シンポジウム「横井小楠と肥後の猛婦たち」
2007年09月03日
・シンポジウム「横井小楠と肥後の猛婦たち」
ご案内
「尭舜孔子の道を明らかにし 西洋器械術を尽くす 何ぞ富国に止まらん 何ぞ強兵に止まらん 大義を四海に布かんのみ」(慶応2年(1886年)、横井小楠、甥の左平太と太平のアメリカ留学送別の辞)。
「大義を四海に布かん」、東洋文明と西洋文明を包括した「グローバルな文明を日本から地球世界に発信する」という発想は、日本の歴史上はじめてであります。
小楠の薫陶を受けた高弟(徳富一敬、竹崎律次郎、矢島源助、長野濬平、内藤泰吉、嘉悦氏房、安場保和)を見よう見まね、洋学校教育の洗練を受けた火の国の若き女性たち(竹崎順子、横井せつ子、矢島楫子、嘉悦孝子、徳富久子、徳富愛子など)は教育、社会改革の先陣に立って闘ってきました。大宅壮一は、このような火の国の女性たちを「肥後の猛婦たち」と呼びました。
本年のシンポジウムのタイトルに、あえて「横井小楠と肥後の猛婦たち」と名付け、21世紀に生きる男女共同参画への意気込みを検証してもらいます。明年は、くまもと「21世紀社会を拓く肥後の猛婦たち」をご推薦願いたいと思います。
記
日 時 平成19年10月26日(金)
13:30~16:30
場 所 国際交流会館ホール(6階)
参加費 無料
メッセージ 潮谷義子(熊本県知事)
特別ゲスト 横井和子(横井家現当主)
パネリスト 緒方 惇(作家)
堤 克彦(横井小楠研究家、文学博士)
中村青史(エッセイスト、文学博士)
本田節子(作家)
コーディネーター 井上智重(熊本日日新聞編集員)
実行委員長 高宗昭敏(熊本横井小楠塾塾長、九州東海大学名誉教授)
問い合わせ先 事務局
〒862-0913熊本市尾ノ上1丁目48-6リブズ菊池1F
環境共生施設研究所内 事務局長 野口修一 aande@lime.ocn.ne.jp
ご案内
「尭舜孔子の道を明らかにし 西洋器械術を尽くす 何ぞ富国に止まらん 何ぞ強兵に止まらん 大義を四海に布かんのみ」(慶応2年(1886年)、横井小楠、甥の左平太と太平のアメリカ留学送別の辞)。
「大義を四海に布かん」、東洋文明と西洋文明を包括した「グローバルな文明を日本から地球世界に発信する」という発想は、日本の歴史上はじめてであります。
小楠の薫陶を受けた高弟(徳富一敬、竹崎律次郎、矢島源助、長野濬平、内藤泰吉、嘉悦氏房、安場保和)を見よう見まね、洋学校教育の洗練を受けた火の国の若き女性たち(竹崎順子、横井せつ子、矢島楫子、嘉悦孝子、徳富久子、徳富愛子など)は教育、社会改革の先陣に立って闘ってきました。大宅壮一は、このような火の国の女性たちを「肥後の猛婦たち」と呼びました。
本年のシンポジウムのタイトルに、あえて「横井小楠と肥後の猛婦たち」と名付け、21世紀に生きる男女共同参画への意気込みを検証してもらいます。明年は、くまもと「21世紀社会を拓く肥後の猛婦たち」をご推薦願いたいと思います。
記
日 時 平成19年10月26日(金)
13:30~16:30
場 所 国際交流会館ホール(6階)
参加費 無料
メッセージ 潮谷義子(熊本県知事)
特別ゲスト 横井和子(横井家現当主)
パネリスト 緒方 惇(作家)
堤 克彦(横井小楠研究家、文学博士)
中村青史(エッセイスト、文学博士)
本田節子(作家)
コーディネーター 井上智重(熊本日日新聞編集員)
実行委員長 高宗昭敏(熊本横井小楠塾塾長、九州東海大学名誉教授)
問い合わせ先 事務局
〒862-0913熊本市尾ノ上1丁目48-6リブズ菊池1F
環境共生施設研究所内 事務局長 野口修一 aande@lime.ocn.ne.jp
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「医師不足」危機的状況の地方でのお産
2007年09月03日
「医師不足」危機的状況の地方でのお産
最近新聞紙上で、「地方の医師が減り続けている」、「特に、産科医、小児科医は、危機的状況」と目にします。地元紙に、政府・与党は、国公立医学部に「僻地枠」を設け、卒業後の僻地等で勤務の義務化策を打ち出す方針と出ていました。私の住む熊本市近郊の地域ですら、産科閉院の話を聞くようになりました。また昨年度九州で産科医の新たな認可は、12名とか(?)、本当に危機的状況にあります。
熊本県内の少子高齢化が進んでいる地域から、産科医院(医師)が急速に無くなり、産科と小児科連携の育児、母体ケアが難しくなっています。日本では、妻の実家で出産と聞くのですが、過疎地域では叶わない状況にあります。これは、全国的な医療状況で、ついに国を上げてた取り組みが必要と重い腰が上がった気がします。
また少子化は、産後の母体ケアを、非常に厳しくしています。我が家の長女が生まれた時は、産後7日に退院でした。現在熊本市近郊でも産科医院閉鎖が続き、元々ベッド数が少ないのに患者が集中し、入院期間が減り退院が4日目、3日目とか、産科医の居ない過疎地の人は、産後ケアのため遠距離通院があると言います。
知人が、「母乳で育児」の指導をする助産院をしているのですが、産後のケアと母乳指導のため、産後5日目から自宅→産科→助産院を毎日通う人も居ると聞き、「産後の育児疲労から病気なる」とか聞きますので、少子化が現在の子育て期の母体にも家族にも、負担を余儀なくしています。この状況から、産科医師の増加はもちろんですが、助産婦の増加も必要と考えてます。
代議士の方々は、ほとんどが東京ですから、危機意識が希薄に見え、医療福祉こそが「社会保障の根幹」と思い、国が何処まで本気にかかっています。今回の医療系技術者の地方派遣策が、地方に安心をもたらす改革になればと願っています。
最近新聞紙上で、「地方の医師が減り続けている」、「特に、産科医、小児科医は、危機的状況」と目にします。地元紙に、政府・与党は、国公立医学部に「僻地枠」を設け、卒業後の僻地等で勤務の義務化策を打ち出す方針と出ていました。私の住む熊本市近郊の地域ですら、産科閉院の話を聞くようになりました。また昨年度九州で産科医の新たな認可は、12名とか(?)、本当に危機的状況にあります。
熊本県内の少子高齢化が進んでいる地域から、産科医院(医師)が急速に無くなり、産科と小児科連携の育児、母体ケアが難しくなっています。日本では、妻の実家で出産と聞くのですが、過疎地域では叶わない状況にあります。これは、全国的な医療状況で、ついに国を上げてた取り組みが必要と重い腰が上がった気がします。
また少子化は、産後の母体ケアを、非常に厳しくしています。我が家の長女が生まれた時は、産後7日に退院でした。現在熊本市近郊でも産科医院閉鎖が続き、元々ベッド数が少ないのに患者が集中し、入院期間が減り退院が4日目、3日目とか、産科医の居ない過疎地の人は、産後ケアのため遠距離通院があると言います。
知人が、「母乳で育児」の指導をする助産院をしているのですが、産後のケアと母乳指導のため、産後5日目から自宅→産科→助産院を毎日通う人も居ると聞き、「産後の育児疲労から病気なる」とか聞きますので、少子化が現在の子育て期の母体にも家族にも、負担を余儀なくしています。この状況から、産科医師の増加はもちろんですが、助産婦の増加も必要と考えてます。
代議士の方々は、ほとんどが東京ですから、危機意識が希薄に見え、医療福祉こそが「社会保障の根幹」と思い、国が何処まで本気にかかっています。今回の医療系技術者の地方派遣策が、地方に安心をもたらす改革になればと願っています。
真の文明とは 山を荒らさず
2007年09月03日
真の文明とは 山を荒らさず
~民衆思想家の田中正造~
明治の奇跡と考えている、民衆思想家の田中正造は、どうやって崇高な精神に行き着き、行動力し続けたかに興味を持っていました。私も会員の一人である田中正造研究会で、座長の小松裕先生が神奈川大学評論に、「近代日本の(知)の巨人たち」と言う田中正造の社会運動と民衆思想について書かれた論文を読みました。
「真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、ひとを殺さざるべし」
の言葉は、現代も通じる環境倫理思想ともいえる提唱です。この考えは、平和運動にも広がり、非戦論から無線論、最後は軍備全廃を主調しました。そのためには、外交費を増加し、青年たちが「平和の伝道者」として世界中で活躍するような、日本の国際貢献を提唱しています。当時としては、画期的な考えと思います。
更に地域自治を基礎とする、国家社会の構築を模索して「どこまでも自分でやる精神」を持った地域住民が協力し合い、行政に依存せず、政府の干渉を排除し、地域の独自性を活かした自治を実現すことが大事と唱えています。現代の国民は、行政、国への依存体質、それでいて無関心、白紙委任になり、明治期よりもその傾向は強まっています。
田中正造の学問(生き方)は、谷中村廃村に対する抵抗で終末に至るのですが、その精神形成は「字もよく読めなかった住民」と4年、5年と語るな中で、「住民は愚かでも百年の計を思う。知識ある官吏は一日の計のみ」と気付き、「今の官吏は、その日その日(椅子)の安全を計るのみ。故に姑息なり。人民は人民の経験を信じて一歩も譲るべからず。」に至った。知識があると言うことは、利を先に考えるので、先が見えすぎると説いています。自分のポスト維持に、汲々とする官僚たちの目先の「知」は変化するが、民衆の伝統から未来を見つめる「知」は、百年、二百年先を見据えています。
ネイティブ・アメリカンの諺に、「七代先を見て生活をしなさい」があると言います。これからは、日本の民衆の智慧(知)に耳を傾けることが、「生きる力」なって行くと小松氏は、検証されています。
最後に、田中正造の1913年1月23日の日記を紹介します。
正月二十三日 (学術的な)知に向かって知(識)を得るは順なり。(民衆の)愚に向かって知(識)を得んとす、これは逆なり。しかれども順より得る知は人知(学術的知識)にすぎないず。愚より得るの逆は人知に在らず、むしろ天知(原理原則)なり。・・(中略)
とありました。田中正造は、足尾鉱毒事件解決に奔走する間、新聞や本をじっくり読む暇は無かったと思いますが、正造の「谷中学」は、事実の学問で、実践の学問、経験を基に考え続けて至った「実学」と考えます。
(小松裕氏、論文より)
「どれだけ知識を有しているかは、つまり知識の多寡は問題でないのである。どのような知識も実践に役立たなければ無意味である。」
「生きた「知」は、社会運動の過程で、苦闘を重ねながらつかみとるしかないのであると教えている。」
民衆の底流に在る、「思い(天知)」を知るには、机上(テレビ等)で、議論するより、社会の中に出て行き、なるべく多くの方と語り続け、考え続けることが必要なように感じました。現代社会に、田中正造のような民衆の「知」を理解する政治(思想)家の出現が、望まれているように感じます。
田中正造の遺訓
「真の文明は、山を荒らさず、河を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」
*参考資料:小松裕著、「田中正造」~社会運動と民主の思想~
(神奈川大学評論、特集=日本近代(知)の巨人たち、評論より)
~民衆思想家の田中正造~
明治の奇跡と考えている、民衆思想家の田中正造は、どうやって崇高な精神に行き着き、行動力し続けたかに興味を持っていました。私も会員の一人である田中正造研究会で、座長の小松裕先生が神奈川大学評論に、「近代日本の(知)の巨人たち」と言う田中正造の社会運動と民衆思想について書かれた論文を読みました。
「真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、ひとを殺さざるべし」
の言葉は、現代も通じる環境倫理思想ともいえる提唱です。この考えは、平和運動にも広がり、非戦論から無線論、最後は軍備全廃を主調しました。そのためには、外交費を増加し、青年たちが「平和の伝道者」として世界中で活躍するような、日本の国際貢献を提唱しています。当時としては、画期的な考えと思います。
更に地域自治を基礎とする、国家社会の構築を模索して「どこまでも自分でやる精神」を持った地域住民が協力し合い、行政に依存せず、政府の干渉を排除し、地域の独自性を活かした自治を実現すことが大事と唱えています。現代の国民は、行政、国への依存体質、それでいて無関心、白紙委任になり、明治期よりもその傾向は強まっています。
田中正造の学問(生き方)は、谷中村廃村に対する抵抗で終末に至るのですが、その精神形成は「字もよく読めなかった住民」と4年、5年と語るな中で、「住民は愚かでも百年の計を思う。知識ある官吏は一日の計のみ」と気付き、「今の官吏は、その日その日(椅子)の安全を計るのみ。故に姑息なり。人民は人民の経験を信じて一歩も譲るべからず。」に至った。知識があると言うことは、利を先に考えるので、先が見えすぎると説いています。自分のポスト維持に、汲々とする官僚たちの目先の「知」は変化するが、民衆の伝統から未来を見つめる「知」は、百年、二百年先を見据えています。
