2008年07月04日

(日本人と俳句)柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺~正岡子規~

(日本人と俳句)柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺~正岡子規~

 日本人は、短歌、俳句は親しみ深く身近な文学であり、文化と思います。以前書いた、小林一茶の俳句で、「雪とけて村一ぱいの子ども哉」を紹介したのですが、その言葉に含まれた一茶の悲哀の人生を思うと、明るい句の中に人の強さを感じます。

 正岡子規は、4歳で父を亡くし、母の手で妹と共に育てられるのでですが、両祖父に漢学、書を学び、才覚を磨かれて行きます。苦学をしながら、松山中学、さらに東大文学部に進み、一旦小説家を志しますが、幸田露伴に極評され断念し、俳句の道を進むことなります。大学を中退し日本新聞の入社。新聞『日本』に俳句のついての連載を書き、俳句革新運動を開始します。
 明治28年日清戦争へ従軍記者になり、帰国途中に客血し、その後の人生は闘病しながらの俳句活動となります。病は、段々身体を蝕み、最後は結核菌が骨に入り、カリエスを併発し、寝たきりの生活になります。その時に読んだ句が、

「行くたびも雪の深さを尋ねけり」

病床にいて看病する妹に、雪が積もる様子を何度も聞き、ちいさな子供の雪を楽しむ、ワクワクするように尋ねる様子をうたっています。
 しんしんと降り積もる雪の様子、自分の消え行く命と見比べならも、降る雪の様子を子供のように楽しんでいのかもしれません。

 正岡子規は、松山藩士の長男として生まれるのですが、明治の混乱の中、母一人の手で本当に苦労の中で育ち、新進気鋭の俳句作家として、鮮烈にデビューすのですが、病に侵されながらも、賢明に自分の為すことを続けた人と思います。その影響は、松山はもちろん、日本人の心に深く残っていると思います。

 日本人は古き時代から、短歌、俳句は、武士のたしなみとして、茶道と共に生活の一部になっていました。今読んでいる、李登輝著「『武士道』解題」の中にも、有名な詩が出てきます。

 憂きことのなほのこの上に積れかし 限りある身の力ためさん(中山鹿之介)
敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花(本居宣長)
かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂(吉田松陰)

 江戸期のリーダーと言われる人たちも多くの詩を後世に残しています。日本の俳句、短歌の文化は、自分の人生を自然の出来事に読み替え、後世の人々に伝え続ける遺訓のようなものかもしれません。

「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」

 今年、国宝『法隆寺』を、世界のリーダー2人が訪問しました。それは、中国国家主席と国連事務総長です。東アジア出身である二人の思いが、どこにあるかはわかりませんが、仏教に国の安定を託した聖徳太子の心を少しでも汲んで、世界の平和に寄与して欲しいと願います。

 いつか世界から紛争が無くなり、戦争の危機が聞けなくなった時に、法隆寺で柿を食べながら、下手な俳句でも詠めると良いなと思います。話題が、あっちこっち飛びましたが、平和な中での俳句は、自分を振り返る良き時間と思います。

*参考資料:黛まどか編「知っておきたい この一句」
李登輝著「『武士道』解題~ノーブレス・オブリージュ」  
Posted by ノグチ(noguchi) at 09:29Comments(0)TrackBack(0)私の意見

2008年07月04日

福田内閣、求心力無い内閣は改造でなく解散では?

福田内閣、求心力無い内閣は改造でなく解散では?

■小泉氏「改造失敗すれば退陣」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=536856&media_id=4

>(衆院議員の)任期はあと1年しかないので、改造すれば自分の手で衆院を解散すると思う人が多くなる

小泉内閣の様々な政策の付けを払わされている「サミット延命、福田内閣」へ助言をしているようですが、「小泉ー竹中」の構造改革(改悪)で格差がさらに広がり、自殺者3万人の日本社会の改善の兆しはありません。

小泉氏「指南」と出たWebニュースですが、的外れの様子がうかがえます。

サミット後、総退陣し、国民に選挙で小泉・安倍・福田の政策を問うのが、筋と思います。

「自民党をぶっ潰す」と言った、小泉氏が一番自民党の固執しているように見えるのは私ばかりではないと思います。

サミット後、衆議院を解散し、選挙が国民の意志に沿うものと思います。
そうすると、自民党がぶっ潰れるくらいに、揺れることになると考えます。

「ノーブレス・オブリージュ」

リーダーの国民への責任を果たして欲しいものです。
  
Posted by ノグチ(noguchi) at 00:51Comments(0)TrackBack(0)政治問題(国)

2008年07月03日

(案内1万5千円)内閣府のタウンミーティングin福岡に参加

(案内1万5千円)内閣府のタウンミーティングin福岡に参加

2006年6月4日14:00~福岡市で、内閣府の「タウンミーティングin福岡」が、小泉首相も参加するものが開催されます。大分前に申し込みをしていて、忘れた頃に参加証が昨日届きました。抽選だったので、多分無理と予定にも入れていませんでしたが、とても楽しみになって来ました。

・タウンミーティングのテーマ「道州制」
 多分質問できる人は、数名でしょうが、国が行うタウンミーティング(パブリックコメント+意見交換会)がどんなものか眺めてきます。チャンスが有れば、ぜひ質問をしてみたいと思っています。これまで、2度首相宛てにメールを送りましたが、返事は有りませんでした。

 道州制は、ここ10年の私のテーマでもあり、異業種交流会の仲間の多くも興味を持ち、活発に意見を交わしてきました。最近、行政も観光や交通問題で、県境を越えた連携をして来ています。

 民間では、九州7県の新聞社が13年前から、地域のリーダー育成を目的に、7県持ち回りです2泊3日のセミナー「九州発見塾」を13年連続で開催して、それを縁に色々な活動がつながり、動きが始まっています。
 持続可能な環境を目指すグループ「フューチャー500」、バイオマスエネルギー(BDF)の作る「菜の花プロジェクト」、地域おこしの九州ネットワーク「地域興し九州会議」、男女共同参画の九州連携「九州つばさの会」、観光、交通等々様々に県境を越えてつながり始めています。

 一昨年宮崎での九州発見塾では、人材育成から地域ブランドを独自に開発、全国に発信する討議がなされ、それぞれの県の思いや夢が語られました。熊本は、人口70万人近い都市の水道水が地下水で賄われている世界でも稀有な地域に注目し、「おいしい地下水」を熊本のブランドにしようと丸2日間議論し、発表しました。
 昨年熊本での九州発見塾では、地下水と縁のアイランド「九州」をサブテーマ「ドングリから育てる森作り」で、ドングリから育てた苗を、九州全域から集まった参加者250名に配布して、それぞれの地域で森を育て、地下水を保全して行こうと呼びかけました。賛同者がたくさんいて、苗を育成する費用にと寄付もたくさん集まりました。
 今年、熊本市が世界会議など使う、飲料のペットボトルを自前の近い水で作り、参加者に配布してとても好評でした。熊本が、豊かな近い水をブランド化しようと動き始めました。

 各地に地域お越しのグループが在ると思いますが、私の地元に「青年塾」と言う地域おこしグループで、25年以上続き、更にリーダーが中心になり、熊本県内地域おこしグループと交流をはじめて13年、3年間前から九州の主だった地域おこしグループとも交流する「地域興し九州会議」を起され、熊本、鹿児島、佐賀と続き、今年は大分の竹田市で開催予定です。

 佐賀の伊万里に、菜の花でディーゼルエンジンを動かそうと、10年前から頑張っている友人が居て、4年前から九州菜の花サミットを開き、休耕田に菜の花を植えようキャンペーンを続けています。
佐賀、熊本、宮崎、福岡と開催され、今年は鹿児島の指宿の予定です。この人は、レスランのオーナーですが、いつも移動の車の燃料は、菜種油の廃油を精製したものを使っています。車の廃棄ガスをを嗅ぐと、ほのかに菜種油(植物燃料)の香りがします。

 スポーツでは、夏の阿蘇高原に、九州の高校サッカーの強豪校が集まり、強化合宿を10年前からはじめ、最近は国見高校、鹿児島実業、佐賀商業、熊本の大津高校等が力をつけて、全国でも上位に入るようになっています。他にも、ナショナルチームの強化合宿も
九州各地の高原で開催されているそうです。

 東アジアに地番近い九州が、「水と縁」をブランドにつながると良いなと願っています。

 様々な分野で「九州は一つ」の思いから、連携ができて行くように感じています。どんな議論になるか、家族の貴重な日曜ですが、今回は1日中、思考を九州をテーマに考える機会してみたいと思います。後日、くわしくご報告します。
  
Posted by ノグチ(noguchi) at 23:25Comments(0)TrackBack(0)政治問題(国)

2008年07月03日

学力の二極化と所得格差の影響

学力の二極化と所得格差の影響
~学力格差、所得格差、地域格差、図書館格差~

*以前に書いた日記ですが、益々格差が酷くなっています。

 今朝の地元紙に、「学力の二極が進んでいる」64%のアンケート調査結果が載っていました。

 秋の自民党総裁選では、格差社会の改善が争点なりそうですが、ここ5年の自民党の政策方針がそうそう変るとは思えないし、アメリカの要望に沿う政策が転換することも無いと思いますが、格差解消の政治ができるか見ものと思います。

