ある老人の生き方から学ぶ、教育が果す役割と、若い頃から尊敬する人を持つ大事さ。〜太田さんの生涯より〜
2021年11月22日
ある老人の生き方から学ぶ、教育が果す役割と、若い頃から尊敬する人を持つ大事さ。〜太田さんの生涯より〜
(長文です。お時間あるとき、お読みください。)
今朝は、外の雨音で目が覚めた。さらに雨音が強くなってきました。今年の秋は、雨が少なく、農家の方が「雨ほしいね」と良く耳にしていた。今日の雨は、恵みの雨になるように思ます。
最近、高校の先輩の元教職と奥さんが、退職後、小学生の登下校の見守り活動をされていることを知りました。
考えが近い人が、身近にもいるのか、と知ります。目立たなくても、地域活動や、支援活動をやっている人がいると、嬉しくなります。
そんなことを考えている時、また、暉峻淑子さんの著書『豊かさの条件』に登場する太田さんを思い出した。
(以下、『豊かさの条件』より抜粋)
著書の暉峻淑子さんがセルビア難民支援をしている時、老人ホームにいる90歳の老人からいきなり100万円が送られてきた。受け取っていいか迷って、本人を探して訪ねた。その老人は太田春司さんで、暉峻さんは生前2度訪ねている。
太田さんは、1907年栃木県の貧しい農家の6人兄弟の末っ子として生まれた。小学校を出たら丁稚奉公に出るのが当然と思っていた。ところが、小学校の校長が、佐野銀行(現足利銀行)に太田さんを給仕で雇うよう懇願する。その働きぶりを見た頭取の息子の勧めで、学資を出してもらい中学に進学、さらに何人かの支援があり、旧制浦和高校、京都大学に進学した。
太田さんは、京都大学卒業後、やがて兵役にとられ、中国に出兵、工兵隊の小隊長となった。夜中に鉄道を爆破されては修理するのが役割りだった。「夜になると中国人の村にいって、中国語を習い、友人になった」と語り嬉しそうにな笑った。
太田さんは、部下の給料が自分の八分の一しかないことと、働き手を兵隊に取られ、家が貧困に喘いでいると知り、自分の給与を貧困な部下の家庭に届けるように妻の美代子さんに頼む。美代子さんは、自分の教師としての給与を足して、幾人かの部下の家に毎月お金を届けた。
太田さん夫婦は恩給と年金で質素な暮らしをしていたが、住居を整理して、苦学生の学資に5400万円の基金を美代子さんの母校の津田塾に寄附した。栃木の自宅もセミナー合宿用に寄附した。
太田さんは美代子さんが亡くなった後、老人ホームでつつましい生活を続け、唯一の楽しみが本で、ラテン語、英語、中国語の本が並び、びっしりと書き込まれたノートが何冊もあった。
ほとんど外出しない太田さんが、ただ一度老人ホームの施設長の車で、実家に近い田中正造記念館に行った。田中正造は太田さんが生涯、尊敬していた人だった。
太田さんは、死の前に、すべての貯金も、本もノートも津田塾に寄附し、献体の手続きをすませ、手元に残したのは聖書一冊だけ、1999年3月に静かに息を引き取られた。
(以上、『豊かさの条件』より抜粋)
こんな生き方をした、戦前生まれの人がいたことを、本から知ります。人の一生、それぞれの選択によります。太田春司さんの生き方が、良いとか悪いとかではなくて、こんな夫婦がいる日本は素晴らしいと思います。
やはり、教育が果す役割と、若い頃から尊敬する人を持つことは大事と思いました。
最後までお読みいただきありがとうございます。
(長文です。お時間あるとき、お読みください。)
今朝は、外の雨音で目が覚めた。さらに雨音が強くなってきました。今年の秋は、雨が少なく、農家の方が「雨ほしいね」と良く耳にしていた。今日の雨は、恵みの雨になるように思ます。
最近、高校の先輩の元教職と奥さんが、退職後、小学生の登下校の見守り活動をされていることを知りました。
考えが近い人が、身近にもいるのか、と知ります。目立たなくても、地域活動や、支援活動をやっている人がいると、嬉しくなります。
そんなことを考えている時、また、暉峻淑子さんの著書『豊かさの条件』に登場する太田さんを思い出した。
(以下、『豊かさの条件』より抜粋)
著書の暉峻淑子さんがセルビア難民支援をしている時、老人ホームにいる90歳の老人からいきなり100万円が送られてきた。受け取っていいか迷って、本人を探して訪ねた。その老人は太田春司さんで、暉峻さんは生前2度訪ねている。