ネイティブ・アメリカンの諺に、「七代先を見て生活をしなさい」があると言います。これからは、日本の民衆の智慧(知)に耳を傾けることが、「生きる力」なって行くと小松氏は、検証されています。
最後に、田中正造の1913年1月23日の日記を紹介します。
正月二十三日 (学術的な)知に向かって知(識)を得るは順なり。(民衆の)愚に向かって知(識)を得んとす、これは逆なり。しかれども順より得る知は人知(学術的知識)にすぎないず。愚より得るの逆は人知に在らず、むしろ天知(原理原則)なり。・・(中略)
とありました。田中正造は、足尾鉱毒事件解決に奔走する間、新聞や本をじっくり読む暇は無かったと思いますが、正造の「谷中学」は、事実の学問で、実践の学問、経験を基に考え続けて至った「実学」と考えます。
(小松裕氏、論文より)
「どれだけ知識を有しているかは、つまり知識の多寡は問題でないのである。どのような知識も実践に役立たなければ無意味である。」
「生きた「知」は、社会運動の過程で、苦闘を重ねながらつかみとるしかないのであると教えている。」
民衆の底流に在る、「思い(天知)」を知るには、机上(テレビ等)で、議論するより、社会の中に出て行き、なるべく多くの方と語り続け、考え続けることが必要なように感じました。現代社会に、田中正造のような民衆の「知」を理解する政治(思想)家の出現が、望まれているように感じます。
田中正造の遺訓
「真の文明は、山を荒らさず、河を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」
*参考資料:小松裕著、「田中正造」~社会運動と民主の思想~
(神奈川大学評論、特集=日本近代(知)の巨人たち、評論より)
サッカー32年目、インターハイ県予選直前
2007年09月03日
サッカー32年目、インターハイ県予選直前
最近のサッカーの日本での隆盛は、私がサッカーを始めた頃からすると、思いもよらぬものです。まして、ワールドカップ出場、更に熊本からジャパンのユニフォームを着る人がでることは、とても喜ばしいことと思います。数日後には、日本代表の出る国際大会がありますが、とても楽しみにしています。
私は、中学3年の秋に、運動部の中からサッカー好きな人を集め、中体連のサッカー大会に出たことで、サッカーをするようになりました。それから、高校3年間やり、たまたま当時の地域で同世代の優秀な選手が集まり、全国高校総体に参加できました。
それ以来、かれこれ30数年、サッカーボールに関わることになりました。
草サッカーのプレイヤーとして出なくなって15年近くなりますが、13年前にキッズサッカーに出会い、5~9才のサッカー教室を始め、今も続けています。最初に教えた子供たちは、今年大学生になり、関東や九州の大学で、バラバラですがサッカーを続けてくれています。
いつか教室の卒業生から、熊本を代表する選手が出ないかと願いつつ、毎週日曜日に、子供たちとサッカー遊びを続けています。お陰で、いつも顔は日焼けして、建築の仕事仲間から「現場は、大変ですね」と言われていますが、私の勲章と思ってます。
今週末は、熊本県高校総合体育大会と高校総合文化祭があります。全国の切符を狙っているところも、日頃の練習の発表の場として出る人も、高校生活の貴重な思い出として、プレーの瞬間、瞬間を楽しむ一日でもあります。
我が家の娘は、今年高校一年から弓道に挑戦し、まだまだ弓とかはもたせてもらっていませんが、大会で3年生の「矢」が的を射抜くように願って、部活で遅くまで練習を続けています。
ちなみに、我が母校のサッカー部は、先週に行われた予選で、0対0の引き分けの末、PK合戦で3対2で敗れました。本大会の開催前に敗れ、応援に行けずに残念です。
私も早いもので、高校卒業して31年が過ぎ、ふと昔の自分を思い出し、一生懸命な高校生を応援に行こうと思っています。みなさんも今週末、近くの大会を見に行って見ませんか、フレッシュな気持ちになれると思います。
「青春の夢 大きかな」(高校校歌の一節)
最近のサッカーの日本での隆盛は、私がサッカーを始めた頃からすると、思いもよらぬものです。まして、ワールドカップ出場、更に熊本からジャパンのユニフォームを着る人がでることは、とても喜ばしいことと思います。数日後には、日本代表の出る国際大会がありますが、とても楽しみにしています。
私は、中学3年の秋に、運動部の中からサッカー好きな人を集め、中体連のサッカー大会に出たことで、サッカーをするようになりました。それから、高校3年間やり、たまたま当時の地域で同世代の優秀な選手が集まり、全国高校総体に参加できました。
それ以来、かれこれ30数年、サッカーボールに関わることになりました。
草サッカーのプレイヤーとして出なくなって15年近くなりますが、13年前にキッズサッカーに出会い、5~9才のサッカー教室を始め、今も続けています。最初に教えた子供たちは、今年大学生になり、関東や九州の大学で、バラバラですがサッカーを続けてくれています。
いつか教室の卒業生から、熊本を代表する選手が出ないかと願いつつ、毎週日曜日に、子供たちとサッカー遊びを続けています。お陰で、いつも顔は日焼けして、建築の仕事仲間から「現場は、大変ですね」と言われていますが、私の勲章と思ってます。
今週末は、熊本県高校総合体育大会と高校総合文化祭があります。全国の切符を狙っているところも、日頃の練習の発表の場として出る人も、高校生活の貴重な思い出として、プレーの瞬間、瞬間を楽しむ一日でもあります。
我が家の娘は、今年高校一年から弓道に挑戦し、まだまだ弓とかはもたせてもらっていませんが、大会で3年生の「矢」が的を射抜くように願って、部活で遅くまで練習を続けています。
ちなみに、我が母校のサッカー部は、先週に行われた予選で、0対0の引き分けの末、PK合戦で3対2で敗れました。本大会の開催前に敗れ、応援に行けずに残念です。
私も早いもので、高校卒業して31年が過ぎ、ふと昔の自分を思い出し、一生懸命な高校生を応援に行こうと思っています。みなさんも今週末、近くの大会を見に行って見ませんか、フレッシュな気持ちになれると思います。
「青春の夢 大きかな」(高校校歌の一節)
熊本県立高校再編問題 少子化と格差
2007年09月03日
熊本県立高校再編問題 少子化と格差
今、熊本県は、高校再編問題で大きく揺れています。
土曜日、県教育委員会が主催した高校再編の説明会に参加しました。
昨年の計画が論議不十分と県全体の問題になり、様々な場面で議論され、特に高校合併地域では町の衰退状況も踏まえ、精神的なシンボルとしての県立高校の存続要望が何度も請願されて来ました。
6月16日の宇城・上益城地区(熊本県央)の説明会では、(熊本・宮崎県境地域の)山都町町長をはじめ、学校関係者・保護者、さらには同地区中学校保護者や一般公募でも参加があり、悲痛な思いが訴えられた。
県教委は、適正規模でのクラス編成でないと、専門能力ある教師を派遣できない、多様な人材との交流、部活動等々も数が必要と利点を強調した。再編地域の住民や同窓会等からは、最長30km近い通学距離に、過疎のため公共交通が撤退し、現在はバイクが唯一の交通手段、冬季は雪も降る地域でもあり、生徒の安全確保にからも、通学費負担からも存続を希望する発言が続いた。
また、地形的に宮崎県五ヶ瀬町、高千穂町からの通学している子供も居て、現在の通学が困難になると訴えた。
昨年も説明会に参加したのですが、議論の内容が去年から進展していないと感じた。膝詰め談判ではないですが、高飛車に数の論理だけでの説明では、住民は納得できないのは理解できる。事実、県南、天草地区には、分校として存続している高校もあります。説明会後、県議経験者でもある先輩と議論したのですが、学区再編と高校合併論議を一緒に解決するのは難しいのではないかと話をした。
これまでの議論を聞きながら、都市部と中山間地地域との所得格差や交通格差、教育の格差が生じていると思います。少子高齢化に伴い、地域の経済の衰退も顕著になり、先の見えない地域未来へ、人材の育成で、教育論議と同時に産業振興の手立てを含めた、地域振興の論議をすべきではないかと思いました。
全国の地区で、少子から学校再編が、小中高問わず検討実施されていますが、どのような議論期間を踏まえて勧められているか、関心のある方は、ご紹介頂けるとありがたいです。
ちなみに、私の住む地域の高校には、県下初めて高校併設の県立中学ができ、6年一貫教育の試みが始まります。高校合併地域と違って、市町村立の中学進学論議で、現在の小学4・5年生の保護者が揺れています。
少子化と合併、教育の格差に、所得の格差が影を写し始めた気がします。
今、熊本県は、高校再編問題で大きく揺れています。
土曜日、県教育委員会が主催した高校再編の説明会に参加しました。
昨年の計画が論議不十分と県全体の問題になり、様々な場面で議論され、特に高校合併地域では町の衰退状況も踏まえ、精神的なシンボルとしての県立高校の存続要望が何度も請願されて来ました。
6月16日の宇城・上益城地区(熊本県央)の説明会では、(熊本・宮崎県境地域の)山都町町長をはじめ、学校関係者・保護者、さらには同地区中学校保護者や一般公募でも参加があり、悲痛な思いが訴えられた。
県教委は、適正規模でのクラス編成でないと、専門能力ある教師を派遣できない、多様な人材との交流、部活動等々も数が必要と利点を強調した。再編地域の住民や同窓会等からは、最長30km近い通学距離に、過疎のため公共交通が撤退し、現在はバイクが唯一の交通手段、冬季は雪も降る地域でもあり、生徒の安全確保にからも、通学費負担からも存続を希望する発言が続いた。
また、地形的に宮崎県五ヶ瀬町、高千穂町からの通学している子供も居て、現在の通学が困難になると訴えた。
昨年も説明会に参加したのですが、議論の内容が去年から進展していないと感じた。膝詰め談判ではないですが、高飛車に数の論理だけでの説明では、住民は納得できないのは理解できる。事実、県南、天草地区には、分校として存続している高校もあります。説明会後、県議経験者でもある先輩と議論したのですが、学区再編と高校合併論議を一緒に解決するのは難しいのではないかと話をした。
これまでの議論を聞きながら、都市部と中山間地地域との所得格差や交通格差、教育の格差が生じていると思います。少子高齢化に伴い、地域の経済の衰退も顕著になり、先の見えない地域未来へ、人材の育成で、教育論議と同時に産業振興の手立てを含めた、地域振興の論議をすべきではないかと思いました。
全国の地区で、少子から学校再編が、小中高問わず検討実施されていますが、どのような議論期間を踏まえて勧められているか、関心のある方は、ご紹介頂けるとありがたいです。
ちなみに、私の住む地域の高校には、県下初めて高校併設の県立中学ができ、6年一貫教育の試みが始まります。高校合併地域と違って、市町村立の中学進学論議で、現在の小学4・5年生の保護者が揺れています。
少子化と合併、教育の格差に、所得の格差が影を写し始めた気がします。
社会活動修行17年、色々な出会いが人生の肥料に
2007年09月03日
社会活動修行17年、色々な出会いが人生の肥料に
地元新聞の数行の催し物の案内「横井小楠先哲と松前重義総長の理念を学ぶ」を読み、ためらいもなく、まったく知らない大教授の私塾の門を叩いたことで、今の私があります。
17年前、毎月熊本の大きなお寺の本堂での講話は、「今まで聞いたことのない話・・・」ばかりでした。特に、勝海舟の遺作「氷川清話」で読んだとき、
「世の中に怖い人が居る、一人は西郷隆盛、もう一人が横井小楠」
と言わしめた、熊本の幕末の思想家です。明治2年凶刃(暗殺)に遭い、維新の政策実現半ばで、亡くなるのですが、その思想は面々と志士たちの心に以心伝心と広がり、明治の隆盛を作ったと思っています。
小楠先哲の「大儀を四海に布かんのみ」の言葉を今読み返し考えると、大儀=世界平和ではと考えています。紛争が明治以来絶えない、アジア・アフリカ・中近東は、先進国の利権争奪戦に翻弄されれ、後進国の市民が災いに巻き込まれいます。
そのことを勉強したくて入った「くまもと地球市民塾」から、17年師の横で催し物や出会いの場で、先輩の言動を学びながら今あるのですが、当時は自分自身と相談する機会でもありました。「自分がどう生きるか」常に考えて来たように思います。
建築士としての仕事(収入も含め)、地域社会との関わり(ボランティア等)、環境問題への関心と、」興味の赴くままないやって来ました。知人からも「野口は、はたして、私は大丈夫か?」と言われつつも、先人や師の行動を見て、「仕事は何のためにするのか?・・・」と日々問い続けて来たように思います。
そして人生の転換点の重要なポイントに、先輩方との出会いと言葉がありました。
22歳、27歳、32歳、37歳、42歳、47歳・・・と5年ごとに色々決断がありました。その中でも、22歳の建築専門学校の進学、32歳の独立、42歳の時の妻の大学進学+私の男女共同参画の関東研修が、3大転換点と思います。この3回の決断は、人の誘いであり、機会(チャンス)だったと思います。