 我が家も、高校、大学の受験を控え、受験対策の学費が嵩んで意ってます。父の小遣いも減り、好きな本も思うように手が出せない気分です。先週、ふと地元の市立図書館を眺めて見たのですが、蔵書が思いように無く、地域の図書館利用の現実を垣間見た気がします。
 今年、我が家の娘が通う中学校が、読書強化指定校に文部科学省から指定され、読書に力を入れることが目標にされています。日本人の活字離れが、叫ばれて長いのですが、本屋の人と話すときに、「日本の恒常的な読書人口は、約200万人強で、ここ十数年ほとんど変らない」と聞き、意外に聞こえましたが、実際溢れれるほどの出版数の中でも、しっかりベストセラーも出ていて、活字離れではなく、情報資源の多様化で、本が中心の考えから、情報収集方法が多様化しているのだと思います。

 話を元に戻して、学力格差と読書離れ、所得格差、進学格差等、関連が有るように思います。昨年のアメリカの台風被害で、アメリカの所得格差の問題が大きく取り上げられましたが、あんな日本になるのかと思うと、次世代が夢を持てない気分の分かるように感じます。生まれた地域で、一生の生活が決るような社会ではいけないのではと考えます。また格差社会は、地域内の和も壊し、人々が信頼することを薄れさせたように思います。

 子供たちは、みんな学力向上心は在ると思っています。この向上心を摘むことない、社会を創ることが社会を活性化させると思います。北欧の個人を大事する教育の元は、戦後の日本の教育基本法が基になっていると知りました。
 資源の無い日本の中で、世界に誇れる教育をぜひ、実現させて頂きたいと願うばかりです。北欧の教育に対する思いは同じで、「我々の国は、人が資源です」と答えがかえって来ます。事実、北欧は、持続可能な社会作りと教育大国、経済成長の3つを実現しています。日本もこの3つをぜひ国民上げて努力する時期と思っています。

 話は変わりますが、昨日地元の12万人規模の広域PTA連合会議で話題に多くの登ったのは、「連携と安全対策」「相手を思いやる心の育成」の2つが何回も出ていました。「相手を思いやる心」を育て、犯罪を生まない地域ができるよう、親たちは思って居るのだと感じます。
 安岡正篤先生の「孟子」の言葉をかりると、格差社会の解消には地道な学問の普及が最良な策と書かれていました。世紀末的な社会情勢の中で、人々は「ヒーロー(救世主)」を求めていると感じます。先日の日記の、日本の偉人人気ランキングで「織田信長」「坂本竜馬」が上位だったように、志高い行動力を持つリーダーが求められて居るのだと思います。でもそんなリーダー早々できるものでありませんから、小さなグルーからでも良いので「人生の学問」を起すことが必要と安岡正篤先生の本に書かれていました。

 最近の私の読書は、子供の学費の高騰ににより、ここ数年は県立図書館が私の書庫と決め込み、利用を始めました。さすがに地元の市立図書館と違い、欲しい本が揃っていると感じます。図書館の蔵書力は、地域教育力の格差力をつくると考えます。地域のリーダーたちの教育に対する姿勢が問われる時代とを思っています。これは、私の今年のテーマになりそうです。教育格差から、図書館格差の話しに飛んでしまいました。
 話があっちこっち飛びましたが、学力格差と所得格差についての感想や地域の図書館事情でもお聞きできれば幸いです。
  
Posted by ノグチ(noguchi) at 23:22Comments(0)TrackBack(0)教育問題

2008年07月03日

(女性の就業)男女機会均等法と関係ない男子有利社会

(女性の就業)男女機会均等法と関係ない男子有利社会

■女性雇用で緊急対策を=就業率低い日本に注文-OECD(時事通信社 - 07月02日
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&id=535797

>報告書は、日本女性の42.5%が高等教育を受け、OECD平均の28.5%を大幅に上回っている点に注目。「女性の過少雇用は貴重な人的資源の大きな浪費であり、緊急に対策が講じられるべきだ」と指摘した。

>07年の日本の男性の就業率は92.8%で、加盟国中アイスランド、メキシコに次いで3位の高率。これに対し女性は67.4%で、トルコ、メキシコ、イタリアなどに続いて下から7番目と、依然低い水準だ。


地方は、もっときびしい状況が、現実です。

国の掛け声ばかり、行政の掛け声ばかり、寂しいですね。
ただ、地方公務員の合格者の上位に、女性が増えてきているのは事実です。
私の地元の市役所で、8人採用中6人が女性。この数年この傾向は続いていると先輩が語っていました。いずれ、地方の行政職員の半分以上は女性になるかもしれません。

ただ、民間企業は、まだまだで、安定した女性の就業環境に至るには、まだまだ遠い道のりかもしれません。  
Posted by ノグチ(noguchi) at 13:28Comments(0)TrackBack(0)社会問題

2008年07月01日

(公務員の中立性)視点を変えて見る(『菜根譚』より)

(公務員の中立性)視点を変えて見る(『菜根譚』より)


(本文より)

 老練になった心境で若い時代を見つめれば、やみくもな闘争心を消し去ることができよう。
 落ちぶれたときの気持ちになって順調な時代を見つめれば、贅沢になりがちな心を押さえることができよう。

(解 釈)
 若いときは血気盛んであるから、元気にまかせて暴走する恐れがある。そこでこんなかたちで歯止めをかけるのである。ただし、近ごろの腑抜けのような若い連中を見ていると、少々暴走していいから、やる気を出してチャレンジせよと言いたくなる。
 また、経済的に恵まれてくると、知らず知らず生活も贅沢になっていく。これもどこかで歯止めをかけないと、後戻りがきかなくなる。


(感 想)
 人間、なれ(慣れ)ほど恐いものはない。後戻りが効くません。

 生物実験で、海の鯛を海水の池の入れ、少しづつ、少しづつ真水に変えて行くと、そのまま真水で生活できると知りました。

 人間も一緒で、贅沢が当たりまえ、癒着が当たりまえ、談合が当たり前になれば、真水の鯛と同じです。人間の心が、腐り始めたら、成人病と同じで、疾病が表面(犯罪)に出て初めて気づくのが、欲に犯された人間と思います。

~人間の慣れと言う心の病~
 官僚も始めは、ただの残業タクシーでしたが、サービスと証する「賄賂:冷えたビール・タクシー」の誘い水につかったと思います。自分だけは・・・、自分を謙虚に観察できる目(心)が、だんだん霞んで行くのだと思います。

 地方自治体は、小さなコミュニティーで運営されています。公務員の職員は、消防団、まちづくりメンバー、太鼓保存会、夏祭り実行委員会の重要なスタッフです。しかし、公的事業を行う執行官でもあります。

 行政職員は、住人の時と行政の執行官として立場を、きっちり別けれる人物でないといけません。公務員として立つ時は、「公平に競争の機会均等を実施できる「清廉さ」、いわゆる業者との癒着がないようの努めるべきと思います。

 真水に慣れて余裕で泳ぐ鯛にならないように、日々自分の心を引き締め、良心に問いながら公務員は仕事をして欲しいと思います。


*参考資料:守屋洋著「新釈 菜根譚」より  
Posted by ノグチ(noguchi) at 21:43Comments(0)TrackBack(0)政治問題(地方)

2008年07月01日

住民が参加する、地域政策作り   

住民が参加する、地域政策作り「地域は、地域で考える」   

 二十九日朝刊に、阿蘇郡産山村の大蘇(おおそ)ダムの漏水の記事。ダムは完成したが、予定貯水量が貯まらない。取材を続けると、九州農政局は一方的に取材を打ち切ったとありました。三十年かけ調査設計、工事完成したら、一日四万トンの漏水ダム。「なぜ今まで分からなかったか」と疑問が起こる。

 九州農政局の説明は不十分で、最後は農家減少を理由に「農家が節水に努めれば、需要を賄えるのではないか」では、利用地域は納得できないと思う。また当初約百三十億円の事業費が、約六百億円に上がった。農家は、水は減る、負担は増える。阿蘇市の佐藤市長は「ダムに水がたまらないのは欠陥品」の言葉もあった。

 江戸期の干拓や利水は、地域農民が協議し、協働で工事し、その費用は利用者が負担しました。現在の利水は、ほとんどが国営事業、手続き複雑、時間がかかり、費用はいつも増大するように思う。

 同日朝刊に「赤字バス路線、県下で進む代替手段転換」の記事は、路線バス助成制度見直しで、各自治体の「住民の足」確保対策の紹介があった。上益城郡山都町は、スクールバスを活用し、四月から全町回る自治体バスを走らせる。県交通対策課は「住民ニーズに合ったサービスが定着ししつつある」と評価している。

 これからは、地域ニーズを治水や公共交通、まちづくりの政策に反映させるため、住民が積極的に参加する政策研究会や地域政党の活動が必用な時代と思う。


 熊本県の蒲島知事は、潮谷前知事が決めた「県営荒瀬ダム解体撤去」の方針を転換し、川辺川ダム問題の反対は市民グループ、漁業団体から、大きな非難を浴びて、熊本が大きく揺れ始めています。
 方針転換の原因は、当初の予算より、実施工事の費用見積が大きく上回った事です。

 ただ、熊本駅舎新築に関しては、当初の建設予算を5倍以上上回る30億円になっているいるのに、積極的に作りたいと語っていて、財政再建を掲げる知事とは思えない発言に、議会でも戸惑いが出ています。
 ちなみに、駅舎の予算を5倍にした設計者は、安藤忠雄氏です。これから両方の政治的な背景も含め、検証されて行くと思います。 


<以前の日記>
・(素直な心「素心規」)まだ知られていない人体の10個の不思議
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=855568175&owner_id=2182841