太田さんは、1907年栃木県の貧しい農家の6人兄弟の末っ子として生まれた。小学校を出たら丁稚奉公に出るのが当然と思っていた。ところが、小学校の校長が、佐野銀行(現足利銀行)に太田さんを給仕で雇うよう懇願する。その働きぶりを見た頭取の息子の勧めで、学資を出してもらい中学に進学、さらに何人かの支援があり、旧制浦和高校、京都大学に進学した。
太田さんは、京都大学卒業後、やがて兵役にとられ、中国に出兵、工兵隊の小隊長となった。夜中に鉄道を爆破されては修理するのが役割りだった。「夜になると中国人の村にいって、中国語を習い、友人になった」と語り嬉しそうにな笑った。
太田さんは、部下の給料が自分の八分の一しかないことと、働き手を兵隊に取られ、家が貧困に喘いでいると知り、自分の給与を貧困な部下の家庭に届けるように妻の美代子さんに頼む。美代子さんは、自分の教師としての給与を足して、幾人かの部下の家に毎月お金を届けた。
太田さん夫婦は恩給と年金で質素な暮らしをしていたが、住居を整理して、苦学生の学資に5400万円の基金を美代子さんの母校の津田塾に寄附した。栃木の自宅もセミナー合宿用に寄附した。
太田さんは美代子さんが亡くなった後、老人ホームでつつましい生活を続け、唯一の楽しみが本で、ラテン語、英語、中国語の本が並び、びっしりと書き込まれたノートが何冊もあった。
ほとんど外出しない太田さんが、ただ一度老人ホームの施設長の車で、実家に近い田中正造記念館に行った。田中正造は太田さんが生涯、尊敬していた人だった。
太田さんは、死の前に、すべての貯金も、本もノートも津田塾に寄附し、献体の手続きをすませ、手元に残したのは聖書一冊だけ、1999年3月に静かに息を引き取られた。
(以上、『豊かさの条件』より抜粋)
こんな生き方をした、戦前生まれの人がいたことを、本から知ります。人の一生、それぞれの選択によります。太田春司さんの生き方が、良いとか悪いとかではなくて、こんな夫婦がいる日本は素晴らしいと思います。
やはり、教育が果す役割と、若い頃から尊敬する人を持つことは大事と思いました。
最後までお読みいただきありがとうございます。
元気だから働くのではない、働けるから元気なのです。高齢者の雇用制度の充実こそ必要と思います。
2021年11月17日

元気だから働くのではない、働けるから元気なのです。高齢者の雇用制度の充実こそ必要と思います。
70歳現役社会推進大会に参加しました。
熊本県内企業紹介
社会福祉法人 水光会(宇城市)
・将来的には定年無し、働き方次第で雇用形態を決める(フルタイム、パート、ちょっとだけ)。現在も、112種類の雇用形態があるとか、すごいですね。
熊本駅構内タクシー(熊本市)
・現在は、定年71歳で、74歳の方が総務担当(元公務員、入社は60歳)でした。
64歳から夜間中学に通い、文字を覚えた最初の文は妻へのラブレターだった。〜1人の男性の挑戦を創作落語に〜
2021年11月14日
64歳から夜間中学に通い、文字を覚えた最初の文は妻へのラブレターだった。〜1人の男性の挑戦を創作落語に〜
子どもへのイジメから、不登校になり、字を学ぶ機会を失い、大人になった男性が、退職を機に夜間中学に通い始めた。以来、20年間通い続けている、ことを産経webニュースで知りました。
結婚した妻が、夜間中学に通うことをとても喜んだ、とあった。
その生き様を、笑福亭鉄瓶(てっぺい)さん(43)が創作落語にした。その本人・西畑保さん(85歳)奈良市の方で、食堂に勤めたが、電話注文が受けられず、先輩に嫌がらせされた。結婚した妻に、文字が書けないことを言い出せなかった。でも、わかった時、妻から「つらかったやろ。これから一緒に頑張ろうな」と励ましてくれたそうだ。
そして、一念発起、退職を機に夜間中学に通い始めた。そして最初の文は、妻へのラブレターだった、とあった。これを読み、嬉しくなって、その一部を紹介します。
(以下、産経webニュースより抜粋)
>小学2年生のとき、校内で所持金を落としたのがきっかけで教師に盗みを疑われ、級友にも泥棒呼ばわりされた。学校から足が遠のき、読み書きを学ぶ機会のないまま大人に。64歳から奈良市立春日中学校夜間学級で学び、妻に書いたラブレターがメディアで取り上げられ、話題を呼んだ。
