ごみの不法投棄、はじまりはタバコの吸い殻のポイ捨てから!〜熊日『読者ひろば』〜

2022年04月29日



ごみの不法投棄、はじまりはタバコの吸い殻のポイ捨てから!〜熊日『読者ひろば』〜

私は、地元小学校前で朝の登校指導をしていますが、毎日立つ場所まで歩くのに気づくのが、車から捨てられたタバコの吸い殻です。

"ここ小学校前だよね、大人の醜態がタバコの吸い殻のポイ捨て"

毎日、毎日、"やめてほしい"です。

妻が、今日の投稿文を読み、怒ってました。通勤中にも、前の車のポイ捨てを見るそうです。

我が家の山林近くの林道には、冷蔵庫、洗濯機、整理ダンス、布団、等々が1ヶ所でなく、バラバラに捨てられている。ほんと故意に捨てられている証拠です。

日本のモラルが問われています。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 06:05Comments(0)まちづくりモラル・マナー

相手の身になって考える能力は<人間社会だけに存在するものらしい>〜40年前のSF映画『プレードランナー』〜

2022年04月29日



相手の身になって考える能力は<人間社会だけに存在するものらしい>〜40年前のSF映画『プレードランナー』〜

ここ数日、太平洋戦争のことを、ウクライナ戦争の発言者たちが語るようになった。

真珠湾奇襲攻撃

原爆投下

では、太平洋戦争は、どこから始まったのか?

大航海時代から続く、殖民地支配の歴史から、領土拡大の戦争が何度も起きた。第二世界大戦後、各地で独立運動(紛争)も起こった。

太平洋戦争が終結した時、もう国同士の戦争は無いと思っていたが、実際には、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争、アフガン紛争、コソボ紛争、チェチェン紛争、アフリカでも未だに戦火が消えることがない。

人間の愚かさが、そこには見えて来る。

本日の熊日コラム『新生面』に、40年前のSF映画を通して、現在のウクライナ戦争について書かれていました。

最後の部分を転載すると、

(以下、『新生面』より)

『アンドロイドは!』に戻れば、著者のディック氏は、人間とは何かという問いに「親切であること」と答えた、と訳者のあとがきにある。どんな姿をしていようと、どこの星で生まれようと、親切な存在はすべて「人間」であると。誰もが人間であれば、と夢想する。
(以上、本日の熊日コラム『新生面』より)

企業倫理にも、「親切、丁寧」の言葉をよく耳にする。

SF映画『プレードランナー』のアンドロイドの原作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の中に、以下のことで人間を表現しているとありました。

(以下、熊日から転載)

人間そっくりのアンドロイドを見分けるために共感力を調べる場面がある。アンドロイドはパスできず、相手の身になって考える能力は<人間社会だけに存在するものらしい>と主人公は思う。
(以上、『新生面』より)

21世紀は"共感の時代"と語った人が多くいました。

共感とは、ある意味相手を思いやることですが、戦争になると、自らの命を守る、自らの主張が正義、自らの目的達成まで、相手は全て悪となります。

だから戦争は始めてはいけない。

本日の熊日『新生面』は、国連の役割りが大きな意味を持つ、と訴えているように感じました。

人間の"共感力"は、今回のウクライナ戦争で通用するのか?

民間人の安全避難の要求を申し出た国連の動きに期待しつつも、平和を願う宗教家たちの活動にも期待したい。

とにかく、早い停戦と和平の話し合いを始めてほしいと願っています。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 06:04Comments(0)国際関係平和未来社会

<言論の自由>奢れるものは久しからず。満つれば欠ける。覆水盆に返らず。〜諺から〜

2022年04月26日

<言論の自由>奢れるものは久しからず。満つれば欠ける。覆水盆に返らず。〜諺から〜

(少々長文です。お時間ある時にお読みください。)

アメリカの企業評価、世界売上げ高トップ500社「フォーチュン500」に30年ランクインするの会社は、ほんの一握りしかいない。

日本のバブル経済時代、フォーチュン500のベストテンに何社も入った日本の銀行だったが、今はランクインしていない。

フォーチュン500に何十年もランクインしている企業は、時代に合わせて脱皮(業態変化)して生き残って来ている。

日本は、バブル経済が終わってからの20年を、"失われた20年"との評価する人も多い。まさに世界のトップに位置した日本企業が、フォーチュン500の下位になってしまった。