ここ10年、独自に異業種交流会を主催を1,000名を越える方と出会い、語って来ました。全て、自分では良かったと思うのですが、世間の賛否を気にせず、勉強(肥し)になって来ていると思います。社会勉強の始まりは、数行の新聞案内からですが、家族の変化も含め、色々経験して来ました。でも、全て経験になったと思っています。これは、本で学ぶものでなく、経験として理解するものと思います。
人生に無駄は無い「全て経験」と先達が訓示していますが、実学の世界は、成功・失敗等を経験し、考え、悩み、時には驕りを抑制させる僻み、中傷等も受け、更にそこで悩み・反省して育つ「心」こそが、自信になると最近思うようになりました。
私のジーさんは口癖のように、「世の中のためにならないいけいない」と言いつつ、酒を飲んでいたのを思い出します。やはり言葉は、心に残るもので意識の中に常にあります。そこで少しでも、できることを無理をせずに地域活動も含め協働でできたら良いなと思っています。
色々ご意見を頂けるとありがたいです。
地元新聞の数行の催し物の案内「横井小楠先哲と松前重義総長の理念を学ぶ」を読み、ためらいもなく、まったく知らない大教授の私塾の門を叩いたことで、今の私があります。
17年前、毎月熊本の大きなお寺の本堂での講話は、「今まで聞いたことのない話・・・」ばかりでした。特に、勝海舟の遺作「氷川清話」で読んだとき、
「世の中に怖い人が居る、一人は西郷隆盛、もう一人が横井小楠」
と言わしめた、熊本の幕末の思想家です。明治2年凶刃(暗殺)に遭い、維新の政策実現半ばで、亡くなるのですが、その思想は面々と志士たちの心に以心伝心と広がり、明治の隆盛を作ったと思っています。
小楠先哲の「大儀を四海に布かんのみ」の言葉を今読み返し考えると、大儀=世界平和ではと考えています。紛争が明治以来絶えない、アジア・アフリカ・中近東は、先進国の利権争奪戦に翻弄されれ、後進国の市民が災いに巻き込まれいます。
そのことを勉強したくて入った「くまもと地球市民塾」から、17年師の横で催し物や出会いの場で、先輩の言動を学びながら今あるのですが、当時は自分自身と相談する機会でもありました。「自分がどう生きるか」常に考えて来たように思います。
建築士としての仕事(収入も含め)、地域社会との関わり(ボランティア等)、環境問題への関心と、」興味の赴くままないやって来ました。知人からも「野口は、はたして、私は大丈夫か?」と言われつつも、先人や師の行動を見て、「仕事は何のためにするのか?・・・」と日々問い続けて来たように思います。
そして人生の転換点の重要なポイントに、先輩方との出会いと言葉がありました。
22歳、27歳、32歳、37歳、42歳、47歳・・・と5年ごとに色々決断がありました。その中でも、22歳の建築専門学校の進学、32歳の独立、42歳の時の妻の大学進学+私の男女共同参画の関東研修が、3大転換点と思います。この3回の決断は、人の誘いであり、機会(チャンス)だったと思います。
ここ10年、独自に異業種交流会を主催を1,000名を越える方と出会い、語って来ました。全て、自分では良かったと思うのですが、世間の賛否を気にせず、勉強(肥し)になって来ていると思います。社会勉強の始まりは、数行の新聞案内からですが、家族の変化も含め、色々経験して来ました。でも、全て経験になったと思っています。これは、本で学ぶものでなく、経験として理解するものと思います。
人生に無駄は無い「全て経験」と先達が訓示していますが、実学の世界は、成功・失敗等を経験し、考え、悩み、時には驕りを抑制させる僻み、中傷等も受け、更にそこで悩み・反省して育つ「心」こそが、自信になると最近思うようになりました。
私のジーさんは口癖のように、「世の中のためにならないいけいない」と言いつつ、酒を飲んでいたのを思い出します。やはり言葉は、心に残るもので意識の中に常にあります。そこで少しでも、できることを無理をせずに地域活動も含め協働でできたら良いなと思っています。
色々ご意見を頂けるとありがたいです。
水門談合事件と、故土光敏夫の訓示
2007年09月03日
水門談合事件と、故土光敏夫の訓示
今日(7/11)の共同通信配信の記事に、「水門談合11社に、7億1800万円の違約金を建設省が請求」と出ていた。更に記事は、水資源機構からも違約金4億4300万円を大手4社と共同体へ請求とありました。最近の鉄鋼製橋梁談合、縁資源機構談合と来て、ついに水門メーカーの談合と、大手鉄鋼工作企業が旧建設省と農水省の土木工事の利権にたかる姿勢が見えてきます。
違約金7億円の内訳、IHI=石川島播磨重工(東京)が1億1100万円、栗本鉄工所(大阪)が1億600万円、西田鉄鋼(熊本県宇土市)1億円と続く。水資源機構の違約金も同じ比率で行くと各社数千万円となり、IHIは2億円近い金額を今月27日まで納入しないといけいとあった。100億円を越える売り上げを持つ企業だけに、違約金も多額に驚くばかりです。
国家予算のほかに、各省庁が使える予算があると聞くのですが、その税は何処から回り、何のために使うのか、不明な点も多い。私の地元でも、農水省のウルグアイラウンド対策用という名目で、県下の耕地整理事業の一部工事として莫大が費用をかけて10年前まで行われていた。この1事業の最低予算は、50億以上でないと国から助成が来ない法律になっていることを知った。大きな工事費用の中の、水門製作に1億円かかろうが、全工事費からすると大したことがないと、検証は要らないのだろうかと考えます。
業界の決まりごとは、市民が知らない世界がたくさんるようで、その検証の多くを受け持つ各省庁の直営事業は、本当に採算に合っているのか疑問を持ってしまいます。耕地整理は、地権者の負担も多額であり、少しでも工事金額を少なくする必要があるのではと考えます。
かつて、倒産の危機に在った石川島播磨重工(IHI)の経営を引き継いだ、故土光敏夫氏の本を紐解いた。政府の臨時行政改革推進審議会会長も努めた人の出身母体が、談合の親玉に座り、国の税金を我が物顔にして集ったいる姿を、土光氏はどう見るだろうか。
危機に瀕したIHIを率いた当初は、「だぼはぜ商法」と極評されながらも、邸価格と合理化を進めて、業界のトップまで引き上げた企業姿勢はどこに言ったのだろうか。
また、東芝の再建を引き受けたとき、社長室の靴が埋まりそうな絨毯を見て、「これが原因」社長室を使わず、現場をうろつき、激を飛ばして志気を高めたと本で読んだことがあります。
工作会社が、ものづくりで勝負するのでなく、机上の談合で利益を分け合うようでは、東アジアでのシェアーの回復は難しいように思います。工作機械、メカトロニクスのシュアーは、日本が断トツと聞いたことがありますが、このような内向きの利益分け合い体質では、低価格と志気高い中国メーカーにいずれ競争で負けるように感じます。
土光氏の口癖だっただった言葉を紹介します。
「今日と言う日は、全ての人にとって平等に訪れるかけがえのない一日である。自己の人生にとって初めて訪れた日であり、またけっして再び訪れることのない日でもある。
だから、この一日の粗末に過ごす人は、毎日を粗末にし、一生を粗末に過ごすことに通じる。
一日一日にけじめをつけていこう。今日のことは、今日やって行こう。今日のことは、今日やってしまおう。これは、忙しいとか暇があるとかの時間の問題ではない。志の問題である。
「明日しよう」と言う弱い心に、自ら鞭を打て。明日と言う日には、またあしたやるべきことがまっている。」(土光敏夫著「信念の言葉」より)
これは、孔子の教え『大学』の中に出てくる言葉から取ったと言われています。
「まことに日に新たに、日日に新たに、また日に新たなり」(大学)
と大学の一節にあります。この言葉を、中国の殷王朝の湯王は、洗面器の縁に刻み、毎日読み上げて顔を洗い、日日挑戦の心を奮い起こさせたと本で読みました。
日本は、敗戦から挑戦し続け今の繁栄がありますが、これまでも造船疑獄、リクルート疑惑、近くでは鉄鋼橋梁談合、縁資源機構の談合等、内向きの発想で利権に集る「烏合の集団」になりがちです。
今こそ、土光氏の「挑戦心」と行革を推進した「志」を、業界の人たちが襟をただし、東アジアをリードする技術者集団として、切磋琢磨して更に技術を磨き、高い理念の基に、共存共栄と平和実現に努力して欲しいと願います。
今日(7/11)の共同通信配信の記事に、「水門談合11社に、7億1800万円の違約金を建設省が請求」と出ていた。更に記事は、水資源機構からも違約金4億4300万円を大手4社と共同体へ請求とありました。最近の鉄鋼製橋梁談合、縁資源機構談合と来て、ついに水門メーカーの談合と、大手鉄鋼工作企業が旧建設省と農水省の土木工事の利権にたかる姿勢が見えてきます。
違約金7億円の内訳、IHI=石川島播磨重工(東京)が1億1100万円、栗本鉄工所(大阪)が1億600万円、西田鉄鋼(熊本県宇土市)1億円と続く。水資源機構の違約金も同じ比率で行くと各社数千万円となり、IHIは2億円近い金額を今月27日まで納入しないといけいとあった。100億円を越える売り上げを持つ企業だけに、違約金も多額に驚くばかりです。
国家予算のほかに、各省庁が使える予算があると聞くのですが、その税は何処から回り、何のために使うのか、不明な点も多い。私の地元でも、農水省のウルグアイラウンド対策用という名目で、県下の耕地整理事業の一部工事として莫大が費用をかけて10年前まで行われていた。この1事業の最低予算は、50億以上でないと国から助成が来ない法律になっていることを知った。大きな工事費用の中の、水門製作に1億円かかろうが、全工事費からすると大したことがないと、検証は要らないのだろうかと考えます。
業界の決まりごとは、市民が知らない世界がたくさんるようで、その検証の多くを受け持つ各省庁の直営事業は、本当に採算に合っているのか疑問を持ってしまいます。耕地整理は、地権者の負担も多額であり、少しでも工事金額を少なくする必要があるのではと考えます。
かつて、倒産の危機に在った石川島播磨重工(IHI)の経営を引き継いだ、故土光敏夫氏の本を紐解いた。政府の臨時行政改革推進審議会会長も努めた人の出身母体が、談合の親玉に座り、国の税金を我が物顔にして集ったいる姿を、土光氏はどう見るだろうか。
危機に瀕したIHIを率いた当初は、「だぼはぜ商法」と極評されながらも、邸価格と合理化を進めて、業界のトップまで引き上げた企業姿勢はどこに言ったのだろうか。
また、東芝の再建を引き受けたとき、社長室の靴が埋まりそうな絨毯を見て、「これが原因」社長室を使わず、現場をうろつき、激を飛ばして志気を高めたと本で読んだことがあります。
工作会社が、ものづくりで勝負するのでなく、机上の談合で利益を分け合うようでは、東アジアでのシェアーの回復は難しいように思います。工作機械、メカトロニクスのシュアーは、日本が断トツと聞いたことがありますが、このような内向きの利益分け合い体質では、低価格と志気高い中国メーカーにいずれ競争で負けるように感じます。
土光氏の口癖だっただった言葉を紹介します。
「今日と言う日は、全ての人にとって平等に訪れるかけがえのない一日である。自己の人生にとって初めて訪れた日であり、またけっして再び訪れることのない日でもある。
だから、この一日の粗末に過ごす人は、毎日を粗末にし、一生を粗末に過ごすことに通じる。
一日一日にけじめをつけていこう。今日のことは、今日やって行こう。今日のことは、今日やってしまおう。これは、忙しいとか暇があるとかの時間の問題ではない。志の問題である。
「明日しよう」と言う弱い心に、自ら鞭を打て。明日と言う日には、またあしたやるべきことがまっている。」(土光敏夫著「信念の言葉」より)
これは、孔子の教え『大学』の中に出てくる言葉から取ったと言われています。
「まことに日に新たに、日日に新たに、また日に新たなり」(大学)
と大学の一節にあります。この言葉を、中国の殷王朝の湯王は、洗面器の縁に刻み、毎日読み上げて顔を洗い、日日挑戦の心を奮い起こさせたと本で読みました。
日本は、敗戦から挑戦し続け今の繁栄がありますが、これまでも造船疑獄、リクルート疑惑、近くでは鉄鋼橋梁談合、縁資源機構の談合等、内向きの発想で利権に集る「烏合の集団」になりがちです。
今こそ、土光氏の「挑戦心」と行革を推進した「志」を、業界の人たちが襟をただし、東アジアをリードする技術者集団として、切磋琢磨して更に技術を磨き、高い理念の基に、共存共栄と平和実現に努力して欲しいと願います。
村上ファンド実刑と、ウォール街のフェアな空気?
2007年09月03日
村上ファンド実刑と、ウォール街のフェアな空気?
~知識教育よりも、人間形成の徳育重視で~
今日、村上ファンドのインサイダー取引の判決が出ました。実刑2年、厳しい判決と思います。世論の色々な意見の中で「何で金儲けが悪いのか?」の言葉がテレビで流れていましたが、皆様の感想はいかがでしょうか?
