監禁遺棄事件、等々、心痛むことが報じられていますが、政治はテレビに出ない地方の現場で、刻々と変化していると、市民投稿の訴えから気付かされます。
さらに、地方社会からは考えられない、ハイレベルの知識・技術者集団の姑息な補助金の活用(詐欺)には、怒りが込み上げては来るが、スパコンの中身が分からないから、国の外郭団体のNEDOもこれまでの補助金詐欺が何年もわからなかった。
地方における小学校は、明治以来、地域の中心的な役割を果たしてきた。しかし、人口減少から統廃合が進む。背景には、人口減少により国からの交付金が減少し、学校教育を維持するために学校の統合を進めるしかない。
大都会の真ん中では、何十億のお金が、大企業支援のため使われている。ますます地方と都会との格差が広がっている。
スパコンへの補助金を、交付金と読み替えると、あまりにも地方と都会との格差を感じます。日本には資源がないから、技術で世界をリードすることが、明治以来国策として取り組んできたことはわかります。
しかし、その多くの人材は、地方から供給されてきたことを、政府は忘れているのではないか?
1千万人を超える大都会「東京」は、世界をリードするために様々に人材支援が必要なのでしょうが、都会の貧富の格差はすさまじいこと。加えて「隣の人は何するものか?」の疎遠社会を作り出した。防犯カメラが張り巡らされる監視社会にもなった。
田舎では人が減り、学校も無くなっている。本日の記事と市民投稿を読み、国づくりの方向が、何か違って進んでいるのではと、疑問を持つ。
2つの話題を取り上げて、過疎化の流れが止まるわけではないですが、地方選出の代議士たちは、日ごろは大都会の東京にほとんど住んでいるのですが、せめて週末は、過疎の進む現場(小学校統廃合の地域)に足を運び、これから地方に何が必要か?、現地の声を聞きて回る活動をしてほしい。
『読者のひろば』の尾田さんの文の末尾にある
>仮に再開校が難しくても、わずかの可能性があるなら、いつでもできるように維持管理していく必要があると思う。
この望みを叶えるには、お金が必要になることは、誰しもわかると思います。現実は、配合した校舎維持する交付金はありません。地方を維持していく交付金の必要性を、日々感じているので、尾田さんの意見を、皆さんに紹介したくて、コメントしました。
スパコンへの何十億円ような補助金は、校舎維持には必要ありません。雨漏り防止とグランドの草刈り等々に少しばかりの維持費かあれば、いつか地方に人が戻ってきた時、旧校舎が使えます。
小さな地方の夢を、支える交付金ができることを願います。
益城町区画整理事業の審議否決、住民説明の足りなさ露呈か。〜阪神淡路大地震後の区画整理事業に学ぶことが多い〜
2017年12月26日
益城町区画整理事業の審議否決、住民説明の足りなさ露呈か。〜阪神淡路大地震後の区画整理事業に学ぶことが多い〜
「政治(まちづくり)は、針を刺せば血が噴き出す」(内田健三)
今朝の熊日社説に「住民に説明尽くすしかない」の見出しで、益城町木山地区の区画整理事業の益城町審議会で、計画案が否決された。7人中賛成は町議会議員の3人だった。
私は、昨年まで熊本大学の学祭科(教養)で、11年間「実践のまちづくり講座」の講師を務めた。その講義の中で、神戸の震災後の区画整理事業の地区地区の取り組みの違いを基に、住民参画のまちづくり会議(ワークショップ型)の区画整理事業への住民参画の取り組みを学生に、「住民参画のまちづくり」について、今住む大学周辺や、学生の故郷の地域にについて、学生の専門性を活かし、地域を活性化する計画を講義レポートととして書いてもらいました。
今回の益城町区画整理事業の審議会の否決は、住民への説明、住民の参画が足りていない証明でもあるのではないか。
前熊本東京県人会会長で、政治評論家の内田健三氏から、「政治(まちづくり)は、針を刺せば血が噴き出す」と短い言葉で訓示を受けたことがあります。