>西畑さんは、すし店の仕事を辞めた後、さまざまな理由で義務教育を受けられなかった人たちが通う夜間中学に入学。皎子さんは誰よりも喜んだという。
>文字を学んだ西畑さんは皎子さんにラブレターを書いた。「結婚して35年になりますが、初めてラブレターを書きます。字の読み書きができない僕に毎日ついてきてくれてありがとう」。
(以上、産経webニュースより)
不登校、引きこもりは、増えるばかり、少しでもこれを読み元気になってもらえたら、とタイムラインにアップしました。
(以下、産経webニュース)
64歳から夜間中学に通い、文字を覚えた最初の文は妻へのラブレターだった。〜1人の男性の挑戦を創作落語に〜
子どもへのイジメから、不登校になり、字を学ぶ機会を失い、大人になった男性が、退職を機に夜間中学に通い始めた。以来、20年間通い続けている、ことを産経webニュースで知りました。
結婚した妻が、夜間中学に通うことをとても喜んだ、とあった。
その生き様を、笑福亭鉄瓶(てっぺい)さん(43)が創作落語にした。その本人・西畑保さん(85歳)奈良市の方で、食堂に勤めたが、電話注文が受けられず、先輩に嫌がらせされた。結婚した妻に、文字が書けないことを言い出せなかった。でも、わかった時、妻から「つらかったやろ。これから一緒に頑張ろうな」と励ましてくれたそうだ。
そして、一念発起、退職を機に夜間中学に通い始めた。そして最初の文は、妻へのラブレターだった、とあった。これを読み、嬉しくなって、その一部を紹介します。
(以下、産経webニュースより抜粋)
64歳から文字を学び妻にラブレター 夜間中学生の人生が落語に (産経ニュース) https://lin.ee/iBOO1nH?mediadetail=1?utm_source=line&utm_medium=share&utm_campaign=timeline
子どもへのイジメから、不登校になり、字を学ぶ機会を失い、大人になった男性が、退職を機に夜間中学に通い始めた。以来、20年間通い続けている、ことを産経webニュースで知りました。
結婚した妻が、夜間中学に通うことをとても喜んだ、とあった。
その生き様を、笑福亭鉄瓶(てっぺい)さん(43)が創作落語にした。その本人・西畑保さん(85歳)奈良市の方で、食堂に勤めたが、電話注文が受けられず、先輩に嫌がらせされた。結婚した妻に、文字が書けないことを言い出せなかった。でも、わかった時、妻から「つらかったやろ。これから一緒に頑張ろうな」と励ましてくれたそうだ。
そして、一念発起、退職を機に夜間中学に通い始めた。そして最初の文は、妻へのラブレターだった、とあった。これを読み、嬉しくなって、その一部を紹介します。
(以下、産経webニュースより抜粋)
>小学2年生のとき、校内で所持金を落としたのがきっかけで教師に盗みを疑われ、級友にも泥棒呼ばわりされた。学校から足が遠のき、読み書きを学ぶ機会のないまま大人に。64歳から奈良市立春日中学校夜間学級で学び、妻に書いたラブレターがメディアで取り上げられ、話題を呼んだ。
>西畑さんは、すし店の仕事を辞めた後、さまざまな理由で義務教育を受けられなかった人たちが通う夜間中学に入学。皎子さんは誰よりも喜んだという。
>文字を学んだ西畑さんは皎子さんにラブレターを書いた。「結婚して35年になりますが、初めてラブレターを書きます。字の読み書きができない僕に毎日ついてきてくれてありがとう」。
(以上、産経webニュースより)
不登校、引きこもりは、増えるばかり、少しでもこれを読み元気になってもらえたら、とタイムラインにアップしました。
(以下、産経webニュース)
64歳から夜間中学に通い、文字を覚えた最初の文は妻へのラブレターだった。〜1人の男性の挑戦を創作落語に〜
子どもへのイジメから、不登校になり、字を学ぶ機会を失い、大人になった男性が、退職を機に夜間中学に通い始めた。以来、20年間通い続けている、ことを産経webニュースで知りました。
結婚した妻が、夜間中学に通うことをとても喜んだ、とあった。
その生き様を、笑福亭鉄瓶(てっぺい)さん(43)が創作落語にした。その本人・西畑保さん(85歳)奈良市の方で、食堂に勤めたが、電話注文が受けられず、先輩に嫌がらせされた。結婚した妻に、文字が書けないことを言い出せなかった。でも、わかった時、妻から「つらかったやろ。これから一緒に頑張ろうな」と励ましてくれたそうだ。