∞∞∞∞(異業種交流会)∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
 日 時 2008年7月25日19:00(開場18:30)
 場 所 熊本交通センターホテル3F
 講 師 渋谷秀敏氏(熊本大学大学院自然科学研究科教授)
 テーマ 「地震・雷・火事・親父-熊本で心配すべき災害-」
*詳しい案内は、下記にアドレスを検索下さい。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=852452330&owner_id=2182841  
Posted by ノグチ(noguchi) at 16:40Comments(0)TrackBack(0)私の意見

2008年07月01日

(素直な心「素心規」)まだ知られていない人体の10個の不思議

(素直な心「素心規」))まだ知られていない人体の10個の不思議

■まだまだ知られていない人体についての10個の不思議
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=532918&media_id=49

>胃の中で塩酸が作られている

>人の表情は先天的なものではなく後天的なもの

人と言う生き物は、不思議な動物ですが、その能力の高さはすばらしいと思います。

しかし、優しくもあり、凶悪事件も起こす。自分自身(心)を規制する能力が、今後問われるように思います。



「素心規」~日常の6つの心がけ~

一つ、禍か福か、福か禍か、人間の私心でわかるものではない。長い目で見て、正義を守り、陰徳を積もう。

二つ、困窮に処するほど快活にしよう。窮すれば通ずる、又通ぜしめるのが、自然と人生の真理であり教である。

三つ、乱世ほど余裕が大切である。余裕は心を養うより生ずる。風雅も却ってこの処に存ずる。

四つ、世俗の交は心を傷めることが少ない。良き師友を得て、素心の交を心がけよう。

五つ、世事に忙しい間にも、寸暇を偸んで、書を読み道を学び、心胸を開拓しよう。

六つ、祖国と同胞の為に相共に感激を以て微力を尽くそう。

*素心:利害や意見や年齢や地位身分など、そういう様々な世間の着色に染まぬ生地のままの純真な心を素心という。


昨日遅い夕食を食べながら、月曜ドラマ「チャンジ」を見た。キムタク扮する総理大臣は、老練な政治家の策略にはまり、総理の地位が危ぶまれる事態になり、ひょんなことで実家にな帰った、母から次にように諭された。

「心(良心)のままに、政治が行われるようになると良いね」

素心規を読みながら、昨日の言葉が蘇って来ました。

自分自身、日々の出来事にも、この素心と言う良心を感じることがあります。

幼児は、自分のおもむくままに、人に施し、優しさを振りまくことができるので、大人になると周りの目、上司の目、世間の目を気にして、なかなか素心で行動できないように見受けます。

自分もその大人の一人ですが、自分の意にそぐわないで、周りの良心も汚す行為には、異を唱えて行きたいと思います。

素心規、久々に安岡正篤先生の教示を読みは、心に沁みるものがあります。

*参考資料:安岡正篤著「一日一言」  
Posted by ノグチ(noguchi) at 08:09Comments(0)TrackBack(0)モラル・マナー

2008年06月29日

ブロードキャスター打ち切り/満ち足りた先にあるのは転落

ブロードキャスター打ち切り/満ち足りた先にあるのは転落

■「ブロードキャスター」9月末で打ち切り(日刊スポーツ 06月28日)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=531587&media_id=8

>TBS系情報番組「ブロードキャスター」(土曜午後10時)が、9月末で終了することが27日、分かった。同番組は91年4月に福留功男キャスター(66)と三雲孝江アナ(54)のコンビでスタート。「お父さんのためのワイドショー講座」など、硬軟取り交ぜた構成で最盛期は20%前後の視聴率をマークしていた。だが、最近は12%前後と一時の勢いを失っていた。

 やはり、終わりはいつかくるのですね。久米さんのニュースステーションが懐かしく感じます。

 最近、悲惨な事件ばかり、連動するかのように、擬似犯罪が続きます。ニュースに関わる人たちの思いをどこにあるのか、疑う事も多々ありました。
 
 次の時代は、ニュースを報道する事で、世の中は良くなるような報道をして欲しいと願っています。


■満ち足りた先にあるのは転落(菜根譚)

(現代語訳)
 これ以上ない満ち足りた境遇は、今にもあふれ出ようとしている器の水のようなものである。このうえ一滴でも加えてはならない。
 追いつめられて瀬戸際に立たされている状態は、今まさに折れようとしている木の枝のようなものである。このうえ一押しでも加えてはならない。

(解 釈)
 満ち足りた状態の頂上まで達すると、その先に待っているものは転落である。せめてしばらくは横這いに維持できればよしとすべきなのかもしれない。

(感 想)
 弓を張り切った弦の切れる直前の状況を思い出すと、弦が切れ壊れる弓は、一瞬にして地に落ちる。人間も張り詰め続けることは、到底むずかしいと思います。緊張したり、気を緩めたり、日常生活にはリズムが必用と言いつつ、ついつい頑張りすぎてしまいます。

 でも、だらだらと日々をのんびり暮らすばかりでは困ります。常に志を忘れずに居れば、自ずと緩んだ気持ちを取り戻し、また目標へ向かって進めるものです。

 事業もまた、良い時もあれば、悪い時もあります。最高潮の時は、落ち目になるための準備要りますし、どん底の時こそもう一度目標を持ち踏ん張ることが必用です。

 西郷隆盛の遺訓集の表紙の言葉は、次に一節です。
 「無事は有事の如く、有事は無事の如く」
やはり、常に自分が、どんな状況にあるか、謙虚に省みるゆとりと勇気が必要なのかも知れません。
 そして、そこには決断が必用なことがあります。常に、平静を保ち考えることが大事なように思います。

*参考資料:守屋洋著「新釈 菜根譚」より
  
Posted by ノグチ(noguchi) at 00:21Comments(0)TrackBack(0)名言・スピーチ・訓示・他

2008年06月28日

(異業種交流会)地震・雷・火事・親父-熊本で心配すべき災害

(異業種交流会)地震・雷・火事・親父-熊本で心配すべき災害-

恒例の夏の暑さを吹き飛ばす、異業種交流会「夏の会」のお誘いです。


<ご案内>
  2008異業種交流会「夏の会」
     「地震・雷・火事・親父-熊本で心配すべき災害-」

                環境共生施設研究所 理事長 野口修一

 恒例の異業種交流会2008年「四季の会」第3回を開催致します。今回は、世界各地で起こる地震、自然災害から、自然災害がテーマです。四川大地震、岩手・宮城地震、ここ数日の梅雨の大雨、熊本には活火山の阿蘇山、九州は台風の襲来と、自然災害の多い日本の一角を占めています。

 今回は、熊本大学大学院自然科学研究科の渋谷秀敏教授に、熊本で心配すべき災害についての講演を頂きます。

 地球上の歴史にすれば、人間の存在は、ほんの一瞬かもしれません。しかし、現在生きている人々は、無事に一生を過ごすには、たくさんの困難・災難に出会います。その中で、もっとも予期できないものに自然災害がありあす。

 昔から「地震・雷・火事・親父」と言いますが、突然来る地震は、その瞬間に対応するしかありません。雷は、雨雲の様子を見て非難が可能です。火事は、不注意が禁物。怖い親父は、日ごろのお付き合いでしょうか。

 どんな話になるかとても興味が湧きます。講演後は、恒例の講師を囲む懇親会を開きます。渋谷教授に「日奈久断層(中央構造線)は、何処を走っているのか?」「貝塚がたくさん堆積している所は安全て本当か?」、そして一番は、「自分の住む所は安全か?」とか、直接質問できると思います。

 今回は、自分の足元(防災)の話をぜひ聞いてください。興味在る方は、友人知人をお誘い合わせの上ご参加下さい。懇親会にもたくさんの参加をお待ちしています。よろしくお願い致します。



  日 時 2008年7月25日19:00(開場18:30)
  場 所 熊本交通センターホテル3F
  講 師 渋谷秀敏氏(熊本大学大学院自然科学研究科教授)
  テーマ 「地震・雷・火事・親父-熊本で心配すべき災害-」
  参加費 セミナー 1,000円(資料代・会場使用料等)
      交流会  4,000円(交流が主な懇親会)

 *渋谷秀敏氏プロフィール(「渋谷秀敏」で検索下さい。)
  http://www.sci.kumamoto-u.ac.jp/earthsci/shibuya/index.html 

  主 催  環境共生施設研究所・異業種交流会「四季の会」
  申込先  事務局 (申し込みはメール・FAXで7月21日まで)
       〒869-0913 熊本県熊本市尾ノ上1丁目48-6 
       環境共生施設研究所内
       Fax 096・381・0384  Email : aande@lime.ocn.ne.jp
       詳しい問い合わせ 理事長 野口修一(なるべく、メールでお願します)

異業種交流会「夏の会」申し込み(7/21まで)は、氏名・連絡先・所属等と、講演会・交流会の参加有無を記入し、メールまたは、FAXで申し込みください。(講演は、当日参加も可能です)
<申込み内容>∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
氏 名:            所属                 
住所等:                   Email            
連絡先:TEL           Fax                
食事の準備等がありますので参加内容を記入ください。
1. セミナーのみ 2.セミナー+交流会

<今までの主な活動(1997~2007)>
http://aandekyouseiken.otemo-yan.net/e84075.html


<講師紹介>

渋谷 秀敏(SHIBUYA Hidetoshi, 1955年生)

所属部局   理学部地球科学科
職名     教授
専門分野   古地磁気学。地質学と地球物理学の境界あたりに位置する分野です。
担当授業科目 地球変動学III
生年月日   1955年X月X日