今朝の読書で、『菜根譚』に以下の言葉がありました。

満ちれば欠ける道理(菜根譚前集No.203)

【現代語訳】
 富貴や権力が最高に達した人は、水が器から今まさにあふれようとしてあふれずにいるようなものである。それ以上に一滴を加えることをひたすら嫌い避ける。
 さし迫った危険な位置にいる人は、木が今にも折れようとして折れずにいるようなものである。それ以上に一押しさえ加えることをひたすら嫌い避ける。
(以上、菜根譚から)

パンパンに張り膨らんだ風船には小さな針のひと刺し、コップ溜まった水が表面張力でやっとあふれずにいる状況に小さな水滴一つ落とす、で形成がカラッと変わる。

人も頂点に居続けるには、常に緊張し、変化し続けなければ、その地位を維持できない。まさに24時間爪先立ちの状況だと思います。

トップにいる人は、"いつかは終わる"を意識して、下降に転じた後の対応を準備することを忘れてはいけない。

ところが人間は、トップから陥落することを想像することを知らない。ウクライナ侵攻を決断した、現代のロシア皇帝のプーチン大統領の目論みは、大きく誤算だったことが、露呈しつつある。

菜根譚の訓示だけでなく、

奢れるものは久しからず。
満つれば欠ける。
覆水盆に返らず。

トップに位置する人への訓示は、世界に数えきれないほど有る。ウクライナ戦争は、ベトナム化しつつある。まさに東西冷戦時代の東西大国の"代理戦争"と化している。

プーチン大統領は、侵攻して4日後に勝利宣言する「勝利宣言原稿」が記されていたことが、SNSでリークされた。

トップに君臨し続けて、見えて(聴こえて)いない部分が増えていたのではないか?

自らの地位を保つための政治を四半世紀近くやっていては、次期リーダーの育成はできない。出てこれない。国も企業も、多様な人材がどんどん出てくるようでないと、発展につながらない。

一時西側諸国に近づきつつあったロシアだが、新しいリーダーの登場を出やすくしないと、北朝鮮のように軍事国家的な動きしかできなくなると危惧します。

やはり言論の自由は大事だなぁ、とつくづく思います。しかし身勝手な発言・発信はいけない、地域社会がより良くなるように謙虚な発言でなければならない、と思います。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 06:07Comments(0)国際関係政治問題(国)未来社会

<後遺症、半年以上も>新型コロナウィルスの累計感染者数、熊本は全国19番目。

2022年04月23日



<後遺症、半年以上も>新型コロナウィルスの累計感染者数、熊本は全国19番目。

無症状でも残る後遺症とは、

脱毛 24%

呼吸苦 11%

嗅覚障害 10%

だるさ 10%

せき  6%

味覚障害 2%

先週、九州のコロナ特集番組で、

高校1年の女子生徒は、感染して入学式にも出れず、その後の後遺症は、だるさ、倦怠感が半年以上も続き、結局、学校を辞めることになった。

もう一人は、飲食店の調理担当で、味覚障害の後遺症で、香りと味の一部がわからない症状で、現場復帰は難しい、と語っていました。

若い世代は、無症状も多いと聞きます。若い世代、小中学生の子どもにも、6つの後遺症がたくさんいるのではと、心配します。特に小さい子は、自分の状態をうまく伝えられないこともあるので、保護者の注意が必要と思います。

やはり感染防止は、必要だなあ、と後遺症の特番やデータから思いました。来週からゴールデンウィーク、人混みの中にいることもあるので、感染対策をしつつ、楽しまなければと思います。


  

