「知は力なり」、真の教養、傳家寶(でんかほう)

2011年04月30日

「知は力なり」、真の教養、傳家寶(でんかほう)
 連休2日目、朝から日課である『「安岡正篤 一日一言」~心を養う、人生を養う~』を開いた。今日の言葉は、真の教養、傳家寶(でんかほう)が目に留まった。

真の教養(安岡正篤)

 およそ真の教養とは、人類の有する偉大な著書に親しむことによって得るものです。そこで昔から優れた定評のある良い書物を少しずつ読むことであります。
 人間としての教養の書、人としての哲学の書、教養の書というものを、注意して毎日たとえ三枚でも五枚でも、そういう書物を必ず読むようにする。いわゆる座右の書を持つということであります。


 安岡語録は、その時々の心境により心に響く感じが違う。机にあった岩波文庫の名句365「言葉の花束」に次の一節があった。

「知は力なり」。とんでもない。きわめて多くの知識を身につけても、少しも力を持っていない人もあるし、逆に、なけなしの知識しかなくても、最高の威力を揮(ふる)う人もある。(ショーペンハウエル著「知性について」)

 日常的に多読を日常する人は、時間も懐もゆとりがあるのだと思います。私などは、時間の使い方も上手ではないし、さらにそうそう小遣いが多いわけでないので、書を手に入れるのは、古書店、リサイクルブック店、新刊だと新書版が多い。
 人は何のために本を読むのだろうと考えることがあります。「知は力なり」の意味を、ショーペンハウエルが説いていすが、普通の人間には、そうそう立派な言動に結びつかないのが現実です。「安岡正篤一日一言」に、一人の人間がどう日々過ごすかの七ヶ条がありました。


傳家寶(安岡正篤)

一、我が幸福は祖先の遺恵、子孫の禍福は我が平生の所行にあること、已に現代の諸学にも明らかなり。
二、平生・己を省み、過ちを改め、事理を正し、恩義を厚くすべし。百薬も一心の安きに如かず。
三、良からぬ習慣に狎(なれ)れるべからず。人生は習慣の織物と心得べし。
四、成功は常に苦心の日に在り。敗事は多く得意の時に因ることを覚るべし。
五、事の前に在りては怠惰、事に当たっては疎忽、事の後に於ては安逸、是れ百事成らざる所以なり。天才も要するに勤勉のみ。
六、用意周到なれば機に臨んで惑(まど)うことなし。信心積善すれば変に遭うて恐るることなし。
七、不振の精神・頽廃せる生活の上には、何ものをも建設する能わず。永久の計は一年の微にあり。

>天才も要するに勤勉のみ
>永久の計は一年の微にあり

先達の教示は、背筋をピンとさせる。「一日三省」の気持ちを忘れず、今日も一日過ごしたいと思います。


*参考資料:安岡正泰監修「安岡正篤一日一言」
岩波文庫編集部編「ことばの花束」

  

Posted by ノグチ(noguchi) at 07:27Comments(0)名言・スピーチ・訓示・他

<GW>初日はサッカー大会とバーベキューの集い

2011年04月29日

<GW>初日はサッカー大会とバーベキューの集い

 みなさん連休の初日はいかがだったでしょうか。今は、どのあたりを移動中でしょうか。それとも東北でボランティア活動でしょうか。それぞれのGWと思います。

 私は、早朝から小さなサッカー大会に出ていました。参加チーム17、小学1~3年の大会で、地元の市長と地元サッカー協会のキッズ担当の私と始めた大会ですが、今は参加チーム方々、数名の協力者も準備を協力してもらいました。

 今日は、天気も良く、11時くらいからは半袖でないと暑いくらで、でも木陰は、爽やかな風が吹き、しかしコートでは熱気溢れる試合が続きました。今日一日で、だいぶ日焼けをしたようです。

 今夜は、私の住む地区の中堅が集まり、バーベキューの集いがあります。さっき妻は準備に出てきました。私もこれから準備に参加しますので、今夜の会は時間無制限ですので、長くなると思います。

 今日から、熊本の友人たちは、東北へ友人・知人の復旧の手伝いに出かけました。被災地は、道路事情も悪く、朝夕は渋滞もあると聞いています。焦らず、被災地の方々に心情を察して、活動されることをお奨めします。

 3連休には、東北方面のボランティア活動は、被災地状況で受け入れ状況が違うので、事前に現地とコンタクトを取り、出かけられることをお奨めします。
 私も現地を見て、色々話を聞く中で、現地はGW中のボランティアよりも、GW後のボランティアの要望が高いと聞きます。出来ればGW中に仕事をして、GW後にボランティア活動に参加されると良いなと思います。

 兎に角、GWが皆様にとってよりよき休暇になることを願っています。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 17:20Comments(0)マイライフ

いざという時、日常の「志」がどこか問われる

2011年04月28日

いざという時、日常の「志」がどこか問われる

 昨日から外回りが増え、PCの前に長く居れなくなりました。今日の昼食は、先輩方との会食+会議でした。我が家にGWは、3・4・5日がメインですので、平日は2日のみ、30日も仕事に使えるとしても、連休前の詰まった日程をどうやりくりするか、心がけが大事と思います。

話題は変わりますが、米沢藩の改革を行った上杉鷹山の師・細井平洲が訓示にしています。
・改革を阻む壁が3つある
 一、ものの壁(物理的な壁)。
 二、仕組みの壁(制度的な壁)。
 三、心の壁(意識の壁)。
この三番目の「心の壁」を叩き壊すことが一番難しい。

 また奈良本辰也著『葉隠』にも次の教示があります。
「何事でも不可能ということはない。一念発起すれば天地も貫き通すという。だから、できないのではない。ふがいないから、それを思い立たないのだ」。

 常に人よりも早くの無鉄砲な人は、危なっかしくてしかたない。でも中には、動きながらも考えている人は、周りを動かし、目標を形成し、支援者を集めることが出来る人もいます。この違いは、日常の活動(事業)の「志(目的)」がどこを目指しているかが問われると思います。