経歴
1974年4月~1978年3月 大阪大学基礎工学部物性物理工学科
1978年4月~1980年3月
    大阪大学大学院基礎工学研究科博士前期課程物理系専攻物性学分野
1980年4月~1983年3月
    京都大学大学院理学研究科博士後期課程地質学鉱物学専攻
1983年4月~1984年3月 京都大学研修員
1984年4月~1996年3月 大阪府立大学総合科学部助手
1996年4月~2000年3月 熊本大学理学部助教授
2000年4月~2006年3月 熊本大学理学部教授
2006年4月~       熊本大学大学院自然科学研究科教授
  
Posted by ノグチ(noguchi) at 10:56Comments(0)TrackBack(0) 異業種交流会・講演会

2008年06月27日

幸運は、自分で探し追いかけるものだ~ロマーリオ選手~

(志と努力)幸運は、自分で探し追いかけるものだ~ロマーリオ選手~

 私は、サッカーーに関わり始めたのは、中学3年夏からでした。それ以来、かれこれ35年近くサッカーボールを蹴飛ばす時間を週に数時間設けて来ました。さすがに現役プレーヤーは、33才で辞めましたが、13年前に娘たちの通った保育園の保護者から、「悪ガキたちが、小学校通うようになり、暇で肥満気味になりそうですから、サッカーを教えてもらえませんか、親も一緒に」と、要請があり、月に2回土曜日に小学校1年生を6人2月ころから始めました。

 その最初の子供が、今、中央大学のサッカー部で、2年生で時々プレーしています。小柄ですが、サッカーが好きで何時もボールを蹴っている子でした。当時は、母親たちも元気で、子供との対戦を楽しみに、週末のバーベキュー兼、サッカースクールは、楽しい親の時間でもありました。良き、思い出になっています。

 これは日本の話しで、世界には、とても恵まれない環境から、スーパースターに登り詰める人が居ます。サッカーの王様「ペレ」の逸話は有名ですが、そのペレに引けを取らない英雄が、ワールドカップ・アメリカ大会で活躍した、ロマーリオ・デ・ソウザ・ファリアです。ブラジルに四度目のワールドカップをもたらして男とも言うわれています。

 身体的には、現代の長身揃いの代表選手の中では小柄な168センチですが、名門バルセロナの監督に、「彼は30センチメートルの隙間さえあれば、敵を軽々と抜くことができる。私はこんな選手を始めて見た」と言わしめたほどすばらしい選手です。

 ロマーリオは、貧しい家庭に生まれ、幼い頃から働かねばならなかった。彼の最も得意としたのは、信号前で停まった車のフロントガラスを拭く事だった。その際、車と車の間を縫う時に見せた軽快なステップは、選手になっても活かされています。

 ロマーリオは、決して恵まれた体格の選手ではない。「子供の頃、俺よりうまいうやつはたくさんいた」とも語った。ではなぜ、彼を一流のサッカー選手になれたのか? 
 それを表わした冒頭の言葉の全文は、次の一節です。

「幸運は、向こうからやってくるものじゃない。自分で探し追いかけるものだ。」

 ロマーリオは、ブラジル代表を退いた後もプレーを続け、ペレしか出来なかった1000ゴールを達成し、数字を伸ばし続けています。サッカーを通じて、ブラジルの子供たちはもちろん、世界の子供たちの目標として輝いていると思います。

~自分で探し追いかけるものだ~

何時のなっても、忘れていけない言葉と思います。  
Posted by ノグチ(noguchi) at 18:04Comments(0)TrackBack(0)名言・スピーチ・訓示・他

2008年06月27日

真の文明は、山を荒らさず、河を荒らさず、人を殺さざるべし

真の文明は、山を荒らさず、河を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし(田中正造)

メールマガジンで川辺川問題を語る「川辺川ML」に書いた、日記に質問がきました。

内容は、明治期に起きた「公害」である足尾鉱毒事件の解決に奔走した田中正造の事に質問が来ました。何かの機会ですので、返事を転載します。


<質問内容>
野口様

田中正造についてお尋ねしたい事があります。
それは、豊かな生活を投げうって民衆のために奔走した田中正造の、亡くなったときの持ち物に「名も無き路傍の石」が数個あったと聞きました。民衆のために私財を全部投じ、極貧の中に身をおいた田中正造にとって、この石がどのような精神的支えになっていたのか、です。個人的見解での解釈を(簡単に)お願いしたいのですが。


<質問の回答>
おはようございます。 熊本の野口と言います。
メッセージありがとうございました。

>田中正造についてお尋ねしたい事があります。

今、小松裕氏を囲む「田中正造研究会」に参加して、田中正造と友人たちとの間で交わされた手紙を基に、田中正造の考えの展開、発展を勉強しています。

>それは、豊かな生活を投げうって民衆のために奔走した田中正造の、亡くなったときの持ち物に「名も無き路傍の石」が数個あったと聞きました。
>民衆のために私財を全部投じ、極貧の中に身をおいた田中正造にとって、この石がど個人的見解での解釈を(簡単に)お願いしたいのですが。

先週土曜日の輪読の中で、出て来たのですが、次の言葉を紹介します。

(本分より)
 庭田源八宛書簡 明治32年12月3日
 ・・・鉱毒事件この度、請願の大要ハ、人を殺すな、渡良瀬川の水を清め、すべての天産を復活せよ、と云ふ。にあり。その他ハ皆この中に含める趣旨ニテ、右天産と水ト人殺しの三箇条二過ぎず候。(中略)


鉱毒事件で古河、国に求めた3つの要求は、
・人を殺すな
・渡良瀬川の水を清め:水をきれいする
・天産(天の恵み)を復活する:元の農地に戻す

今の水俣病の問題と良く似ています。また次の一文から、田中正造の志(思想)が、少し理解できると思います。

(本分より)
 井田兵吉宛書簡 明治33年1月21日
 ・・・。依ってこの問題は全く人に尽くすにあらず、天に尽くす問題の候。つまりは晴天白日の時にも至り申候間(あいだ)、かねて難儀の御覚悟こそ御大切に候。但し天産論より推せば、沿岸の損害は数億万円にも登り申候。(中略)
 依ってはそれまでのところ、貴下我々には天より命令を受けて、それこの鉱毒問題に当たるものなり。実は人生必用の必用中の義務なり。これに当たりて倒る々との本分なりとせば、また壮快に覚え申すべく候。貴下必ずこの壮快を覚ゆるものなり。(中略)


 田中正造は、篤農家に生まれ、生活苦はなかったものの、本文にあります「全く人に尽くすにあらず、天に尽くす問題」からも判るように、至誠一貫の理念を基にする行動した良心の人ではなかったと推察しています。

 先週の勉強会でも意見が出たのですが、維新・明治期の志士の代表格の西郷隆盛の座右の銘と言われる「敬天愛人」は、同じ思いを伝える言葉ではないかと思います。
 田中正造、「天を敬い、人を愛する」、これを生涯実践した人だったのではと考えてます。

「これに当たりて倒る々との本分なりとせば、また壮快に覚え申すべく候」

武士(農民)の本分と言うか、志のような気がします。

先週の勉強会中、小松裕氏とのやり取りの中で、成田空港の滑走路に農地を持つ方の話が出ました。「この土地に1億数千万円積まれ売ることより、私は、喜んでもらえる百円の大根を作るのが良いんだ」と語られたと紹介されました。これこそ農家の本分ではないかと思います。

田中正造は、成田の農家と同じように、農業者の本分を守ること、彼自身が農業の後継者だったとのではと、上記の書簡の内容から考えています。
上記の書簡後、天皇直訴の方向へ進むのですが、これから先は長くなるので省きます。

まだまだ勉強中で、みなさんに詳しく説明できないのですが、田中正造研究会は、「人は何のために生きるのか色々考える」良い機会になっています。

田中正造の「真の文明は、山を荒らさず、河を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」は、何時の時代にも忘れてはならない言葉ではないかと思います。

私自身が、まだ深い理解まで至っていないので、ご質問の説明になっているかは、かわりませんが、ご容赦頂ければ幸いです。

宇土市 野口修一

*参考資料:由井正臣・小松裕編「田中正造文集」(一)鉱毒と政治
(岩波文庫)

*06年秋に、田中正造の映画「赤貧洗うがごとき」~田中正造と野に叫ぶ人々~ができ、全国各地で上映会が開催されています。もし近くで上映される時は、足を運んで頂けるとありがたいです。
熊本は、06年12月に上映会を開催しました。新聞でも、大きく取り上げて頂きました。

  
Posted by ノグチ(noguchi) at 10:23Comments(0)TrackBack(0)環境

2008年06月25日

(議員報酬を1割カット)公明党生き残りかけ、方針転換か?

(議員報酬を1割カット)公明党生き残りかけ、選挙へ向け方針転換か?


■議員歳費を1割カット=次期衆院選の公約に(公明)
(時事通信社 - 06月25日 21:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=528810&media_id=4


>議員歳費、現在は月額130万1000円。


・報酬の分は、働いて欲しいですね

約500名が、上記の給与をもらっていますが、本当に国民国家のために、全員働いているのでしょうか?

タクシー券問題、天下り、官製談合、・・・しっかりして欲しいものです。


>小泉政権下の2002年4月に1割引き下げられたが、3年間で打ち切られた。


・知らせない自民党・公明党

これは、三年で打ち切り。労働者派遣法は、野放し状況を放置した。
国会議員の仲間には、優しいようです。


>公明党としては、相次ぐ負担増で支持母体である創価学会員の間で党への不満が募っていることも考慮、「国会議員自ら身を削る必要がある」(幹部)と判断した。


・公明党が自民党と袂を分けるか?