人間は晩年が大事、人生が終わってからどう評価されるか問われる。〜人の評価は棺桶の蓋が閉まってから〜

2022年04月20日

人間は晩年が大事、退職後の生活をどう過ごすかに、人生が終わってからどう評価されるか問われる。〜人の評価は棺桶の蓋が閉まってから〜

40代に、社会活動をする中、多くの先輩方から、名言や訓示をいただきました。冒頭の言葉、

「人の評価は棺桶の蓋が閉まってから」

は、熊本の政財界に存在感のあった故永野光哉氏(熊本日日新聞社社長・会長)から聞いた言葉です。

菜根譚に以下の訓示があります。

【現代語訳】
太陽が沈んでしまっても、それでもなお夕映えは美しく輝いている。また、一年がいまや暮れようとしているのに、だいだいやみかんなどの柑橘系は一段と芳しい香りを放っている。だから、人生の晩年に当たって、君子たるものはさらに精神を百倍にも奮い立たせてりっぱに生きるようにすべきである。〜菜根譚・前集No.197〜

晩年の活動は、現職の時期から準備が必要な気がします。私は、32歳で建築事務所を開設しました。市民活動に参加するようなったのは33歳から。自ら企画して人を集める(研修や視察)ことを始めたのは37歳からでした。

ウォーキングは、ちょうど10年前の8月から、54歳でした。以来、ずっと歩き続けてきました。今朝も10キロウォークをやり、朝風呂を終わったところです。

>人の価値は棺桶の蓋が閉まってから

現代の晩年はいつからか?は不明ですが、これまで続けてきたことを、さらに継続して、興味あることにチャレンジしていけたらと、朝の読書で思いました。  

<熊本県ベトナム人協会発足>必要な時期と思っていると、みんな考えているな!と嬉しくなりました。

2022年04月19日


<熊本県ベトナム人協会発足>必要な時期と思っていると、みんな考えているな!と嬉しくなりました。在熊のベトナム人の方は6396人が暮らしておられます。実は、地域の皆さんと実習生の交流が必要と思っていて、ベトナム人協会発足は、グッドタイミングだと思います。〜熊日新聞〜  

Posted by ノグチ(noguchi) at 09:55Comments(0)

ダイキン含む除草剤「2•4•5-T剤」を、熊本県内の宇土市を先行して撤去することを、林野庁九州森林管理局が方針を示した。

2022年04月19日



<早期の撤去要望が必要?>全国各地に埋設されているダイキン含む除草剤「2•4•5-T剤」を、熊本県内の宇土市(2055kg)、熊本市(1295kg)、芦北町(180kg)を先行して撤去することを、林野庁九州森林管理局が方針を示した。〜本日の熊日朝刊〜

最初の撤去地として宇土市、さらに熊本市、芦北町も撤去すると本日付けの熊日新聞に記事がありました。地元市議会議員に紹介を受けて、県下で最大の埋設量がある宇土市の山中を埋設場所をやっと探し、現地確認したことを思い出します。

県庁にも出向き、担当とも意見交わしたが、答えは「林野庁(国)の所管のことなので・・・」と、なかなか話は進まなかったことも思い出しました。

やっと地元住民の熱心な撤去要求の活動が実り、重い腰の林野庁(国)が動き出した。

九州森林管理局長は「新しい林業 九州で実践」の見出しで、意見を述べてはいますが、ただ水俣病もそうだが、"やります"と言いつつ、なかなか始まらないのが国のやり方。しっかりと開始の要求を、し続けることが必要と考えています。

林野庁九州管理局長の発言に、今後も注目していきたいと思います。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 09:38Comments(0)社会問題熊本の出来事宇土市

<人のふり見てわがふりなおせ>「常に自己を自己自身厳格に批判して、ひたむきに自己の是正に努力する」〜中村天風語録〜

2022年04月10日

<人のふり見てわがふりなおせ>「常に自己を自己自身厳格に批判して、ひたむきに自己の是正に努力する」〜中村天風語録〜

本日は、昼前から親戚の法事に参加して、夕方から長く続く有志の集まりに参加する。両方の会は、顔馴染み、見慣れた方々だが、コロナ禍からここ2年はなかなか会えなかった。

私の親族は、ここ一年間悲しい別れが続いた。寿命と言えばそうなのだが、縁ある方は"いつも元気"であることを願うばかり、別れることを想像したくないのが心情です。

しかしいつかは別れが来ます。お坊さんの説法ではないですが「今日とも知れず、明日とも知れず」です。

だからこそ、今の自分の姿を自ら検証して、いつ別れてもよい覚悟の心の準備をしているか?

