<遊び上手>飽かないから遊びなのであって、飽くのは単なるヒマ(暇)つぶしである。〜田辺聖子著『ダンスと空想』〜
2025年03月23日
<遊び上手>飽かないから遊びなのであって、飽くのは単なるヒマ(暇)つぶしである。〜田辺聖子著『ダンスと空想』〜
数日前から、春の草刈りを始めた。昨年に、父の使用済みの仮払い機の丸型の刃を加工しては使ってきたが、ついにヒビが入った。1日半ほど、"このヒビの入った刃を使うには?"と思案して、昨日加工した形が、写真のような変形手裏剣型に変わった。ここ4年で初めての形です。
刃は、両面使いにするようにしていて、
草刈り用は、切り込みが大きく。
小さな竹も切るのは、切り込みが短く。
この使用済みの仮払い機の丸型の刃の加工は、私のある意味"遊び"の部類に入っています。
市販の丸型の刃は、安いのは700円ほどから、高くなると3000円近くするものもある。
田畑の草は、一年中続く作業。中山間地の我が家の草刈り作業では、困るのが草陰に石や岩がたくさん在り、下手な私の草刈り作業では、よくぶつけて市販の丸型の刃先を飛ばして、すぐに切れなくなってしまっていました。年に、4〜6枚も羽先が無くなり使えないことありました。
そこで始めたのが、使用済みの刃の加工です。試行錯誤、これが面白いのです。
丸型の刃も、いろいろなデザインがある。軽量化するのに、小さな穴がたくさんあるもの、大きく三日月型に穴を開けたもの。父が使用して羽先の無くなったものを加工する。
今朝の読書で読んだ作家の田辺聖子さんの"遊びは飽きない"から、昨日の加工作業を思い出し、この言葉に賛同した!
以下が、その文です。
(以下、田辺聖子著『苦味を少々』より)
「私は遊び下手ですなあ、飽かんように遊べたら、ええのやけど」
私にいわせれば、飽かないから遊びなのであって、飽くのは、単なるヒマつぶしである。
〜『ダンスと空想』〜
(以上、本より転載)
>飽くのは、単なるヒマつぶしである。
私は、友人たちがよくやっている魚釣り等には、ほとんど興味が湧かないが、ものづくり、建築模型、さらに実際の建築設計から建設に至る行程は、何度やっても飽きることがない。たぶん、同じものが無いからだろうと思っています。
仕事が趣味という人がいます。たぶん、その仕事は、日々同じことがなく、変化や新たな工夫が必要だから面白い、だから飽きることがない。
遊びも同じで、プラモデルような既存の製品ではなく、実際に屋根に庇を取り付ける作業が飽かないのは、工夫が必要だからだと思います。だから続けることができる。
建築の仕事は、私にとっては遊びの工夫に似たような感覚を持っています。
これからの後半生を、遊びの感覚を持って生きていけたらいいなぁ、と田辺聖子さんの文を読み朝から考えました。
>遊び上手
これからの人生のテーマかもしれません。

加工前

加工後
数日前から、春の草刈りを始めた。昨年に、父の使用済みの仮払い機の丸型の刃を加工しては使ってきたが、ついにヒビが入った。1日半ほど、"このヒビの入った刃を使うには?"と思案して、昨日加工した形が、写真のような変形手裏剣型に変わった。ここ4年で初めての形です。
刃は、両面使いにするようにしていて、
草刈り用は、切り込みが大きく。
小さな竹も切るのは、切り込みが短く。
この使用済みの仮払い機の丸型の刃の加工は、私のある意味"遊び"の部類に入っています。
市販の丸型の刃は、安いのは700円ほどから、高くなると3000円近くするものもある。
田畑の草は、一年中続く作業。中山間地の我が家の草刈り作業では、困るのが草陰に石や岩がたくさん在り、下手な私の草刈り作業では、よくぶつけて市販の丸型の刃先を飛ばして、すぐに切れなくなってしまっていました。年に、4〜6枚も羽先が無くなり使えないことありました。
そこで始めたのが、使用済みの刃の加工です。試行錯誤、これが面白いのです。
丸型の刃も、いろいろなデザインがある。軽量化するのに、小さな穴がたくさんあるもの、大きく三日月型に穴を開けたもの。父が使用して羽先の無くなったものを加工する。
今朝の読書で読んだ作家の田辺聖子さんの"遊びは飽きない"から、昨日の加工作業を思い出し、この言葉に賛同した!
以下が、その文です。
(以下、田辺聖子著『苦味を少々』より)
「私は遊び下手ですなあ、飽かんように遊べたら、ええのやけど」
私にいわせれば、飽かないから遊びなのであって、飽くのは、単なるヒマつぶしである。
〜『ダンスと空想』〜
(以上、本より転載)
>飽くのは、単なるヒマつぶしである。
私は、友人たちがよくやっている魚釣り等には、ほとんど興味が湧かないが、ものづくり、建築模型、さらに実際の建築設計から建設に至る行程は、何度やっても飽きることがない。たぶん、同じものが無いからだろうと思っています。
仕事が趣味という人がいます。たぶん、その仕事は、日々同じことがなく、変化や新たな工夫が必要だから面白い、だから飽きることがない。
遊びも同じで、プラモデルような既存の製品ではなく、実際に屋根に庇を取り付ける作業が飽かないのは、工夫が必要だからだと思います。だから続けることができる。
建築の仕事は、私にとっては遊びの工夫に似たような感覚を持っています。
これからの後半生を、遊びの感覚を持って生きていけたらいいなぁ、と田辺聖子さんの文を読み朝から考えました。
>遊び上手
これからの人生のテーマかもしれません。

加工前

加工後
老いを楽しむ3人の女性と評論家・樋口恵子さんの「7つのご機嫌のヒント」
2024年06月14日
<「今日がいちばん若い」の精神で>老いを楽しむ3人の女性と評論家・樋口恵子さんの「7つのご機嫌のヒント」〜ラジオ深夜便〜
6月11日、早朝ウォーキング中に楽しみで聴くNHKラジオ深夜便のインタビュー「明日への言葉」(午前4時5分〜45分)に、評論家の樋口恵子さんが2日連続で登場された。両日ともに聴いて、今年92歳の老女の言葉に、"老いを生きるヒント"をたくさんもらいました。
今日の市民からのコメント『ぱれっと』に、老いを楽しむ高齢女性の姿を見ることができる。かつて「恍惚の人」なる言葉が広かった時代がありましたが、樋口恵子さんの現役引退後の活動が素晴らしい。
『老いの上機嫌』7つのご機嫌のヒント
①せっかくの人生、楽しげに生きる
②人づきあいはさっぱりと
③「今日がいちばん若い」の精神で
④モノは無理に捨てない
⑤他人の長所をほめる
⑥「老い」をユーモアで笑い飛ばす
⑦誰かの「微助っ人」になろう
ラジオでは、10のヒントを語られていたように思いますが、本には「7つのヒント」となっているようです。
樋口恵子さんは、70歳で都知事選挙に出て、84歳で家を建て替え、92歳で夢を見れる人生が素晴らしい。
新聞の市民のコメントの3人の高齢女性の生き方にも惹かれます。
>「後期高齢者ですが、青春18きっぷを売ってくださいますか」と言ってみよう。
田舎では「免許返納」すると、動く足が無くなった感があるが、都会では公共交通機関が発達していて、それを駆使して動くことができるから・・・
"愚痴るより"、有り余る時間の使い方にあると、樋口恵子さんと3人の高齢女性の生き方が、教えているように思います。
>誰かの「微助っ人(ビスケット)」になろう
私の老いの居場所は、
・朝の登校指導(緑のおっちゃん)
・生活安全パトロール隊の活動
・フットパスの普及とイベント開催
>せっかくの人生、楽しげに生きる
・100キロウォークの挑戦
本日は、軽貨物の車検出し、九州龍馬会の会場下見、式次第づくり。夜は高校同窓会熊本市支部の役員会、その後の先輩たちとの一杯?
樋口恵子さんの「今日がいちばん若い」の精神で」、今日も気分良く過ごせればと思います。



6月11日、早朝ウォーキング中に楽しみで聴くNHKラジオ深夜便のインタビュー「明日への言葉」(午前4時5分〜45分)に、評論家の樋口恵子さんが2日連続で登場された。両日ともに聴いて、今年92歳の老女の言葉に、"老いを生きるヒント"をたくさんもらいました。
今日の市民からのコメント『ぱれっと』に、老いを楽しむ高齢女性の姿を見ることができる。かつて「恍惚の人」なる言葉が広かった時代がありましたが、樋口恵子さんの現役引退後の活動が素晴らしい。
『老いの上機嫌』7つのご機嫌のヒント
①せっかくの人生、楽しげに生きる
②人づきあいはさっぱりと
③「今日がいちばん若い」の精神で
④モノは無理に捨てない
⑤他人の長所をほめる
⑥「老い」をユーモアで笑い飛ばす
⑦誰かの「微助っ人」になろう
ラジオでは、10のヒントを語られていたように思いますが、本には「7つのヒント」となっているようです。
樋口恵子さんは、70歳で都知事選挙に出て、84歳で家を建て替え、92歳で夢を見れる人生が素晴らしい。
新聞の市民のコメントの3人の高齢女性の生き方にも惹かれます。
>「後期高齢者ですが、青春18きっぷを売ってくださいますか」と言ってみよう。
田舎では「免許返納」すると、動く足が無くなった感があるが、都会では公共交通機関が発達していて、それを駆使して動くことができるから・・・
"愚痴るより"、有り余る時間の使い方にあると、樋口恵子さんと3人の高齢女性の生き方が、教えているように思います。
>誰かの「微助っ人(ビスケット)」になろう
私の老いの居場所は、
・朝の登校指導(緑のおっちゃん)
・生活安全パトロール隊の活動
・フットパスの普及とイベント開催
>せっかくの人生、楽しげに生きる
・100キロウォークの挑戦
本日は、軽貨物の車検出し、九州龍馬会の会場下見、式次第づくり。夜は高校同窓会熊本市支部の役員会、その後の先輩たちとの一杯?
樋口恵子さんの「今日がいちばん若い」の精神で」、今日も気分良く過ごせればと思います。



