人が社会で生きていくには、愛が必要である

2010年03月09日

人が社会で生きていくには、愛が必要である


■虐待動画問題 松阪市、再び介護施設を監査
 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1134503&media_id=88

>この問題は、松阪市の「グループホームカトレア」で、19歳の女性介護士が、トイレの便座に座った90歳代の認知症の女性に対し、鼻をつまむなどした上、その様子を動画で撮影したもの。

わが家も80代の高齢者と同居する家族ですが、このような出来事を耳にすると、先輩を敬う、高齢者を大事して昔から考えると、悲惨な状況になったと思います。

人への虐待は、世代を越えて連鎖するとも聞きます。相手を思いやることは、自分の心を大切にすることと同じと、お坊さんから聞いたことがあります。


仏教にも造詣の深い、作家の五木寛之氏の著書『他力』に、「自分自身すら愛することができないとき」と言うテーマで、書かれたものです。


(本文)

 彼(思想家)は、「愛はナルシズムから始まるのだ」と言います。私たちはナルシズムを自己愛を翻訳しますから、何か自分だけが可愛いというエゴイスティックな愛がナルシズムだと思いがちですけれど、その著者は、「自分を愛せない人間は、他人も愛せない」と言っています。
 さらに、「自分を肯定できない人間は、他人も否定する。自分を愛せない人間は、他人をも嫌い憎悪する」、だから「我々はナルシズムという幼い愛からでも出発し、それを社会的な愛に発展させていくしかない」と語っています。

 この論法を借りますと、自分の生命を希薄に感じる、自分の命の重さが感じられないということは、すなわち他者の生命の尊さも実感できないということです。自殺の増加や、自損や他損の交通事故の多発は、じつは背中合わせであると言えます。
 (以上、「他力」より) 


 自分に降りかかる色々な問題や、出来事をすべて周りの性にして、「愚痴」ばかりを語る人を良く見ます。以外に、その原因は自分にあることに気づかない、気づこうとしない性格が見え隠れします。

 五木氏の言葉ではないですが、

>自分の生命を希薄に感じる、自分の命の重さが感じられないということは、すなわち他者の生命の尊さも実感できないということです。

相手のこと、相手の思い、回りの状況を、多様な視点で検証してみることも必要と思います。社会変化は、一人ひとりの思いの集合体であることを忘れてはいけないと思います。

他人を愛するには、まず自分を肯定する事が、一歩なのかもしれません。

*参考資料:五木寛之著『他力

  

Posted by ノグチ(noguchi) at 11:57Comments(0)他力(TARIKI)

(他力の風)自分以外の何か大きな力が、生き方を支えている

2009年06月25日

(他力の風)自分以外の何か大きな力が、自分の生き方を支えている

 <他力>とは
 目に見えない自分以外の何か大きな力が、自分の生き方を支えているという考え方。

 五木寛之氏の<他力(TARIKI)>の一節に、次のことが書かれていました。

(「他力」、抜粋)
・オリンピックで活躍した女性の言葉
「いや、あのときの演技は、自分がやったのではなく、神か仏か、自分を超えた力が後押ししてくれたとしか感じられなかった。・・」(運動家たちとの飲み会)

・ロス五輪、体操男子で個人総合優勝の具志堅幸治さんの言葉
「いやもう、信じられません。自分がやったとは思えない、神か仏か、そういうものが力を貸してくれた。そうとしか考えられません」と夢中でしゃべっていた(テレビ報道)

・瀬戸内寂聴さんの言葉
「人のいきつくところは、やはり他力という感覚かもしれませんね」

(解説)
 事業を、自分ひとりの力でやったことと考えるのは浅はかなことで、それ以外の目に見えない大きな力が自分の運命にかかわり合いを持っている。
 それは運命論でもなければ、宿命論でもありません。人はそれを知るとき、自己を超えた大きな自由を感じるのです。
(以上、五木寛之氏の「他力(TARIKI)」より)