かつて、仕事とは何か考えたことが有ります。暉峻淑子(てるおかいつこ)氏の著書に「豊かさの条件」と言うものがあります。その一節に、一人の銀行マンの一生が書かれていました。
戦前の大家族の末っ子として生まれ、銀行に丁稚奉公から始め、仕事しながら夜間の中学、高校、大学を卒業し、銀行にも働き続け、勤務時代から社会への恩返しを続け、退職後は夫婦とも質素な生活をしながら、不遇の学生に修学資金を支援する「足長おじさん・おばさん」を一生続けられました。妻に先立たれた後も支援を続けられ、自分はぼろぼろの服を着ながらも、不遇の子供たちへ修学資金を送り続けられました。
ただ一度、老人をホームから出たのは、明治の民衆運動を指導した「田中正造記念館」を訪問した時だけだったと書かれていました。また死後の遺産も少なかったのですが、全て「足長基金」に寄付をされたと言います。
さて私は、中年になり色々迷いの中で、影響を受けたいくつかの本に出会いました。その一つが篠原一教授の「市民の政治学」です。その一節に、仕事には3つの意味(役割)がある。
一つは、日々の生活を支えるために金を稼ぐ仕事の「労働」
もう一つは、現代社会を支える有償・無償のボランティアの「仕事」
例:婦人会、老人会、PTA、消防団等
もう一つは、未来社会のために働き、見返りのない仕事の「活動」
例:地球温暖化防止活動、環境会議、アースデイ、フェアトレード等
があると説明がありました。そして、これをそれぞれの個人の考え(生活の中)でバランス良くやるのが大人であるとも書かれていました。
これと似た言葉が、2400年前のギリシャのリーダー、ペリクレスの演説の一説にあります。人が社会とどう関わるか、いにしえからの重要な課題であると言う気がします。
昨日、ここ4週間分の新聞を整理していて、共同通信配信の連載「新たな自画像をもとめて」のシリーズで、ウォール街で働く日本女性のことが書かれていました。
アメリカ育ちのエリートで、大学・大学院を3年・1年で卒業し、ゴールドマン・サックス社に入社し、多忙な仕事しながら成長し、実力をつけて行くのですが、仕事に追われ続けてついに2年後「とにかく休まなきゃ」と退社し心と体の休養に入るのですが、1年後、またJPモルガン・チュースに就職し、以前の生活に戻ってしまったと言います。
どうして戻ったか、「もう一度、元気な状態でチャレンジしたかったのです」の書かれていました。そして別の言葉で「厳しいけどフェアな空気が私には魅力だった」とありました。
株取引の職場は、能力を付けヘッドハンティングも日常茶飯事ですが、中にはインサイダー取引で逮捕される人も居る。違法でもチャンスをつかもうとする人の存在は、ここでは珍しくないと言います。世界のマネーゲーム競技の本場とでも言いましょうか、欲の渦巻く世界です。
しかし、そのアメリカは、NGO、NOP活動がとても盛んな国でもあります。仕事の意味3つの内「ボランティア」と「未来社会のための仕事」にも、多くの時間と金を注ぎ込んでいますし、とても多くの人々が参加しています。この分野は、東洋哲学でも重要視されています。その証拠が、「積善の奨め」を書いた中国古典がたくさんあります。これは、世界のどの宗教にもつながる理念だと思います。
ただ、今の日本社会が仕事の中で金儲けの「労働」一辺倒になっていることが、社会に弊害をもたらしていると感じます。その最たる行為が、「ライブドア事件」「村上ファンドア事件」、かつての「ねずみ講事件」や「豊田商事事件」と思います。
色々とその時代で、やり方を変えて来たのですが、仕事の分野の社会貢献の二つの意味が欠落しているから、世間から糾弾されると思います。元々仕事は、「社会貢献」から始まっていると私は考えて来ました。社会貢献と金儲けのバランスが大事なように思います。
と今まで、高い理想の話をして来ましたが、でもお金は重要と東洋哲学の「性善説」の代表格、孟子も説いています。
「恒産なければ、因って恒心なし」
恒産:毎日の生活を十分に支えることのできる安定収入
のこと。そして、生活の安定がなければ、人の心が
ゆらぎやすく、悪事へも走りやすい。
心配は、現代の日本です。「恒産があるにもかかわらず、恒心(良心、積善の心)を亡くしている」かに見える人がいないでもありません。国全体の経済レベルが高くなっても、簡単には、人々の恒心を期待することができないかもしれないと、最近の株取引事件を考えると感じます。
経済は、その時々のルールがありますが、元々の経済活動の意味を今一度、「立ち返る」と、今回のような判決に至る行為や、アメリカのウォール街でのインサイダー取引に、手を染めることは減って来ると思います。でも、人の心は弱いものと思います。
昨日の新聞の中の投書に、「美しい国づくりよりも徳育教育を・・」の重要性を説いたものがありました。多くの大人たちが感じているようです。
世は、年金、年金騒動の参議院選挙なっています。生活の安定にはとても重要と思います。しかし、次世代の教育も大切と思います。教育再生議論が、いつの間にか消えているのがとても心配です。やはり、世の老人・熟年パワーは、超高齢化とともに、世を揺るがす力に成っているように感じます。みなさまの感想はいかがでしょうか。
~知識教育よりも、人間形成の徳育重視で~
今日、村上ファンドのインサイダー取引の判決が出ました。実刑2年、厳しい判決と思います。世論の色々な意見の中で「何で金儲けが悪いのか?」の言葉がテレビで流れていましたが、皆様の感想はいかがでしょうか?
かつて、仕事とは何か考えたことが有ります。暉峻淑子(てるおかいつこ)氏の著書に「豊かさの条件」と言うものがあります。その一節に、一人の銀行マンの一生が書かれていました。
戦前の大家族の末っ子として生まれ、銀行に丁稚奉公から始め、仕事しながら夜間の中学、高校、大学を卒業し、銀行にも働き続け、勤務時代から社会への恩返しを続け、退職後は夫婦とも質素な生活をしながら、不遇の学生に修学資金を支援する「足長おじさん・おばさん」を一生続けられました。妻に先立たれた後も支援を続けられ、自分はぼろぼろの服を着ながらも、不遇の子供たちへ修学資金を送り続けられました。
ただ一度、老人をホームから出たのは、明治の民衆運動を指導した「田中正造記念館」を訪問した時だけだったと書かれていました。また死後の遺産も少なかったのですが、全て「足長基金」に寄付をされたと言います。
さて私は、中年になり色々迷いの中で、影響を受けたいくつかの本に出会いました。その一つが篠原一教授の「市民の政治学」です。その一節に、仕事には3つの意味(役割)がある。
一つは、日々の生活を支えるために金を稼ぐ仕事の「労働」
もう一つは、現代社会を支える有償・無償のボランティアの「仕事」
例:婦人会、老人会、PTA、消防団等
もう一つは、未来社会のために働き、見返りのない仕事の「活動」
例:地球温暖化防止活動、環境会議、アースデイ、フェアトレード等
があると説明がありました。そして、これをそれぞれの個人の考え(生活の中)でバランス良くやるのが大人であるとも書かれていました。
これと似た言葉が、2400年前のギリシャのリーダー、ペリクレスの演説の一説にあります。人が社会とどう関わるか、いにしえからの重要な課題であると言う気がします。
昨日、ここ4週間分の新聞を整理していて、共同通信配信の連載「新たな自画像をもとめて」のシリーズで、ウォール街で働く日本女性のことが書かれていました。
アメリカ育ちのエリートで、大学・大学院を3年・1年で卒業し、ゴールドマン・サックス社に入社し、多忙な仕事しながら成長し、実力をつけて行くのですが、仕事に追われ続けてついに2年後「とにかく休まなきゃ」と退社し心と体の休養に入るのですが、1年後、またJPモルガン・チュースに就職し、以前の生活に戻ってしまったと言います。
どうして戻ったか、「もう一度、元気な状態でチャレンジしたかったのです」の書かれていました。そして別の言葉で「厳しいけどフェアな空気が私には魅力だった」とありました。
株取引の職場は、能力を付けヘッドハンティングも日常茶飯事ですが、中にはインサイダー取引で逮捕される人も居る。違法でもチャンスをつかもうとする人の存在は、ここでは珍しくないと言います。世界のマネーゲーム競技の本場とでも言いましょうか、欲の渦巻く世界です。
しかし、そのアメリカは、NGO、NOP活動がとても盛んな国でもあります。仕事の意味3つの内「ボランティア」と「未来社会のための仕事」にも、多くの時間と金を注ぎ込んでいますし、とても多くの人々が参加しています。この分野は、東洋哲学でも重要視されています。その証拠が、「積善の奨め」を書いた中国古典がたくさんあります。これは、世界のどの宗教にもつながる理念だと思います。
ただ、今の日本社会が仕事の中で金儲けの「労働」一辺倒になっていることが、社会に弊害をもたらしていると感じます。その最たる行為が、「ライブドア事件」「村上ファンドア事件」、かつての「ねずみ講事件」や「豊田商事事件」と思います。
色々とその時代で、やり方を変えて来たのですが、仕事の分野の社会貢献の二つの意味が欠落しているから、世間から糾弾されると思います。元々仕事は、「社会貢献」から始まっていると私は考えて来ました。社会貢献と金儲けのバランスが大事なように思います。
と今まで、高い理想の話をして来ましたが、でもお金は重要と東洋哲学の「性善説」の代表格、孟子も説いています。
「恒産なければ、因って恒心なし」
恒産:毎日の生活を十分に支えることのできる安定収入
のこと。そして、生活の安定がなければ、人の心が
ゆらぎやすく、悪事へも走りやすい。
心配は、現代の日本です。「恒産があるにもかかわらず、恒心(良心、積善の心)を亡くしている」かに見える人がいないでもありません。国全体の経済レベルが高くなっても、簡単には、人々の恒心を期待することができないかもしれないと、最近の株取引事件を考えると感じます。
経済は、その時々のルールがありますが、元々の経済活動の意味を今一度、「立ち返る」と、今回のような判決に至る行為や、アメリカのウォール街でのインサイダー取引に、手を染めることは減って来ると思います。でも、人の心は弱いものと思います。
昨日の新聞の中の投書に、「美しい国づくりよりも徳育教育を・・」の重要性を説いたものがありました。多くの大人たちが感じているようです。
世は、年金、年金騒動の参議院選挙なっています。生活の安定にはとても重要と思います。しかし、次世代の教育も大切と思います。教育再生議論が、いつの間にか消えているのがとても心配です。やはり、世の老人・熟年パワーは、超高齢化とともに、世を揺るがす力に成っているように感じます。みなさまの感想はいかがでしょうか。
選挙結果は、国民の意志
2007年09月03日
選挙結果は、国民の意志
~安倍政権の大敗を考える~
日本の今後の方向を決めるとまで言われて来た「参議院通常選挙」は、自民党の大敗と、民主党の大躍進と言う結果で終わりました。それぞれの責任者の答弁を聞くに、国民の思いと近いほうが今回の結果につながったように思います。まず持って「年金選挙」のきびしい体制批判は、国民の国会への関心を高める結果になったと思います。
「国民は、選挙に行かずに家で寝ててくれ」が、与党の思いだったかもしれませんが、今回の選挙は、「国の凋落を止めるきっかけにしたい」と、国民一人ひとりが投票所へ足を運んだと思います。全国の投票率が軒並みアップして、選挙戦の厳しさを思いました。 ただ、気になるが福岡県選挙区だけが投票率が下がっていたのが、九州人として懸念材料に思っています。
前回の衆議院選挙は、「郵政民営化選挙」で小泉自民党の勝利でしたが、その反動が今回の「年金問題」と、地方と都市の格差意識も手伝った、現政権に「NO」を突きつけたのだと思います。空前の経済成長と報道では聞くに、地方の変らない状況に、経済指標の報道に疑問も持ちたくなる気がします。
昨日も熊本の選挙報道で、熊本選挙区は横一線と聞いていたのに、全国でも早々とNHKが「当確」を出した。それぞれの候補が、勝ち負けの挨拶をしたのですが、負ける方の候補の得票数が深夜まで多かった、今朝の結果でそれぞれが44万票、43万票をこえる数字で、結果はその差約7千票でした。報道機関の安易な選挙報道が、出口調査や前評判に流されて、緻密な調査が無かったのではと考えたりします。
NHKの当確報道に、気分的に承服できない感じが残り、もし数十票差の結果だったらどう弁明するかとか思いました。
さて、安倍首相は、敗戦予想は早くから予想されていたといえ、早々と自ら続投の意志を発表しましたが、果たして「責任は無し」で良いのだろうかと思います。
国会でも議論を重視しているようにも見えず、参議院での議論は「通過させるだけ」の短い議論が何回も続いたように思います。2院政軽視に対しても、国民の意志が表明されたようにも思います。「良識の府」と言われる参議院の存在を見直すように、国民が民主党に要請したと思えてなりません。
一時期の風潮に、一院制で良いのではと流れた時、それについて納得できる首相の答弁も無かったし、一党独裁とまではないですが、野党軽視し、参議院を「駅の改札口」程度にしか考えていない論議期間に、国民の良識が健全運営を要請したと思います。