<うつ病・認知症>50〜75歳の心身をどう維持するのか?、学び・書き・歩く。
2023年08月15日
<うつ病・認知症>50〜75歳の心身をどう維持するのか?、学び・書き・歩く。
〜五木寛之著『林住期』より〜
>ボケてしまえばうつ病は起こらない。うつ病はボケより手前に待ちかまえている怪物だ。そして、第三の人生、すなわち五十歳から七十五歳までの二十五年において、もっともおちいりやすい難病である。
>初老性のうつ病、などと気軽にいう。しかし、本当のうつ病はそんな月並みな成人病とはちがう。真の人生の危機を体感するおそろしい友なのだ。
(以上、本より)
>ボケてしまえばうつ病は起こらない。
なんか怖い話です。
私の父は、母が脳梗塞で倒れ入院した。パートナーが家から突然に居なくなり、また私たちも仕事で平日は家に居ないので、お昼はひとりぼっちになった。寂しさから落ち込み、うつ病の症状が出てきた。
そんな生活が3ヶ月ほど続いたころ、「年金手帳が無くなった」騒動が起こった。私が持ち出した、との父からの指摘でした。実は、私は父たちの年金手帳なるものを一度も見たことが無いので、父との口喧嘩となりました。
周りのすすめもあり、父に精神科を受診してもらった。結果は、アルツハイマー病性認知症と診断され、かなり進行している話を聞いた。父、83歳半ばのことでした。
長生きすれば、半分の人は、認知症を患うとの話も聞く、こわい病と思います。
父は、まだらうつ病から、認知症に進行していきました。亡くなる前には、家族の顔を分からなくなりました。
うつ病
認知症
>初老性のうつ病、などと気軽にいう。
本人はわからない認知症は、実は日常生活を一緒にしている家族も気づきにくい。しかし、自らの状態を受け入れ、残る能力や感性を大事に生きる生き方があることを、新聞等の話題て知る機会があった。
五木寛之さんは、
>ボケないために、また脳力アップのためにと、せっせと脳トレにはげんでいるうちに、ストンと"うつの谷間"におちこんでしまう危険性頑張って大きい。記憶力や反射神経の衰えを自覚すればするほど、人はうつに接近していくのである。
(以上、『林住期』より)
私に、中国古典の学びを導かれた先輩は、身体の衰えはありましたが、認知症(ボケ)にはなられなかった。学びを深める行為は、認知症を抑える。
100キロウォークの3回目に出ようと思うきっかけは、初めて参加した第19回行橋別府100キロウォークのオープニングの時に紹介された88歳のウォーカーの話に聞き入りました。アナウンスは「86歳まで完歩したが、87歳は完歩できなかったので、また参加された」の内容でした。ウォーキングは、身体の体調維持になる。
人間、何か目標がないと継続しないものです。ネットを利用したコメント作成は、社会活動を指導していただいた大先輩から「読むだけではダメです、毎日書きなさい」の指摘から、2002年6月から毎日欠かすことなく駄文を書い続けてきました。
うつ病と認知症の予防に効果があるかは別として、学びと運動を習慣化することで、朝から気分よくご飯も美味しい、晴栽雨読の実践も体力・気力維持に役立つように思います。
古典を学び、日々書くことを21年、歩くことを11年続けてきました。後半生は、どうなるかは不明ですが、ラジオを聴きながらの週休3日のウォーキングを続けたいと思います。
長々と書きました。最後までお読みいただきありがとうございます♪
〜五木寛之著『林住期』より〜
>ボケてしまえばうつ病は起こらない。うつ病はボケより手前に待ちかまえている怪物だ。そして、第三の人生、すなわち五十歳から七十五歳までの二十五年において、もっともおちいりやすい難病である。
>初老性のうつ病、などと気軽にいう。しかし、本当のうつ病はそんな月並みな成人病とはちがう。真の人生の危機を体感するおそろしい友なのだ。
(以上、本より)
>ボケてしまえばうつ病は起こらない。
なんか怖い話です。
私の父は、母が脳梗塞で倒れ入院した。パートナーが家から突然に居なくなり、また私たちも仕事で平日は家に居ないので、お昼はひとりぼっちになった。寂しさから落ち込み、うつ病の症状が出てきた。
そんな生活が3ヶ月ほど続いたころ、「年金手帳が無くなった」騒動が起こった。私が持ち出した、との父からの指摘でした。実は、私は父たちの年金手帳なるものを一度も見たことが無いので、父との口喧嘩となりました。
周りのすすめもあり、父に精神科を受診してもらった。結果は、アルツハイマー病性認知症と診断され、かなり進行している話を聞いた。父、83歳半ばのことでした。
長生きすれば、半分の人は、認知症を患うとの話も聞く、こわい病と思います。
父は、まだらうつ病から、認知症に進行していきました。亡くなる前には、家族の顔を分からなくなりました。
うつ病
認知症
>初老性のうつ病、などと気軽にいう。
本人はわからない認知症は、実は日常生活を一緒にしている家族も気づきにくい。しかし、自らの状態を受け入れ、残る能力や感性を大事に生きる生き方があることを、新聞等の話題て知る機会があった。
五木寛之さんは、
>ボケないために、また脳力アップのためにと、せっせと脳トレにはげんでいるうちに、ストンと"うつの谷間"におちこんでしまう危険性頑張って大きい。記憶力や反射神経の衰えを自覚すればするほど、人はうつに接近していくのである。
(以上、『林住期』より)
私に、中国古典の学びを導かれた先輩は、身体の衰えはありましたが、認知症(ボケ)にはなられなかった。学びを深める行為は、認知症を抑える。
100キロウォークの3回目に出ようと思うきっかけは、初めて参加した第19回行橋別府100キロウォークのオープニングの時に紹介された88歳のウォーカーの話に聞き入りました。アナウンスは「86歳まで完歩したが、87歳は完歩できなかったので、また参加された」の内容でした。ウォーキングは、身体の体調維持になる。
人間、何か目標がないと継続しないものです。ネットを利用したコメント作成は、社会活動を指導していただいた大先輩から「読むだけではダメです、毎日書きなさい」の指摘から、2002年6月から毎日欠かすことなく駄文を書い続けてきました。
うつ病と認知症の予防に効果があるかは別として、学びと運動を習慣化することで、朝から気分よくご飯も美味しい、晴栽雨読の実践も体力・気力維持に役立つように思います。
古典を学び、日々書くことを21年、歩くことを11年続けてきました。後半生は、どうなるかは不明ですが、ラジオを聴きながらの週休3日のウォーキングを続けたいと思います。
長々と書きました。最後までお読みいただきありがとうございます♪
自転車事故、ヘルメットを被らないと死亡率が2.2倍に上がる。〜4月1日からヘルメット着用が努力義務化に〜
2023年03月29日


自転車事故、ヘルメットを被らないと死亡率が2.2倍に上がる。〜4月1日からヘルメット着用が努力義務化に〜
自動車事故は、安全装置の普及で死亡率が下がっているのに、自転車利用者は、少子化で子ども利用は減っているのに、高齢化から自動車から自転車へ移る人が増えて、高齢者の事故が増えている。
今回の努力義務を良い機会と捉え、ノーヘルは危険と訴えて、高齢者の自転車乗車にはヘルメット着用の努力義務化を徹底して広報するべきと思います。