 自分ひとりの力は、小さなものですが、一人の発言に賛同する人が居れば、大きなムー部になることがあります。

 その年の名言なる評価が、毎年選ばれますが、時代を得た言葉と発した本人の生き方に、人々の思いが重なり、流行語となると考えています。

 「人事を尽くすは、天命なり」

の考え方は、自分を支える色々な人たちの思いが集まり、事を成し遂げることができるという気がします。

(五木氏は、)
 自分以外の他者が、自分という存在を支えていると謙虚に受けとめることが重要なのです。他力とは言葉を替えると、目に見えない大きな宇宙の力と言ってもよく、大きなエネルギーが見えない風のように流れていると感じるのです。(中略)

 この周りに流れているエネルギーを自分に引き寄せるには、謙虚さが必要と先人たちが説いています。「過信」、「驕り」、謙虚さを欠いた態度を現していますが、自分がどう人々から見られているか、人は自分のことを良く観ています。
 故事にも、「一人で居るときこそ、謙虚さを忘れない(独り慎む)」の教示がいくつもあります。その人が歩んできた人生も含め、人の評価とはなかなか厳しいものです。

 今夏は、衆議院の総選挙が確実にありすが、それぞれの党の思惑もありますが、候補者一人ひとりの日頃の行動と謙虚さが、評価されるのだと思います。

*参考資料:五木寛之氏著「他力(TARIKI)」  

Posted by ノグチ(noguchi) at 07:46Comments(0)他力(TARIKI)

医療とは仁術、一人ひとりのクオリティ・オブ・ライフ

2009年06月09日

医療とは仁術、一人ひとりのクオリティ・オブ・ライフ

 従兄弟が、癌のために亡くなった。今年3月までは、一緒に酒を酌み交わしたのですが、その時も「腰が痛くてね」と、こぼしていたくらいだった。病院に検査に行き、始めは通っていたが、「検査入院」を進められ、総合病院でなかったので、他の専門医のクリニックを毎日検査して過した。
 なかなか病因が分からず、大学病院へ転院して調べ始めたら、身体中に癌が転移していたと診断され、ホスピス病院を進められて、転院して1週間持たずに他界した。家族の思いは、現代医療の検査頼りの現実に振り回されたとこぼしている。
 
 五木寛之氏の<他力(TARIKI)>に、「いまの医療について欠けているも」というテーマで書かれたものがあった。

(本文)
「チャリティ」という言葉があります。この語源はフランス語の「シャリテ」です。18世紀のフランス革命後に出てくる言葉で、分け隔てなく人々を癒す、という意味です。(中略)

「人間を診るな。病気を診よ」
でした。病気を診るということは、統計学的な公衆衛生の知識も併用しながら、科学的に対象を分析し、分類することです。人間を診るなということは、その人の社会的身分とか立場とかにまったく関係なく、ひとりの病人として、病気そのものを診る。(中略)
  (以上、「他力」いまの医療について欠けているも)

 近代西洋医学は、病気そのものを治すという情熱を燃やした。それから200年、日本でも西洋医学が定着して久しくなる。しかし、いつの間にか「手術は成功したが、人間が死んだ」といった、病気だけを診て、その人の立場や生活の充実(クオリティ・オブ・ライフ)を診なくなっているように思います。

 今の病院は、まず医師と話す前に、検査、CT、MRI、検査が終わってから、医師との面談になります。確かに、病気を治すのが目的ですが、ホームドクターと語るために来ているお年よりや、子どもの両親がいることを忘れています。

 200年経った欧米を診ると、まだシャリテというキリスト教的なヒューマニズムみたいなものを失っていないと、五木氏は指摘しています。

(本文)
 たとえば、アメリカの病院で入院患者が不眠を訴えたときの話ですが、日本だったらすぐ睡眠導入剤をだすでしょうが、そうではなかったという。婦長さんが「ちょっと下へいきましょう」と言って、一階のロビーの構内で自動販売機で買ったコーヒーを飲みながら世間話などをして、落ち着いたところで、「もうそろそろ寝ましょう」と言って連れ帰ってくれたという話を読んだことがあります。

 西洋近代医学というのは、ひとつの姿勢です。その背後には当然のことながらスピリッツがある。それに対して日本の医療は、「医は仁術(じんじゅつ)」という東洋的な発想が切れているという感じがします。(中略)
  (以上、「他力」いまの医療について欠けているも)