前回の衆議院選挙は、公務員不祥事続きで「郵政民営化選挙」を利用した小泉首相、今回は官制談合、公務員不祥事、政治資金疑惑、年金事務怠慢の年金手帳5000万件不明の「年金問題選挙」が逆手に出た安倍首相、どちらも長く続く自民党-官僚機構の馴れ合いから出た問題と言う気がしています。
戦前からの体制が変らない、官僚機構と電気事業から、色々な問題が次々に出て来るのが無関係とは思えない気がしています。「菜根譚」の一節に次の言葉があります。
「久安を恃むことなかれ、初難を憚(はばか)ることなかれ」
今の幸せが長く続くことを期待してはいけない。また最初の困難に挫けず、逃げ腰になってはならない意味ですが、人間苦境に陥ったときにどう動くかだと思います。
自民党の安倍首相と民主党の小沢党首、今回の選挙が今後の日本の政治にどう影響するかは、今後のリーダーたちの行動を検証するしかありませんが、国民の意志から遊離しない国会であって欲しいと願います。
昨日のNHK-BSの特集で、中世にミクロネシアで600年近く統治した国府の遺跡が紹介されていました。ミクロネシア地域は、海洋の民ですが、城郭を持つ王の館は、玄武岩を積み上げ、豪壮な建物がいくつも在り、文化的な生活が営まれたことが紹介されていました。
それを見ながら、宮崎駿氏の作品「天空の城 ラピュタ」を思い出しました。その仮想国は、科学技術と軍事力を使い、世界を空中から統治しようとした王家が、最後に出した答えは「民から離れたらいけない」と気付き、地上に降りたことを思い出しました。
ミクロネシアの王政も、一般庶民の生活に近いところからの発想で、政治を行うことを忘れていたために、時の流れの中で凋落して行ったと思います。
今の日本の政治機構は、東京一極集中で、政治家は東京の生活に親しみ、地方の一般国民の生活から、乖離していることに気づいていないように思います。今回の選挙では、民主党の方が、一般国民に近いところで意見を聞き、(年金等の)問題を掘り起こし、更に足しげく地方を歩き、導き出したもののように思います。
自民党政権が、永きにわたり政権政党で有り続けて、前回の解散総選挙で大勝利して、国民意識から乖離した「ラピュタ」の驕りの気持ちに在ったのを、天の意志が叱責したのではと感じます。
今後、自民党政権は、謙虚に国民の声を全国から拾い集め、真摯な態度と、時間をかけ、少数意見も加味した、政治を行って欲しいと願います。
~安倍政権の大敗を考える~
日本の今後の方向を決めるとまで言われて来た「参議院通常選挙」は、自民党の大敗と、民主党の大躍進と言う結果で終わりました。それぞれの責任者の答弁を聞くに、国民の思いと近いほうが今回の結果につながったように思います。まず持って「年金選挙」のきびしい体制批判は、国民の国会への関心を高める結果になったと思います。
「国民は、選挙に行かずに家で寝ててくれ」が、与党の思いだったかもしれませんが、今回の選挙は、「国の凋落を止めるきっかけにしたい」と、国民一人ひとりが投票所へ足を運んだと思います。全国の投票率が軒並みアップして、選挙戦の厳しさを思いました。 ただ、気になるが福岡県選挙区だけが投票率が下がっていたのが、九州人として懸念材料に思っています。
前回の衆議院選挙は、「郵政民営化選挙」で小泉自民党の勝利でしたが、その反動が今回の「年金問題」と、地方と都市の格差意識も手伝った、現政権に「NO」を突きつけたのだと思います。空前の経済成長と報道では聞くに、地方の変らない状況に、経済指標の報道に疑問も持ちたくなる気がします。
昨日も熊本の選挙報道で、熊本選挙区は横一線と聞いていたのに、全国でも早々とNHKが「当確」を出した。それぞれの候補が、勝ち負けの挨拶をしたのですが、負ける方の候補の得票数が深夜まで多かった、今朝の結果でそれぞれが44万票、43万票をこえる数字で、結果はその差約7千票でした。報道機関の安易な選挙報道が、出口調査や前評判に流されて、緻密な調査が無かったのではと考えたりします。
NHKの当確報道に、気分的に承服できない感じが残り、もし数十票差の結果だったらどう弁明するかとか思いました。
さて、安倍首相は、敗戦予想は早くから予想されていたといえ、早々と自ら続投の意志を発表しましたが、果たして「責任は無し」で良いのだろうかと思います。
国会でも議論を重視しているようにも見えず、参議院での議論は「通過させるだけ」の短い議論が何回も続いたように思います。2院政軽視に対しても、国民の意志が表明されたようにも思います。「良識の府」と言われる参議院の存在を見直すように、国民が民主党に要請したと思えてなりません。
一時期の風潮に、一院制で良いのではと流れた時、それについて納得できる首相の答弁も無かったし、一党独裁とまではないですが、野党軽視し、参議院を「駅の改札口」程度にしか考えていない論議期間に、国民の良識が健全運営を要請したと思います。
前回の衆議院選挙は、公務員不祥事続きで「郵政民営化選挙」を利用した小泉首相、今回は官制談合、公務員不祥事、政治資金疑惑、年金事務怠慢の年金手帳5000万件不明の「年金問題選挙」が逆手に出た安倍首相、どちらも長く続く自民党-官僚機構の馴れ合いから出た問題と言う気がしています。
戦前からの体制が変らない、官僚機構と電気事業から、色々な問題が次々に出て来るのが無関係とは思えない気がしています。「菜根譚」の一節に次の言葉があります。
「久安を恃むことなかれ、初難を憚(はばか)ることなかれ」
今の幸せが長く続くことを期待してはいけない。また最初の困難に挫けず、逃げ腰になってはならない意味ですが、人間苦境に陥ったときにどう動くかだと思います。
自民党の安倍首相と民主党の小沢党首、今回の選挙が今後の日本の政治にどう影響するかは、今後のリーダーたちの行動を検証するしかありませんが、国民の意志から遊離しない国会であって欲しいと願います。
昨日のNHK-BSの特集で、中世にミクロネシアで600年近く統治した国府の遺跡が紹介されていました。ミクロネシア地域は、海洋の民ですが、城郭を持つ王の館は、玄武岩を積み上げ、豪壮な建物がいくつも在り、文化的な生活が営まれたことが紹介されていました。
それを見ながら、宮崎駿氏の作品「天空の城 ラピュタ」を思い出しました。その仮想国は、科学技術と軍事力を使い、世界を空中から統治しようとした王家が、最後に出した答えは「民から離れたらいけない」と気付き、地上に降りたことを思い出しました。
ミクロネシアの王政も、一般庶民の生活に近いところからの発想で、政治を行うことを忘れていたために、時の流れの中で凋落して行ったと思います。
今の日本の政治機構は、東京一極集中で、政治家は東京の生活に親しみ、地方の一般国民の生活から、乖離していることに気づいていないように思います。今回の選挙では、民主党の方が、一般国民に近いところで意見を聞き、(年金等の)問題を掘り起こし、更に足しげく地方を歩き、導き出したもののように思います。
自民党政権が、永きにわたり政権政党で有り続けて、前回の解散総選挙で大勝利して、国民意識から乖離した「ラピュタ」の驕りの気持ちに在ったのを、天の意志が叱責したのではと感じます。
今後、自民党政権は、謙虚に国民の声を全国から拾い集め、真摯な態度と、時間をかけ、少数意見も加味した、政治を行って欲しいと願います。
語り続ける被爆者とずれた政治家の認識
2007年09月03日
語り続ける被爆者とずれた政治家の認識
「心の傷」語り続ける被爆者
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=271113&media_id=2
>「広島で被爆し、死体の間を歩いたこともある」。思い出したくない風景を口にする女性を見て、62年前から胸にしまっていた記憶が頭をよぎった。
>原爆投下から約3時間後、工場近くに船で運ばれてきた負傷者を見た。顔は熱線で焼けただれ、すさまじい形相だった。「私が最初に見た被爆者です。思い出したくなく、ずっと心に閉じこめていた」(長崎)
昨日は、長崎の原爆の日でした。62年の歳月を過ぎても被爆の後遺症は、酷いものとおもいました。
NHK,民放ともに、長崎市出身の政治家、防衛省の久間前防衛大臣の「しょうがない」発言にが、被爆者だけでなく国民の多くから、「認識不足」の声が絶えないのは、現首相もそうですが、被爆者との対話が、原爆症の現状、当時の原爆被害の経験を、真摯に聞く姿勢が足りないのではと思います。
久間氏発言の、「・・・戦争終結に、アメリカが原爆を使ったのはしょうがない。」は、私自身愕然としたこと、政治家の驕りと、知らなすぎる、そして「被爆者の方々と語っていない。同じ目線で、核問題を意見を交わしていない」と思いました。
終戦から62年、毎年平和公園を催される記念式典の参列する政治家の方々は、どんな思いで爆心地に居るのでしょうか。
規模は、小さいですがイラクで使われた「劣化ウラン弾」というものが有りますが、アメリカは堂々と、アフガン、コソボ、そしてイラクと、参戦した兵士の中にも、放射能の影響ではと思われる症状が出ていると言います。
憲法改憲で、9条の変更の話題もちらほら出て来ている中で、平和の大事さ、太平洋戦争の戦地でなくなった兵士の人、現地の人々、沖縄戦、各都市の空襲、広島・長崎の原爆で多くの尊い命が奪われました。この教訓をどう生かすが、盛夏から日本に寄せられる期待があると思います。
外向きの外交ばかりの体裁を繕ったり、言葉の印象から「美しい日本をつくる」とイメージ先行しても、国民一人ひとりの心が「不戦憲法」と認識し、世界に誇れる国是と自負するものを、戦争被害者やいまで苦しみ中、その当事者の声も中途半端に聞く姿勢だから、久間氏、中川氏など戦後生まれの政治家の「核必要論」や「しょうがない」発言が出てくるのだと思います。
都市と地方の格差もそうですが、政治家が当事者かた離れて居る気がします。自民党大敗の原因も、インターネットの安易な情報もうにとより、国民一人ひとり、戦争被害者の一人ひとりと変ることを忘れていると感じます。
私は、政治評論家の内田健三先生の熊本での活動を数年お手伝いしたとき教えてもらったのすが、先生はどんなに多忙でも、自分で足を運び、現地で、当事者と語り、事件(出来事、選挙)後の検証を何年も調べ続けておられました。
先生が超多忙のころ、かつてニュースステーションに出て居られ時にも、必ず人(当事者)と現地で話し、検証し続けていたから他の方々から、異論を唱えられなかったことを思い出します。
これと同じ事を、現職の政治家に努めて欲しいと願います。元首相の三木武夫氏は、閣僚や派閥の領袖をされる以前は、国会がないときは地元徳島県内をはじめ、国内の要望の有るところは出向き、国民と語り続けておられたと、三木氏の夫人の手記で読みました。
長崎市出身の久間氏の発言は、原爆被害を受けた長崎市民と対話が足りないから、失言、暴言が出てくると、テレビのインタビューを聞きながら感じました。
8月15日は、終戦記念日ですが、世界の思いから生まれた日本の「憲法9条の理念」は、日本の誇れる精神として残して行きたいと思います。
「心の傷」語り続ける被爆者
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=271113&media_id=2
>「広島で被爆し、死体の間を歩いたこともある」。思い出したくない風景を口にする女性を見て、62年前から胸にしまっていた記憶が頭をよぎった。
>原爆投下から約3時間後、工場近くに船で運ばれてきた負傷者を見た。顔は熱線で焼けただれ、すさまじい形相だった。「私が最初に見た被爆者です。思い出したくなく、ずっと心に閉じこめていた」(長崎)
昨日は、長崎の原爆の日でした。62年の歳月を過ぎても被爆の後遺症は、酷いものとおもいました。
NHK,民放ともに、長崎市出身の政治家、防衛省の久間前防衛大臣の「しょうがない」発言にが、被爆者だけでなく国民の多くから、「認識不足」の声が絶えないのは、現首相もそうですが、被爆者との対話が、原爆症の現状、当時の原爆被害の経験を、真摯に聞く姿勢が足りないのではと思います。
久間氏発言の、「・・・戦争終結に、アメリカが原爆を使ったのはしょうがない。」は、私自身愕然としたこと、政治家の驕りと、知らなすぎる、そして「被爆者の方々と語っていない。同じ目線で、核問題を意見を交わしていない」と思いました。
終戦から62年、毎年平和公園を催される記念式典の参列する政治家の方々は、どんな思いで爆心地に居るのでしょうか。
規模は、小さいですがイラクで使われた「劣化ウラン弾」というものが有りますが、アメリカは堂々と、アフガン、コソボ、そしてイラクと、参戦した兵士の中にも、放射能の影響ではと思われる症状が出ていると言います。
憲法改憲で、9条の変更の話題もちらほら出て来ている中で、平和の大事さ、太平洋戦争の戦地でなくなった兵士の人、現地の人々、沖縄戦、各都市の空襲、広島・長崎の原爆で多くの尊い命が奪われました。この教訓をどう生かすが、盛夏から日本に寄せられる期待があると思います。