<笑いは幸せな老年夫婦の必需品>少年老い易く学成り難し、壮年老い易く笑顔に成り難し、老年残り少なし笑顔溢れる。
2022年07月08日
<笑いは幸せな老年夫婦の必需品>少年老い易く学成り難し、壮年老い易く笑顔に成り難し、老年残り少なし笑顔溢れる。
先週行ったリサイクルブックで手に入れた三浦朱門さんのエッセイを妻に読ませたら、笑っていた。
タイトルは「老いてなにかと怖い妻、若いころは?」
曽野綾子さんの夫、三浦朱門さん(85歳)のエッセイ『老年の品格』の冒頭の一文に、妻と共に笑った。二人の文化人夫婦には、女性秘書が年代別に3人関わっているという。その秘書たちの事ではなくて、三浦朱門さんが、その秘書たちへのある要求した話です。
(以下、本より)
私は彼女らに、妻、つまり曽野綾子の若い時の写真を探してくれ、と頼む。
「なぜですか」
彼女らは不思議そうな顔をする。
「いやね、今の彼女は恐ろしいだろ。何かというと、ボクのことをボケたんじゃないの、お言うしさ。何か言おうとすると、『人の会話のシャマをするんじゃない』と叱る。こんな怖い人と結婚した覚えはないんだ。だからよっぽど、昔の彼女はセクシーだったとか、窈窕(ようちょう)たる美女だったか、とおもってさ。ウン、なるほど、これならボクがだまされても仕方がない、というような人だったのかな、と」
そう言うと、彼女らは笑って、相手にしてくれない。もちろん、曽野の若い時の写真を探すようなことはしない。
(以上、本より)
私は、長く異業種交流会を主催してきました。当日参加も含め、その場に集まった方々を飽きさせれことなく、会話ができる雰囲気をいかにして作る(つなぐ)かを、約3時間没頭するのですが、それが主催者の役目。
会に集まる人はさまざま、自らの主張を聞いてもらうために来る人は、聞く側からすると敬遠したい方でもあります。そんな人をどうつなげるか?
まず、本人の言いたいことを全部語らせてから、「さっきの◯◯の部分に関わっている人の話を聞きませんか」と関連する方に、「◯◯について詳しく教えてあげてください」と紹介すると、自己主張しかしなかった人が聞き役に回る。これも一つの、笑顔のつながり作りと思っています。
長く一緒に棲んで居る夫婦には会話もない、とよく友人たちが語る。果たしてそうだろか?
会話がないのでなく、会話していないのが現実と思います。話をするには、まず聞き役に回れるか、が大事なのです。
高齢者は、気難しいのイメージがあるが、語ってみると三浦朱門さんのようにウィットの効いた会話を投げかける人もいます。初めて会う人は、冗談混じりの話には、ムッ!とするかもしれませんが、毎日会っていると、相手に合わせるために話をしているのか、と理解します。高齢者は、我利我利の意見ではなく、聞く耳を持ち、笑える返事をできれば、老夫婦の会話もまんざらではないと思うのですが。
現代の長い老後期間を、どう毎日楽しく過ごすか、それぞれの会話も工夫も必要なのかもしれません。
*参加資料:三浦朱門著『老年の品格』
先週行ったリサイクルブックで手に入れた三浦朱門さんのエッセイを妻に読ませたら、笑っていた。
タイトルは「老いてなにかと怖い妻、若いころは?」
曽野綾子さんの夫、三浦朱門さん(85歳)のエッセイ『老年の品格』の冒頭の一文に、妻と共に笑った。二人の文化人夫婦には、女性秘書が年代別に3人関わっているという。その秘書たちの事ではなくて、三浦朱門さんが、その秘書たちへのある要求した話です。
(以下、本より)
私は彼女らに、妻、つまり曽野綾子の若い時の写真を探してくれ、と頼む。
「なぜですか」
彼女らは不思議そうな顔をする。
「いやね、今の彼女は恐ろしいだろ。何かというと、ボクのことをボケたんじゃないの、お言うしさ。何か言おうとすると、『人の会話のシャマをするんじゃない』と叱る。こんな怖い人と結婚した覚えはないんだ。だからよっぽど、昔の彼女はセクシーだったとか、窈窕(ようちょう)たる美女だったか、とおもってさ。ウン、なるほど、これならボクがだまされても仕方がない、というような人だったのかな、と」
そう言うと、彼女らは笑って、相手にしてくれない。もちろん、曽野の若い時の写真を探すようなことはしない。
(以上、本より)
私は、長く異業種交流会を主催してきました。当日参加も含め、その場に集まった方々を飽きさせれことなく、会話ができる雰囲気をいかにして作る(つなぐ)かを、約3時間没頭するのですが、それが主催者の役目。
会に集まる人はさまざま、自らの主張を聞いてもらうために来る人は、聞く側からすると敬遠したい方でもあります。そんな人をどうつなげるか?
まず、本人の言いたいことを全部語らせてから、「さっきの◯◯の部分に関わっている人の話を聞きませんか」と関連する方に、「◯◯について詳しく教えてあげてください」と紹介すると、自己主張しかしなかった人が聞き役に回る。これも一つの、笑顔のつながり作りと思っています。
長く一緒に棲んで居る夫婦には会話もない、とよく友人たちが語る。果たしてそうだろか?
会話がないのでなく、会話していないのが現実と思います。話をするには、まず聞き役に回れるか、が大事なのです。
高齢者は、気難しいのイメージがあるが、語ってみると三浦朱門さんのようにウィットの効いた会話を投げかける人もいます。初めて会う人は、冗談混じりの話には、ムッ!とするかもしれませんが、毎日会っていると、相手に合わせるために話をしているのか、と理解します。高齢者は、我利我利の意見ではなく、聞く耳を持ち、笑える返事をできれば、老夫婦の会話もまんざらではないと思うのですが。
現代の長い老後期間を、どう毎日楽しく過ごすか、それぞれの会話も工夫も必要なのかもしれません。
*参加資料:三浦朱門著『老年の品格』
「眼鏡橋探訪宇土半島一周コース」現地学習講座に、「猪伏橋」「たかぶね橋」「網引橋」「割井川橋」「馬門橋」の現地学習と!
2022年05月01日
<網津校区内の石橋探訪も>本日の熊日新聞に「眼鏡橋探訪宇土半島一周コース」なる現地学習講座に、「猪伏橋」「たかぶね橋」「網引橋」「割井川橋」「馬門橋」の現地学習と!
午後は、宇土市街地や松合集落も見学します。
募集人数20名。
日程は、
事前学習 6月13日(月曜日)
現地学習 6月20日(月曜日)
かつての天草街道が我が家の下を通っていて、そこに「猪伏橋」が在ります。
こんな学習ツアーがあるのですね。ぜひ、興味ある方は、ご参加下さい。
私は、残念ですが議会開催中で参加できませんが、良い学習会になることを願います。

午後は、宇土市街地や松合集落も見学します。
募集人数20名。
日程は、
事前学習 6月13日(月曜日)
現地学習 6月20日(月曜日)
かつての天草街道が我が家の下を通っていて、そこに「猪伏橋」が在ります。
こんな学習ツアーがあるのですね。ぜひ、興味ある方は、ご参加下さい。
私は、残念ですが議会開催中で参加できませんが、良い学習会になることを願います。

人間は晩年が大事、人生が終わってからどう評価されるか問われる。〜人の評価は棺桶の蓋が閉まってから〜
2022年04月20日
人間は晩年が大事、退職後の生活をどう過ごすかに、人生が終わってからどう評価されるか問われる。〜人の評価は棺桶の蓋が閉まってから〜
40代に、社会活動をする中、多くの先輩方から、名言や訓示をいただきました。冒頭の言葉、
「人の評価は棺桶の蓋が閉まってから」
は、熊本の政財界に存在感のあった故永野光哉氏(熊本日日新聞社社長・会長)から聞いた言葉です。
菜根譚に以下の訓示があります。
【現代語訳】
太陽が沈んでしまっても、それでもなお夕映えは美しく輝いている。また、一年がいまや暮れようとしているのに、だいだいやみかんなどの柑橘系は一段と芳しい香りを放っている。だから、人生の晩年に当たって、君子たるものはさらに精神を百倍にも奮い立たせてりっぱに生きるようにすべきである。〜菜根譚・前集No.197〜
晩年の活動は、現職の時期から準備が必要な気がします。私は、32歳で建築事務所を開設しました。市民活動に参加するようなったのは33歳から。自ら企画して人を集める(研修や視察)ことを始めたのは37歳からでした。
ウォーキングは、ちょうど10年前の8月から、54歳でした。以来、ずっと歩き続けてきました。今朝も10キロウォークをやり、朝風呂を終わったところです。
>人の価値は棺桶の蓋が閉まってから
現代の晩年はいつからか?は不明ですが、これまで続けてきたことを、さらに継続して、興味あることにチャレンジしていけたらと、朝の読書で思いました。
40代に、社会活動をする中、多くの先輩方から、名言や訓示をいただきました。冒頭の言葉、
「人の評価は棺桶の蓋が閉まってから」
は、熊本の政財界に存在感のあった故永野光哉氏(熊本日日新聞社社長・会長)から聞いた言葉です。
菜根譚に以下の訓示があります。
【現代語訳】
太陽が沈んでしまっても、それでもなお夕映えは美しく輝いている。また、一年がいまや暮れようとしているのに、だいだいやみかんなどの柑橘系は一段と芳しい香りを放っている。だから、人生の晩年に当たって、君子たるものはさらに精神を百倍にも奮い立たせてりっぱに生きるようにすべきである。〜菜根譚・前集No.197〜
晩年の活動は、現職の時期から準備が必要な気がします。私は、32歳で建築事務所を開設しました。市民活動に参加するようなったのは33歳から。自ら企画して人を集める(研修や視察)ことを始めたのは37歳からでした。
ウォーキングは、ちょうど10年前の8月から、54歳でした。以来、ずっと歩き続けてきました。今朝も10キロウォークをやり、朝風呂を終わったところです。
>人の価値は棺桶の蓋が閉まってから
現代の晩年はいつからか?は不明ですが、これまで続けてきたことを、さらに継続して、興味あることにチャレンジしていけたらと、朝の読書で思いました。
今朝の登校指導後に、"サプライズ"が準備されていました。6年生から感謝の言葉の冊子が贈られました。
2022年03月22日

今朝の登校指導後に、"サプライズ"が準備されていました。6年生から感謝の言葉の冊子が贈られました。
小学校前に毎朝立つようになって7年半になるので、今の子どもたちは、保育園の年中の送迎から見てきました。背も高くなり、上級生としてリーダーシップもちゃんとやれています。あと10日も過ぎれば中学生、ほんと思いもよらぬ贈り物に、朝から嬉しくなりました。
感謝の言葉の中に、私が秋に話をした太平洋戦争での宇土市の空襲や住吉海岸沖でのグラマン戦闘機の機銃掃射のことについて、何人も感想を述べてくれました。
「私達が次の平和な世の中を作っていくんだなと実感しました」
を読み、戦争講話をやった意味があると思いました。