 従兄弟の検査続きで、時間ばかり過ぎた無駄な時間。更に、大学病院での処遇(診断説明書を読んで)、助からないと思って途端、ベッド待ちの患者のために、ホスピスへ追い出すように転院させる姿勢、「医は仁術」の思いやりの心が無くなっているという感じを受けました。

 生命とは、動物的な命と、生活者として社会的な命があると思います。孔子の「仁」の教えには、一人ひとりが生きて来た生活の歴史の上でも「命(魂)」を大事にすることが教示されていると思います。

 「医は仁術」と言わしめた先人たちの思いを、現代医療でも大切にして欲しいと願います。動物的な命は、もちろん大事ですが、生活者としての充実感(クオリティ・オブ・ライフ)も、医療現場に導入して行く事が必要と思います。

*参考資料:五木寛之著「他力

<関連コミュ>
・「他力」五木寛之
 http://mixi.jp/view_community.pl?id=4176735
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 08:48Comments(2)他力(TARIKI)

(出会い・偶然)向こうからやってくるもの<他力>

2009年04月25日

(出会い・偶然)向こうからやってくるもの<他力>

「わがはからいにあらず」

 人との出会いは、不思議なものと思います。もし、その時会わなかったら、今の自分は無い、と思うことが多々あります。また、なんでこんなことが起こるのか、後悔する事もあると思います。

 偶然、幸運は、その人を新しい何かに導きます。その導きをする「力(引力)」とは、どこから来るだろうと思います。よく先輩から、「人生に偶然はない、全て必然である」と、これを自分の少ない経験を振り返っても、何度かその機会を得たことを思い出します。

 五木寛之氏は、その引力による「偶然」を導きを、<他力(TARIKI)>と表現しているのです。「向こうからやってくるもの」というコラムから、一部紹介します。

(以下、「他力(TARIKI)」より抜粋)

自分で決心し、努力してするのではなく、むしろおのずと「大きな力」によって、自然に引きよせられることなのではあるまいか。
「わがはからいにあらず」
という言葉が、そのことを見事に表現しているように思います。

そうせずにはいられない、というところへ人はおのずと引き寄せられるのだ、と考えるのです。

「見えない力」に働きかけられたことになる。
それも「向こう側から」やってくる力かもしれない。

(偶然)そういう機会に出くわしたということが、「見えない光」に照らされたということではないでしょうか。
<自力>から<他力>への大きな転回がここに生れます。
「わがはからいにあらず」
という言葉は、私の頭の奥にいつも響いて消えません。
「なるようにしかならない」
と思い、さらに、
「しかし、おのずと必ずなるべきようになるのだ」
と心の中でうなずきます。
そうすると、不思議な安心感がどこからともなく訪れてくるの感じる。
    (以上、「他力(TARIKI)」)

>わがはからいにあらず

 人は、自分の人生を自分で切り拓くことは、当たりまえのことですが、しかし、まったく独りで生きていくことはできません。周りの人々と関わり、色々迷惑をかけつつ、生きて行かなければなりません。

 それならば、最初から迷惑をかけるものと覚悟し、その影響を与える人々から、自分のために良き情報、よきアドバイスを頂けるような、人との関わり方とはどんなものか。良き人、良き出会いを、導いてくれるようようにするには、やはり自分の行いが大事なように思います。

 徳のある人は、周りに影響を与え、より良き方向へ導くと言います。人が環境をつくる、周りを感化するということですが、この<他力>という引力を頂けるのも、自分自身の日頃の行いの効果ではないかと思います。

 今、テレビを騒がせているタレントの泥酔行動に対す賛否でも、これまでどんな行動をして来たかで、世の反応が違ってきます。

「わがはからいにあらず」

出会い、偶然、幸運は、何かの導きによって、向こうからやって来るものかもしれません。

<草薙事件>
・ネットでは同情殺到「鳩山大臣は言い過ぎ」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=42&id=818094

<関連コミュ>
・「他力(TARIKI)」五木寛之
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4176735


<異業種交流会「春の会」>
 日 時 5月30日19時~21時30分
会 場 熊本交通センターホテル3F会議室
 講 師 明石祥子(NGOェアフトレード熊本 代表)
 演 題 熊本を「フェアトレードシティ」する構想
 講演会 参加費 1,000円
 懇親会 参加費 3,500円
 以上の予定。参加申込み等、詳しくはブログでご案内します。  