そして、一念発起、退職を機に夜間中学に通い始めた。そして最初の文は、妻へのラブレターだった、とあった。これを読み、嬉しくなって、その一部を紹介します。
(以下、産経webニュースより抜粋)
64歳から文字を学び妻にラブレター 夜間中学生の人生が落語に (産経ニュース) https://lin.ee/iBOO1nH?mediadetail=1?utm_source=line&utm_medium=share&utm_campaign=timeline
「あなた方は、すでにあなた方の行為によって、報われているのかもしれません」〜チョーレッチ氏(ユーゴスラビア前大統領)〜
2021年11月13日
「あなた方は、すでにあなた方の行為によって、報われているのかもしれません」〜チョーレッチ氏(ユーゴスラビア前大統領)〜
(長文です。お時間あるときにお読みください。)
ユーゴスラビア内戦の混乱の中、若者たち共に暉峻淑子(てるおかいつこ)さんは、支援物資を届けるために、現地で奔走し、来ないトラック、預けた物資を盗まれたり、さまざまな困難はあれど、59ヶ所に自ら訪問して回った。その時同行した若者たちは、感じたことは何だったか。
(以下、『豊かさの条件』より抜粋)
難民キャンプでは、鉛筆1本でさえも貴重品で、子どものノートを見せてもらうと、几帳面な字で上から下まで紙面いっぱい、1ミリの隙間ないように、びっしりと字が書きこまれている。紙なんかゴミ同然にあつかっている日本の子どもを思うと、胸が熱くなってしまう。
学生達も病院で涙ぐみ、難民キャンプで涙ぐんで、夜になっても誰も口をきこうとしなかっこともあった。
いざ、ユーゴを引き上げる間際に、前大統領で作家のチョーレッチ氏がきてくれたこともある。
「私達が困難のどん底にいるときに、遠い国から来て、助けて下さったことを永久に忘れません。私はもう老人ですが、いつかきっと若い人達が、あなた方に恩返しをしてくれると思います。もし内戦が続いて、その日がなかなか来ないときは、私達に代わって、神様がきっとあなた達に恩返しをしてくださるでしょう。いや、あなた方は、すでにあなた方の行為によって、報われているのかもしれません」
(以上、本より)
少し長い引用ですが、前大統領の言葉に、行動する意味を学んだ気がします。
学生たちの感想から
「自分はいままで何のために勉強しているか分からなかった。でも私達は待たれているのですね。待っている人達のために、これから真剣に勉強しなくては」
「いままでの自分の価値は偏差値で決まるものだと考えていました。でもそうじゃない。もっと人間として別の価値がある自分にあるのだと思います」
「試験の点数が他人よりよかったとか、大学に合格したとか、そういう喜びとはちがう喜びがあることを知りました」
「日本人の習慣とか行動様式を基準にして、ユーゴ人をみると、イライラしたけど、世界にはいろんな生き方があるのだから、どんな異文化に出会ってもビクともしないような受容力のある人間になりたい」
以下の他にも、示唆のある言葉が続く著書を、たまに開くと、忘れたことを思い出します。志の大切さ、学ぶ姿勢は、いくつなっても必要ですね。
*参考資料:暉峻淑子著『豊かさの条件』
(長文です。お時間あるときにお読みください。)
ユーゴスラビア内戦の混乱の中、若者たち共に暉峻淑子(てるおかいつこ)さんは、支援物資を届けるために、現地で奔走し、来ないトラック、預けた物資を盗まれたり、さまざまな困難はあれど、59ヶ所に自ら訪問して回った。その時同行した若者たちは、感じたことは何だったか。
(以下、『豊かさの条件』より抜粋)
難民キャンプでは、鉛筆1本でさえも貴重品で、子どものノートを見せてもらうと、几帳面な字で上から下まで紙面いっぱい、1ミリの隙間ないように、びっしりと字が書きこまれている。紙なんかゴミ同然にあつかっている日本の子どもを思うと、胸が熱くなってしまう。
学生達も病院で涙ぐみ、難民キャンプで涙ぐんで、夜になっても誰も口をきこうとしなかっこともあった。
いざ、ユーゴを引き上げる間際に、前大統領で作家のチョーレッチ氏がきてくれたこともある。