<老後の学び>講演会やセミナーでの質問タイムに、持論を語る高齢者に呆れる。若者たちの学ぶ機会を奪うのはやめたが良い。
2022年03月11日
<老後の学び>講演会やセミナーでの質問タイムに、持論を語る高齢者に呆れる。若者たちの学ぶ機会を奪うのはやめたが良い。
私も時折、大学の公開講座等に参加するのですが、社会人枠や一般募集に、高齢男性が目立つようになっていると感じます。
熱心に聞かれるのは良いが、質問時間になると、持論を展開する人も・・・
質問タイムは、持論を語る場ではないことを知らない高齢者には呆れることも多い。
質問する側は、
「どこの部分について、これを聞きたい」
で、語るのは1分以下で充分なのに、語っている間に、何を質問するかわからなくなる人もいて、若者たちの貴重な質問タイムを高齢者が奪ってしまうのは、まさに邪魔な存在と言えます。
佐藤優著『還暦からの人生戦略』に、
学びを必要としている若い人を邪魔しない
なページに、以下のことが書かれている。
(以下、本より)
年配の参加者の中には授業中に自分アピールをして周囲に認められようとする人もいます。長時間質問をしたり単なる自慢話を繰り返したりと、まさに勉強の邪魔です。
セミナーや講座によっては毎回顔を出すベテランがいて、まるで自分が主役であるかのように威張っている人物もいます。
言葉はきついかもしれませんが、そうなるとまさに"老害"です。どうか、そのような存在にならないよう気をつけてください。
(以上、本より抜粋)
私は、よっぽどの疑問がない限り、公開講座等では質問しない。疑問がある時は、講座が終わって、講師にお礼を言う時に、ちょっと聞くようにしています。
老後の学びが、若い人のたちの学習意欲の邪魔にならぬように、老害と言われないような、公での学びの態度でなければ、と朝から反省しました。
少年老い易く学成り難し
烈士暮年、壮心已まず
など、中国古典の訓示にあるように、学ぶ姿勢も大事だと思います。
私も時折、大学の公開講座等に参加するのですが、社会人枠や一般募集に、高齢男性が目立つようになっていると感じます。
熱心に聞かれるのは良いが、質問時間になると、持論を展開する人も・・・
質問タイムは、持論を語る場ではないことを知らない高齢者には呆れることも多い。
質問する側は、
「どこの部分について、これを聞きたい」
で、語るのは1分以下で充分なのに、語っている間に、何を質問するかわからなくなる人もいて、若者たちの貴重な質問タイムを高齢者が奪ってしまうのは、まさに邪魔な存在と言えます。
佐藤優著『還暦からの人生戦略』に、
学びを必要としている若い人を邪魔しない
なページに、以下のことが書かれている。
(以下、本より)
年配の参加者の中には授業中に自分アピールをして周囲に認められようとする人もいます。長時間質問をしたり単なる自慢話を繰り返したりと、まさに勉強の邪魔です。
セミナーや講座によっては毎回顔を出すベテランがいて、まるで自分が主役であるかのように威張っている人物もいます。
言葉はきついかもしれませんが、そうなるとまさに"老害"です。どうか、そのような存在にならないよう気をつけてください。
(以上、本より抜粋)
私は、よっぽどの疑問がない限り、公開講座等では質問しない。疑問がある時は、講座が終わって、講師にお礼を言う時に、ちょっと聞くようにしています。
老後の学びが、若い人のたちの学習意欲の邪魔にならぬように、老害と言われないような、公での学びの態度でなければ、と朝から反省しました。
少年老い易く学成り難し
烈士暮年、壮心已まず
など、中国古典の訓示にあるように、学ぶ姿勢も大事だと思います。
<酒の戒め>酒は呑んでも、呑まれてはならぬ。〜言志四録〜
2022年02月02日
<酒の戒め>酒は呑んでも、呑まれてはならぬ。〜言志四録〜
久しぶりに、幕末の儒家・佐藤一斎の訓示録『言志四録』を365日読む本『佐藤一斎一日一言』の2月1日の訓示が冒頭の言葉でした。
(以下、本より)
勤を反を惰と為し、倹の反を奢となす。
余思うに、酒能く人をしで惰を生ぜしめ、又人をしで奢を長ぜしむ。倹約以て家を興す可ければ、即ち惰奢以て家を亡すに足る。蓋し酒之れが媒(なかだち)を為すなり。
【訳】
勤勉の反対は怠惰であり、倹約の反対は奢侈(しゃし)である。
私が思うに、酒は人を怠惰にするし、また人を浪費家にする。勤勉と倹約は家を興すもとになるが、怠惰と奢侈は家を亡ぼすもとになる。
酒が家を滅ぼす媒介となるのである。
[諺]酒は呑んでも、呑まれてはならぬ。
(以上、『佐藤一斎一日一言』より)
正月は人が集まる月だろうから、2月からは財布の紐を締めて倹約に努めなさい、と佐藤一斎が訓示しているのでは。
酒は、"百薬の長"というが、今の世はコロナ禍で、酒が疫病神のような扱いになっています。
>酒が家を亡ぼす。
飲み過ぎたら、体にも良くない。
>酒が身体を滅ぼす。
「酒は呑んでも、呑まれてはならぬ」
自戒の念も込めて、酒飲みへの警鐘のように思いました。
久しぶりに、幕末の儒家・佐藤一斎の訓示録『言志四録』を365日読む本『佐藤一斎一日一言』の2月1日の訓示が冒頭の言葉でした。
(以下、本より)
勤を反を惰と為し、倹の反を奢となす。
余思うに、酒能く人をしで惰を生ぜしめ、又人をしで奢を長ぜしむ。倹約以て家を興す可ければ、即ち惰奢以て家を亡すに足る。蓋し酒之れが媒(なかだち)を為すなり。
【訳】
勤勉の反対は怠惰であり、倹約の反対は奢侈(しゃし)である。
私が思うに、酒は人を怠惰にするし、また人を浪費家にする。勤勉と倹約は家を興すもとになるが、怠惰と奢侈は家を亡ぼすもとになる。
酒が家を滅ぼす媒介となるのである。
[諺]酒は呑んでも、呑まれてはならぬ。
(以上、『佐藤一斎一日一言』より)
正月は人が集まる月だろうから、2月からは財布の紐を締めて倹約に努めなさい、と佐藤一斎が訓示しているのでは。
酒は、"百薬の長"というが、今の世はコロナ禍で、酒が疫病神のような扱いになっています。
>酒が家を亡ぼす。
飲み過ぎたら、体にも良くない。
>酒が身体を滅ぼす。
「酒は呑んでも、呑まれてはならぬ」
自戒の念も込めて、酒飲みへの警鐘のように思いました。
<本とも"出会い">一流の人が書いた一流の本を読み、一番良いところを吸収する。〜小宮一慶〜
2021年12月04日
<本とも"出会い">一流の人が書いた一流の本を読み、一番良いところを吸収する。〜小宮一慶〜
私は、乱読するタイプではなくて、同じ本を何年も読むタイプです。ずっと読み続けるのではなくて、一年後、3年後くらいに再読する。その読む時で、また違った意味を持つのです。
冒頭の言葉が載っている本は、『バカになれる人はバカじゃない』(小宮一慶著)には、以下の解説がありました。
(以下、本より)
読むときは、速読ではなく丁寧に読みます。良い本を連続するなんてもったいない。納得するまで何度も読み、大事な箇所には線を引く。そうやって丹念に読めば、良い本は必ず分かるように書かれているので、読んだことが確実に知識になって蓄えられていきます。
(以上、本より)
また小宮一慶氏は、「良い本は分かりやすく、知的好奇心を刺激します。良い本は、自分の世界を広げてくれるのです」と本を読む意味を語っています。
たかが読書ですが、人間には同じように時が流れています。その時間の使い方は、それぞれです。農作業に使うか、通勤時間に使うか、寝る時間か、その限られた時間を読書に使う。せっかく読むなら、自らを育てるような本を読みたいものです。
>一流の人が書いた一流の本を読み、一番良いところを吸収する。
古本屋回りが好きなのですが、本ともやはり"出会い"かなと思う今日このごろです。
私は、乱読するタイプではなくて、同じ本を何年も読むタイプです。ずっと読み続けるのではなくて、一年後、3年後くらいに再読する。その読む時で、また違った意味を持つのです。
冒頭の言葉が載っている本は、『バカになれる人はバカじゃない』(小宮一慶著)には、以下の解説がありました。
(以下、本より)
読むときは、速読ではなく丁寧に読みます。良い本を連続するなんてもったいない。納得するまで何度も読み、大事な箇所には線を引く。そうやって丹念に読めば、良い本は必ず分かるように書かれているので、読んだことが確実に知識になって蓄えられていきます。
(以上、本より)
また小宮一慶氏は、「良い本は分かりやすく、知的好奇心を刺激します。良い本は、自分の世界を広げてくれるのです」と本を読む意味を語っています。
たかが読書ですが、人間には同じように時が流れています。その時間の使い方は、それぞれです。農作業に使うか、通勤時間に使うか、寝る時間か、その限られた時間を読書に使う。せっかく読むなら、自らを育てるような本を読みたいものです。
>一流の人が書いた一流の本を読み、一番良いところを吸収する。
古本屋回りが好きなのですが、本ともやはり"出会い"かなと思う今日このごろです。
ある老人の生き方から学ぶ、教育が果す役割と、若い頃から尊敬する人を持つ大事さ。〜太田さんの生涯より〜
2021年11月22日
ある老人の生き方から学ぶ、教育が果す役割と、若い頃から尊敬する人を持つ大事さ。〜太田さんの生涯より〜
(長文です。お時間あるとき、お読みください。)
今朝は、外の雨音で目が覚めた。さらに雨音が強くなってきました。今年の秋は、雨が少なく、農家の方が「雨ほしいね」と良く耳にしていた。今日の雨は、恵みの雨になるように思ます。
最近、高校の先輩の元教職と奥さんが、退職後、小学生の登下校の見守り活動をされていることを知りました。
考えが近い人が、身近にもいるのか、と知ります。目立たなくても、地域活動や、支援活動をやっている人がいると、嬉しくなります。
そんなことを考えている時、また、暉峻淑子さんの著書『豊かさの条件』に登場する太田さんを思い出した。
(以下、『豊かさの条件』より抜粋)
著書の暉峻淑子さんがセルビア難民支援をしている時、老人ホームにいる90歳の老人からいきなり100万円が送られてきた。受け取っていいか迷って、本人を探して訪ねた。その老人は太田春司さんで、暉峻さんは生前2度訪ねている。
太田さんは、1907年栃木県の貧しい農家の6人兄弟の末っ子として生まれた。小学校を出たら丁稚奉公に出るのが当然と思っていた。ところが、小学校の校長が、佐野銀行(現足利銀行)に太田さんを給仕で雇うよう懇願する。その働きぶりを見た頭取の息子の勧めで、学資を出してもらい中学に進学、さらに何人かの支援があり、旧制浦和高校、京都大学に進学した。
太田さんは、京都大学卒業後、やがて兵役にとられ、中国に出兵、工兵隊の小隊長となった。夜中に鉄道を爆破されては修理するのが役割りだった。「夜になると中国人の村にいって、中国語を習い、友人になった」と語り嬉しそうにな笑った。
太田さんは、部下の給料が自分の八分の一しかないことと、働き手を兵隊に取られ、家が貧困に喘いでいると知り、自分の給与を貧困な部下の家庭に届けるように妻の美代子さんに頼む。美代子さんは、自分の教師としての給与を足して、幾人かの部下の家に毎月お金を届けた。
太田さん夫婦は恩給と年金で質素な暮らしをしていたが、住居を整理して、苦学生の学資に5400万円の基金を美代子さんの母校の津田塾に寄附した。栃木の自宅もセミナー合宿用に寄附した。
太田さんは美代子さんが亡くなった後、老人ホームでつつましい生活を続け、唯一の楽しみが本で、ラテン語、英語、中国語の本が並び、びっしりと書き込まれたノートが何冊もあった。
ほとんど外出しない太田さんが、ただ一度老人ホームの施設長の車で、実家に近い田中正造記念館に行った。田中正造は太田さんが生涯、尊敬していた人だった。
太田さんは、死の前に、すべての貯金も、本もノートも津田塾に寄附し、献体の手続きをすませ、手元に残したのは聖書一冊だけ、1999年3月に静かに息を引き取られた。
(以上、『豊かさの条件』より抜粋)
こんな生き方をした、戦前生まれの人がいたことを、本から知ります。人の一生、それぞれの選択によります。太田春司さんの生き方が、良いとか悪いとかではなくて、こんな夫婦がいる日本は素晴らしいと思います。
やはり、教育が果す役割と、若い頃から尊敬する人を持つことは大事と思いました。
最後までお読みいただきありがとうございます。
(長文です。お時間あるとき、お読みください。)
今朝は、外の雨音で目が覚めた。さらに雨音が強くなってきました。今年の秋は、雨が少なく、農家の方が「雨ほしいね」と良く耳にしていた。今日の雨は、恵みの雨になるように思ます。
最近、高校の先輩の元教職と奥さんが、退職後、小学生の登下校の見守り活動をされていることを知りました。
考えが近い人が、身近にもいるのか、と知ります。目立たなくても、地域活動や、支援活動をやっている人がいると、嬉しくなります。
そんなことを考えている時、また、暉峻淑子さんの著書『豊かさの条件』に登場する太田さんを思い出した。
(以下、『豊かさの条件』より抜粋)
著書の暉峻淑子さんがセルビア難民支援をしている時、老人ホームにいる90歳の老人からいきなり100万円が送られてきた。受け取っていいか迷って、本人を探して訪ねた。その老人は太田春司さんで、暉峻さんは生前2度訪ねている。
太田さんは、1907年栃木県の貧しい農家の6人兄弟の末っ子として生まれた。小学校を出たら丁稚奉公に出るのが当然と思っていた。ところが、小学校の校長が、佐野銀行(現足利銀行)に太田さんを給仕で雇うよう懇願する。その働きぶりを見た頭取の息子の勧めで、学資を出してもらい中学に進学、さらに何人かの支援があり、旧制浦和高校、京都大学に進学した。
太田さんは、京都大学卒業後、やがて兵役にとられ、中国に出兵、工兵隊の小隊長となった。夜中に鉄道を爆破されては修理するのが役割りだった。「夜になると中国人の村にいって、中国語を習い、友人になった」と語り嬉しそうにな笑った。
太田さんは、部下の給料が自分の八分の一しかないことと、働き手を兵隊に取られ、家が貧困に喘いでいると知り、自分の給与を貧困な部下の家庭に届けるように妻の美代子さんに頼む。美代子さんは、自分の教師としての給与を足して、幾人かの部下の家に毎月お金を届けた。
太田さん夫婦は恩給と年金で質素な暮らしをしていたが、住居を整理して、苦学生の学資に5400万円の基金を美代子さんの母校の津田塾に寄附した。栃木の自宅もセミナー合宿用に寄附した。
太田さんは美代子さんが亡くなった後、老人ホームでつつましい生活を続け、唯一の楽しみが本で、ラテン語、英語、中国語の本が並び、びっしりと書き込まれたノートが何冊もあった。
ほとんど外出しない太田さんが、ただ一度老人ホームの施設長の車で、実家に近い田中正造記念館に行った。田中正造は太田さんが生涯、尊敬していた人だった。
太田さんは、死の前に、すべての貯金も、本もノートも津田塾に寄附し、献体の手続きをすませ、手元に残したのは聖書一冊だけ、1999年3月に静かに息を引き取られた。
(以上、『豊かさの条件』より抜粋)
こんな生き方をした、戦前生まれの人がいたことを、本から知ります。人の一生、それぞれの選択によります。太田春司さんの生き方が、良いとか悪いとかではなくて、こんな夫婦がいる日本は素晴らしいと思います。
やはり、教育が果す役割と、若い頃から尊敬する人を持つことは大事と思いました。
最後までお読みいただきありがとうございます。
元気だから働くのではない、働けるから元気なのです。高齢者の雇用制度の充実こそ必要と思います。
2021年11月17日