いよいよ、公明党が自民党と袂を分け、生き残りをかけて? 方針を出したかに見えます。明治期の国会議員を、多くの納税を納め社会のために働いた人も多いと聞いたことがあります。

地方の苦しい状況を、ただ見過ごしていると、国民の選択を得れないと思います。


・1割と言わず、せめて2割の声を

公明党さん、1割と言わず、せめて2割の声を上げて欲しい。それに、もちろん政務調査は、1円からの領収書と情報公開も徹底して欲しいと思います。

この動きが、県議会、市町村議会へ広まり、議員歳費の削減がどんどん進めば、市民派の議員が増えてくれるのではと、かすかか期待も感じます。


・全党2割カットに方針転換を

次期総選挙では、民主党も、社民党も、自民党も、共産党も、他の党も、「議員歳費2割カット」へ向かうよう、国民から声を上げて行く事がことが必要と思います。


<以前の日記>
・(タクシー券12億円)官僚生活には、国民が知らない世界がまだあるのか?
 ~国交省「タクシー券」禁止初日、終電に駆け込む姿も
~国交省のタクシー券利用は2006年度、霞が関の本省だけで12億円分あった。


・(戸籍法)グローバル化と一人ひとりの権利
 ~戸籍法は今日の世界のあり方に遅れたものである
~もう一つ戸籍の矛盾


  
Posted by ノグチ(noguchi) at 22:59Comments(0)TrackBack(0)政治問題(国)

2008年06月25日

(戸籍法)グローバル化と一人ひとりの権利

(戸籍法)グローバル化と一人ひとりの権利

・戸籍法は今日の世界のあり方に遅れたものである

 今年、戸籍法(国籍)の矛盾を指摘した判決が出された。結婚していないフィリピンの母と日本人の父との間に生まれた子供に国籍を与える判決は、日本社会のグローバル化の進展を象徴する出来事と感じました。判決後、飛び上がり、抱き合う子供たちの姿は、見てるこちらも幸福感を味わうものでした。

 今日の経済面に日本大学の井出亜夫氏が、「人間社会の拡大とは」の題で、判決のことが書かれていました。その中で注目したのは、

(転載)
 今回の判決を通じて、日本国憲法がグローバル社会での人権問題のあり方を律する普遍的理念を持っているものの、戸籍法は今日の世界のあり方に遅れたものである。(中略) 
 長い困難な闘争を続け支えた方々に敬意を表するとともに、国籍を得、また、今後得るであろう少年少女が日本国民として、さらに世界市民して大きく成長されることを期待したい。(中略)
~井出亜夫氏(日本大学グローバル・ビジネス研究科教授)より~


 世界の壁がだんだん低く感じられる中で、人類は相互依存の関係を強めています。EUは拡大と緊密化は進み、東アジアは中国経済の発展にともない、歴史的なわだかまりは残るものの、緊密な関係を構築しています。

 また井出氏は、「この判決は人間の平等、人権の普遍性を指摘した画期的なものとしてわれわれの思考・行動に影響を与えることだろう」と、高く評価されていました。

 インターネットは、本当に世界を狭く感じさせるものになっています。私は、6年前カリフォルニアに建築資材を購入に出かけた時と、今の意識はだいぶ違ってものを感じます。

 数年おきにカナダから遊びに来る友人や、ミクシィで出会った青年が、アメリカ、オランダから、帰国した時に熊本まで遊びに来てくれたり。また3年前は、3泊3日の缶詰国際シンポジウムに、隣に行くような間隔で誘う東京の先生が居たり。

 グローバルな移動をして思うことは、自分は日本人である事、パスポートはもちろんですが、確認する機会を感じます。そこで「私はどこの人間」という証明、居場所を示すものが戸籍(国籍)なのだなと思います。


・もう一つ戸籍の矛盾

 先週、もう一つ戸籍の矛盾を改善する判断が報じられた。戸籍の無い赤ちゃんの話は、心痛むものありました。
 私は、ここ数年男女共同参画社会作りの活動に関わって来ましたが、2代も続けて戸籍無しの子供の現実を知り、妊娠を根拠する考え方が、現代の医療技術事情からすと、遅れたものと思いました。
 この赤ちゃんにも、戸籍が出来、日本人としての色々なサービスや権利が与えられたこともすばらしい判断と思います。


 自治も国も、一人ひとりの存在があってこそ成り立つと思います。グローバル化が進めば進むほど、一人の人間の人権や尊厳を大事して行くことが必要なように思います。
  
Posted by ノグチ(noguchi) at 09:16Comments(0)TrackBack(0)国際関係

2008年06月25日

(タクシー券12億円)国民が知らない官僚生活はまだあるのか?

(タクシー券12億円)官僚生活には、国民が知らない世界がまだあるのか?

■国交省「タクシー券」禁止初日、終電に駆け込む姿も
(読売新聞 - 06月24日 14:25)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=527278&media_id=20

>国交省のタクシー券利用は2006年度、霞が関の本省だけで12億円分あった。


これまで国民が知らない(知らせなかった)世界が、まだまだ官僚国家「日本」には、たくさんあるのでしょうね。

田舎のおばあちゃんは、年金も少ないのに、高齢者医療で天引きされて、福祉タクシーの一割負担分も払えない現状を、東京の高級官僚は知っているのでしょうか?

地方の現実を知らない政治は、机上の空論でしないないと思います。

走る、走る、終電車時刻、昼の仕事をもっと効率よくやる、良き刺激と思います。仕事は、日々工夫、これからの国土交通省の工夫を楽しみにしています。
官僚よ、昼がんばれ、残業せず、終電で帰れば、家庭円満・・・

公僕の精神を復活して、より良き日本の活性化に真剣に頑張って欲しいものです。

政治は、誰に託すか議論を要する重要なことが、日本ではなおざりにされています。楽が当たりまえになれば、慣習になり、他との比較を忘れます。ですから、何時も謙虚に自分の行動を監視して行くことが大事と思います。


<以前の日記>

・慰安婦の歴史と向き合う日本青年 (コラム「日本遠望」より)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=848481211&owner_id=2182841

・まちづくりは 人づくりから 「米百俵の精神」(藩校サミット)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=847905542&owner_id=2182841


<新コミュ>
・米百俵の精神(小林虎三郎)
~教育を広め、人材を育成すれば、日ごとまちは栄えていく~
 http://mixi.jp/view_community.pl?id=3459090  
Posted by ノグチ(noguchi) at 01:54Comments(0)TrackBack(0)政治問題(国)

2008年06月24日

慰安婦の歴史と向き合う日本青年(コラム「日本遠望」より)

慰安婦の歴史と向き合う日本青年(コラム「日本遠望」より)
~共に暮らし人生学ぶ~

 「慰安婦の歴史と向き合う」と言う見出しに、引付けられて読み出した。日本の27才の青年・村山一兵氏は、高校三年の時にであった在日韓国人の方と始まった交流で、韓国の慰安婦事情に興味を持ち、大学時代に勉強し始めたと在った。

 それがきっかけで、韓国留学、そこで慰安婦の人たちが共同生活する「ナムルの家」の掃除のボランティアに行き、何も知らない、言えない自分だったことを反省し、「本当は自分たち自身が歴史から目をそむけているんじゃないか。何のためにいったか、すごく後悔した」と書かれていた。

 ナムルの家の研究員の募集があることを聞き、大学院進学を辞めめ、住み込みではたらき始めたそうだ。そこで知った、慰安婦の人たちの外への発言(発信)と、言葉に発する前後で、苦悩する様子でした。以後、新聞を引用します。

(転載)
 つながりの場
 ハルモ二(おばあさん)たちにとって、性的な被害を証言することは、自分自身を切り刻むことだ。証言の直前に手が震えることがある。証言をした夜、眠れないこともある。見学者は、「証言」の時間だけを見るが、一緒に暮らすと、証言の前も後も見ることになる。
「訪問者に見せる顔はやはり外向けの顔になる。一緒に暮らして分かった本当の姿を、説明の中で伝えられたらと思います」
 年間約五千人が訪問する。その半分は日本人や在日韓国人など日本から来る人たちだ。「あえてよかったで終わったら何も変わらないんです。自分の関係あることと思ってほしい。ハルモ二たちは、日本を変えて欲しいと思っているんです。」(中略)

 ナムルの家で日本人として、男性として、二重の加害性と向きあう村山は、「日本には強制連行はなかったと簡単に言う人がいる。戦争で被害を受けた人たちの痛みが感じられない社会になっているんじゃないか」と危ぶむ。(中略) 
(熊本日日新聞コラム「日本遠望」より)

 人は、歴史の中で生きていると思います。60年以上の時を過ぎた今も、その被害を受けた人々や関係者の心には、当時の暴力の記憶は消えないと思います。
 数日前に書いた日記に、「(幸福論)良い思い出をつりたいなら、まず人を思いやること」の題で書いたのですが、性欲を満たすだけに、人の心を踏みにじる行為は、戦争という異常な中でも、決して許されることではありません。当事者はもちろん、日本人として作った歴史を忘れず、思い続けることが必要と思います。
 村山氏は、最後の次の言葉で結んでいます

(転載)
 ハルモ二はナムルの家を去ることはないが、村中は出て行ける。「僕も一生ここにいるわけにはいかないが、一部だけでも触れ合って過ぎ去って行く存在のなりたくない」(中略)
(熊本日日新聞コラム「日本遠望」より)

 最近、「絆(きずな)」と言う言葉が、気になるのですが、村中氏の感性こそが、世界の人々を繋ぐソフト・パワーの力が、「思いやり」ではないかと思えてきます。世界各地で、海外協力隊をはじめ、世界中で働いています。
 しかし、一番身近な韓国、台湾、北朝鮮、或いは中国との歴史の中で揺れて来た歴史と向きあい、その民族間の融和に力を注いでいる人を居ることを知り、とても勇気付けられました。