区画整理事業は、私有権を強く規制する計画であることを忘れてはいけない。首長(知事・町長)が、素晴らしいスローガンを掲げても進まない、総論賛成・各論反対の現実にこそ目を向け、真摯に丁寧に懲りずに、説明尽くすしか方法を見出すことはできない、と、大学講義の中でも話をしたことを思い出します。
区画整理事業は、関わる(権利者)を一人残すことなく議論(参画)させる努力を、時間はかかるが、やり続けるしかないと、本日の社説で確認した気がします。
区画整理事業は、町の関係者だけの審議会任せでは、内田健三氏の語る「政治は、針を刺せば血が噴き出す」の政争も絡むので、県・国がリーダーシップを取るべきと思います。
<リニア新幹線疑惑>雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る(小林一茶)
2017年12月11日
<リニア新幹線疑惑>雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る(小林一茶)
リニア新幹線工事の大手ゼネコンの不正が摘発されるようですが、昭和の造船疑獄から始まり、これまで様々な国家プロジェクトには、疑惑、汚職、などダークな部分が隠れているように思います。
また、スーパーコンピューター開発に伴う補助金不正事件、庶民からすれば、わけわからないくらい高いレベル科学開発、あるいは規模が大きすぎて全体像が見えないビッグプロジェクトには、疎いというより知らなくても良い世界のことには関心がない。そんなところで、不正が横行していることは、とても残念な気がします。
そんな世界で思い起こす一句
「雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る」(小林一茶)
楽しく遊ぶ雀の子は、大きなお馬が通るときは、脇へ避けなければ踏み潰されてしまう。庶民生活を雀の子、国家プロジェクトを担う大手企業を馬に例えると、地面で遊ぶ雀の子から、馬の背中に乗る輩は見えない。
しかし、雀の子が空へ舞い上がれば、馬の背中に乗る輩は誰なのか一目瞭然。不正とはそんなもので、必ず尾ひれからボロが出る。何度も繰り返される、国家プロジェクトでの不正疑惑では、尻尾切りの役を誰かに担わせて、本当の黒幕がうやむやになるのが常なので、今回は徹底的に摘発をやってほしいと願います。
「雀の子 空高く舞い 馬を見る」
国家プロジェクトは、貴重な税金を使います。庶民が最後まで関心持ち続ければ、全貌解明に近づいていくので、東京地検の捜査に注目したい。
リニア新幹線工事の大手ゼネコンの不正が摘発されるようですが、昭和の造船疑獄から始まり、これまで様々な国家プロジェクトには、疑惑、汚職、などダークな部分が隠れているように思います。
また、スーパーコンピューター開発に伴う補助金不正事件、庶民からすれば、わけわからないくらい高いレベル科学開発、あるいは規模が大きすぎて全体像が見えないビッグプロジェクトには、疎いというより知らなくても良い世界のことには関心がない。そんなところで、不正が横行していることは、とても残念な気がします。
そんな世界で思い起こす一句
「雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る」(小林一茶)
楽しく遊ぶ雀の子は、大きなお馬が通るときは、脇へ避けなければ踏み潰されてしまう。庶民生活を雀の子、国家プロジェクトを担う大手企業を馬に例えると、地面で遊ぶ雀の子から、馬の背中に乗る輩は見えない。
しかし、雀の子が空へ舞い上がれば、馬の背中に乗る輩は誰なのか一目瞭然。不正とはそんなもので、必ず尾ひれからボロが出る。何度も繰り返される、国家プロジェクトでの不正疑惑では、尻尾切りの役を誰かに担わせて、本当の黒幕がうやむやになるのが常なので、今回は徹底的に摘発をやってほしいと願います。
「雀の子 空高く舞い 馬を見る」
国家プロジェクトは、貴重な税金を使います。庶民が最後まで関心持ち続ければ、全貌解明に近づいていくので、東京地検の捜査に注目したい。