*参考資料:童門冬二著「上杉鷹山と細井平洲」
奈良本辰也著「葉隠」  

Posted by ノグチ(noguchi) at 20:55Comments(0)名言・スピーチ・訓示・他

原発から22km 段ボールで寝る作業員のために民宿再開決意

2011年04月26日

(最前線の宿)原発から22km 段ボールで寝る作業員のために民宿再開決意


■原発から22km 段ボールで寝る作業員のために民宿再開決意
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1581988&media_id=125

>福島第一原発から約22km。ゴーストタウンと化した街並みの続く福島県双葉郡にあって、原発作業員の“心の拠り所”となっているのが「民宿ひろの」である。

>駐車場には10数台の車が集まっていた。青森、広島など日本各地のナンバーが記され、作業着の男たちが降りては宿に消えていく。

>ここを経営するのは60代のオーナー夫妻のほか、家族と数人の従業員である。自主避難地域にもかかわらず、3月末から原発作業員の宿泊施設として宿を開いている。

>オーナーの女将はいう。

>「そりゃ私も最初は避難しましたよ。でも地元の方に『復旧作業に当たる作業員が、段ボールの上に寝ている状態だ』と聞かされてね。今、頑張っている人を応援しないといけない、と決心しました。それに、うちはもともと東電のおかげで賑わってきましたから」

>再開するとはいえ従業員も足りず、食料の調達にも限りがある。十分なサービスが提供できない。水道も止まっていた。救いは先代が掘った井戸があるので、風呂を沸かせることだった。

>宿に泊まる作業員たちは、「おおッ、ここは水が出る。お風呂は天国だなァ」と口々に喜んだ。その顔を見て女将は戻ってきてよかったと思ったという。

>※週刊ポスト2011年5月6日・13日号


最前線で、がんばっている作業員、捜索員の方々、非常な環境の中で賢明に作業をしている姿に頭がさがります。いろいろな方々は、原発の収束にがんばっていることこを知り、今日はこの記事を紹介します。

素晴らしい決意と行動と思います。
全国の方々が、作業員のがんばりを応援しているはずです。
女将さんの決断に感謝を申し上げたくなりました。
ありがとうございます。


  

Posted by ノグチ(noguchi) at 01:42Comments(0)東日本大震災

研究者の間で、1200年前の同じエリア・同規模の津波が話題に

2011年04月25日

地震研究者の間で、1200年前の同じエリア・同規模の津波が話題に

 今日は、熊本大学大学院の物理学者に、東北沖地震のことを聞きに出かけた。

 研究室に入るなり、「津波の被害がテレビ報道であるが、建物の被害はどうでした?」と聞かれた。状況を説明すると、「やはりそうか」と感想を述べ、それから約30分間東日本大震災の原因となるプレート、断層の説明から、東北沖の地震サイクル、これから起こる地震エリア、復興の考え方等々。

 教授は、岩盤内の磁場の研究者で、磁場から自然界災害もよく分かるそうで、熊本で地震があると必ずテレビで解説をする人です。

 また津波被害、歴史(サイクル)にも詳しく、最近研究者の間で、1200年前の同じエリアで同規模の津波が話題になっていた、「後10年もすれば、津波防災が進んだと思う」と紹介された。

 また約7千年前に、沖縄諸島の喜界島の火山が大噴火を起こし、その火山灰は九州を遙かに越え、関西にも降った。その噴煙は世界中に広がり、年間の平均気温が下げたということだった。

 防災対策をどこまでやるか、考える時期とも語られた。明日の熊本市での現地活動報告会に参加されます。

・明日の現地活動報告会
 日時 2011年4月26日19時~
 場所 熊本市下通・銀座通り、
   (株)ウルトラハウス2F(3号線側、パスート駐車場左隣
 問合わせ先 東日本大震災・熊本支援チーム
  http://www.kumamoto-team.net/ のメールアドレスまで

実は、今夜も東日本大震災の被害状況と復旧活動のことを友人たちの会で話します。多くの方々が、本当に心配をしているし、「何かしたい!」の思いがあるのだなと思います。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 17:53Comments(0)東日本大震災

中国語を聞きながらの昼食会、支援大地震からの教訓と支援活動

2011年04月23日

中国語を聞きながらの昼食会、支援大地震からの教訓と支援活動

・熊本市の市街地は、統一地方選挙で賑やか
 午前中は、半年の議員活動の校正し、印刷所へ持って行きました。現在は統一地方選挙中で、熊本市は賑やかでした。また、熊本交通センターでは、「アースウィークくまもと」のイベントがあっていて、久々に会えた先生もいたり、土曜日に熊本の市街地へ出かけると出会いがあるものです。

・中国語を聞きながらの昼食
 今日は、アースウィークくまもとに参加するのではなく、昨日出会った中国の留学生(湖南省出身)と、私の熊本の友人(四川省出身)と一緒に食事をすることでした。私は、中国語が全くわかりませんので、気を使って日本語で語っていましたが、話題が複雑になるとさすがに中国が便利なのか、真剣に語っていました。

・中国貿易を支援する友人
 私の友人は、現在は中国と日本の企業連携や貿易支援をやっています。これまで最大の企業誘致は、故郷にトヨタ自動車の子会社(合弁会社)の提携に関わり、1990年代の前半に実現させました。その自動車産業誘致で、それ以後ヨーロッパの企業も入って来たと話をしてくれました。

・支援大地震からの教訓、支援活動
 四川省は、数年前に大きな地震で、大変な被害を受けたので、今回の東北の地震被害を見て、いてもたってもいられない思いを持った。震災直後に友人たちと義援金を集め寄付をした。年齢から現地のボランティア活動には参加できないので、自分の出来ることをしていると語っていました。在日の中国系の方々もたくさん寄付していることも教えてくれました。
 中国から来た留学生は、流ちょうな日本語を話していましたが、震災の使い慣れない言葉には、難しいかったようで、何度か聞き直してくれました。テレビ報道の中で、専門用語がたくさん出ていましたが、日本人でも難しい言葉・用語もあるので、海外の方にもわかりやすくするにには、他に説明する方法を考えることも必要と思いました。
 昼食後、ちょっとお話をして分かれました。その後、二人でいろいろ議論をされたと思います。後日の結果報告が楽しみです。