 「遠くの身内よりも、身近な隣人」と言いますが、明治期に追いかけたヨーロッパ、戦後の目標だったアメリカ。しかし、その隣国として、何時も東アジアはありました。長い歴史の間に、不幸だった時期が何度もあります。
 でも、隣国であることは変わりません。これからは、身近な隣人として、韓国、台湾、北朝鮮、中国とも心開き、未来に向けた社会を構築できれば良いなと願っています。

*参考資料:熊本日日新聞コラム「日本遠望」


<以前の日記>
・まちづくりは 人づくりから 「米百俵の精神」(藩校サミット)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=847905542&owner_id=2182841

  
Posted by ノグチ(noguchi) at 09:02Comments(1)TrackBack(0)国際関係

2008年06月23日

まちづくりは 人づくりから 「米百俵の精神」  

まちづくりは 人づくりから 「米百俵の精神」(藩校サミット)  
   
 6月21日大雨の中、第七回全国藩校サミットが、熊本市で開催された。私は、宇土親子論語教室の一人として、子供たちと一緒に孔子の教え「孝経」の素読を発表しました。藩校サミットの挨拶や講演では、「徳育」の大切が何度となく語れていました。

 細川藩には、藩校「時習館」があり、多くの優秀な人材を輩出した。幕末に活躍した長岡賢物や横井小楠なども時習館で学びました。来年の藩校サミットは、新潟県長岡市で開催予定で、ピーアールのため配られた観光ガイドに、小林虎三郎の紹介ありました。

 維新時の戊辰戦争最大の激戦地となった長岡は、荒廃を極め、食料も底を着く窮乏を心配し、支藩の三根山藩から百俵の米が長岡へ届けられた。粥をすする生活の藩士たちに、小林虎三郎は、「目先の事に捉われない、国家百年の大計。ひもじい今だからこそ、学校を建て、子供たちを教育するのだ」と説き、米を金に替え、藩校「興学館」の充実に充てた。現代のお金に換算すると、四千五百万円に相当するそうです。

 その後、米百俵の精神は受け継がれ、日本初の育英機関「長岡社」、長岡女学校、長岡盲唖学校等の設立につながりました。この長岡社の育英金で勉強した一人に連合艦隊司令長官の山本五十六大将がいます。

 今、都市と地方の格差が叫ばれる中、長岡の人たちの「米百俵の精神」を学び、次世代教育に力を注ぐ事が必要と思います。小林虎三郎が掲げた「教育を広め、人材を育成すれば、日ごとまちは栄えていく」を、地方のリーダーたちが率先して継承し実践して欲しいと思います。


*補足
 小林虎三郎は、佐久間象山の門下に入り、漢学、蘭学、経世学、物理学等の勉学に励みました。象山は、「天下、国の政治を行う者は吉田であるが、わが子を託して教育してもらうものは小林のみである」と、高く評価していました。
 

<以前の日記>
・(謙虚の効果) 実るほど頭をさげる稲穂かな~開運は謙虚にあり~

・(幸福論)感謝と分かち合いの心、改善が必要な高齢者福祉


  
Posted by ノグチ(noguchi) at 21:31Comments(0)TrackBack(0)まちづくり

2008年06月22日

(幸福論)感謝と分かち合いの心、改善が必要な高齢者福祉

(幸福論)感謝と分かち合いの心、改善が必要な高齢者福祉

 47人の『幸福論』から、ヨットマンの堀江謙一氏と、ミュージシャンの喜多朗氏の言葉を読み、みんな感じていることは同じだなと思います。小さな幸せを分かち合こと、感謝の気持ちを持つこと、当たり前のことが当たり前に、みられなくなって来ているように思います。

今日も、高齢者介護のことが、報道番組で取り上げられていましたが、経済効果、税の有効利用をどうするかばかりが、耳に残ります。8年前に、介護保険がスタートしたころ、温かい老後のイメージを持ったものですが、小泉首相-竹中大臣のコンビは、市場経済を介護事業へ導入し、介護を経済行動にしてしまったことの影響は大きいと思います。

 韓国に在る、日本人女性の老人ホーム「ナザレ園」は、ほとんど寄付により運営されています。施設関係者の人達は、質素な生活をしながらも、入居者への介護は手厚く、温かいものがあると、数年前に妻が訪問し、「昔の日本の心がそこに在る」と語っていました。

 今の日本社会は、官僚、政治家、大企業は、経済大国のリーダーたちは、確かに豊かになりました。この基を作ったのは、現在の高齢者のおかげと思います。官僚、政治家、大企業は、社会への感謝の政策を実施することが、必要と思います。
利権に群がる政治家・企業、官製談合、天下り等々、そのほんの一部費用でも高齢者の生活環境整備へ向ければ、老老介護、孤独死、などの言葉が亡くなるのではと考えます。

 高齢者は、贅沢な施設や高額の医療よりも、安逸な暮らしが必要です。小さな生活改善を老人は求めています。それと、地方の実情に合わせた、高齢者の医療、介護の仕組みが必要と思います。少子高齢化の中で、国統一の高齢福祉は、難しいと思います。

国は、小さな幸せを分かち合う努力をすること、そして感謝の気持ちを政策の中心に据えて事業を組むべきと思います。
 
 それと、何でも一番を目指す教育ではなくて、共存共栄の分かち合いの経営、政策の時代に来ている感じます。



堀江謙一氏の言葉

ヨットの上では、私は孤独です。長い航海の中では人恋しくなることもある。しかし人間は、孤独に耐えられるものです。今は孤独かもしれないけど、港には帰りを待ってくれている人達がいる。現実に独りでも、心では仲間と共にヨットに乗っている。今日も無事だった幸せを。共に感じていてくれる。分かち合える仲間がいれば、孤独なって怖くないのです。

 孤独よりも怖いには孤立することです。人間は社会的動物ですから、孤立することは恐怖を感じるもの。もっと分かりやすく言えば、仲間はずれになるのは怖いものでしょう。そうならないためには、どうすればいいのか。他人の言いなりになったり、機嫌を取ったりすることではない。小さな幸せを分かち合う努力をすることだと思います。



喜多郎氏の言葉

 戦後の日本社会は、急激に豊かになりました。たくさんのものに満たされ、贅沢することが当たり前のようになってきた。そのために、より多くのお金を稼ぐことが善しとされるようになりました。

 でも経済優先の社会の中で、日本人が失ってきたもの、忘れてきたものがある。その大きな忘れ物の一つが、感謝する気持ちではないかと私は思うのです。人への感謝、物への感謝、そして生かされていることへの感謝。そういう気持ちをなおざりにしてきた。(中略)

 日本は勝ち負けの社会になってしまいました。人を押しのけてでも自分が勝とうとする。他人が不幸になっても、自分さえ幸せならばそれでいい。胸が締めつけられるようなさびしい考え方です。

 そうではなく、人のために何ができるかを考える。みんなが互いに感謝しつつ、思いやりを持って暮らしていく。それでこそ、笑顔の絶えない社会になるのではないでしょうか。感謝の気持ちさえ取り戻せば、日本人はまた世界から尊敬される民族になれる。私は心からそう思います。

*PHP編 47人の『幸福論』より


■社会保障費の抑制方針、厚労相が批判
(読売新聞 - 06月21日 13:39)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=524973&media_id=20
  
Posted by ノグチ(noguchi) at 13:30Comments(2)TrackBack(0)私の意見

2008年06月21日

書込みとご返事:(教育と人生観)正解一つじゃない、基礎学力は

書込みとご返事:(教育と人生観)正解は一つじゃない、基礎学力は中学で十分

 九州は、大雨です。昼12時前後に(熊本県)宇土市は、雨で国道意外ほとんどの道路がところどころ冠水し、その回避で大渋滞でした。
 日常10分程度移動時間が50分近くかかり、本日(熊本市で)開催の藩校サミットの地元「宇土親子論語教室」のメンバーで行う、『孝経』朗読の30分前に到着し、無事に終了することができました。今の雨が降り続けています。明日の雨のようです。

 今日は週末ですので、SNSミクシィで昨日の日記「(教育と人生観)正解は一つじゃない、基礎学力は中学で十分」への書き込みと私の返事の文(長文)をご紹介します。
 すごく思いも中身も深いものですので、ぜひ時間がある時にお読み下さい。

 書き込みをして頂いた皆様には、すばらしい内容だったので、了解も取らず勝手に載せました。ご容赦頂ければ幸いです。

~6月20日の日記~
(教育と人生観)正解は一つじゃない、基礎学力は中学で十分
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=844459313&owner_id=2182841

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「書き込み」
 海・Tom・ガラ・チーさま
この1つ前のノグチさんの日記とこの日記を読んで自分の価値観・・・というか、経験からくる物の考え方・見方 感性の磨き方を小さい時から教えるべきだ・・・とつくづく思います。
偏った考え方をもつ事も懸念されますが、人の話を聞く事ができる人であればそれは無用な心配になります。 人として生きるために、何が良いこと・常識なのか・・・自分なりに経験し考える力を身に付けてほしいです。
でも、私のように自分の子供がいない者がこのようなことを言うと「毎日自分で育てていないから・・・」子供を育てる苦労を知らない人のいうこと・・・になってしまいます。そうですね、人を育てるってとても大変なことですよね。

そんなこと判っている、けどできない・・・
そんな風に思っている人々が「変るきっかけ」をみつける時が早くきて少しづつ、でもなるべく早く世の中が変わっていくことを祈ります。