「私達が困難のどん底にいるときに、遠い国から来て、助けて下さったことを永久に忘れません。私はもう老人ですが、いつかきっと若い人達が、あなた方に恩返しをしてくれると思います。もし内戦が続いて、その日がなかなか来ないときは、私達に代わって、神様がきっとあなた達に恩返しをしてくださるでしょう。いや、あなた方は、すでにあなた方の行為によって、報われているのかもしれません」
(以上、本より)
少し長い引用ですが、前大統領の言葉に、行動する意味を学んだ気がします。
学生たちの感想から
「自分はいままで何のために勉強しているか分からなかった。でも私達は待たれているのですね。待っている人達のために、これから真剣に勉強しなくては」
「いままでの自分の価値は偏差値で決まるものだと考えていました。でもそうじゃない。もっと人間として別の価値がある自分にあるのだと思います」
「試験の点数が他人よりよかったとか、大学に合格したとか、そういう喜びとはちがう喜びがあることを知りました」
「日本人の習慣とか行動様式を基準にして、ユーゴ人をみると、イライラしたけど、世界にはいろんな生き方があるのだから、どんな異文化に出会ってもビクともしないような受容力のある人間になりたい」
以下の他にも、示唆のある言葉が続く著書を、たまに開くと、忘れたことを思い出します。志の大切さ、学ぶ姿勢は、いくつなっても必要ですね。
*参考資料:暉峻淑子著『豊かさの条件』
<犯罪者を産まない社会づくり>一人ひとりの生活境遇に合わせた教育をしていく場の提供が必要。
2021年11月06日
<犯罪者を産まない社会づくり>一人ひとりの生活境遇に合わせた教育をしていく場の提供が必要。
今朝のラジオで、「死刑制度」についての意見を聞いていて、10年ほど前に、大学講義にために調べた、犯罪者を産まない社会づくりを思い出しました。
困っているから犯罪を犯す。
その困った原因はなにか?
犯罪者を裁くだけではなく、犯罪を犯さないような人間を育てる。
人間を育てるのは、やはり教育と思います。
世界では、紛争を逃れて隣国や他国へ出て行く。しかし、言語や教育格差のために、職につけない現状がある。
スウェーデンの法学者・ニール・クリスティ氏は、世界の刑務所を調査し、犯罪者を調べる中で、犯罪者も同じ人間、何が違いがあるか?
それは、ちゃんと教育を受けれなかったことが原因とわかった。
スウェーデンでは、教育格差(国内の人も、海外から来た人も)を無くす取り組みを、子ども時代だけでなく、大人(夜間中学・高校)も学びの場を設ける。刑務所の中でも、教育の場がある。
今、京都や大阪では、元教師たちがボランティアで「夜間中学」の活動をやっています。戦中戦後の混乱期に、学ぶ機会が無かった人たちのために夜間中学が、かつてありました。
実は、経済格差で、まともに小中学校の教育を受けれなかった人たちがいることは、ニュース等で知る機会はあるのに、地方には学び直しのできる場所「夜間中学」等の制度がありません。最近は、海外からの実習生も増え、学びたい人が増えているのに、それが無い。
京都や大阪では、苦労した自らの経験から、元教師たちが夜間中学の活動が続けられています。地方こそ、必要なのではと、最近思います。
今朝の読書で、曽野綾子さんの文を集めた『敬友録「いい人」をやめると楽になる』に以下の言葉があった。
(以下、本より)
たぶん私たちがほんとうに困った時に、助けてくれるのは、けっして経済的に余裕のある人でもなく、権力者でもないのです。それは、苦しみと悲しみを知っている人、なのです。そう思って私たちは友情を見直すと、また新鮮な感動を覚えるのではないかと思います。
(以上、『聖書の中の友情論』より)
経済的に成功した人や権力者は、もともと教育をしっかりと受けてきた人たちです。教育を十分受けた人は、、ほんとうに教育が必要な人たちの現状を知らない。知っているのは、体験者であり、身近な人たちです。
>苦しみと悲しみを知っている人、なのです。
犯罪者を産まない社会づくりに、一人ひとりの生活境遇に合わせて教育をしていく場の提供を進める必要があると考えています。
今朝のラジオで、「死刑制度」についての意見を聞いていて、10年ほど前に、大学講義にために調べた、犯罪者を産まない社会づくりを思い出しました。
困っているから犯罪を犯す。
その困った原因はなにか?