外向きの外交ばかりの体裁を繕ったり、言葉の印象から「美しい日本をつくる」とイメージ先行しても、国民一人ひとりの心が「不戦憲法」と認識し、世界に誇れる国是と自負するものを、戦争被害者やいまで苦しみ中、その当事者の声も中途半端に聞く姿勢だから、久間氏、中川氏など戦後生まれの政治家の「核必要論」や「しょうがない」発言が出てくるのだと思います。
都市と地方の格差もそうですが、政治家が当事者かた離れて居る気がします。自民党大敗の原因も、インターネットの安易な情報もうにとより、国民一人ひとり、戦争被害者の一人ひとりと変ることを忘れていると感じます。
私は、政治評論家の内田健三先生の熊本での活動を数年お手伝いしたとき教えてもらったのすが、先生はどんなに多忙でも、自分で足を運び、現地で、当事者と語り、事件(出来事、選挙)後の検証を何年も調べ続けておられました。
先生が超多忙のころ、かつてニュースステーションに出て居られ時にも、必ず人(当事者)と現地で話し、検証し続けていたから他の方々から、異論を唱えられなかったことを思い出します。
これと同じ事を、現職の政治家に努めて欲しいと願います。元首相の三木武夫氏は、閣僚や派閥の領袖をされる以前は、国会がないときは地元徳島県内をはじめ、国内の要望の有るところは出向き、国民と語り続けておられたと、三木氏の夫人の手記で読みました。
長崎市出身の久間氏の発言は、原爆被害を受けた長崎市民と対話が足りないから、失言、暴言が出てくると、テレビのインタビューを聞きながら感じました。
8月15日は、終戦記念日ですが、世界の思いから生まれた日本の「憲法9条の理念」は、日本の誇れる精神として残して行きたいと思います。
阿蘇の高原は心地良し、ここにもネット・ビジネス
2007年09月03日
阿蘇の高原は心地良し、ここにもネット・ビジネス
今朝は、早々から家を出て、阿蘇高原へ向いました。私の住む地域は、九州の有明海に面する地域ですが、九州山地域の町での仕事で、1時間半をかけて移動しました。早朝の空から「今日の熊本の平地は、36℃以上」と思いました。これは、ラッキー。行く地域は、温度差5℃は望めると思い、外の仕事だったので楽しみでした。ちなみに今日の熊本、日中36.5℃でした。
汗が出ると思いタオル、肌着の着替えを持って行ったのですが、時々雲も出て、実測する家の方が、親切で冷たいものを出してもらったり、高原も風も吹き、結局着替えもせずに済みました。冬は寒いですが、夏は山が良いなと思いました。
熊本県上益城郡山都町馬見原地区の町並みの景観整備の事業で、古き良き時代に戻そうと10年前から地域が取り組み、やっとその形が見えてきました。ただ、どこも中山間地域は、人口減少が著しく、それこそ今回の衆議院選挙の争点、都市と地方の格差、県下でも県庁所在地と中山間地域、離島地域の格差が問題になっていると感じます。
その地域の商店主に若い青年が居て、その店も景観整備をするのですが、フォトショップを営んでいらっしゃるのですが、デジダルの時代厳しいかなと店内を見ていると、古いカメラが山済みになっていました。今回の町並み修景事業は、昭和初期をイメージしていますので、ジャバラ式のカメラや、戦前のライカのカメラとか、建物の古くなるので展示したいと語ってくれました。
なんと日常は、ネットで古いカメラの販売をしていると聞き、「ここでも、ネットで商売をしている人が居た」と気付き、都市と地方の格差を埋める努力を、地方の商店主も頑張っていると気づかされました。古き良き町並みと、マニヤックなカメラ、でもインターナットで情報発信し、事業を展開して、夢を膨らませる若者が居ることがとてもたくましく思いました。
私もインターネットに関わって10年になりますが、私の情報発信にネットは欠くことのできないものになっています。ここで思ったことは、都市は人とものが多いですが、地方の自然の豊かさ、心癒す風、人々の温かさを加味して、世界に情報発信させるには、インターネット情報網の格差をなくすことが重要とおもいます。
小泉改革は、都市が儲かって地方に波及すると言いますが、それは無理な話で、都市の「人、物、金」と地方の「自然、心地良さ、古き良き日本、原風景」が、対価交換できる環境を整えることに、今後社会が向うことが必要なように思います。
今日は、一日高原の風に吹かれながら、一日過ごした気分は最高でした。今日は、「立秋」だそうです。まだまだ都市は暑いですが、自然は季節の移り変わりを、少しづつ進めている気がしました。
*馬見原は、8月25、26日が、火伏地蔵祭りです。
色々な催しと、進む町並みの景観整備をご覧ください。
26日は、私も馬見原に行きます。 (ノグチ)
・(熊本県)建築士サークル
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2489081
「熊本県内及び熊本県出身の建築士の方々と意見を交わし、各々の分野や地域で展開されている事業活動を高め合う情報ネットワーク」
今朝は、早々から家を出て、阿蘇高原へ向いました。私の住む地域は、九州の有明海に面する地域ですが、九州山地域の町での仕事で、1時間半をかけて移動しました。早朝の空から「今日の熊本の平地は、36℃以上」と思いました。これは、ラッキー。行く地域は、温度差5℃は望めると思い、外の仕事だったので楽しみでした。ちなみに今日の熊本、日中36.5℃でした。
汗が出ると思いタオル、肌着の着替えを持って行ったのですが、時々雲も出て、実測する家の方が、親切で冷たいものを出してもらったり、高原も風も吹き、結局着替えもせずに済みました。冬は寒いですが、夏は山が良いなと思いました。
熊本県上益城郡山都町馬見原地区の町並みの景観整備の事業で、古き良き時代に戻そうと10年前から地域が取り組み、やっとその形が見えてきました。ただ、どこも中山間地域は、人口減少が著しく、それこそ今回の衆議院選挙の争点、都市と地方の格差、県下でも県庁所在地と中山間地域、離島地域の格差が問題になっていると感じます。
その地域の商店主に若い青年が居て、その店も景観整備をするのですが、フォトショップを営んでいらっしゃるのですが、デジダルの時代厳しいかなと店内を見ていると、古いカメラが山済みになっていました。今回の町並み修景事業は、昭和初期をイメージしていますので、ジャバラ式のカメラや、戦前のライカのカメラとか、建物の古くなるので展示したいと語ってくれました。
なんと日常は、ネットで古いカメラの販売をしていると聞き、「ここでも、ネットで商売をしている人が居た」と気付き、都市と地方の格差を埋める努力を、地方の商店主も頑張っていると気づかされました。古き良き町並みと、マニヤックなカメラ、でもインターナットで情報発信し、事業を展開して、夢を膨らませる若者が居ることがとてもたくましく思いました。
私もインターネットに関わって10年になりますが、私の情報発信にネットは欠くことのできないものになっています。ここで思ったことは、都市は人とものが多いですが、地方の自然の豊かさ、心癒す風、人々の温かさを加味して、世界に情報発信させるには、インターネット情報網の格差をなくすことが重要とおもいます。
小泉改革は、都市が儲かって地方に波及すると言いますが、それは無理な話で、都市の「人、物、金」と地方の「自然、心地良さ、古き良き日本、原風景」が、対価交換できる環境を整えることに、今後社会が向うことが必要なように思います。
今日は、一日高原の風に吹かれながら、一日過ごした気分は最高でした。今日は、「立秋」だそうです。まだまだ都市は暑いですが、自然は季節の移り変わりを、少しづつ進めている気がしました。
*馬見原は、8月25、26日が、火伏地蔵祭りです。
色々な催しと、進む町並みの景観整備をご覧ください。
26日は、私も馬見原に行きます。 (ノグチ)
・(熊本県)建築士サークル
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2489081
「熊本県内及び熊本県出身の建築士の方々と意見を交わし、各々の分野や地域で展開されている事業活動を高め合う情報ネットワーク」
旧盆の帰郷と、起業塾ネット始動
2007年09月03日
旧盆の帰郷と、起業塾ネット始動
・帰省ラッシュ 高速で63km渋滞
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=272661&media_id=2
朝から、都市圏から地方への高速道路の渋滞情報を聞きながら、今週6度目の往復3時間のまちづくり調査と打ち合わせに、やっと目途が立ちましたが、次なる課題が押し寄せつつ有ります。
難問、子育て支援センター設計の事業費削減の工夫です。かれこれ、4度目の調整ですが、なかなか折り合わず、午後から断続的に連絡(削減策を指示し続けました。)し、第一の目標を達して、更なる検討要素を見つけ出しました。
また夜は、熊本市の市民まつり「火の国まつり」の総踊りが繁華街のメインストリートで行われる横で、元熊本県起業塾の同窓生仲間で「元気な人」数名が集まり、起業塾同窓生のネットワークを作り、社会に対して貢献できることをしようと、色々な思いも語りながら、ベンチャー(支援)のネットワークを作りのことを、約2時間、5人で喧喧諤々の議論をしました。「いやーっ!」久々の再開で色々アイデアも、熱意も噴出して、刺激的な対談になりました。
集まったのは、私と、コミュニティービジネスを展開している人、草木染を主に工芸品で起業し北部九州で事業を展開する人、自然との共生を念頭にして生活商品・食品開発を研究をする人、建築部門で構造計算を主に事業を展開する若い女性技術者とで、真剣にも和気藹々の意見交換は、広範囲で中身の濃いものになりました。異業種の集まり出てくる「意見」「提言」等は、私の貴重なまちづくり素材になると考えています。
ちょっと、余談ですみませんが、高速で35km、45kmの渋滞は、「何で高速道路が渋滞するの?」と行政に聞きたい。おかしいと思いませんか?
現況とずれた政策の歪が、「日本の先頭を走る大都市と、地方都市の基盤整備状況格差は酷いものになっている。」のに、都市生活者の著名なエコノミストたちは、番組で都市の活況を語りますが、真剣に地方の現状を調査しているようには思いません。だから「地方切捨て」の政策に、「NO」と選挙で意思表示された思います。評論家は、現場の声を大事にしないと、その座が危なくなるような気がします。
これからも小泉改革の継承者だけの主調では、国民が納得するはずがありません。政治家は、それぞれにオリジナルの政策が必須条件なのに、安倍氏にしろ、麻生氏にしろ、政治家の3代目だけの知名度で総理、幹事長をする時代は終わったと気づいて欲しいと思います。
閣僚の首の挿げ替えも必要ですが、次世代を活かす政策がポイントになると思っています。テレビは、安易な内閣人事論議で何時間も中身の無い議論を展開していますが、要は「実働がどうか?」そこを国民は検証するものと思います。地方出身の政治家3代目代議士の「本物」がどの程度か、もっと国内に人材は居ないか、国民に真意を問いたい気分にもなります。
「さて、渋滞をものともせず、故郷へかえる「思い」のエネルギーは何か?」
「私はずっと田舎で住み続けるものとして、これからどう生きるか?」
故郷で語る人の会話の中に、今後の格差改善のアイデアが見つかると良いなと思っています。久々の故郷、同窓会、旧友との再会は、昔を思い出す力になっていると思いますし、ある意味経済効果もあると思います。
友遠方より来る(帰る)、数日の田舎の賑わいが、いつか「活性化したい田舎」が日常になると良いなと思っています。
・帰省ラッシュ 高速で63km渋滞
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=272661&media_id=2
朝から、都市圏から地方への高速道路の渋滞情報を聞きながら、今週6度目の往復3時間のまちづくり調査と打ち合わせに、やっと目途が立ちましたが、次なる課題が押し寄せつつ有ります。
難問、子育て支援センター設計の事業費削減の工夫です。かれこれ、4度目の調整ですが、なかなか折り合わず、午後から断続的に連絡(削減策を指示し続けました。)し、第一の目標を達して、更なる検討要素を見つけ出しました。
また夜は、熊本市の市民まつり「火の国まつり」の総踊りが繁華街のメインストリートで行われる横で、元熊本県起業塾の同窓生仲間で「元気な人」数名が集まり、起業塾同窓生のネットワークを作り、社会に対して貢献できることをしようと、色々な思いも語りながら、ベンチャー(支援)のネットワークを作りのことを、約2時間、5人で喧喧諤々の議論をしました。「いやーっ!」久々の再開で色々アイデアも、熱意も噴出して、刺激的な対談になりました。
集まったのは、私と、コミュニティービジネスを展開している人、草木染を主に工芸品で起業し北部九州で事業を展開する人、自然との共生を念頭にして生活商品・食品開発を研究をする人、建築部門で構造計算を主に事業を展開する若い女性技術者とで、真剣にも和気藹々の意見交換は、広範囲で中身の濃いものになりました。異業種の集まり出てくる「意見」「提言」等は、私の貴重なまちづくり素材になると考えています。
ちょっと、余談ですみませんが、高速で35km、45kmの渋滞は、「何で高速道路が渋滞するの?」と行政に聞きたい。おかしいと思いませんか?