冒頭の言葉は、中村天風語録から引用したものですが、ことわざに「人のふり見てわがふりなおせ」があるが、

これがなぜことわざになるのか?

他人の言葉や行為をやたら批判する人というものは、人のふりにわがふりを正しく照合して、わがふりを是正しようとはしないで、ただ批判するだけなのである。

耳の痛い話しです。

中村天風氏は、

「他人のアラや欠点を詮索することを止めて、自分のアラや欠点のほうも詮索することである」

善の教えに、

「ときどき払拭して塵埃を止まらしむるなかれ」

【意味】
他人のことはすぐわかるが、自分のことはなかなかそう容易にわかりがたいものだ。

しかし、人生向上には、自己省察が必要である。これら理解するものは、他人のことに干渉する批判という無用を行わずに、常に自己を自己自身厳格に批判して、ひたむきに自己の是正に努力することと、中村天風氏が説いている。

「人のふり見てわがふりなおせ」

のことわざには、とても深い人生の訓示が含まれていると思います。

*参考資料:中村天風著『ほんとうの心の力』  

Posted by ノグチ(noguchi) at 10:27Comments(0)名言・スピーチ・訓示・他偉人哲学、人生

「絶頂期の用心」桜シーズンに思う、ここ2年半の生活の変化、コロナ禍、ウクライナ戦争、等々。

2022年04月03日

「絶頂期の用心」桜シーズンに思う、ここ2年半の生活の変化、コロナ禍、ウクライナ戦争、等々。

昨日、ほんと久しぶりに妹夫婦と花見バーベキューを(4人)自宅で行いました。実は、前日に同級生の和食店に「寿司盛り」を依頼する電話をすると、「夜なら受けれるが、昼食時間は無理、ごめん」との返事でした。宴席が入り、花見弁当の注文が来ていたようです。2年できなかった花見を、蔓延防止重点措置解除から、"みんな同じことを考えるのか"と思いました。

3年前の桜シーズンに新聞に投稿した文は、中国から、韓国からの観光客が、宇土市の立岡自然公園の桜を見物に来ている話題でした。ここ2年の桜シーズンは、全く風景が変わりました。各地の桜祭りも無く、観光客の姿はありません。

しかし、今年は、感染防止に気をつけながら、地元の住民が桜並木を散策する風景が帰ってきたと思います。3年前には無かったマスク姿で桜を見て回るのは、やはり"変わったな!"と思います。

3年前の日本は、海外からの観光客をあてにした投資が、どんどん行われていました。インバウンド観光のバブル時代のような時期でした。ところが、年末に中国から発した新型コロナウィルスの感染拡大は、世界の生活と経済を一変させました。

歴史を学ぶと、このような天変地異は、何度も有ったことを知ります。日本のバブル経済が弾けた(倒壊)ことを思うと、バブル経済であれ、コロナ禍であれ、頂上の時期には用心することが必要だなぁ、と思います。

『菜根譚』前集No.185の訓示があります。

「富貴の地に処(お)りては、貧賤の痛癢を知らんことを要し、少壮の時に当りては、須(すべか)らく衰老の辛酸を念(おも)うべし」

【訳文】
富貴の身分にある時は、貧賤の逆境にある人の苦痛を知ることが必要であるし、若くて肉体的にもさかんな時には、年老いて衰えた人のつらさを忘れないようにすべきてある。
(以上、『菜根譚』より)

新型コロナウィルス感染拡大は、世界の生活を一変させました。日本の感染は、2年前の春から本格的な感染となった。そして今年の春は、冬季オリンピック直後に、ロシアがウクライナに侵攻して、世界を混乱に陥らせている。

まさに天変地異の現代と思います。

調子の良い時(絶頂期)には、なかなかその状況が一変することは考え難い。しかし、激変することはある。

感染症の拡大、戦争、自然災害、等々。

菜根譚の訓示は、「絶頂期の用心」を指摘しているものです。

3年前の日本はインバウンド観光客で、経済が活況を拡大していた。ある意味"絶頂期"だったのかもしれないと振り返ります。

常に"事に備えよ"の言葉を、今日は考えながら過ごしてみたいと思います。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 08:09Comments(0)