元気だから働くのではない、働けるから元気なのです。高齢者の雇用制度の充実こそ必要と思います。
70歳現役社会推進大会に参加しました。
熊本県内企業紹介
社会福祉法人 水光会(宇城市)
・将来的には定年無し、働き方次第で雇用形態を決める(フルタイム、パート、ちょっとだけ)。現在も、112種類の雇用形態があるとか、すごいですね。
熊本駅構内タクシー(熊本市)
・現在は、定年71歳で、74歳の方が総務担当(元公務員、入社は60歳)でした。
64歳から夜間中学に通い、文字を覚えた最初の文は妻へのラブレターだった。〜1人の男性の挑戦を創作落語に〜
2021年11月14日
64歳から夜間中学に通い、文字を覚えた最初の文は妻へのラブレターだった。〜1人の男性の挑戦を創作落語に〜
子どもへのイジメから、不登校になり、字を学ぶ機会を失い、大人になった男性が、退職を機に夜間中学に通い始めた。以来、20年間通い続けている、ことを産経webニュースで知りました。
結婚した妻が、夜間中学に通うことをとても喜んだ、とあった。
その生き様を、笑福亭鉄瓶(てっぺい)さん(43)が創作落語にした。その本人・西畑保さん(85歳)奈良市の方で、食堂に勤めたが、電話注文が受けられず、先輩に嫌がらせされた。結婚した妻に、文字が書けないことを言い出せなかった。でも、わかった時、妻から「つらかったやろ。これから一緒に頑張ろうな」と励ましてくれたそうだ。
そして、一念発起、退職を機に夜間中学に通い始めた。そして最初の文は、妻へのラブレターだった、とあった。これを読み、嬉しくなって、その一部を紹介します。
(以下、産経webニュースより抜粋)
>小学2年生のとき、校内で所持金を落としたのがきっかけで教師に盗みを疑われ、級友にも泥棒呼ばわりされた。学校から足が遠のき、読み書きを学ぶ機会のないまま大人に。64歳から奈良市立春日中学校夜間学級で学び、妻に書いたラブレターがメディアで取り上げられ、話題を呼んだ。
>西畑さんは、すし店の仕事を辞めた後、さまざまな理由で義務教育を受けられなかった人たちが通う夜間中学に入学。皎子さんは誰よりも喜んだという。
>文字を学んだ西畑さんは皎子さんにラブレターを書いた。「結婚して35年になりますが、初めてラブレターを書きます。字の読み書きができない僕に毎日ついてきてくれてありがとう」。
(以上、産経webニュースより)
不登校、引きこもりは、増えるばかり、少しでもこれを読み元気になってもらえたら、とタイムラインにアップしました。
(以下、産経webニュース)
64歳から夜間中学に通い、文字を覚えた最初の文は妻へのラブレターだった。〜1人の男性の挑戦を創作落語に〜
子どもへのイジメから、不登校になり、字を学ぶ機会を失い、大人になった男性が、退職を機に夜間中学に通い始めた。以来、20年間通い続けている、ことを産経webニュースで知りました。
結婚した妻が、夜間中学に通うことをとても喜んだ、とあった。
その生き様を、笑福亭鉄瓶(てっぺい)さん(43)が創作落語にした。その本人・西畑保さん(85歳)奈良市の方で、食堂に勤めたが、電話注文が受けられず、先輩に嫌がらせされた。結婚した妻に、文字が書けないことを言い出せなかった。でも、わかった時、妻から「つらかったやろ。これから一緒に頑張ろうな」と励ましてくれたそうだ。
そして、一念発起、退職を機に夜間中学に通い始めた。そして最初の文は、妻へのラブレターだった、とあった。これを読み、嬉しくなって、その一部を紹介します。
(以下、産経webニュースより抜粋)
64歳から文字を学び妻にラブレター 夜間中学生の人生が落語に (産経ニュース) https://lin.ee/iBOO1nH?mediadetail=1?utm_source=line&utm_medium=share&utm_campaign=timeline
子どもへのイジメから、不登校になり、字を学ぶ機会を失い、大人になった男性が、退職を機に夜間中学に通い始めた。以来、20年間通い続けている、ことを産経webニュースで知りました。
結婚した妻が、夜間中学に通うことをとても喜んだ、とあった。
その生き様を、笑福亭鉄瓶(てっぺい)さん(43)が創作落語にした。その本人・西畑保さん(85歳)奈良市の方で、食堂に勤めたが、電話注文が受けられず、先輩に嫌がらせされた。結婚した妻に、文字が書けないことを言い出せなかった。でも、わかった時、妻から「つらかったやろ。これから一緒に頑張ろうな」と励ましてくれたそうだ。
そして、一念発起、退職を機に夜間中学に通い始めた。そして最初の文は、妻へのラブレターだった、とあった。これを読み、嬉しくなって、その一部を紹介します。
(以下、産経webニュースより抜粋)
>小学2年生のとき、校内で所持金を落としたのがきっかけで教師に盗みを疑われ、級友にも泥棒呼ばわりされた。学校から足が遠のき、読み書きを学ぶ機会のないまま大人に。64歳から奈良市立春日中学校夜間学級で学び、妻に書いたラブレターがメディアで取り上げられ、話題を呼んだ。
>西畑さんは、すし店の仕事を辞めた後、さまざまな理由で義務教育を受けられなかった人たちが通う夜間中学に入学。皎子さんは誰よりも喜んだという。
>文字を学んだ西畑さんは皎子さんにラブレターを書いた。「結婚して35年になりますが、初めてラブレターを書きます。字の読み書きができない僕に毎日ついてきてくれてありがとう」。
(以上、産経webニュースより)
不登校、引きこもりは、増えるばかり、少しでもこれを読み元気になってもらえたら、とタイムラインにアップしました。
(以下、産経webニュース)
64歳から夜間中学に通い、文字を覚えた最初の文は妻へのラブレターだった。〜1人の男性の挑戦を創作落語に〜
子どもへのイジメから、不登校になり、字を学ぶ機会を失い、大人になった男性が、退職を機に夜間中学に通い始めた。以来、20年間通い続けている、ことを産経webニュースで知りました。
結婚した妻が、夜間中学に通うことをとても喜んだ、とあった。
その生き様を、笑福亭鉄瓶(てっぺい)さん(43)が創作落語にした。その本人・西畑保さん(85歳)奈良市の方で、食堂に勤めたが、電話注文が受けられず、先輩に嫌がらせされた。結婚した妻に、文字が書けないことを言い出せなかった。でも、わかった時、妻から「つらかったやろ。これから一緒に頑張ろうな」と励ましてくれたそうだ。
そして、一念発起、退職を機に夜間中学に通い始めた。そして最初の文は、妻へのラブレターだった、とあった。これを読み、嬉しくなって、その一部を紹介します。
(以下、産経webニュースより抜粋)
64歳から文字を学び妻にラブレター 夜間中学生の人生が落語に (産経ニュース) https://lin.ee/iBOO1nH?mediadetail=1?utm_source=line&utm_medium=share&utm_campaign=timeline
高齢になって、仲間がいても、ひとりでも、日々を楽しめる術を持つ。
2021年11月05日
高齢になって、仲間がいても、ひとりでも、日々を楽しめる術を持つ。
出かけの読書で以下の言葉が目に止まった。
年寄りがいう「気が合う」の意味に、"ふーん!"です。
囲碁仲間
ゴルフ仲間
カラオケ仲間
舞踊仲間
釣り仲間
・・仲間
どうも、私にあるなら、たまに出かける古典輪読の会?
それと、一番はサッカーの仲間でしょうか。
曽野綾子さんの著書から特徴的な文を集めた本『善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか』から、年をとってからの仲間で気づく自らの高齢化をうまく書いてあります。
(以下、『完本 威老録』より抜粋)
年をとって「気が合う」とはどういくことか。〜曽野綾子〜
気の合った仲というのはあるが、それは相手が正しい人だから好くのではない。なんとなく物の感じ方、おろかしさ、性質、趣味などが似ているから仲よしになるのである。味方だから受け入れ、自分を非難するようになったら拒否する、という形に思考形態が変わってきたら、老化がかなり進んでいると、みずから自覚したい。
(以上、本より)
仲間がいてこそ、人生は楽しい。
でも、ひとりでいても楽しいことができる人が、趣味の人ではと思います。
昨日会った「竹とんぼ」づくりを指導する昔あそびを趣味にしている人こそ、ひとりを楽しめる人ではないかと思います。
高齢になって、仲間がいても、ひとりでも、日々を楽しめる術を持ちたいものです。
出かけの読書で以下の言葉が目に止まった。
年寄りがいう「気が合う」の意味に、"ふーん!"です。
囲碁仲間
ゴルフ仲間
カラオケ仲間
舞踊仲間
釣り仲間
・・仲間
どうも、私にあるなら、たまに出かける古典輪読の会?
それと、一番はサッカーの仲間でしょうか。
曽野綾子さんの著書から特徴的な文を集めた本『善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか』から、年をとってからの仲間で気づく自らの高齢化をうまく書いてあります。
(以下、『完本 威老録』より抜粋)
年をとって「気が合う」とはどういくことか。〜曽野綾子〜
気の合った仲というのはあるが、それは相手が正しい人だから好くのではない。なんとなく物の感じ方、おろかしさ、性質、趣味などが似ているから仲よしになるのである。味方だから受け入れ、自分を非難するようになったら拒否する、という形に思考形態が変わってきたら、老化がかなり進んでいると、みずから自覚したい。
(以上、本より)
仲間がいてこそ、人生は楽しい。
でも、ひとりでいても楽しいことができる人が、趣味の人ではと思います。
昨日会った「竹とんぼ」づくりを指導する昔あそびを趣味にしている人こそ、ひとりを楽しめる人ではないかと思います。
高齢になって、仲間がいても、ひとりでも、日々を楽しめる術を持ちたいものです。
その人間の度合いが、ワルクチを言うときに露呈する。〜人の一生の評価は、後の半生を見るだけでよい〜
2021年09月12日
<周りのトシヨリは、どうでしょうか?>その人間の度合いが、ワルクチを言うときに露呈する。〜人の一生の評価は、後の半生を見るだけでよい〜
人間観察の天才?と思っている作家の田辺聖子さんだが、今朝は、田辺聖子著書から、特徴的な文を集めた『苦み(ビター)を少々』を開いた。以下の文に、"なるほど!"と思った。
(以下、本より転載)
いったい、人間というのは、自分のかわいがっているもののことを、人さまの前で告白したり論評したり、するものではないのだ。相手は白けはて、(それがどうした!)という気になるのだ。長いこと生きてて、なんでそれがわからんのか、二十代の連れ合い自慢、三十代四十代の子供自慢、五十代六十代の財産自慢、みな同じ。ことにトシヨリの孫自慢はモウロクが添っているだけによけい見苦しい。
まだしも人間は、人のワルクチをいっているときの方が、聞く身としてはおもしろい。その人間の度合いが、ワルクチをいうときに露呈するからである。〜『姥(うば)ざかり』より〜
(以上、田辺聖子語録集『苦みを少々』より)
いつか、私にも孫ができるだろうが、この文章を読み、気をつけなければ、と思った。
『姥ざかり』とは、うまく名付けたものと、思いました。
また、以下も、
「本音をきいたらその場ですぐ忘れるのがいいのであるが、本意ほど後遺症が烈しく、即座に忘れることができないのが、人間の悲しさである」〜『鬼の女房』より〜
ワルクチは、その人の本音(本意)が過分に入っていると思う。だから、「誰が何を言った」が記憶に残るのだろう。
自慢話とワルクチ、その人の度合い(人間性)が、表に出る瞬間です。
『菜根譚』の訓示の解説に、
人の真価がわかる時
【訳文】抜粋
ことわざにも、「人の一生の評価をするには、ただ後の半生を見るだけでよい」といっている。ほんとうに名言である。
(以上、『菜根譚』前集No.93)
高齢者(トシヨリ)は、身体が動かない分、本音(噂・ワルクチ)が好きなようです。私もそんなトシヨリ(高齢者)にならないように、"気をつけねば"と思う。
さて、みなさんの周りのトシヨリは、どうでしょうか?