Posted by ノグチ(noguchi) at 06:58Comments(2)他力(TARIKI)

「他力本願」こそ生命の真の核心

2009年04月19日

「他力本願」こそ生命の真の核心

■小沢氏が「最高の手」用意=政権交代優先し進退判断-民主・鳩山氏(時事通信社 - 04月18日 23:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&id=812797

>民主党の鳩山由紀夫幹事長は18日午後、佐賀県上峰町で講演し、西松建設の違法献金事件に絡む同党の小沢一郎代表の進退について「どうやって(事件の)問題を解決すればいいか一番理解しているのは小沢代表だ」と述べた上で、「政権交代を確実にするために、最高の手は彼自身が用意して打っていく」と述べ、政権交代を最優先に小沢氏が適切に判断するとの考えを強調した。(以上、ニュース転載)


 先週、ミクシィで新しい「コミュニティ」を立ち上げました。
 それは、一冊の本がきっかけでした。作家の五木寛之氏の「他力(TARIKI)」との出会いです。
・五木寛之氏の「他力(TARIKI)」


 故事に「多逢聖因(たほうしょういん)」なる言葉があります。その教示は、「良き本、良き場、良き人」を求めて行くと、更なる好縁がつながるという教えです。

 その出会いには、けっこう偶然の出来事が起こります。しかし、この出会いが天が誂(あつら)えたと書くと、ノグチは神がかりを信じるとか言う人もいますが、みなさん、ホント、ここで会うかという偶然が起こると思います。実は、人生の中では、必然の出来事なのです。

 そんな思いを持ったとき、作家の五木寛之氏の著書の「他力」を思い出し、再読、再々読を続けています。下記は、本文よりの転載です。ご容赦ください。


(本文)

<テーマ><他力本願>こそ生命の真の核心

 一般に他力本願と言えば、「あなたまかせ」「他人まかせ」の意味で用いられることが多い。つまり<自助努力>の反対の表現として、世間に通用しているようです。最近の流行の<自己責任>を協調する祭にも、他力本願ではいけない、と言われたりします。

 しかし、時代とともに言葉の本来の意味が少しずつ変わってくるのは仕方のないことではありますが、<他力本願>の本当の意味は、決してたんなる「あなたまかせ」「無責任」ではありません。それはひときわくっきりとした強い世界観にもとづく大きな思想であり、危機に直面した人間にとってのもっとも頼もしい力であると思っていいでしょう。(中略)
(以上、五木寛之氏「他力」)

 神や仏の存在を信じる者も、信じない者も。目に見えない世界を認める者も、認めない者も、世界中の民族や国籍を越えて<非常時>に生きる私たちを、強く揺さぶるエネルギーがそこにはある。そして、この地方の世界こそ、いま私たちが無意識に求めている。「何か」ではないか、と思います。(中略)


(感想)
 最初に「他力」読んだのは、4年前です。
 私は、他に依存する<他力本願>のイメージでしたが、実は人間の出会いには、相当意外性があると思います。縁(青)色発光ダイオードの製品化に、膨大な研究成果と、ある実験の出来事(偶然)が起きました。

 しかし、日本の発想力の「規模拡大」が今後必要と思います。そのためには、私事を削り、多様な地域の人材に会い、善く人物のネットワークを構築できるといいですね。応援と完成を楽しみしています。

 日本の国会、色々な国民の思い「他力」が、総選挙へ向け終結しつつあります。自民党であれ、民主党であれ、他の政党であれ、審判をうける必要があります。それから、世の不況の改善へ向け、国家再生の「超党派の連携と活性化策」に注目が集まっています。
 ただ、行政担当はもちろんでが、それを取り仕切る「首長(各市町村長)」の理念と行動力にあると思います。今回のことにご意見、忠告等々頂ければ幸いです。