・素人演芸会の寸劇(踊り)練習
 さて、3時過ぎから、素人演芸会に出るために、寸劇(踊り)の練習をしました。曲は「旅姿三人男」で、私は清水の次郎長一家の一人を担当します。約2分程度の出番ですが、なかなか難しいので、うまい人の真似をして踊り、笑いをとる役になりました。さすがに切られ役ではないので、最後まで舞台にいることかできます。
 昨年暮れに、チャリティー演芸会で、先輩のピンチヒッターで出たのが受けたのか、再度の呼び出しがかかり、「打ち合わせと、少し練習をするばい」と先輩から連絡があり、振り付けをまねる練習をしました。帰りには、蒸しご飯のお土産ももらい、夕食でおいしく食べました。
 5月29日の午後、熊本県宇城市小川町の文化センターであります。入場料は必要ですが、約30組の歌や踊り、最後は美空ひばりに映画も見れます。年配の方には、たまらない企画で、前回は400名を越える方が鑑賞されました。お近くの方は、ぜひ足をお運びください。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 20:30マイライフ

半年の活動報告のまとめに1日半かかりました。

2011年04月22日

半年の活動報告のまとめに1日半かかりました。

 おはようございます。約1日半、ネットへの書き込みは休止状態でした。

・議員活動報告 第1号
 私の議員活動の報告をGW前に地域へ配布をしようと思い立ち、一昨日の夜から約半年の活動の整理をし、A3用紙2ページの「野口修一の議員活動報告 第1号」をまとめました。

<1面>
私の行動理念、行動目標、市民活動が半面、12月議会、3月議会の質問内容が半面。

<2面>
政務調査活動で行った、大分県宇佐市で開催された、「第3回九州グリーンツーリズムシンポジウム」に1泊2日研修。佐賀県嬉野市で開催された「第5回ユニバーサルデザイン大会」に1日研修。愛媛県今治市に給食で地産地消日本一の調査、東温市の常設劇場「ぼっちゃん劇場」の地域連携の文化・芸術振興の調査。4月5日から4日間回った「東日本大震災」の被災地状況・復旧活動の調査。

 などをまとめて、明日印刷に出し、26日から地域を1軒、1軒回り配布をします。議員活動は日々勉強で手探り状態で、資料を配付しながら、人と語り、考え、それを実行できるよう努力したいと思います。

 「野口修一の議員活動報告 第1号」関心のある方は、送付しますのでご連絡をください。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 09:26Comments(0)マイライフ

Skaypeでアメリカとの通話は電話より良く聞こえた

2011年04月20日

Skaypeでアメリカとの通話は電話より良く聞こえた

 Skaypeとはすごいものですね。さっきアメリカの娘と話をはじめてしました。声もはっきり聞こえ、それも無料の通話に感謝です。

 昨年、熊本市と国立市、札幌市で同時に会議ををしたのですが、途切れ途切れで聞きにくかったですが、知人のアドバイスで、「マイクとヘッドホンを使うと良く聞こえる」とのこと、急に娘からコールが来て、慌てて準備しました。ホント、すぐ近くに居るようで、便利な世の中になったものだと思います。

 今日は、音声だけですが、文字を使いながらもできるようで、使い方を考えると色々面白いことができるなと思いました。少しわが家も、世の進展に付いて行っているかなと思いました。これから、定期的な連絡が来そうです。

 今日の出来事の報告でした。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 18:17Comments(0)マイライフ

(西郷隆盛)欲望、怒り、愚痴の三毒を抑える。

2011年04月20日

(西郷隆盛)欲望、怒り、愚痴の三毒を抑える。

今日は、晴天の熊本です。

(西郷隆盛遺訓から)欲望、怒り、愚痴の三毒を抑える

 1.誰にも負けない努力を日々続ける。
 2.謙虚にして驕らず。
 3.反省のある毎日を送る。
 4.生きていることを感謝する。
 5.善行、利他行を積む。
 6.感覚・感性を伴うような悩み、心配事はしない。


(松尾芭蕉)「夏草や兵どもの夢の跡」 

 松尾芭蕉は、「不易」「流行」を弟子たちに教えた。変わらない人の生業と、時代に合わせる生活。
 原爆の後「広島には草も生えない」と言われたが、半年後には草が生えた。一瞬に消えた広島・長崎の街、人々の尽力で、65年の時を越え今が在る。
 東電と福島の方々の軋轢、先の見えない不安、全ての怨念を無くすことはできないが、良き方向を目指す解決であることを願う。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 12:46Comments(0)名言・スピーチ・訓示・他

先端情報ツール、物作りの基本、日本に感動

2011年04月19日

先端情報ツール、物作りの基本、日本に感動

・今朝は、スカイプ??、ちょっとPCと格闘
 午前中は、PCとにらめっこしながら、スカイプをダウンロードし、少しスカイプのことを勉強しました。スカイプのアカウントは「noguchi.shuichi.kumamoto」と、ちょっと長いものになりました。noguchi.shuichiは、既に使われていたので、地域名も加えました。まだ使い方が良く分かりません。遠路の会話に便利と、子どもから勧められました。少しづつ使いながら勉強してみます。

・他のメーカーのことも知る営業マン
 家を立てて15年にもなると住宅機器に不都合が出てきます。午後は、キッチンのガスコンロの火元の鋳鉄製の吹き出し口の交換部品探しでした。私は建築士ですが、器具の小さな部品はととんと分からない。最初に訪ねたのが大手のリンナイ熊本営業所で、たまたま所長が居られて、「15年前くらいまで、ナショナルもガス器具を作ってた」と教えてもらい、器具番号の末尾Nの意味が判明した。