人間観察の天才?と思っている作家の田辺聖子さんだが、今朝は、田辺聖子著書から、特徴的な文を集めた『苦み(ビター)を少々』を開いた。以下の文に、"なるほど!"と思った。
(以下、本より転載)
いったい、人間というのは、自分のかわいがっているもののことを、人さまの前で告白したり論評したり、するものではないのだ。相手は白けはて、(それがどうした!)という気になるのだ。長いこと生きてて、なんでそれがわからんのか、二十代の連れ合い自慢、三十代四十代の子供自慢、五十代六十代の財産自慢、みな同じ。ことにトシヨリの孫自慢はモウロクが添っているだけによけい見苦しい。
まだしも人間は、人のワルクチをいっているときの方が、聞く身としてはおもしろい。その人間の度合いが、ワルクチをいうときに露呈するからである。〜『姥(うば)ざかり』より〜
(以上、田辺聖子語録集『苦みを少々』より)
いつか、私にも孫ができるだろうが、この文章を読み、気をつけなければ、と思った。
『姥ざかり』とは、うまく名付けたものと、思いました。
また、以下も、
「本音をきいたらその場ですぐ忘れるのがいいのであるが、本意ほど後遺症が烈しく、即座に忘れることができないのが、人間の悲しさである」〜『鬼の女房』より〜
ワルクチは、その人の本音(本意)が過分に入っていると思う。だから、「誰が何を言った」が記憶に残るのだろう。
自慢話とワルクチ、その人の度合い(人間性)が、表に出る瞬間です。
『菜根譚』の訓示の解説に、
人の真価がわかる時
【訳文】抜粋
ことわざにも、「人の一生の評価をするには、ただ後の半生を見るだけでよい」といっている。ほんとうに名言である。
(以上、『菜根譚』前集No.93)
高齢者(トシヨリ)は、身体が動かない分、本音(噂・ワルクチ)が好きなようです。私もそんなトシヨリ(高齢者)にならないように、"気をつけねば"と思う。
さて、みなさんの周りのトシヨリは、どうでしょうか?