なんだかまとまらない文章になってしまいました。思いや考えを文字にするのはとても難しいですね。長くなりすみませんでした。

「ご返事」
 海・Tom・ガラ・チーさま、書き込みありがとうございます。

>自分の価値観・・・というか、経験からくる物の考え方・見方
>感性の磨き方を小さい時から教えるべきだ・・・とつくづく思います。

私ももっと早く気づけば良かったと思います。
でも、気づいた時がその時で、行き着かないと気づかないものですね。

>偏った考え方をもつ事も懸念されますが、人の話を聞く事ができる人であればそれは無用な心配になります。

人の話を聞ける人がすばらしいと思います。
すぐ、話を途中で折って、自分の意見を言う人は、我慢が出来ない人、自分の価値観で押し通す人にも感じます。

>人として生きるために、何が良いこと・常識なのか・・・自分なりに
>経験し考える力を身に付けてほしいです。

同感です。

>でも、私のように自分の子供がいない者がこのようなことを言うと
>「毎日自分で育てていないから・・・」子供を育てる苦労を知らない人のいうこと・・>・になってしまいます。そうですね、人を育てるってとても大変なことですよね。

子供がいる、いないより、気づいているか、いないかが大事と思います。

>そんなこと判っている、けどできない・・・
>そんな風に思っている人々が「変るきっかけ」をみつける時が早くきて
少しづつ、でもなるべく早く世の中が変わっていくことを祈ります。

そうあって欲しいと思います。
原点は、家庭。そして、その心を育てるのは、自分自身と思います。
他人のせいにしない、全てが自分から始まっていると思うと、謙虚な気持ちにもなります。
対人関係:夫婦、親子、友人、知人、と地域の人たち、作用反作用の関係、
相手はこちらの出方しだいで、色んな変化があります。その場面に遭遇し、考える事が大事な経験と思います。
子供たちも、大人たちも、バーチャルの世界でなく、外へ出て人と語ることお奨めします。

>なんだかまとまらない文章になってしまいました。思いや考えを文字にするのはとても難しいですね。長くなりすみませんでした。

しっかり、思いは伝わりました。
私の方が、長くなりました。
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「書き込み」
ニゲユー さま
こんにちは。
いつも勉強させてもらっています、ありがとうございます。
萩本さんの話、大切ですね。
僕の好きなマンガの中の一節に『人は近道をしたがる、しかし近道をすると大切な物を見逃す』とありました。
学校の授業よりたくさんの素晴らしい考え方を僕は漫画に教えてもらっている気がします。

「ご返事」
ニゲユーさま

>いつも勉強させてもらっています、ありがとうございます。

いつも、アクセスいただき感謝します。

>萩本さんの話、大切ですね。

私も大切と思います。

>僕の好きなマンガの中の一節に『人は近道をしたがる、しかし近道をすると大切な物を見逃す』とありました。

気付きは、何処でも、誰でも、どんな本でも、良いと思います。
その気付きを自分のものとして行くことが大事と思います。

>学校の授業よりたくさんの素晴らしい考え方を僕は漫画に教えてもらっている気がします。

学校の授業は、自分の持ち興味の分野を捜し、学ぶときの勉強のスタイルを考えるヒントであり、方法の講習でしょうか。でも、始まりは学校であり、その前に家庭があります。
書き込みで、色々な考えるヒントを頂きます。
これからもよろしくお願い致します。
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「書き込み」
 MY.pace さま
解答に至らなくても、考えた過程が大切だった時代は来ないでしょうね。点数で判断、優劣を決める教育側、品格や個性は点数つけられないのです。
教職員の教育も必要でしょう。PTAやってて、情けない先生がいる、社会的で得ない考えがある。サラリーマンですよ。

自分で大事な事は伝えるしか無いのでしょうか。

「ご返事」」
 MY.pace さま

>解答に至らなくても、考えた過程が大切だった時代は来ないでしょうね。
>点数で判断、優劣を決める教育側、品格や個性は点数つけられないのです。

全国テストを復活させて、学力、学力と騒ぐ国民が多いから、文部科学省も復活させて推進するのだと思います。

>PTAやってて、情けない先生がいる、社会的で得ない考えがある。
>教職員の教育も必要でしょう。サラリーマンですよ。

教員(教職員)は要るが、教師が居ない。
かつて、「師の陰は踏まず」言う言葉がありました。
確かに、大学で出たての先生は、教師としては幼稚だと思います。
ただ、志を持つ教師は、その思いが伝わって来るものです。
サラリーマン化した先生は、学校現場から退席して欲しいですが、向上心を持つ教師の卵たちは、保護者や先輩たちが、「伸ばす」気持ちで、育てることも大切な気がします。都市部の教師は不足していると言いますが、地方は少子化で、なかなか教師になりたくてもなれないのが現実です。真の教師を目指す子が、学習成績優秀なだけで採用される矛盾も含め、教職員も人材と言う考えより、教師の「志」持つ若者を評価する雰囲気作りも必要と思います。

>自分で大事な事は伝えるしか無いのでしょうか。

教育の9割は、家庭に在ると思っています。
わが家も、子供読ませたい本は、小さい時から、家の目に付くところに置き、記憶の中で残る工夫をして来ました。
受け止めるのは、子供たちですが、それなりに考え、進む道を模索しているようです。

何時も関心をお持ちいただき感謝します。
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「書き込み」
 ザトキチさま
超個人的意見ですが、ノグチさんの挙げている3つの要因を妨げている最大の要因は、子供に対する「ケータイ」や「インターネット」の普及が背景にあるのでは?と思いました。以下がその理由です。

第一の要因
社会とつながる=人とつながる能力は、人間社会を生きていく上で非常に重要な能力だと俺も認識します。しかしながら、メールで顔の見えない相手とのやり取りや(我々の場合は悪意が無いので除きますよ(笑))
それに伴った表面上の付き合い、また、同じくメールや学校裏サイトなどを利用した悪質ないじめ問題等子供達も人との繋がりを求めていながら、簡単に出来てしまうところに
自分達も気づかない内に、裏切りや犯罪、孤独になったら… と言う不安を抱えているんじゃないでしょうか?そのせいで、本当の人間付き合いが出来ていないんじゃないかと
思います。
それはゆくゆく、将来的な社会不安(人間不信)になっていくんじゃないでしょうか? 既になってるのかもしれませんね。

第二の要因
情報がケータイやインターネット等から簡単に手に入る為さも自分が経験したかの様な、錯覚に陥ってしまいやすいと言う事があるんじゃないでしょうか?
昔の様に、自分の手元に何も無く欲しいものは自分で歩いて探しに行き、手に入れる→それが自己の経験知識として生きると言うプロセスが無く、画面から欲しい情報だけが手に入る結果として「あたまでっかち」が出来上がり、第一の要因に付随して、人間力の低下につながるのではないでしょうか?

第三の要因
第一、第二の要因に関係します。
我々は、情報を手に入れる為に外に出る機会が少なくなったと思います。しかし、外に出れば良くも悪くも何かしらのイベントに出会うものです。そのイベントこそが、人生の分岐であったりすることもあるでしょう。結果として、人と人との出会いが自分を育てる最大の教師では無いでしょうか?

これら三つのことを考えてみると、結論として「溢れ過ぎた情報」が、簡単に手に入ると言うところに行き着くのではないかと思いました

今は、高校、大学まで進学して、多くの同年代と触れ合うのも悪くは無いんじゃ?とは思いますが、そこにケータイやネットはいささか必要ないのでは?と思います。

「ご返事」」
 ザトキチ さま

>超個人的意見ですが、ノグチさんの挙げている3つの要因を 妨げている最大の要因は、子供に対する「ケータイ」や 「インターネット」の普及が背景にあるのでは?と思いました。 以下がその理由です。

>第一の要因
>社会とつながる=人とつながる能力は、人間社会を生きていく上で非常に重要な能力だと俺も認識します。

同感です。

>しかしながら、メールで顔の見えない相手とのやり取りや (我々の場合は悪意が無いので除きますよ(笑)) それに伴った表面上の付き合い、また、同じくメールや学校裏サイトなどを利用した悪質ないじめ問題等 、子供達も人との繋がりを求めていながら、簡単に出来てしまうところに自分達も気づかない内に、裏切りや犯罪、孤独になったら… と言う不安を抱えているんじゃないでしょうか? そのせいで、本当の人間付き合いが出来ていないんじゃないかと思います。

心を開かせるのは、膝つき合せた意見交換(対話)と思います。

>それはゆくゆく、将来的な社会不安(人間不信)になっていくんじゃないでしょうか?
>既になってるのかもしれませんね。

ファミコン時代から、もっと言えばテレビの大衆化から始まっているのかもしれません。
>第二の要因
>情報がケータイやインターネット等から簡単に手に入る為さも自分が経験したかの様な、錯覚に陥ってしまいやすいと言う事があるんじゃないでしょうか?

バーチャルと現実の錯誤(幻影)みたいなものでしょうか。
分かったと思っているのは上辺だけの情報で、真の現場で感じる体験が大事と思います。

>昔の様に、自分の手元に何も無く欲しいものは自分で歩いて探しに行き、手に入れる→それが自己の経験知識として生きると言うプロセスが無く、画面から欲しい情報だけが手に入る結果として「あたまでっかち」が出来上がり、第一の要因に付随して、人間力の低下につながるのではないでしょうか?

「人間力の低下」人間としての本分と言うか、自分で体得してこそ、成長すると思います。
>第三の要因
>第一、第二の要因に関係します。
>我々は、情報を手に入れる為に外に出る機会が少なくなったと思います。しかし、外に出れば良くも悪くも何かしらのイベントに出会うものです。そのイベントこそが、人生の分岐であったりすることもあるでしょう、結果として、人と人との出会いが自分を育てる最大の教師では無いでしょうか?