犯罪者を裁くだけではなく、犯罪を犯さないような人間を育てる。
人間を育てるのは、やはり教育と思います。
世界では、紛争を逃れて隣国や他国へ出て行く。しかし、言語や教育格差のために、職につけない現状がある。
スウェーデンの法学者・ニール・クリスティ氏は、世界の刑務所を調査し、犯罪者を調べる中で、犯罪者も同じ人間、何が違いがあるか?
それは、ちゃんと教育を受けれなかったことが原因とわかった。
スウェーデンでは、教育格差(国内の人も、海外から来た人も)を無くす取り組みを、子ども時代だけでなく、大人(夜間中学・高校)も学びの場を設ける。刑務所の中でも、教育の場がある。
今、京都や大阪では、元教師たちがボランティアで「夜間中学」の活動をやっています。戦中戦後の混乱期に、学ぶ機会が無かった人たちのために夜間中学が、かつてありました。
実は、経済格差で、まともに小中学校の教育を受けれなかった人たちがいることは、ニュース等で知る機会はあるのに、地方には学び直しのできる場所「夜間中学」等の制度がありません。最近は、海外からの実習生も増え、学びたい人が増えているのに、それが無い。
京都や大阪では、苦労した自らの経験から、元教師たちが夜間中学の活動が続けられています。地方こそ、必要なのではと、最近思います。
今朝の読書で、曽野綾子さんの文を集めた『敬友録「いい人」をやめると楽になる』に以下の言葉があった。
(以下、本より)
たぶん私たちがほんとうに困った時に、助けてくれるのは、けっして経済的に余裕のある人でもなく、権力者でもないのです。それは、苦しみと悲しみを知っている人、なのです。そう思って私たちは友情を見直すと、また新鮮な感動を覚えるのではないかと思います。
(以上、『聖書の中の友情論』より)
経済的に成功した人や権力者は、もともと教育をしっかりと受けてきた人たちです。教育を十分受けた人は、、ほんとうに教育が必要な人たちの現状を知らない。知っているのは、体験者であり、身近な人たちです。
>苦しみと悲しみを知っている人、なのです。
犯罪者を産まない社会づくりに、一人ひとりの生活境遇に合わせて教育をしていく場の提供を進める必要があると考えています。
<田園都市構想>私が市へ提案しているJR鹿児島本線宇土駅と松橋駅間ウキウキロードの跨線橋下駅
2021年11月05日

<田園都市構想>私が市へ提案しているJR鹿児島本線の宇土駅と松橋駅のほぼ中間に位置するウキウキロードの跨線橋下駅の現場を、稲刈りが終わったので、再度確認しにきました。
取り付け道路は、九州電力の鉄塔管理のために作られたのだろうと想像しますが、重機も通れるほどしっかり造ってあります。
宇土市街地の南部エリアの交通拠点として、鉄路活用が必要と考え何度も議会で語ってきました。今年の9月議会で提案した、「八代海沿岸道路」の宇土市までの延伸と併せ、宇土市街地南部から松橋駅までのエリアの開発がてきないか、と思っています。
岸田首相の「田園都市構想」の路線に合致すると、期待を膨らませていて、それもあり、前回は夏の暑い時期で稲があり、田んぼに水も溜まっていて、全体的な撮影ができなかったので、再確認しました。
直ぐに実現するような計画ではないですが、まず駅、そして地域高規格道路の「八代海沿岸道路」の延伸を願っています。


Posted by ノグチ(noguchi) at
10:52
│Comments(0)
高齢になって、仲間がいても、ひとりでも、日々を楽しめる術を持つ。
2021年11月05日
高齢になって、仲間がいても、ひとりでも、日々を楽しめる術を持つ。
出かけの読書で以下の言葉が目に止まった。
年寄りがいう「気が合う」の意味に、"ふーん!"です。
囲碁仲間
ゴルフ仲間
カラオケ仲間
舞踊仲間
釣り仲間
・・仲間
どうも、私にあるなら、たまに出かける古典輪読の会?