中年も老い易く学成り難し、とすれば、私はもう老年なのか?
2021年09月04日
中年も老い易く学成り難し、とすれば、私はもう老年なのか?
今日は土曜日なので、早朝ウォーキング、朝飯前の雑草刈り、遅い朝食終えて、仕事の打ち合わせに出かけた。帰宅して、昨日から続ける、クルマのメンテナンス作業を、車庫の中で、2時間近くやって、疲れて昼寝した。目覚め悩んだ田辺聖子さんの言葉を集めた本『苦味を少々』から、考えたことを、思いつくままに書いてみました。
「少年老い易く学成り難し」なる言葉ありますが、作家の田辺聖子さんは、以下のことを、著書で書いています。
田辺聖子さんの言葉を集めた本『苦味を少々』より
(以下、本より)
「若い時はつかのまといいますが・・ふふう・・ナニ、中年もつかのまです」
「ほんとにそうかもしれません。早く過ぎるのは青春だけでなく中年もそうですね」
〜『魚は水に女は家に』〜
この言葉を借りると、
「中年も老い易く学成り難し」
となるのか?
みなさんは、中年を何歳から何歳と認識されているのでしょう。
さまざま本に、「青春」は気持ち次第、中には、高齢者になっても活き活きと活躍する方が、「私は、今が青春」と語っても、不思議にならない社会の雰囲気がある。
さて、「中年」とは何か?
何をもって中年とするのだろう、と考える。
私は、40歳前から50歳までの、さまざま活動の実践報告とし本を出しました。私の意識としたら、中年の前半をまとめたつもりですが、
今、63歳です。
私は、中年を卒業したのか?
中年も老い易く学成り難し、とすれば、私はもう老年なのか?
ふと、田辺聖子さんの文を読み、悩みました。(笑)
今日は土曜日なので、早朝ウォーキング、朝飯前の雑草刈り、遅い朝食終えて、仕事の打ち合わせに出かけた。帰宅して、昨日から続ける、クルマのメンテナンス作業を、車庫の中で、2時間近くやって、疲れて昼寝した。目覚め悩んだ田辺聖子さんの言葉を集めた本『苦味を少々』から、考えたことを、思いつくままに書いてみました。
「少年老い易く学成り難し」なる言葉ありますが、作家の田辺聖子さんは、以下のことを、著書で書いています。
田辺聖子さんの言葉を集めた本『苦味を少々』より
(以下、本より)
「若い時はつかのまといいますが・・ふふう・・ナニ、中年もつかのまです」
「ほんとにそうかもしれません。早く過ぎるのは青春だけでなく中年もそうですね」
〜『魚は水に女は家に』〜
この言葉を借りると、
「中年も老い易く学成り難し」
となるのか?
みなさんは、中年を何歳から何歳と認識されているのでしょう。
さまざま本に、「青春」は気持ち次第、中には、高齢者になっても活き活きと活躍する方が、「私は、今が青春」と語っても、不思議にならない社会の雰囲気がある。
さて、「中年」とは何か?
何をもって中年とするのだろう、と考える。
私は、40歳前から50歳までの、さまざま活動の実践報告とし本を出しました。私の意識としたら、中年の前半をまとめたつもりですが、
今、63歳です。
私は、中年を卒業したのか?
中年も老い易く学成り難し、とすれば、私はもう老年なのか?
ふと、田辺聖子さんの文を読み、悩みました。(笑)
<田中正造を敬慕した銀行員マンの生き方>現実にはさまざま人と心があるのである。
2021年09月03日
<田中正造を敬慕した銀行員マンの生き方>現実にはさまざま人と心があるのである。
昨日、高齢者の事故への大きな判決が出た。
暴走の原因は、高級料理店の時間に間に合わないために、一般道を高速並みに走ったこと、と記憶しているが、本人しかその本意はわからない。
しかし、9人を死傷させる大事故を起こして、反省すらなく、最後まで、自動車の不具合を主張していた。
有能な元官僚かもしれないが、金があるばかりに・・・
一般の高齢者は、高級料理店にも行けず、ハイブリッド車にも乗っていない。電車、バスを使い、買い物に行く程度。
今朝の曽野綾子著『中年以後』の「価値観の交差点」に、以下の文があった。
(以下、本より)
若い時には、お金が何より大切である。就職、結婚、子育て、教育、家造り、すべてにお金がかかる。お金はいくらあっても、余ることはない。しかし中年以後の或る時から、お金はいくら持っていても、ほとんど人生の根本的な解決にならないことを知るのである。
(以上、『中年以後』より)
金があるから高級車が買える。金があるから高級料理店となるのだろうが、まっ、見方を変えると元気な証拠でもある。
しかし、自ら起こした事故への責任に、大人として向き合わないのはどうだろうか。
いつまでたっても、若い時期のままでは、人間としての成長がない。
曽野綾子さんは、「世には、執着したお金にさえ、大して意味を認められなくなる人が出る。・・、現実にはさまざま人と心があるのである」と書いていました。
<ある著書に登場した、元銀行員マンの人生>
その方は、退職後は恩給と年金で質素な暮らしをしていたが、住居を整理して、苦学生の学費に5400万円の基金を奥さんの母校の津田塾大に寄付した。栃木県の実家も学生のセミナー合宿用に寄付した。奥さんが亡くなった後は、老人ホームでつつまし生活をして、楽しみは本を買うこと。ただ一度だけホーム長さんの車で実家に近い田中正造の記念館に行ったことがある。田中正造は、その銀行員マンが、生涯、尊敬していた人だったという。
(参考資料:『豊かの条件』(岩波新書)より)
>現実にはさまざま人と心があるのである
高齢者の生き方、やはり子どもの時から、何を目指し生きてきたか、最後に本性が出るのかもしれません。
果たして、私の生き方はどうか?
後々の人が、検証するのでしょうね。
昨日、高齢者の事故への大きな判決が出た。
暴走の原因は、高級料理店の時間に間に合わないために、一般道を高速並みに走ったこと、と記憶しているが、本人しかその本意はわからない。
しかし、9人を死傷させる大事故を起こして、反省すらなく、最後まで、自動車の不具合を主張していた。
有能な元官僚かもしれないが、金があるばかりに・・・
一般の高齢者は、高級料理店にも行けず、ハイブリッド車にも乗っていない。電車、バスを使い、買い物に行く程度。
今朝の曽野綾子著『中年以後』の「価値観の交差点」に、以下の文があった。
(以下、本より)
若い時には、お金が何より大切である。就職、結婚、子育て、教育、家造り、すべてにお金がかかる。お金はいくらあっても、余ることはない。しかし中年以後の或る時から、お金はいくら持っていても、ほとんど人生の根本的な解決にならないことを知るのである。
(以上、『中年以後』より)
金があるから高級車が買える。金があるから高級料理店となるのだろうが、まっ、見方を変えると元気な証拠でもある。
しかし、自ら起こした事故への責任に、大人として向き合わないのはどうだろうか。
いつまでたっても、若い時期のままでは、人間としての成長がない。
曽野綾子さんは、「世には、執着したお金にさえ、大して意味を認められなくなる人が出る。・・、現実にはさまざま人と心があるのである」と書いていました。
<ある著書に登場した、元銀行員マンの人生>
その方は、退職後は恩給と年金で質素な暮らしをしていたが、住居を整理して、苦学生の学費に5400万円の基金を奥さんの母校の津田塾大に寄付した。栃木県の実家も学生のセミナー合宿用に寄付した。奥さんが亡くなった後は、老人ホームでつつまし生活をして、楽しみは本を買うこと。ただ一度だけホーム長さんの車で実家に近い田中正造の記念館に行ったことがある。田中正造は、その銀行員マンが、生涯、尊敬していた人だったという。
(参考資料:『豊かの条件』(岩波新書)より)
>現実にはさまざま人と心があるのである
高齢者の生き方、やはり子どもの時から、何を目指し生きてきたか、最後に本性が出るのかもしれません。
果たして、私の生き方はどうか?
後々の人が、検証するのでしょうね。
人脈は、秘めた友への尊敬が必要。〜人脈を自慢する人は、心が薄く感じてしまう〜
2021年08月19日
人脈は、秘めた友への尊敬が必要。〜人脈を自慢する人は、心が薄く感じてしまう〜
曽野綾子著『中年以後』に、人脈の定義みたいな文を見つけた。
(以下、『中年以後』より)
人脈は政治的に使ってはいけない。友達であることに、世俗的な付加価値を表面的につけようとしてはいけない。ただ会いたいと思う時に会え、話したいと思う時に時間を割いてくれ、病気の時には深く心に思い、そして男と女の関係を超えて、礼儀を守りつつ心の傷も話し合える人を友人として持つのがほんとうの人脈だろう。
(以上、本より)
しごくごもっともな意見と思いますが、世の中はそういかない。
人脈の広さを自慢する人が多いが、私などは、出会った人は多いが、つながっている人は一握りです。私はそれで良いと思っているのですが、異業種交流会の参加者が、40人、60人、100人と増えている時に、擦り寄って来た人たちがいます。
「野口さんは、なにを目的に人を集めている」
と聞かれた。私が、
「おもしろい人に会いたいから、人に会う」
と答えたら、その人(来ると名刺ばかり配る人)が、
「何で、商売にその人脈を使わないんですか?」