イベント=体験、実践、出会い、・・・
学びの本質は、本や知識の集約でなくて、それを教える人自身の生き方そのものが、大きく人を動かします。松下村塾は、2年弱の間に多くの人材を世に出しました。これは、吉田松陰自身が示した行動、生き方の影響と最近思います。

>これら三つのことを考えてみると、結論として「溢れ過ぎた情報」が、簡単に手に入ると言うところに行き着くのではないかと思いました。

安易に、結果を求めている社会かなと思います。
成績、成果、ノルマ、経済効果、・・・、人づくりは、結果ではなくて、過程が大事なような気がしています。
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「書き込み」
 hiro さま
こんばんは。本当にノグチさんの日記が楽しみで、毎日拝見させて頂き勉強させていただいております。

今回の幸福論について、私もここ何年か自分の幸せとは何ぞやと心の中で、自問するも、答えが中々見つからず、探求するばかりでたどり着くのかどうか思い悩んでおります。しかし、幸せについて願望を抱き、思考出来る余裕があることだけでも幸せではないのかと感じました。先頃のミャンマーのサイクロンにしかり、四川、岩手・宮城内陸地震の被災者の方々は、生活の不安や恐怖で生きるだけで精一杯で、自分が何が幸せかという事を追い求める余裕がありません。生きていることそのものが、幸せなのだと常々感じられるようになりたいと思います。

ものの見方・考え方のしっかりしていること・・・
“少年よ大志を抱け”を筆頭に、数多くの偉人が『志』を持てと語っていますね。現代の人間は、金銭・物的豊かさや社会的地位を得る事が人生の目標として真の志を勘違いしているのではないかと感じます。その風潮を大人が作りだし、若者達はそのまま受け取り志違いをしてしまう。中学、高校の時期に思考の深さを学ぶこと、気づくことは中々不可能に近いと思います。社会が大人達が道を正しく行い、模範を示し、そして指導をする。それが、理想の『志』を持たせる社会ではないかと考えております。

「ご返事」」
 hiroさま

>こんばんは。本当にノグチさんの日記が楽しみで、毎日拝見させて頂き勉強させていただいております。

駄文をお読みいただき感謝します。

>今回の幸福論について、私もここ何年か自分の幸せとは何ぞやと心の中で、自問するも、答えが中々見つからず、探求するばかりでたどり着くのかどうか思い悩んでおります。

私も日々悩んでいます。人間は悩まなくなると、思考力が退化しますので、平穏、安穏な環境は良くないと、自分の環境を良しとして生きています。

>しかし、幸せについて願望を抱き、思考出来る余裕があることだけでも幸せではないのかと感じました。先頃のミャンマーのサイクロンにしかり、四川、岩手・宮城内陸地震の被災者の方々は、生活の不安や恐怖で生きるだけで精一杯で、自分が何が幸せかという事を追い求める余裕がありません。生きていることそのものが、幸せなのだと常々感じられるようになりたいと思います。

おっしゃる通りです。数年まえにNHKの朝ドラで、「生きちょるだけで丸儲け」と言う言葉が流行しましたが、幸せはその本人がどう受け止めるか、生活を考えるかだと思います。

>ものの見方・考え方のしっかりしていること・・・
>“少年よ大志を抱け”を筆頭に、数多くの偉人が『志』を持てと語っていますね。現代の人間は、金銭・物的豊かさや社会的地位を得る事が人生の目標として真の志を勘違いしているのではないかと感じます。

この物欲・名誉欲は、2,500年前の孔子に教えの中にも出てくるのですが、今日の日記の白州次郎氏の言葉を、「(社用車の)後ろで踏ん反り返っているやつはバカだ」紹介しました。『大志』が何かを自分の(人間力)成長に合わせて、変える(向上させる)ことが必要と思います。

>その風潮を大人が作りだし、若者達はそのまま受け取り志違いをしてしまう。中学、高校の時期に思考の深さを学ぶこと、気づくことは中々不可能に近いと思います。社会が大人達が道を正しく行い、模範を示し、そして指導をする。それが、理想の『志』を持たせる社会ではないかと考えております。

模範を示し:率先垂範が大事と思います。
金銭・物的豊かさや社会的地位を得る事よりも、何が大事なものか?
考える事、語ることを示す事と思います。
「幸福」は、自分で価値を創るしかないのかも知れません。
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「書き込み」
 山岡鉄舟に憧れる愚者さま
脚下照顧ですね.

ただ歩いていると心を奪われていると,足元を忘れて,つまづいたりする…

己の内側に眼を向けなくして,本当の悟りに至る機会は巡って来ない…自己内省の大切さ…

記載される内容に,常に喝を入れていただき,ありがとうございます。

当たり前のことを,お陰さまとし,ご自分の身を省みて多くの人の幸せを念じ,感謝の内を貫いておられると… 

「ご返事」」
山岡鉄舟に憧れる愚者さま

>脚下照顧ですね.

(転載)
脚下は単に履き物のことだけではなく、自分の足もと、自分の立っている立脚点、現実的出発点を意味しますので、脚下照顧は、「自分自身をしっかり見よ」ということになります。
 理想のみを追い求めて現実を忘れていないか。理論ばかりに走って実践をおろそかにしていないかと、常に自分を見つめ、反省する心が大切だというのです。
 現代は目まぐるしい時代です。しっかりと対処しないと遅れてしまいます。しかし、そのような現象面だけを追い求めるのではなく、自分の足もとをしっかり見よと教えるのです。(抜粋)

>ただ歩いていると心を奪われていると,足元を忘れて,つまづいたりする…
>己の内側に眼を向けなくして,本当の悟りに至る機会は巡って来ない…自己内省の大切さ…

深い教えを頂きました。ありがとうございました。
今日、自分の境遇と天候(大雨)の時、どう行動を取るか、日々自分は試されていると感じました。明日の日記にまとめて書きます。

>記載される内容に,常に喝を入れていただき,ありがとうございます。

関心ををお持ちいただき感謝します。

>当たり前のことを,お陰さまとし,ご自分の身を省みて多くの人の幸せを念じ,感謝の内を貫いておられると…

そんな立派な人間ではありませんが、日々の思いや、周りで出会った人や本の紹介しています。これからもご笑覧頂ければ幸いです。
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最後まで、お読みいただき感謝します。

野口修一  
Posted by ノグチ(noguchi) at 20:00Comments(0)TrackBack(0)私の意見

2008年06月20日

(教育と人生観)正解は一つじゃない、基礎学力は中学で十分

(教育と人生観)正解は一つじゃない、基礎学力は中学で十分

 今日から、娘が中間テストと言って出て行った。私もかつて高校生だった時のことを思い出す。テストで良い点数を取る、ほめられる。確かに点数が良いほうが、進学の可能性があるだろう。社会人になり、色々な人を見てきた。先輩たちは、一人ひとりの人生を歩んでいます。
 今読んでいる「47人の幸福論」に、タレントの萩本欣一氏の一節があり、一部を紹介します。(ほとんど、転載文ですが)少々長文の日記です。


~正解は一つじゃない~(萩本欣一)

世の中はすぐ正解を作りたがる。
正解はこれしかないと決め付ける。
問題が解けたら100点で、解けなかったら0点。
そして0点の子はダメな子と決め付ける。
0点なんてこの世にはないと僕は思う。
僕だったら、問題がぜんぜん解けなかった子供にも50点はあげる。
だって、全く答えが書けなかったということは、
少なくともカンニングをしていないということ。
ずるいことをしなかったということ、それはとても大きな価値で、
世の中ではそのことの方が役に立ったりするものだ。

正解はこれしかないと決め付けるから辛くなる。
これが幸せだと決め付けるから、
そこにたどり着けない人が苦しむ事になる。
人生は台本通りには進まない。
その人なりのアドリブがあるから楽しい。
(PHP編、47人の『幸福論』より)

心が、ふっと温かくなる言葉と思います。
また、今朝流れて来た、メールマガジンの内容が、萩本氏の言葉を、教師の側から語ったもので、何かの参考になればと思い、ご紹介します。


~教育雑感~
             
 中学生の9割以上が高校へ行く時代になって久しい。長い間、進路の相談で生徒と話し合ってきたが、最近気になることがいくつかある。そのひとつが、「公立高校しか受験させないと親が言っているのですが、公立に受かりますか」というもの。私立高校への進学は、経済的に無理だと考える保護者が増えているということだろう。経済格差が教育格差となり、格差の連鎖が始まりつつある。
 
 ところで、いささか極論になるかもしれないが、基礎学力は中学までで十分であるとわたしは思っている。高校の学習は、大学へ入るためには必要かもしれないが、その目的がなければほとんど身についていないといっても言い過ぎではない。あなた自身のことを考えてみてほしい。高校の学習がその後の生活や人生にどれほど役にたっただろうか。もちろん科目やその後の職業によっても違うのだろうが……。
 
 受験学力も大学に入ってしまえば、そのほとんどが消えてしまう断片的知識丸暗記の「剥落(はくらく)学力」で、人生でかろうじて役だったのは学歴や資格だったのではないだろうか。ちなみに、マイナスの数にマイナスの数をかけてどうしてプラスになるのか、分数の割り算は割る数の分母、分子をひっくり返してかけるのはどうしてなのかと子どもに聞かれてもうまく説明のできる保護者は少ないだろう。
 
 難しい数学を知らなくても、世界史の細