・日本の製造業に、感動
 電気温水器がナショナルで、温水器の減圧弁も交換なので、ナショナルサービスを訪ね、15年前のガス器具の資料を出してもらい、部品が見つかりました。器具自体の取り替えかと思っていたのですが、まだまだ日本の製造業のメンテナンス力はしっかりしています。日本の製造業に、感動しました。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 22:21Comments(0)マイライフ

昨日は大牟田市、龍馬会「一期一会」で東北の津波被災地状況報告

2011年04月18日

昨日は大牟田市、龍馬会「一期一会」で東北の津波被災地の状況を報告

今日は、薄曇りです。

 今日の熊本日日新聞に、陸前高田市の花見のことが出ていた。消防団だった自分の息子を津波で無くした老父が、地域に呼びかけた。今朝のニュースでも紹介され、「一歩一歩復興へ向けて進もう」の言葉は、厳しいがこの地で生きて行く気持ちが伝わって来た。3月24日から1週間、陸前高田市で活動した熊本のボランティアにも案内があり参加した。

 昨日は、大牟田市で荒尾の龍馬会「一期一会」の定例会に参加し、東北の津波被災地の状況を報告した。
 会の前に大牟田市立図書館で、以前から興味があった「三池争議」と「炭塵爆発事故」を調べた。

(三池争議)
 昭和34年~昭和35年、次第にエネルギー源は石炭から石油へと変化し、石炭需要が落ち込みを見せ始めていたことから、三井鉱山は経営合理化のために希望退職を募った。3464人に退職を勧告し、それに従わない2700人を指名解雇した。 指名解雇に反対し、ストライキに突入した。ストライキは113日間に及び、ついに会社側は指名解雇を撤回、労働者側の勝利に終わった。

(炭塵爆発)
 昭和38年11月9日、三井鉱山三池鉱業所三川鉱で炭塵爆発が起きた。死者458名、CO中毒患者839名を出した。一種の神話「三川鉱では、事故は起きない?」からか、保安・安全体制が薄く、さらに人員削減から、炭車が暴走し、その火花が空中の炭塵に引火し、大爆発を起こした。

 昨日は、大牟田駅から次の駅間にある商店街を歩いた。世界一の出炭量を誇った街の風情が、だいぶ変わった気がしました。昨秋から3月にかけて、大牟田市吉野公民館で「龍馬と政治」というテーマで、講話をやった。市民と意見を交わす中で、高齢化の話題が多かった。
 石炭で隆盛を極めた町は、高齢化が急速に進み、昨日始まった大牟田市議選挙で、候補者たちは福祉の充実を訴えていた。
 九州新幹線の開通で、鹿児島本線の特急が激減し、昨夜は普通列車で熊本駅まで来て、三角線を乗り継ぎ帰宅した。産業の変化で、地域は大きく変わると思います。

 東北の震災、福島の原発事故、復興への道のりが大変と思いますが、住民が力を合わせ、全国の人々をつながり、新しいまちづくりが進むことを願っています。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 09:28マイライフ

有事では最前線に居を構え、指示をする姿勢が必要

2011年04月17日

有事では最前線に居を構え、指示をする姿勢が必要

コメントに、返事ができずにいました。

3月16日夜に始まった、東日本大震災・熊本支援チームの活動は、アッと言う間に1月が過ぎていました。日記にコメント頂き、読む暇もなく、返事もできずにすみませんでした。さらに、私自身も4月5日~8日まで、被災地状況の検証したり、ボランティア活動の様子を見たり、事務局として見ることが必用と思いで、4日間強行スケジュールで行ってきました。

もっと長く居たが良いにですが、高齢の父が居る家庭ですので、それが精一杯でした。その代わりに熊本で支援するボランティア60名に現地に状況を知らせ、何が必要か、何が熊本からできるのかを考えて、活動を続けれるようにして行きたいと思っています。

国会の論争は、被災地の状況を反映していない気がします。
確かに、想定外の有事ではあり、総理大臣の対応のまずさもあり、政権責任の追及は必要でしょうが、それが今必要(交代)かは、現地の早急の対処を考えると、時期が違うと思います。国難に対処する挙国一致体制が必用と思います。退陣は、目処が立った後で十分できます。

津波被害にあった地域の国会議員は、率先垂範で復興作業の陣頭指揮を取って欲しいと願います。政治は、永田町でやるのではなく、現場で行動しながら考え、実行することが必用と思います。

西郷南州遺訓を解説した、稲盛和夫氏の著書「人生の王道」に、次の訓示がありました。

「人の上に立つリーダーは 私利私欲を捨てて正道を歩め」

「後方で作戦を練るよりも 最前線で戦う」

明治維新を指導した明治の元勲の言葉は、有事のリーダーの言動を示唆しています。

民主党であれ、自民党であれ、まずは被災地の状況を常に知り、被災者の要望を把握し、どう対応するかやはり、最前線に居を構え、指示をする姿勢が今必要と思います。

  

Posted by ノグチ(noguchi) at 09:06Comments(0)東日本大震災

(私案)再生可能エネルギーを使ったスマートグリッド電力計画

2011年04月16日

(私案)再生可能エネルギーを使ったスマートグリッド電力計画

 これは、あるエネルギー関連のメーリングリストで質疑が出たのに対して、解答をした、次世代エネルギー構想の私案です。幼稚な科学知識を駆使し、このような再生可能エネルギーシステムができるを、原子力、化石燃料発電を使わないで、次世代社会を維持することができと思っています。以下は、質問に対して答えた私の構想です。

<以下、メール転載>2011/04/12 (火) 18:08発信

Sさま

 初めてメッセージを致します。私は、熊本で市民活動をしている野口修一といいます。
今回の震災で、「東日本大震災・熊本支援チーム」30~40代60名のグループの事務局担当です。

>Re:【転送・要望願】福島第一原発の放射性物質の拡散防止に向けての提案 (英文抄訳)

MLを配信してもらっています。

 熊本支援チームは、3月23日、4月4日の2度、支援物資輸送(約30t)と8人のボランティアが現地で活動しました。4月4日の物資の送り先確認と、被災状況、ボランティアの活動の検証に、福島県北部、宮城県、岩手県南部に出向きました。
 中でも、南相馬市の20km圏境界まで6号線を南下しました。朝の7時頃だったですが、人も車も居ない風景は異様に感じました。放射能の無い生活にいつ戻れるのか、苛立つばかりでした。バリケードから先は、警察の車両が居て行けませんでした。 

>MLでご報告いただいた高円寺の7000人以上デモが報じられないことも大変問題だと思います。NHKにきちんと抗議していけば、報道も変わって行くのではないでしょうか?