と言うので、私が、異業種交流会を指導していた先生の言葉を借りて、
「出会って2年、3年過ぎたころ、野口さんは、ところで仕事は何してましたっけ?、と言われるくらいが、人の本質が見える。これが、私を指導した先生の意見です」
と答えるたら、意味がわからなかたようです。
曽野綾子の『中年以後』の人脈の同じページに以下があります。
(以下、本より)
ひどく矛盾するようだが、人脈を作るためには、人脈を利用してはいけないのだ。その人が自分の知人だと言いふらすと、友情は壊れる。ほんとうはかなり親しい間柄でも、それを秘し隠しておいた方が友情が続くのである。
(以上、『中年以後』より)
このことを知っている人は、どれだけいるのだろうと思います。世の中では、その逆を堂々と行なって、自慢しています。
友は3つ有れば良い。
1人は、自らを導くように意見をしてくれる指導者。
1人は、自分の立ち位置を厳しく意見してくれる同級生(友人)。例えば、「もう社長を辞めなさい」と言える人。
1〜数名の和気藹々と楽しめる仲間。
何十人、何百人の友がいることを自慢するには、それなりの費用も必要なもの、そんな無理すれば、長続きしない。
お付き合いは、淡白なほど続くと先人も語っている。人脈は、秘めた友への尊敬が必要だなぁ、と異業種交流会を続けて来た学んだことです。
曽野綾子著『中年以後』に、人脈の定義みたいな文を見つけた。
(以下、『中年以後』より)
人脈は政治的に使ってはいけない。友達であることに、世俗的な付加価値を表面的につけようとしてはいけない。ただ会いたいと思う時に会え、話したいと思う時に時間を割いてくれ、病気の時には深く心に思い、そして男と女の関係を超えて、礼儀を守りつつ心の傷も話し合える人を友人として持つのがほんとうの人脈だろう。
(以上、本より)
しごくごもっともな意見と思いますが、世の中はそういかない。
人脈の広さを自慢する人が多いが、私などは、出会った人は多いが、つながっている人は一握りです。私はそれで良いと思っているのですが、異業種交流会の参加者が、40人、60人、100人と増えている時に、擦り寄って来た人たちがいます。
「野口さんは、なにを目的に人を集めている」
と聞かれた。私が、
「おもしろい人に会いたいから、人に会う」
と答えたら、その人(来ると名刺ばかり配る人)が、
「何で、商売にその人脈を使わないんですか?」
と言うので、私が、異業種交流会を指導していた先生の言葉を借りて、
「出会って2年、3年過ぎたころ、野口さんは、ところで仕事は何してましたっけ?、と言われるくらいが、人の本質が見える。これが、私を指導した先生の意見です」
と答えるたら、意味がわからなかたようです。
曽野綾子の『中年以後』の人脈の同じページに以下があります。
(以下、本より)
ひどく矛盾するようだが、人脈を作るためには、人脈を利用してはいけないのだ。その人が自分の知人だと言いふらすと、友情は壊れる。ほんとうはかなり親しい間柄でも、それを秘し隠しておいた方が友情が続くのである。
(以上、『中年以後』より)
このことを知っている人は、どれだけいるのだろうと思います。世の中では、その逆を堂々と行なって、自慢しています。
友は3つ有れば良い。
1人は、自らを導くように意見をしてくれる指導者。
1人は、自分の立ち位置を厳しく意見してくれる同級生(友人)。例えば、「もう社長を辞めなさい」と言える人。
1〜数名の和気藹々と楽しめる仲間。
何十人、何百人の友がいることを自慢するには、それなりの費用も必要なもの、そんな無理すれば、長続きしない。
お付き合いは、淡白なほど続くと先人も語っている。人脈は、秘めた友への尊敬が必要だなぁ、と異業種交流会を続けて来た学んだことです。
<老いへの心構え>この世の有様は過ぎ去るからです。〜聖パウロ〜
2021年08月12日
<老いへの心構え>この世の有様は過ぎ去るからです。〜聖パウロ〜
幸せの時間はあっていいし、その幸福感を味わっても良い。
しかし、それはいつか過去となり、自ら老いを実感した時に、その喜びはなくなります、と。
はたしてそうだろか?
曽野綾子さんの文を集めた『引退しない人生』に以下の言葉があった。
(以下、本より)
「兄弟たち、わたしはこう言いたい。定められた時は迫っています。今からは、妻のある人はない人のように、泣く人は泣かない人のように、喜ぶ人は喜ばない人のように、物を買う人は持たない人のように、世の事にかかわっている人は、かかわりのない人のようこそすべきです。この世の有様はすぎさるからです」〜コリントの信徒への手紙1 7・29〜31〜
妻と過ごす生活はを楽しんでもいいのだ。泣くほどの辛いことがある時、泣いてもいいのだ。嬉しさに舞い上がりそうな時、舞い上がってもいいのだ。すべてのことにかかわってもいい。
しかしそのすべては仮初(かりそ)めの幻のようなものだから、深く心に思わないことだ、と聖パウロは警告したのである。
(以上、曽野綾子著『中年以後』より)
これを紹介した文の冒頭にある言葉は、
>長く生きれば、「得る」こともあるだろうが、それ以上に「失う」ものも多いのだ。それが中年以後の宿命である。
昨日夕方、伯父の家に、酒のつまみを持って出かけた。小一時間ほど、話をしながら酒を飲んで語った。伯父は84歳、伯母は、1年ほど前から高齢者施設に入所していない。なので今は一人暮らし。
語る中で、「隣りも、その隣りも、いなくなった。寂しくなるばかり」とこぼす。「そうね、2人とも頑張ってたね。私もお世話になった」と返した。
月に一、二度は、こんな会話をしながら、酒を飲んで、たわいのない話をする。昼には、伯父の娘や、私の妹が、訪問しては、様子を見(看)ている。
そんな生活を見ていて、昨日見つけた聖パウロの言葉から、老い先短くなって行く、歳をとった高齢者を看る人たちが、みんな感じる思いでは、と読んだ。
人間、生まれてくる時も、死ぬ時も一人である、と仏教の講話で何度も聞く。
>そのすべては仮初(かりそ)めの幻のようなものだから、深く心に思わないことだ、
聖パウロは、人生の楽しみを「仮初」と指摘するが、私は、そうではないと思っている。その楽しかった体験からがあるから、老いての一人暮らしが耐えれるのではないか?と思う。
老いては子に従え、とはいうが、人間そうはいかないなぁ、と伯父と語りながら思った。私も、もし20年元気に生きていれば、伯父の歳になる。年老いていくのは誰しも、これから毎日をどう生きるか、老いへの心構えは大事だなぁ、と思った伯父の晩酌だった。
*参考資料:曽野綾子著『引退しない人生』
幸せの時間はあっていいし、その幸福感を味わっても良い。
しかし、それはいつか過去となり、自ら老いを実感した時に、その喜びはなくなります、と。
はたしてそうだろか?
曽野綾子さんの文を集めた『引退しない人生』に以下の言葉があった。
(以下、本より)
「兄弟たち、わたしはこう言いたい。定められた時は迫っています。今からは、妻のある人はない人のように、泣く人は泣かない人のように、喜ぶ人は喜ばない人のように、物を買う人は持たない人のように、世の事にかかわっている人は、かかわりのない人のようこそすべきです。この世の有様はすぎさるからです」〜コリントの信徒への手紙1 7・29〜31〜
妻と過ごす生活はを楽しんでもいいのだ。泣くほどの辛いことがある時、泣いてもいいのだ。嬉しさに舞い上がりそうな時、舞い上がってもいいのだ。すべてのことにかかわってもいい。
しかしそのすべては仮初(かりそ)めの幻のようなものだから、深く心に思わないことだ、と聖パウロは警告したのである。
(以上、曽野綾子著『中年以後』より)
これを紹介した文の冒頭にある言葉は、
>長く生きれば、「得る」こともあるだろうが、それ以上に「失う」ものも多いのだ。それが中年以後の宿命である。
昨日夕方、伯父の家に、酒のつまみを持って出かけた。小一時間ほど、話をしながら酒を飲んで語った。伯父は84歳、伯母は、1年ほど前から高齢者施設に入所していない。なので今は一人暮らし。
語る中で、「隣りも、その隣りも、いなくなった。寂しくなるばかり」とこぼす。「そうね、2人とも頑張ってたね。私もお世話になった」と返した。
月に一、二度は、こんな会話をしながら、酒を飲んで、たわいのない話をする。昼には、伯父の娘や、私の妹が、訪問しては、様子を見(看)ている。
そんな生活を見ていて、昨日見つけた聖パウロの言葉から、老い先短くなって行く、歳をとった高齢者を看る人たちが、みんな感じる思いでは、と読んだ。
人間、生まれてくる時も、死ぬ時も一人である、と仏教の講話で何度も聞く。
>そのすべては仮初(かりそ)めの幻のようなものだから、深く心に思わないことだ、
聖パウロは、人生の楽しみを「仮初」と指摘するが、私は、そうではないと思っている。その楽しかった体験からがあるから、老いての一人暮らしが耐えれるのではないか?と思う。
老いては子に従え、とはいうが、人間そうはいかないなぁ、と伯父と語りながら思った。私も、もし20年元気に生きていれば、伯父の歳になる。年老いていくのは誰しも、これから毎日をどう生きるか、老いへの心構えは大事だなぁ、と思った伯父の晩酌だった。
*参考資料:曽野綾子著『引退しない人生』