それと、一番はサッカーの仲間でしょうか。
曽野綾子さんの著書から特徴的な文を集めた本『善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか』から、年をとってからの仲間で気づく自らの高齢化をうまく書いてあります。
(以下、『完本 威老録』より抜粋)
年をとって「気が合う」とはどういくことか。〜曽野綾子〜
気の合った仲というのはあるが、それは相手が正しい人だから好くのではない。なんとなく物の感じ方、おろかしさ、性質、趣味などが似ているから仲よしになるのである。味方だから受け入れ、自分を非難するようになったら拒否する、という形に思考形態が変わってきたら、老化がかなり進んでいると、みずから自覚したい。
(以上、本より)
仲間がいてこそ、人生は楽しい。
でも、ひとりでいても楽しいことができる人が、趣味の人ではと思います。
昨日会った「竹とんぼ」づくりを指導する昔あそびを趣味にしている人こそ、ひとりを楽しめる人ではないかと思います。
高齢になって、仲間がいても、ひとりでも、日々を楽しめる術を持ちたいものです。
出かけの読書で以下の言葉が目に止まった。
年寄りがいう「気が合う」の意味に、"ふーん!"です。
囲碁仲間
ゴルフ仲間
カラオケ仲間
舞踊仲間
釣り仲間
・・仲間
どうも、私にあるなら、たまに出かける古典輪読の会?
それと、一番はサッカーの仲間でしょうか。
曽野綾子さんの著書から特徴的な文を集めた本『善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか』から、年をとってからの仲間で気づく自らの高齢化をうまく書いてあります。
(以下、『完本 威老録』より抜粋)
年をとって「気が合う」とはどういくことか。〜曽野綾子〜
気の合った仲というのはあるが、それは相手が正しい人だから好くのではない。なんとなく物の感じ方、おろかしさ、性質、趣味などが似ているから仲よしになるのである。味方だから受け入れ、自分を非難するようになったら拒否する、という形に思考形態が変わってきたら、老化がかなり進んでいると、みずから自覚したい。
(以上、本より)
仲間がいてこそ、人生は楽しい。
でも、ひとりでいても楽しいことができる人が、趣味の人ではと思います。
昨日会った「竹とんぼ」づくりを指導する昔あそびを趣味にしている人こそ、ひとりを楽しめる人ではないかと思います。
高齢になって、仲間がいても、ひとりでも、日々を楽しめる術を持ちたいものです。
自然が素晴らしい、いい国に生まれたなという思いを、子供たちに残す。(司馬遼太郎)〜自然保護と経済格差〜
2021年11月01日
<自然保護と経済格差>司馬遼太郎の最後の言葉は「空を見ても、川を見ても、山を見ても、ああ美しい、いい国に生まれたなという思いを、子供たちに残す、それが私たちの義務だというものじゃないか」〜半藤一利『歴史と人生』より〜
昨日の午後、久しぶりに休日のイオンモール・クレアに出かけた。その人の多さに、田舎暮らしの私は、やはりイオンモールは、平日に行くところと思って、書店で妻の用事が済む間に、選書していると見つかるもので、作家の半藤一利氏の文を集めた『歴史と人生』の新書版を見つけ購入した。モール内は、かかる場所も無く、駐車場の車で読書しながら待っているの間に、パラパラと・・・、冒頭の司馬遼太郎さんと半藤氏との会話て語られた言葉に目が止まった。
半藤氏が司馬氏に「国民のうち80%、90%が合意できることがありますか?」と聞いた。その返事は、以下です。
(以下、本より)
「それは君ね、自然をこれ以上壊さないということだよ。もとに戻せたいったって無理だから、ここまで許すことにしよう。しかしこれ以上はもう壊さないことを、日本国民が全部で合意しようじゃないか。そうしなければ、われわれは子孫に顔向けができないじゃないか」