 国営放送もですが、民放もニュース報道にフィルターが掛かっていると思います。
 現地で頑張っている作業員、自衛隊、警察、ボランチィアの真剣な姿をもっと国民に知らせ続けることが必要と思います。

>震災後日々余震が続いて原子力での作業にも支障が及びそうで心配ですが、皆様から原子力のない社会の具体的な青写真を積極的にご提案願います。

 上記に関して、素人ではありますが、こんな夢を持っています。

 発電所と電線会社に分離し、原子力発電、化石燃料系発電を止め、再生可能なエネルギー(水力、風力、地熱、太陽光、潮力、バイオマス、等)を充実させ、自然エネルギーの不安定な条件を、駐車している電気自動車のバッテリーに蓄え、街中の電力が落ちそうな時(曇り、雨、夜など)には、光通信網を使い5万人~15万人規模のエリアを集中制御で、電力を車のバッテリーから必要な電力を引き出す仕組み(スマートグリッド)を早く作ることが必要と思います。

 例えば、九州は西海岸沿いの風力発電立てると全電力をまかなうと言われています。ただ、自然は気まぐれですので、太陽光発電や地熱発電、マイクロ水力発電などをミックスし、電気自動車のバッテリーに蓄え、街に電気が少なくなると、集中制御されたスマートメーター(賢い電力計)で、電気を引き出せば電力不足を補うという仕組みです。これには、市民の節電と省エネ技術の発達が条件付きですが、十分可能な仕組みです。
 
 スマートグリッドの小さな実験が、アメリカの小都市や八戸市で進められています。
 地下資源系発電から再生可能エネルギー発電の移行期、電気自動車への転換期の一時期は、快適な電力事情は得れないかもしれませんが、原子力事故も、地球温暖化の心配もない社会になる夢が有れば、人々は協力すると思います。

 日本社会が、そんな未来を画けると良いなと思っています。まだまだ幼稚な発送の電力構想ですが、電気エネルギーの研究者から、「十分可能な技術が、既に日本にある」とも聞きています。そんな未来が、20年後日本にできれば、世界から原子力発電の多くが無くなると考えています。

>このままの力関係では、「被害はあったけれども、原子力を安全に管理するための体験になった」で終わってしまいかねません。
>原子力の被曝を逃れて避難している人たちにとっても、新しい形が見えれば、つらくとも生き抜いていく支えに出来ると思います。

 また世界が平和になり、世界の電線網がつながり、昼の国から、夜の国へ電気が送れる(ジェネシス(GENESIS)計画:Global Energy Network Equippet with Solar Celles and international Superconductor Grids)ようになることを願っています。この構想は、三洋電機の元社長の桑野幸徳氏が20年前に発表した研究論文から知りました。
 アフリカの砂漠に巨大な太陽光発電設備を作り、インド洋の海岸に風力発電の立て、電話線網のように世界中へ配電するようになると良いですね。

<桑野幸徳>
 http://spysee.jp/%E6%A1%91%E9%87%8E%E5%B9%B8%E5%BE%B3/1134288/
<ジェネシス(GENESIS)計画>
http://panasonic.co.jp/sanyo/eep/offer/download/pdf/p14.pdf#search='ジェネシス(GENESIS)計画'

 これは私の考えですが、営利企業の電力会社を解体し、発電会社と配電会社、電線網維持会社などに分け、電気(地域電力)のコントロールは、自治体(自治体連合)等がやると良いのでと考えています。

 突然のメールに驚かれた思います。5月上旬に日本のエネルギー政策を転換させるために本が、多く出る予定だそうです。ぜひ読んでみてください。

東日本大震災・熊本支援チーム
事務局長 野口修一
http://www.kumamoto-team.net/

*お恥ずかしいですが、野口修一で検索頂くと、色々出てきます。

<以上、メール転載>


 この考えに、色々ご意見をいただければ幸いです。よろしくお願いします。
 それと、私のような素人が考える構想ではなくて、ぜひ科学者には、安心して住める日本社会を支えるエネルギーシステムを、早急に構想し、世界へ発表して欲しいと願いします。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 22:54Comments(0)東日本大震災

被災地へ心温まる支援物資、今後の報道姿勢が問われる

2011年04月16日

被災地へ心温まる支援物資、今後の報道姿勢が問われる

 昨日の夜、友人が素敵な思いの詰まった、東北への支援物資を持って来てくれました。心をいやす本と、言葉を書き込んだ作業用の軍手です。仕事は学習塾をされているのですが、通っている子どもたちや保護者が軍手に一言、一言書いたとのことです。
 持って来てくれた方は、地元の教育委員や児童民生員もやっている方で、被災地の厳しい状況にある子どもたちに何かしたいと「できることしかできませんが」と、塾が終わった後、私の自宅まで持って来てくれました。ありがたいと思います。

・ここ2日間、新聞、ラジオの取材
 実は、ここ2日間、新聞、ラジオの取材を受けました。若者が中心になって活動をするNGOである「東日本大震災・熊本支援チーム」を取り上げたいとの要望からです。
 一昨日は、地元のFM熊本からで、4月21日午前6時45分からのFM系の全国版で紹介したいと取材を受けました。