環境共生施設研究所 理事長 野口修一


*五木寛之氏の著書の「他力」から抜粋

建築研究者ネットワーク「環境共生施設研究所」


<前の日記>
・(強烈な志)勝海舟の心に火を付けた師は、海舟語録
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1141385584&owner_id=2182841&org_id=1140967537
・(教育)「病んだ心」を救うヒントを、江戸期の私塾から
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1142166771&owner_id=2182841

<関連日記>
・福沢諭吉の衝撃、ウェブスター大辞典、戦下でも学ぶ
 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1139534135&owner_id=2182841
・ノーブレス・オブリージ(富裕者の負う責務)という社会通念
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1137718388&owner_id=2182841
・(児童養護施設の虐待)リーダーに必要な、『三綱領』『八条目』とは
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1136704301&owner_id=2182841

<コミュニティ紹介>
・心を育てる言葉 (故事、名言、訓示など紹介)
 http://mixi.jp/view_community.pl?id=1186424

・(携帯論語)心を育てることば
 http://mixi.jp/list_bbs.pl?id=4016778&type=bbs
 (4/18)我を非難する者は我が師なり
 (4/17)早く人に知られたい思いは、悪の芽の気持ち有り

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
<研修会・学習会>
・(新技術)新発想の冷暖房「ecowin」の見学・研修会(4/25)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1140912077&owner_id=2182841

<異業種交流会「春の会」>
 日 時 5月30日19時~21時30分
 講 師 明石祥子(NGOェアフトレード熊本 代表)
 演 題 熊本を「フェアトレードシティ」する構想
 講演会 参加費 1,000円
 懇親会 参加費 3,500円
 以上の予定。参加申込み等、詳しくはブログでご案内します。
  

Posted by ノグチ(noguchi) at 22:49Comments(1)他力(TARIKI)

(正直者がバカを見る)私たちが時代のどこかが問題

2009年04月11日

(正直者がバカを見る)私たちが時代のどこかが問題

~正直者がばかをみなかった時代なんて、一度でもあったのだろうか~

 五木博之氏の「他力」の2つ目のコラムの表題は、次に言葉でした。

~五木寛之「他力」から、一部を抜粋~

<テーマ>「できないものはできない」と思う。

(本文抜粋)
 「努力をする」、という姿勢にあこがれる。
中学生のころ机には「努力!」と大きく書いた半紙を貼った。
 高校では、「克己」の文字に変った。(中略)
長続きしないのが私の生来の性格です。
 したほうが絶対にいいことが自分にわかっていても、それに取りかかることができない。(中略)

 なんか自分も学生時代あったように思います。気持ちに行動が伴わない。
 目標を掲げたこと事態で、終わったようになってしまう。
 人間は、弱いなと思います。


(本文抜粋)
 これまで正直者がばかをみなかった時代なんて、一度でもあったんだろうか。(中略)
 世の中には、正直者がばかをみないことも、ごくまれにあるのです。(中略)・・、そして本当に心の底から感動したものです。(中略)
 努力がむくわれることも、まれにあります。(中略)・・、大げさに言えば奇跡のような事件としてあるのであって、それ以上ではないのです。
 露骨に言ってしまえば、正直者はおおむねばかをみます。(中略)

 少々期待をはずれた五木氏の言葉ですが、実際50才にもなると、色々経験します。
 思うようにならないことが、自分の努力不足もあるが、人生で思うようにならないのは9割以上で、利権や力関係から、ゆがめられた風景を耳にする事もあります。これって変ねと思います。
 しかし、心をうつような優しい出来事、奇跡のようなスポーツの成果、その達成には、本人の努力と周りの応援、そして見も知らない人々の思いが集まるのだと思います。


(本文、転載)
 そういう私(五木氏)のものの見方は、どこか歪(ゆが)んでいるように思います。決してノーマルではないでしょう。しかし、歪んだ鏡に正しい像は映りません。時代には<常時>と<非常時>があります。坂には登りと下りがあります。風にも順風と逆風があります。
 いま、私たちが時代のどこに立っているかが問題なのです。
(以上、「他力」(五木寛之著))

>歪んだ鏡に正しい像は映りません。

 正直がバカをみていると、不満ばかりでぶちまけても何もかわりません。
 要は、どう自分が動くかにあると思います。正直者が大きく行動を起せば、応援する人が出てきます。ただ、何時の時代も保守的な考えの方がほとんどですから、出る杭には誹謗・中傷が浴びせられます。そこで怯んでは、バカを見ることになります。