(以上、『歴史と人生』より転載)
その後に語った言葉が、冒頭の一文です。この会話は、司馬遼太郎氏が亡くなる1年前のことだそうで、ほんとに最後まで元気に人と語っておられたこと学校伝わってきます。
日本の自然、これから北海道から始まる紅葉は、だんだんと南下して、日本列島を"秋色"に染めていきます。九州は、11月下旬から、高地から平地へと下がってきます。晩秋の日本の美しさは、格別と思います。
司馬遼太郎氏は、日本の自然保護を最後に語っていたことを知り、荒れる中山間地域は、過疎と高齢化、人口減少学校原因ですが、今回の衆議院選挙ても、地方再生、創生が訴えられたが、今のままでは、人生減少の流れは変わらない。
都市部と地方の情報格差を平準化して、テレワークを活用して地方は人が移動できるように、5Gの普及を加速化してほしいですね。私の地域にもやっと光ファイバー網が敷かれましたが、やはり維持するには、固定経費となる月額料金が必要であります。年金生活者には、ちょっとハードルが高いですが、仕事する若い世代は高くても使わなけばならないので、もっと使いやすく(都市並の低料金に)する必要があります。都市部と地方の情報格差解消は、まだまだ課題があります。
話は戻りますが、自然保護をするにも若い世代が必要です。豊か自然は、地方にあります。若者たちが、地方(中山間地域に)でも暮らしやすい環境を整えていき、情報格差を無くし、地方経済を活性化することが、これから政府に望むことです。
昨日の午後、久しぶりに休日のイオンモール・クレアに出かけた。その人の多さに、田舎暮らしの私は、やはりイオンモールは、平日に行くところと思って、書店で妻の用事が済む間に、選書していると見つかるもので、作家の半藤一利氏の文を集めた『歴史と人生』の新書版を見つけ購入した。モール内は、かかる場所も無く、駐車場の車で読書しながら待っているの間に、パラパラと・・・、冒頭の司馬遼太郎さんと半藤氏との会話て語られた言葉に目が止まった。
半藤氏が司馬氏に「国民のうち80%、90%が合意できることがありますか?」と聞いた。その返事は、以下です。
(以下、本より)
「それは君ね、自然をこれ以上壊さないということだよ。もとに戻せたいったって無理だから、ここまで許すことにしよう。しかしこれ以上はもう壊さないことを、日本国民が全部で合意しようじゃないか。そうしなければ、われわれは子孫に顔向けができないじゃないか」
(以上、『歴史と人生』より転載)
その後に語った言葉が、冒頭の一文です。この会話は、司馬遼太郎氏が亡くなる1年前のことだそうで、ほんとに最後まで元気に人と語っておられたこと学校伝わってきます。
日本の自然、これから北海道から始まる紅葉は、だんだんと南下して、日本列島を"秋色"に染めていきます。九州は、11月下旬から、高地から平地へと下がってきます。晩秋の日本の美しさは、格別と思います。
司馬遼太郎氏は、日本の自然保護を最後に語っていたことを知り、荒れる中山間地域は、過疎と高齢化、人口減少学校原因ですが、今回の衆議院選挙ても、地方再生、創生が訴えられたが、今のままでは、人生減少の流れは変わらない。
都市部と地方の情報格差を平準化して、テレワークを活用して地方は人が移動できるように、5Gの普及を加速化してほしいですね。私の地域にもやっと光ファイバー網が敷かれましたが、やはり維持するには、固定経費となる月額料金が必要であります。年金生活者には、ちょっとハードルが高いですが、仕事する若い世代は高くても使わなけばならないので、もっと使いやすく(都市並の低料金に)する必要があります。都市部と地方の情報格差解消は、まだまだ課題があります。
話は戻りますが、自然保護をするにも若い世代が必要です。豊か自然は、地方にあります。若者たちが、地方(中山間地域に)でも暮らしやすい環境を整えていき、情報格差を無くし、地方経済を活性化することが、これから政府に望むことです。