現況とずれた政策の歪が、「日本の先頭を走る大都市と、地方都市の基盤整備状況格差は酷いものになっている。」のに、都市生活者の著名なエコノミストたちは、番組で都市の活況を語りますが、真剣に地方の現状を調査しているようには思いません。だから「地方切捨て」の政策に、「NO」と選挙で意思表示された思います。評論家は、現場の声を大事にしないと、その座が危なくなるような気がします。
これからも小泉改革の継承者だけの主調では、国民が納得するはずがありません。政治家は、それぞれにオリジナルの政策が必須条件なのに、安倍氏にしろ、麻生氏にしろ、政治家の3代目だけの知名度で総理、幹事長をする時代は終わったと気づいて欲しいと思います。
閣僚の首の挿げ替えも必要ですが、次世代を活かす政策がポイントになると思っています。テレビは、安易な内閣人事論議で何時間も中身の無い議論を展開していますが、要は「実働がどうか?」そこを国民は検証するものと思います。地方出身の政治家3代目代議士の「本物」がどの程度か、もっと国内に人材は居ないか、国民に真意を問いたい気分にもなります。
「さて、渋滞をものともせず、故郷へかえる「思い」のエネルギーは何か?」
「私はずっと田舎で住み続けるものとして、これからどう生きるか?」
故郷で語る人の会話の中に、今後の格差改善のアイデアが見つかると良いなと思っています。久々の故郷、同窓会、旧友との再会は、昔を思い出す力になっていると思いますし、ある意味経済効果もあると思います。
友遠方より来る(帰る)、数日の田舎の賑わいが、いつか「活性化したい田舎」が日常になると良いなと思っています。
「いじめ」がなくならない。家庭教育が重要。
2007年09月03日
「いじめ」がなくならない。家庭教育が重要。
>不登校5年ぶり増加 「いじめ」原因は4688人 (産経Web)
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/gakko/070810/gkk070810000.htm
小中学校で年間30日以上欠席した「不登校」の児童生徒は、平成18年度は12万6764人(前年度比3.7%増)に上ったことが9日、文部科学省の学校基本調査(速報)で分かった。平成13年度に過去最多の13万8722人をピークに減少していたが、5年ぶりに増加に転じた。
昨年相次いだいじめ問題を受け、不登校のきっかけについて今回から「いじめ」を選択肢に加えた結果、4688人(3.2%)が該当した。
>明大・元応援団員が自殺 いじめ示唆する遺書 大学が調査委設置(産経Web)
http://www.sankei.co.jp/shakai/jiken/070814/jkn070814014.htm
「いじめ」がなくならない。人には2つの命が在ると言われます。
生命維持の命と、生きるという心の命。生物として生きるためには、「生きよう」「生きたい」と言う心があってこそ、人は生きれると思います。まして、自分で自分の命を絶つことは、許されることでなく、やってはいけないことと思います。
国内で、小中のいじめが増えている現実、大学生まではいじめをしている現実、命を大切にする教育が希薄になってきているように感じます。
子供の教育の重要な部分は、家庭にあると最近思うのですが、偉人たちの幼少期に大きく影響を与え、成長した後もその家庭が先祖以来続けて来たことを知り、さらに自分を育てる教育を続けることが多いように思います。学校での知識だけで一生を送ることはないと思いますが、その最大の指導者は、親であると思います。親の生き様、あるいは言動が子どもに与える影響は、多大なものがあると感じます。
いじめの問題を、家庭内でどのように子どもに語るか、色々な出来事、事件について家庭内での会話にも注意を払って行くことが必要だなと思いました。
「三つ子の魂、百まで」は、家庭こそが最も重要な教育実践の場であると思います。家庭の教育力の低下が問われる中、命の尊さ、人間の尊厳、心を育てる続ける大切さを家庭の中で語り継ぐことが、今回の教育改革の中に見えないように思います。
そもそもは、各家庭の文化として、家庭教育があったのですが、幼児教育から保育園に頼り、小中学校を無料の「託児(子)所」と考えているのではと思える保護者も居たり、給食費の未納問題にも見える、責任の自覚のない親も居て、学校教育の限界も有り、これからはそれぞれの家庭で、次世代育成の理念を持ち、継承して行くことが必要と思います。
陽明学の祖、王陽明の王家は、何代も続く名門ですが、それは家庭教育のすばらしさにあると思います。元難民高等弁務官の緒方貞子氏もまた、緒方洪庵の教育を受けた先祖から面々と積み上げられた家庭文化にあるように感じます。
家庭教育の大事さを保護者に自覚させるには、今回の教育改革の一条にも家庭教育の重要性が出ていますので、日本の各界のリーダーたちの発言が影響を与えると思いますので、「教育の最大の先導者は、親であること。家庭文化の中で2つの命の意味を語ることの大切さ。」を、色々なところで話題にして欲しいと思います。
いじめに苦しむ子どもたちの心をいやし、いつかいじめのない社会になることを願っています。
>不登校5年ぶり増加 「いじめ」原因は4688人 (産経Web)
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/gakko/070810/gkk070810000.htm
小中学校で年間30日以上欠席した「不登校」の児童生徒は、平成18年度は12万6764人(前年度比3.7%増)に上ったことが9日、文部科学省の学校基本調査(速報)で分かった。平成13年度に過去最多の13万8722人をピークに減少していたが、5年ぶりに増加に転じた。
昨年相次いだいじめ問題を受け、不登校のきっかけについて今回から「いじめ」を選択肢に加えた結果、4688人(3.2%)が該当した。
>明大・元応援団員が自殺 いじめ示唆する遺書 大学が調査委設置(産経Web)
http://www.sankei.co.jp/shakai/jiken/070814/jkn070814014.htm
「いじめ」がなくならない。人には2つの命が在ると言われます。
生命維持の命と、生きるという心の命。生物として生きるためには、「生きよう」「生きたい」と言う心があってこそ、人は生きれると思います。まして、自分で自分の命を絶つことは、許されることでなく、やってはいけないことと思います。
国内で、小中のいじめが増えている現実、大学生まではいじめをしている現実、命を大切にする教育が希薄になってきているように感じます。
子供の教育の重要な部分は、家庭にあると最近思うのですが、偉人たちの幼少期に大きく影響を与え、成長した後もその家庭が先祖以来続けて来たことを知り、さらに自分を育てる教育を続けることが多いように思います。学校での知識だけで一生を送ることはないと思いますが、その最大の指導者は、親であると思います。親の生き様、あるいは言動が子どもに与える影響は、多大なものがあると感じます。
いじめの問題を、家庭内でどのように子どもに語るか、色々な出来事、事件について家庭内での会話にも注意を払って行くことが必要だなと思いました。
「三つ子の魂、百まで」は、家庭こそが最も重要な教育実践の場であると思います。家庭の教育力の低下が問われる中、命の尊さ、人間の尊厳、心を育てる続ける大切さを家庭の中で語り継ぐことが、今回の教育改革の中に見えないように思います。
そもそもは、各家庭の文化として、家庭教育があったのですが、幼児教育から保育園に頼り、小中学校を無料の「託児(子)所」と考えているのではと思える保護者も居たり、給食費の未納問題にも見える、責任の自覚のない親も居て、学校教育の限界も有り、これからはそれぞれの家庭で、次世代育成の理念を持ち、継承して行くことが必要と思います。
陽明学の祖、王陽明の王家は、何代も続く名門ですが、それは家庭教育のすばらしさにあると思います。元難民高等弁務官の緒方貞子氏もまた、緒方洪庵の教育を受けた先祖から面々と積み上げられた家庭文化にあるように感じます。
家庭教育の大事さを保護者に自覚させるには、今回の教育改革の一条にも家庭教育の重要性が出ていますので、日本の各界のリーダーたちの発言が影響を与えると思いますので、「教育の最大の先導者は、親であること。家庭文化の中で2つの命の意味を語ることの大切さ。」を、色々なところで話題にして欲しいと思います。
いじめに苦しむ子どもたちの心をいやし、いつかいじめのない社会になることを願っています。
Posted by ノグチ(noguchi) at
00:21
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文化合流こそ活力の基、山間の夏祭り、
2007年09月03日
文化合流こそ活力の基、山間の夏祭り、
~今日から新学期、やっと気分も日常に~
高校に通う娘が、朝6時30分に家を出て行きました。娘の高校は、年2学期制で夏休みが短く、冬休みを少し長くしようと独自にやっている高校です。こどもが、毎日家に居るとどうも平日気分になれず、課外がある間はどうにか良いのですが、やはり人間は風景が変わらないと気分が乗らないものだなと思います。
昨日が、夏祭りの最後で各地で夜は、花火が上がり賑わったことと思いますが、子供たちはいよいよ宿題に追い込みで、大変とおもいますが、一生に一回しかない夏の思い出は大事に心に刻んで欲しいなと思います。
さて、九州創発塾で三日空けた付けは、大きく影響し今日から、詰まって月末のスケージュールになりました。楽しんだ分は、頑張らないとですね。(笑い)
創発塾の2日目は、九州の有志たちが声を掛け合い、大分の呼び掛けに、熊本と宮崎が参加、更に鹿児島、そして福岡、長崎、加わり大きな交流の場ができあがりました。その会場がまた古き良き時代を思い出す、ロックロールのプレスリー、映画のカサブランカ、60年代の歌が流れるミュージックホールは、参加者を若き時代を思い出させる風情があり、とても盛り上がりました。
やはり、交流こそが異文化理解で有り、文化合流のエネルギーを生み出すと感じます。人種のるつぼと言われるアメリカの活力は、異文化のぶつかり合いにあるのではと思ったりもします。九州7県それぞれに個性が有り、また南九州と北部九州、長崎の文化は、独特のものが有ります。互いに理解することから始まるのかなと思っています。
東アジアの一部である日本、そして九州は、沖縄とも連携を取り、文化、経済も含め交流促進をして行くことが重要な時代になってきました。
大きな話はそこまでにして来て、昨日午後から九州中央に位置する、熊本県の山都町、馬見原地区の「火伏地蔵祭り」を見学してきました。山間の少ない平地の商店街で、民家が密集していることもあり、江戸期から大火が何度も起き、その採算を避ける願を込めて始まった夏祭りで、地域手作りに祭りと言う感じを受けました。日常の商売のお返しの意味の含めた夏祭り、これが祭りの原点が在ると感じて帰りました。
私は、その地区を大正時代とても栄えていたころの風情を復活させる、景観の整備事業に関わっています。古き良きアメリカのオールディーズではないですが、かつての商店街の雰囲気を取り戻す一助になればと思い、片道1時間半の道のりを週に何度か通っています。もし、九州へ旅行で来られることが在れば、九州のヘソの位置にある、熊本県の山都町(旧蘇陽町)の馬見原地区に訪れて頂けるとありがたいです。
ちなみに、町並み修景事業の完成は、来年の3月末です。
・馬見原地区
古い時代から、九州の東西、南北の交通の要所として栄え、西九州への物資は、大分から九州山地を経由して持ち込まれました。馬見原の名前の由来も、物資の運ぶ馬が沢山見られて事から付けられて言われています。
また山都町は、西南戦争の薩摩軍敗走ルートに在り、西郷隆盛を囲み軍議された場所、ゆかりのある建物も残ってます。
~今日から新学期、やっと気分も日常に~
高校に通う娘が、朝6時30分に家を出て行きました。娘の高校は、年2学期制で夏休みが短く、冬休みを少し長くしようと独自にやっている高校です。こどもが、毎日家に居るとどうも平日気分になれず、課外がある間はどうにか良いのですが、やはり人間は風景が変わらないと気分が乗らないものだなと思います。
昨日が、夏祭りの最後で各地で夜は、花火が上がり賑わったことと思いますが、子供たちはいよいよ宿題に追い込みで、大変とおもいますが、一生に一回しかない夏の思い出は大事に心に刻んで欲しいなと思います。
さて、九州創発塾で三日空けた付けは、大きく影響し今日から、詰まって月末のスケージュールになりました。楽しんだ分は、頑張らないとですね。(笑い)
創発塾の2日目は、九州の有志たちが声を掛け合い、大分の呼び掛けに、熊本と宮崎が参加、更に鹿児島、そして福岡、長崎、加わり大きな交流の場ができあがりました。その会場がまた古き良き時代を思い出す、ロックロールのプレスリー、映画のカサブランカ、60年代の歌が流れるミュージックホールは、参加者を若き時代を思い出させる風情があり、とても盛り上がりました。
やはり、交流こそが異文化理解で有り、文化合流のエネルギーを生み出すと感じます。人種のるつぼと言われるアメリカの活力は、異文化のぶつかり合いにあるのではと思ったりもします。九州7県それぞれに個性が有り、また南九州と北部九州、長崎の文化は、独特のものが有ります。互いに理解することから始まるのかなと思っています。
東アジアの一部である日本、そして九州は、沖縄とも連携を取り、文化、経済も含め交流促進をして行くことが重要な時代になってきました。
大きな話はそこまでにして来て、昨日午後から九州中央に位置する、熊本県の山都町、馬見原地区の「火伏地蔵祭り」を見学してきました。山間の少ない平地の商店街で、民家が密集していることもあり、江戸期から大火が何度も起き、その採算を避ける願を込めて始まった夏祭りで、地域手作りに祭りと言う感じを受けました。日常の商売のお返しの意味の含めた夏祭り、これが祭りの原点が在ると感じて帰りました。
私は、その地区を大正時代とても栄えていたころの風情を復活させる、景観の整備事業に関わっています。古き良きアメリカのオールディーズではないですが、かつての商店街の雰囲気を取り戻す一助になればと思い、片道1時間半の道のりを週に何度か通っています。もし、九州へ旅行で来られることが在れば、九州のヘソの位置にある、熊本県の山都町(旧蘇陽町)の馬見原地区に訪れて頂けるとありがたいです。
ちなみに、町並み修景事業の完成は、来年の3月末です。
・馬見原地区
古い時代から、九州の東西、南北の交通の要所として栄え、西九州への物資は、大分から九州山地を経由して持ち込まれました。馬見原の名前の由来も、物資の運ぶ馬が沢山見られて事から付けられて言われています。
また山都町は、西南戦争の薩摩軍敗走ルートに在り、西郷隆盛を囲み軍議された場所、ゆかりのある建物も残ってます。
報告)九州創発塾2007「7つのシナジーが切り拓く未来」
2007年09月03日
九州創発塾2007「7つのシナジーが切り拓く未来」
2晩3日の九州創発塾から帰って来ました。8月22、23、24日と大分県別府市で、九州7県の地元紙が協力して開催しているセミナーです。
九州平成義塾以来参加してきた意義有る「研修+交流」の勉強の場になって来ました。3順目を心配していたのですが、無事スタートしてホッとしています。テーマは、「異文化理解」、国内外の理解、国内の地域間の理解、 地域内の世代間理解等色々な文化(生き方)を相互で認め合うことの大切さを勉強しました。
コーディネーターは、脳科学者の茂木健一郎氏、基調講演は、政治論で評価が高い姜尚中氏(東京大学大学院教授)が「九州が東アジアのゲートウェイとなるために」をテーマに話され、その後パネルディスカッションをして、塾生交流会を開きました。この7県合同塾生交流会は、大変不満の残るものでした。