>風にも順風と逆風があります。

 では、正直者が行動を起す「志」を、今使う時期か否か、時代の風(流れ)を読むことも必要です。その潮目が見えたら、次の二つのことを忘れずに行動を起すことだと思います。

 目標(志)を達成するには、二つの要素がいると言われます。
一、こころのなかに自覚されている鮮明な目標
 二、それを成し遂げようとする強烈な意欲(を持ち続ける)

>世の中には、正直者がばかをみないことも、ごくまれにあるのです。
>いま、私たちが時代のどこに立っているかが問題なのです

今年の大河ドラマは「天地人」ですが、目標の成就には「時代」を掴む感覚も必要と思います。

今日は、ちょっと長くなりました。

<関連コミュ>
・「他力(TARIKI)」五木寛之
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4176735  

Posted by ノグチ(noguchi) at 17:28Comments(2)他力(TARIKI)

人間はしぶとい存在 ~「他力」 という不思議な感覚~

2009年04月06日

人間はしぶとい存在 ~<他力> という不思議な感覚~

 五木寛之著「他力」の冒頭の内容を読み、自分の経験を考えてみました。

(本文)
 もちろん以前から漠然とした感じではありました。今日までこの自分を支え、生かしてくれたものは何か。この明日をも知れない時代に、信じるものははたしてあるのか。
 次から次へと際限なく襲ってくる日常のトラブル。身体の不調。老化のきざし。仕事の上でのさまざまな困難。そして不安や焦燥(しょうそう)、自己嫌悪とやり場のない怒り。脱力感と諦め。
 そういったもののごった煮のような毎日の暮らしを、よくもまあ何十年も続けてきたものだと、いささか呆れながらも関心しています。人間というやつは、なんとしぶとい存在なのだろう、との思います(中略)

(本文)
 世の中に出てからも、ずいぶんいろいろな目にあいました。どうして自分だけが、と不運と不遇をかこちつつ過ごした二十代だったと思う。しかし、そんな中でも、とりあえず生きてきました。そこのところの不思議を、つくづく思うのです。<他力(たりき)>、という感覚も、たぶんそのあたりにきざしているような気がします。(中略)


 人は、関心、興味が多いほど、喜怒哀楽も多いと思います。
 生きるという意味は、日々の暮らしと向きあい続けることだと思うのですが、五木氏のかたる<他力>という感覚を、私も感じることがあります。なんでも良き方向に考えると、問題の解決は導かれるものです。

 「いまこの電話、えーっ!」
 「明日あるのですが、偶然ですね。ぜひ参加します。」

 日々考えていて、今と思い連絡をとると、相手も同じようなことを考えている。
 私は、これは偶然でなく、必然と常に思うようにしています。

 また、逆のこともあります。

 「何でここでトラブルのよ!」
 「ここで故障するなよ!」

 こんな時は、天が反省し・謙虚になりなさいと命令している、と思うようにして、慌てず原因を突き止め、問題解決のため迅速に対処することにしています。

>人間というやつは、なんとしぶとい存在なのだろう

人生しぶとく、<他力> を信じて生きて行きたいと思います。

*参考資料:五木寛之著「他力


<前の日記>
・<スカイプ会議>熊本-札幌、フェアトレード・シィティ都市構想と連携
http://noguchi.otemo-yan.net/e178532.html



<(携帯論語)心を育てることば>
 http://keitairongo.otemo-yan.net/
(4/6)「自我の確立は、秘密をどれだけ守れるか」
(4/5)「男と女は住んでいる世界が違う(五木寛之)」


<宇土・親子論語教室>
 http://utorongo.otemo-yan.net/
(4/6)主人は一家の規範なり ~安田善次郎家訓~
(4/5)とらわれない境地で生きる 「六然」



<オフ会のご案内>
・「コモンズくまもと」+2ブログ 読者の集い
 http://noguchi.otemo-yan.net/e177931.html
日時:2009年5月30日16時~18時 時熊本交通センターホテル


  

Posted by ノグチ(noguchi) at 09:29Comments(1)他力(TARIKI)