・熊本の若者の行動が注目と賛同が
 4月11日の夜に東北へ走った青年2人、同日に熊本で支援物資を呼び掛けた青年、その行動に賛同し集まった若者が30名、4日間で20tの物資と、仕分けに200名を集めたエネルギーには、脱帽でした。すばらしい行動と思います。

・新聞記者、アナウンサーも現地を見るべき
 昨日は、西日本新聞から取材でしたが、九州の新聞社は、東北の現地まで取材に行けないのが現実です。現地で活動し、現地を見て来たの方々のお話を聞き、また市民が主導する現地ボランティアの被災地支援に関心を持っていますとのことでした。
 ラジオ、新聞の取材で記者・アナウンサーと意見を交わす中で、関心が高かったのが、テレビ報道が被災地の状況を流さなくなる時期から、被災地以外の国民が関心が薄れていく。報道で最も大事なことは、国民にいかに関心を持ち続けるようにして行くかではないかと、注文をした。

・復興活動に思いを馳せる
 私たちの熊本支援チームは、支援物資を送ることは最重要なことですが、関わるスタッフやボランティアが、現地へ出向き、現地の人とご縁を作り、交流をして行くことが重要と思っています。被災地の人たちと知ることで、思いが伝わり、互いのことを思いやることから、互いに元気をもらえると思います。「私たちが知っている。私たちを知ってもらっている」。被災地の人たちの復興活動に思いを馳せることが重要と思います。

・東北を元気に、日本を元気する活動に参加したい
 今週末から、スタッフが支援物資配送に使ったトラック(レンタカー)を、東北へ引き取りに4名が行きます。ただ車を取りに行くのでなく、一人は陸前高田の慰労会に参加を兼ねて、一人は石巻市の拠点を置く全国組織のNGOとの今後の支援協力のため、一人は熊本へ来た被災地の中学生たちとの交流も兼ねて、復興には10年とも、20年ともかかると言われます。遠い九州ですが、震災の復旧支援をご縁に、今後、被災地の方々とつながって、東北を元気に、さらには日本を元気する活動に、微力ながら参加したいと思っています。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 08:04Comments(0)東日本大震災

リーダー選択、困った時は一番熱心な人物を

2011年04月15日

リーダー選択、困った時は一番熱心な人物を

 幕末の思想家の横井小楠が、リーダーの資質について説いている。

 「心に逆らうことあるも、人を咎(とが)めむることなかれ、人を咎むれば徳を損ず。那為さんと欲する所有るも心を正(あて)にするなかれ、心を正にすれば事を破る。君子の道は身を修むるに有り」。

 (解説)君子とは、現代のリーダー(経営者)で、自分の心に合わない人物の活用は、リーダーの人格を損ない。自分を過信すると、事業(計画)を失敗する。事業の遂行に大事なのは、日々の言動と研鑽にある、の教示を学んだ。

 日本は、国難とも言える有事(東日本大震災)の中でリーダーたちが、色々な意見を言っている。科学者、評論家、ニュースキャスター、そして政治家、経営者、リーダーの資質の一つに「(逃げない)責任」がある。事件、事故の責任をどう取るかが問われる。

 ある本の一節から、リーダーの資質の解説した部分を抜粋。

 「経営者(リーダー)は熱意だけは人に劣ってはいけない。学問や知識は負けてもよい。熱意に劣る者は経営者にしてはならない。順もあり、簡単にはいかぬときもあるが、誰を経営者にするか困ったとこは一番熱心な人にすればいい。人は動く」

 誰をリーダーに選ぶか、無事(平時)の時から、有事を想定して選択をしておくことが大事と思います。

*参考資料:「男の値打ちは何で決まるか」  

Posted by ノグチ(noguchi) at 07:43Comments(0)名言・スピーチ・訓示・他

被災地を支援する若者たちの姿を 後世に伝えることは大事

2011年04月14日

被災地を支援する若者たちの姿を 後世に伝えることは大事

 4月5日から4日間、東北の被災地を訪問した。福島県相馬市、宮城県仙台市、東松島市、石巻市、岩手県陸前高田市などを視察した。その被害の甚大さは、言葉に尽くせないほど酷いものでした。
 現地へ行くきっかけは、3月16日夜、30名の若者が熊本市に集まり「東日本大震災の被災地を支援したい」思いから県内外へ呼びかけ、仕分け作業に200名のボランティアを集め、3月23日支援物資20tを積込み、8人のボランティアと2tトラック3台も一緒に東北へ出発した。

 熊本のボランティアは、仙台の支援物資集荷場所から、相馬市、石巻市、陸前高田市などへ物資を運び、現地のボランティアと協力して復旧活動をしました。帰って報告を受ける中で、熊本支援チームの事務局として、1度は被災状況と復旧活動を見なければの思いから、3市の他に、宮城県女川町、南三陸町、気仙沼市など、まだやっと仮道路を使って通ることのできる海岸沿いの被災状況を視察し、現地の方と語って来た。

 想定を越える大津波は、2万8千人を越える尊い命を奪った。この支援活動に賛同したのは、1792年に有明海で大津波が発生し、1万5千人を越える死者行方不明者を出した歴史にあります。熊本のボランティアにもこの出来事を知らせました。
 三陸地方は、明治時代にも大津波で約1万5千人が亡くなっています。その時の経験を守り、助かった村もあると知りました。

 相馬市には「松川浦」という干潟景勝地があり、海苔、アサリ、潮干狩り等、有明海に似た風景と貴重な動植物も生息する場所です。200年前に大津波を経験し復興した熊本の青年たちが、東北の被災地を懸命に支援する姿を後世に伝えることは大事と思う。   

Posted by ノグチ(noguchi) at 10:17Comments(0)私の意見

ブラジル移民の父「上塚周平顕彰祭」に感銘

2011年04月13日



ブラジル移民の父「上塚周平顕彰祭」に感銘

 午後は、熊本横井小楠塾の事務局長として、熊本市城南町の火の君センターで開催された城南町出身で、明治41年日本のブラジル移民第1回の笠戸丸に781人を乗せて、神戸港を出港した。このブラジル移民事業を手掛けたリーダーで、現地の責任者だったのが上塚周平です。

 この移民事業は、半国家的な事業として助成を受けて始まったようだが、その仕掛け人は、外務省のブラジル駐在公使の杉村濬(ふかし)氏が、北米移住が閉鎖されたので、ブラジル移民を発案し、高知県佐川町出身の水野龍(りょう)が事業を起こし、東京帝大法学部を卒業した上塚周平が補佐をして実施された。



 第1回の移民船には、水野氏、上塚氏が監督、副監督で同行し、上塚氏はそのままブラジルに残り、生涯をかけて移民した人々の仕事の支援をし続け、ブラジルで亡くなりました。ブラジルのプロミッソン市の共同墓地に眠っています。葬儀には、ブラジル各地から3000名を越える人が参列ししたそうでそう。



・日伯友好通商100年
 上塚周平顕彰祭は今年で第3回で、ブラジル友好通商100周年を機会に、熊本市城南町(旧下益城郡城南町)の有志が既成会を創り、銅像建立と記念祭の開催を準備したとのことです。今回、高知新聞の記者も参加されました。この記者は、学生時代に1年間、ブラジルの日系新聞社で働き、高知へ帰りブラジル友好通商100周年を記念して、水野龍氏を取材した人です。今回は、城南町と佐川町の連絡会締結のためとブラジルの状況を報告に来られました。

 現在のブラジルの日系人の課数は、約150万人だそうで、日経新聞も2紙あるそうです。今年は、ブラジルからの90名の訪日団が来る予定だったそうですが、東日本大震災があったので延期になり、今回は熊本県海外移住家族会の代表が一人参加されていました。

・100年の時を越えて交流が始まる
 偉人の顕彰を通じて、熊本と高知、さらにブラジルの日系社会との交流が始まっていることをとてもうれしく思います。かつて、厳しい日本社会を後にして、夢と希望を持って臨んだブラジル移民は、とても過酷な労働が待っていたと聞きます。しかし、その辛苦を乗り越えた日系人は、確実にブラジル社会に溶け込み、南米の経済大国の一員として頑張っていることを知り、日本の震災の苦境をどうにかして乗り越えなければならないと思います。

 100年前、厳しい環境に挑戦した日本人の魂を感じた、「第3回上塚周平顕彰祭」でした。皆さんも、時間がある時に、ブラジル移民のことを少し勉強してするもの良いと思います。

(追伸)
 なぜ私が上塚周平顕彰祭に参加したか、上塚周平の父が、横井小楠の私塾「四時軒」の塾生で4年間通った。周平の教育に、横井小楠の教示が大きく影響したとお思われると講演でありました。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 19:37Comments(0)偉人

(つながろう日本)今年のGWは、東北に行こう!

2011年04月13日

(つながろう日本)今年のGWは、東北に行こう!

 午前中は、ここ半年の活動の整理と報告書作りです。
 
 昨日は、東日本大震災・熊本支援チームの事務局長として、4月4日~8日の被災地視察及びボランティア活動の状況報告を、宇土市長と宇土市社会福祉協議会の事務局にしました。(福島県)相馬市、宮城県岩沼市、仙台市、東松島市、石巻市、女川町、南三陸町、気仙沼市、(岩手県)陸前高田市を回り、その被害のすごさ、自然の脅威を報告しました。

 話題になったのが、福島第一原発事故と余震が続く現地の厳しさです。レベル7に修正され、世界で報道される中で「風評」の問題が大きくなってきていると思います。東北の農産物の国内風評も問題です。現地の店を回る中で、野菜類の不足が深刻です。確かに、ライフラインが復旧していない地域も多く、新鮮な食材保管が難しいのが現実ですが、健康維持にはやはり多様安食材が必要です。何か良い方法がないかと思います。

 4月7日の深夜に福島県相馬市にいて、最大の余震を体験しました。震度6強は、人生で初めてでしたが、ここ数日、東北では震度6台が頻繁に起き、まだまだ地震エネルギーはおさまっていません。とても心配なことですが、いずれ必ず鎮まって行きます。
 しかし、余震におびえながらも、復興を着実にす進める必要があります。

・GWは、東北に行こう
 報道で言われるようなボランティア受け入れが難しい話題は、全く現地の状況を把握していない報道で、マンパワーはいくらあっても足りない状況です。
 全国知事会が地域(自治体)を担当して支援をすることになりましたが、その活動実態は、罹災届やボランティアの受付業務程度で、直接の復旧活動には関わっていません。
 ゴールデンウィークが近づきます。用はあると思いますが、「今年のGWは、東北に行こう!」の合言葉に、ご縁にある地域へボランティアに出かけましょう。現地の方も、知り合いが来ると元気になると思います。


東日本大震災・熊本支援チーム
http://www.kumamoto-team.net/
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 10:47Comments(0)東日本大震災

震災から1月、(原発事故)政府「レベル7」検討 最も深刻

2011年04月12日

震災から1月、(原発事故)政府「レベル7」検討 最も深刻


■政府「レベル7」検討 最も深刻
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1566456&media_id=2

>内閣府の原子力安全委員会は11日、福島第1原発事故について、発生当初から数時間、1時間当たり最大1万テラベクレル(ベクレルは放射能の強さ。1テラベクレルは1兆ベクレル)の放射性物質を放出していたとの見解を示した。現在は1時間当たり1テラベクレルほどまで落ちているとみている。

>数万テラベクレルは原発事故の深刻度を示す国際原子力事象評価尺度(INES)の最も深刻なレベル7にあたる。今回の事故は数時間の放出でレベル7に相当するため、現在レベル5としている政府は、引き上げの検討に入った。過去に発生したレベル7の事故には86年のチェルノブイリ原発事故がある。

>INESは、程度の低い方から、レベル0~7の8段階に分類している。スリーマイル島原発事故(79年、米国)はレベル5、茨城県東海村で起きたJCO臨界事故(99年)はレベル4とされている。


震災から1月、昨夜はテレビが「震災1ヶ月」の特集番組があった。津波被害のすごさは、先週現地を訪問し、自然の猛威は言葉に尽くせない被害を目の当たりにした。

津波被害の復旧は、各自治たちの努力はもちろんだが、多くのボランティアが現地に入り、細やかな住民ニーズに対応していることを知った。日本人の行動力の素早さを感じる。現地は、個人宅や店舗、事務所の片付けに追われている。現実、泥だ出しや家財の片付けなど、高齢者宅は手つかずのところが多いと聞いた。まだまだボランティアは必要を住民たちが語っている。

今回の地震のもう一つの問題が、日本を暗く不安にしているのが、福島第一原発の事故です。1月が経ってもなかなか終息の目処が立たない。最近フェースブックを始めて、仙台の方と交流をする中で、「この不安を消すような行動が必要な気がします」とあった。

昨日、枝野官房長官が、「20~30km圏内方々にも、避難勧告を出す」意向のことが報じられた。
私は、4月5~8日、福島県相馬市をベースにして、宮城県、岩手県南部の被災地に入っている熊本支援チームのボランティアの活動の激励と、被災地の被害状況を視察に行った。

相馬市の地域リーダーと語る中で、「我々は、相馬を後にしない。ここで復興を懸命に頑張る」と、原発から50km以上離れている南相馬市の北部だが、「相馬」の文字に支援物資のトラックも敬遠している聞きました。

南相馬市の20~30km圏外に送り支援物資は、直接は来ず、一度相馬市の支援物資センターに集め、再度南相馬市へ配送しているそうです。原発の避難勧告地域の支援も同様で、間違った意識を無くすには、政府の正確な広報が必要と思います。

また、昨日、東京電力の社長が福島県庁を訪問したようですが、とても遅い気がします。福島県議会は、対応しなかったようで、後手後手の東電の対応が、ますます国民不信を募っているように思います。

東北からの帰宅途中へ、飛行場へ向かう山手線のホームで、30代のサラリーマンが語っていた。「東電の保養所を避難所に提供していない。政治家ではあるまいし、社長の病気入院とはなんだ」と語気が強かった。

>政府「レベル7」検討

「レベル7」は、チェルノブイリ原発事故と同等になる。ヨーロッパを巻き込んだ大事故は、世界を人々を心配せ、住民の多くに放射能の影響を与え続けている。
兎に角、早く福島原発事故が終息し、以前のような生活ができる状況へ、国はもちろんだが、東京電力の全精力をつぎ込み、福島県、関東・東北域の再生に尽力して欲しいと願います。

  

Posted by ノグチ(noguchi) at 09:05Comments(0)東日本大震災

<被災地状況報告> 宮城県石巻市

2011年04月10日

<被災地状況報告> 宮城県石巻市

 市街地の海岸地域のほぼ全域が津波被害を受け、街路の脇には冠水した家財がうず高く積まれ、ところどころには家財置き場があり、大型ダンプカーの高さまで積み上げれ、排出する車が代わる代わる積み込みをしていました。
 まず、熊本支援チームのボランティアが参加している、石巻専修大学のキャンパスを探し、ウロウロしている間、被害のすごさを見れば見るほど、地震ではなく、津波災害であることをつくづく感じる街の状況です。
 海岸近くは2階まで津波跡があり、中心市街地でも逆さになった車、潰れたトラック、押しつぶされたシャッター、濡れた商品、泥出しを手伝うボランティア、止まった信号機の下で交通整理をする警官と、非常事態そのものの風景でした。

 ボランティアセンターが石巻専修大学にあり、予定より早く着き遅い昼食を食べながら、熊本出身で東京在住の女性ボランティアをグランドで待ちました。泥だらけの長靴を履き、汚れた手袋を持って現れました。第1陣の仕分けと積み込みを手伝ってくれた人です。 

 その女性が、全国的な活動をしているピースボート、め組Japan、などが集まるNPO・NGO団体事務局へ案内してくれました。ここでのきっかけは、熊本支援チームの一人が、数年前「ピースボート」に乗船し、女性ボランティアと知り合いで、「熊本支援チームとの縁をつないで欲しい」と、要請もありゆっくり話すために寄りしました。「め組Japan」の事務局の女性から、これまでの状況をお話を頂きました。
「3月16日に石巻に入りました。当時の避難所は、着るものなく、体育館に薄いマットを敷いて、毛布なども無く、着の身着のままで寒さ厳しい中で寝ていました。3人のおにぎり1個の状況だった」と語っていました。
「今は、下水道の復旧する目処が立たない。これから暖かくなるので感染症が心配」と対策の必要性とボランティア不足を訴えていました。翌日の朝、石巻専修大学キャンパスは、水道が復旧したが、トイレはまだ使えないので、仮設トイレでした。東京の女性ボランティアは4人で来ていて、6日間居てから帰る予定と語っていました。

 専修大学には、宿泊ボランティアが常時100名を越え、毎朝新しいボランティアが到着していました。企業からの派遣や他県の社会福祉団体等の車もありました。

 別グランドに、自衛隊が約2000名近く方が、キャンプを張り、復旧活動を続けていました。自衛隊の機動力と努力には、頭が下がる思いです。災害には、自衛たくなくして復旧はできないと思いました。

 翌朝、行くように勧められた女川町に向かうため、NPO・NGO団体事務局に再度行き、道路事情を聞きました。ただ、事務局も女川町以北へ行ったことがないが、多分行けると思うと語ったので、行くことを決めました。

(写真掲載)http://noguchi-shuichi.at.webry.info/
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 13:54Comments(0)東日本大震災