コーディネーターが変わると、交流スタイル(方式)が変っていて、各県とも色々な発言を準備していたのですが、ステージが空いているので、お願いをしても門前払い、とても残念でした。官僚的な、やればいいのセミナーに成り下がったように感じていました。
それと、大学の宣伝が前面に出て、大学の評価等は自ずと広がる程度が、本当ではと感じられた、初日でした。
ただ、毎年リピーターで参加している人と語るのは、とても有意義な気がしました。15年前に、平成義塾大分大会は、自費でやっとの思いで大分市まで行き、学びました。
その時は、全員が初対面で2日目の交流会は、熊本県の金融機関の大分支店のスタッフが幹事をしていただき、すばらしい交流が出来ました。それ以来、病み付きになり、私は九州平成義塾、九州発見塾と参加してきました。
大分、鹿児島、佐賀、宮崎、長崎、熊本、福岡と7県回るセミナーも15年目で多く知恵と友人のネットワークが出来、それぞれが地域で活動をして、情報発信を続けてきました。さらにバージョンアップして、有志たちの思いは、九州は一つの共通意識がだんだん強くなっていると感じられました。
これまでの経緯は、日記に書いていきますが、今回までの流れを簡単に紹介します。
1 順目「九州平成義塾」 2順目「九州発見塾」
(地域の個の力を育む)、( 個の力のネットワーク化)
3順目が、「九州創発塾」の大分大会の第一回です。
7年通した目標は、(各ネットワーク資産の融合・連携)を掲げて、プログラムが組まれるようです。塾生の議論の核になるはず、今回の分科会は、
分科会テーマ~国際交流による九州圏域力の拡大~
A=「アートによる交流」
B=「異文化とのコミュニケーション」
C=「ツーリズムによる地域振興」
私は、BとCに参加しました。ところが、中身は日ごろやっていることに近いので、興味は湧いたのですが、質問や議論の時間がほとんど無く、これまでの流れや要望がまったく反映されずに、不満が時間を重ねる度に、募っていきました。
休憩時間にロビーで聞く声は、議論が出来ない、大学の講義程度にしか考えていない、電通の方針なのか、大学の要望なのか、「これまでの経験がまったく生かされていない」と、特にリピーターの仲に不満が出来、3日目の全体総括の時には、感想よりも、来年度への要望ばかりが目立った、総括の意見交換になりました。
茂木氏も、参加者の意識の高さに、言葉を詰まらせる場面もあり、次回鹿児島大会の形が変るように思えて、大きく期待が膨らむ終わり方をしました。私の考えは、もう地元紙ももっと勉強して、電通に頼らないオリジナルの「九州創発塾」に挑戦して欲しいと思います。新聞社は、塾生の挑戦をうながす前に、新聞社自信が企画運営をすることに挑戦して欲しいと思いました。
九州・沖縄は、人口1,100万人、GDPは世界14番目に相当するポテンシャルを持ち合わせています。九州の総力を上げることで、十分に独立独歩の行動が可能と思います。東京に頼らない発想を、九州7県新聞社に期待したいと思います。
なんやかや、不満は残る創発塾ではありましたが、テーマよりも参加する塾生の意識高さと、議論にふれ、塾生が自主的に企画した2日目の5県合同交流会(大分、熊本、宮崎、鹿児島、長崎、福岡)は、前日の全体交流会の不満を晴らすように、色々な議論が飛び交っていました。
セミナー終了後、 「鹿児島大会に、また来ましょう」と、声をかけてそれぞれのバスの乗り帰郷しました。
1年間の活動するためのエネルギーをもらいに、これから始まる「九州創発塾」の参加し続けたいと思います。
~7つのシナジーが切り拓く未来~
「九州創発塾」熱き思いを再燃させる゛学び、出会い、語る゛場でした。
・九州創発塾コミュニティ
http://mixi.jp/list_bbs.pl?id=2507528
2晩3日の九州創発塾から帰って来ました。8月22、23、24日と大分県別府市で、九州7県の地元紙が協力して開催しているセミナーです。
九州平成義塾以来参加してきた意義有る「研修+交流」の勉強の場になって来ました。3順目を心配していたのですが、無事スタートしてホッとしています。テーマは、「異文化理解」、国内外の理解、国内の地域間の理解、 地域内の世代間理解等色々な文化(生き方)を相互で認め合うことの大切さを勉強しました。
コーディネーターは、脳科学者の茂木健一郎氏、基調講演は、政治論で評価が高い姜尚中氏(東京大学大学院教授)が「九州が東アジアのゲートウェイとなるために」をテーマに話され、その後パネルディスカッションをして、塾生交流会を開きました。この7県合同塾生交流会は、大変不満の残るものでした。
コーディネーターが変わると、交流スタイル(方式)が変っていて、各県とも色々な発言を準備していたのですが、ステージが空いているので、お願いをしても門前払い、とても残念でした。官僚的な、やればいいのセミナーに成り下がったように感じていました。
それと、大学の宣伝が前面に出て、大学の評価等は自ずと広がる程度が、本当ではと感じられた、初日でした。
ただ、毎年リピーターで参加している人と語るのは、とても有意義な気がしました。15年前に、平成義塾大分大会は、自費でやっとの思いで大分市まで行き、学びました。
その時は、全員が初対面で2日目の交流会は、熊本県の金融機関の大分支店のスタッフが幹事をしていただき、すばらしい交流が出来ました。それ以来、病み付きになり、私は九州平成義塾、九州発見塾と参加してきました。
大分、鹿児島、佐賀、宮崎、長崎、熊本、福岡と7県回るセミナーも15年目で多く知恵と友人のネットワークが出来、それぞれが地域で活動をして、情報発信を続けてきました。さらにバージョンアップして、有志たちの思いは、九州は一つの共通意識がだんだん強くなっていると感じられました。
これまでの経緯は、日記に書いていきますが、今回までの流れを簡単に紹介します。
1 順目「九州平成義塾」 2順目「九州発見塾」
(地域の個の力を育む)、( 個の力のネットワーク化)
3順目が、「九州創発塾」の大分大会の第一回です。
7年通した目標は、(各ネットワーク資産の融合・連携)を掲げて、プログラムが組まれるようです。塾生の議論の核になるはず、今回の分科会は、
分科会テーマ~国際交流による九州圏域力の拡大~
A=「アートによる交流」
B=「異文化とのコミュニケーション」
C=「ツーリズムによる地域振興」
私は、BとCに参加しました。ところが、中身は日ごろやっていることに近いので、興味は湧いたのですが、質問や議論の時間がほとんど無く、これまでの流れや要望がまったく反映されずに、不満が時間を重ねる度に、募っていきました。
休憩時間にロビーで聞く声は、議論が出来ない、大学の講義程度にしか考えていない、電通の方針なのか、大学の要望なのか、「これまでの経験がまったく生かされていない」と、特にリピーターの仲に不満が出来、3日目の全体総括の時には、感想よりも、来年度への要望ばかりが目立った、総括の意見交換になりました。
茂木氏も、参加者の意識の高さに、言葉を詰まらせる場面もあり、次回鹿児島大会の形が変るように思えて、大きく期待が膨らむ終わり方をしました。私の考えは、もう地元紙ももっと勉強して、電通に頼らないオリジナルの「九州創発塾」に挑戦して欲しいと思います。新聞社は、塾生の挑戦をうながす前に、新聞社自信が企画運営をすることに挑戦して欲しいと思いました。
九州・沖縄は、人口1,100万人、GDPは世界14番目に相当するポテンシャルを持ち合わせています。九州の総力を上げることで、十分に独立独歩の行動が可能と思います。東京に頼らない発想を、九州7県新聞社に期待したいと思います。
なんやかや、不満は残る創発塾ではありましたが、テーマよりも参加する塾生の意識高さと、議論にふれ、塾生が自主的に企画した2日目の5県合同交流会(大分、熊本、宮崎、鹿児島、長崎、福岡)は、前日の全体交流会の不満を晴らすように、色々な議論が飛び交っていました。
セミナー終了後、 「鹿児島大会に、また来ましょう」と、声をかけてそれぞれのバスの乗り帰郷しました。
1年間の活動するためのエネルギーをもらいに、これから始まる「九州創発塾」の参加し続けたいと思います。
~7つのシナジーが切り拓く未来~
「九州創発塾」熱き思いを再燃させる゛学び、出会い、語る゛場でした。
・九州創発塾コミュニティ
http://mixi.jp/list_bbs.pl?id=2507528
まちづくり検証:市政を考える学習会、地域学教室、他
2007年09月03日
まちづくり検証:市政を考える学習会、地域学教室、他
2年前4月の地元市長選で、公開討論会に関わることになりました。主催は「明日の宇土市を考える会(略称:明宇会)」で、私は参加3年目の新しいメンバーで、始めてスタッフとして準備から、当日の内容まで深く関わりました。その市長選の話題の中で、公開討論会以外に、まちづくりに関して何も議論がなかったのを常々思っていました。
後選挙まで3ヶ月となって、いてもたってもいられずに、私の師の一人が2月来熊されるのを機会に、急に思い立ち「市政を考える学習会」をやることを決め、一月も無い準備で、2月に第1回目を開催した。
国際的に活躍する「環境行政と国家戦略」が専門のフューチャー500理事長の木内孝氏(東京)の講演と、熊本市住民自治条例策定市民会議議長、市民の願いを市政に届ける会(熊本市)の代表から活動報告をもらい、意見を交わした。
第2回目は、熊本県司法書士会名誉会長から、法律から見た「地方自治」について講演をもらい、参加者と意見交換をした。法律から見た、現代の注意点と改善点がはっきり分かり、有意義な学習会ができました。国内外での自治の有り様違いを、慣習や法律、条令等も含め、「自分たちで自治はする」の自立の意識にも言及され、私自身とても勉強になりました。
更に、今年4月の統一地方選に向けて「市政を考える学習会」をやろうと、2月に第3回目、熊本県副知事の金澤和夫氏をお招きし、「これからの地方自治とまちづくり」と題して講演を頂いた。その中で金澤氏は、
「住みやすい地域にするには、住んでいる人自信が地域のことを決定するプロセスが大切。決めたことの責任は住民自身が取る必要がある」
と指摘されました。また、財政破綻した北海道夕張市について「住民が行政のチェックをしていかなくてはならない」と語っていました。(一部、H19.02.16熊日新聞記事引用)
3月には、第4回目を再度、フューチャー500理事長の木内孝氏(東京)の講演を頂き、ワークショップ形式で議論を2時間行い、その後に酒を酌み交わしながらの車座談議会で2時間、とても中身の濃い議論で、木内氏から次の提言をもらいました。
「学ぶことと同時に行動を起さないと意味がない。論語読みの論語知らずとよく言われるが、有史以来すばらしい偉人たち、宗教家たちの教えがあるが、それを実践に移さないのが今の凋落した社会を作っている。知行合一の理念が、これから必要です。ぜひ、この仲間から行動を起こしましょう。」
4回の市政を考える学習会での、講話議論はその後、内容をネット上に流し反響を頂きました。また、今年7月、論語を地域に普及させようと「親子論語教室」が解されます。
私は、4年前から仲間と開催している「住吉地域学教室」を充実させて、まず自分たちの住む地域を、歴史文化を含め良く知り、語ることから始めようと、今年もやっています。本日の教室は第12回目で、人口7000人の小さな中学校区域の歴史・文化の研究会(地域学)を続け、自分たちの郷土に関心を持ってもらえるように続けたいと思っています。
今日は、主催する「市政を考える学習会」と「住吉地域学教室」ことを紹介しました。地域学に関しては、県下でも関心を持って頂き、各地に地域の歴史・文化の学習会が頻繁に開かれていることが、新聞でも紹介されるようになり、「地域学」と言う考え方が広がることを願っています。
私の小さなまちづくりの検証(研究)会をご紹介しました。私の活動は、少ない仲間たちと、できることを、できるときする主義でやっています。感想でも頂けるとありがたいです。
*木内孝氏の「環境行政と国家戦略」、財務省広報誌「ファイナンス」の隔月で掲載されています。官庁の財務、財政系の部署には必ず置いてありますので、一度読んで頂けると幸いです。
2年前4月の地元市長選で、公開討論会に関わることになりました。主催は「明日の宇土市を考える会(略称:明宇会)」で、私は参加3年目の新しいメンバーで、始めてスタッフとして準備から、当日の内容まで深く関わりました。その市長選の話題の中で、公開討論会以外に、まちづくりに関して何も議論がなかったのを常々思っていました。
後選挙まで3ヶ月となって、いてもたってもいられずに、私の師の一人が2月来熊されるのを機会に、急に思い立ち「市政を考える学習会」をやることを決め、一月も無い準備で、2月に第1回目を開催した。
国際的に活躍する「環境行政と国家戦略」が専門のフューチャー500理事長の木内孝氏(東京)の講演と、熊本市住民自治条例策定市民会議議長、市民の願いを市政に届ける会(熊本市)の代表から活動報告をもらい、意見を交わした。
第2回目は、熊本県司法書士会名誉会長から、法律から見た「地方自治」について講演をもらい、参加者と意見交換をした。法律から見た、現代の注意点と改善点がはっきり分かり、有意義な学習会ができました。国内外での自治の有り様違いを、慣習や法律、条令等も含め、「自分たちで自治はする」の自立の意識にも言及され、私自身とても勉強になりました。
更に、今年4月の統一地方選に向けて「市政を考える学習会」をやろうと、2月に第3回目、熊本県副知事の金澤和夫氏をお招きし、「これからの地方自治とまちづくり」と題して講演を頂いた。その中で金澤氏は、
「住みやすい地域にするには、住んでいる人自信が地域のことを決定するプロセスが大切。決めたことの責任は住民自身が取る必要がある」
と指摘されました。また、財政破綻した北海道夕張市について「住民が行政のチェックをしていかなくてはならない」と語っていました。(一部、H19.02.16熊日新聞記事引用)
3月には、第4回目を再度、フューチャー500理事長の木内孝氏(東京)の講演を頂き、ワークショップ形式で議論を2時間行い、その後に酒を酌み交わしながらの車座談議会で2時間、とても中身の濃い議論で、木内氏から次の提言をもらいました。
「学ぶことと同時に行動を起さないと意味がない。論語読みの論語知らずとよく言われるが、有史以来すばらしい偉人たち、宗教家たちの教えがあるが、それを実践に移さないのが今の凋落した社会を作っている。知行合一の理念が、これから必要です。ぜひ、この仲間から行動を起こしましょう。」
4回の市政を考える学習会での、講話議論はその後、内容をネット上に流し反響を頂きました。また、今年7月、論語を地域に普及させようと「親子論語教室」が解されます。
私は、4年前から仲間と開催している「住吉地域学教室」を充実させて、まず自分たちの住む地域を、歴史文化を含め良く知り、語ることから始めようと、今年もやっています。本日の教室は第12回目で、人口7000人の小さな中学校区域の歴史・文化の研究会(地域学)を続け、自分たちの郷土に関心を持ってもらえるように続けたいと思っています。
今日は、主催する「市政を考える学習会」と「住吉地域学教室」ことを紹介しました。地域学に関しては、県下でも関心を持って頂き、各地に地域の歴史・文化の学習会が頻繁に開かれていることが、新聞でも紹介されるようになり、「地域学」と言う考え方が広がることを願っています。
私の小さなまちづくりの検証(研究)会をご紹介しました。私の活動は、少ない仲間たちと、できることを、できるときする主義でやっています。感想でも頂けるとありがたいです。
*木内孝氏の「環境行政と国家戦略」、財務省広報誌「ファイナンス」の隔月で掲載されています。官庁の財務、財政系の部署には必ず置いてありますので、一度読んで頂けると幸いです。
美しい心で、美しい国造りを
2007年09月03日
「美しい心で、美しい国造りを目指して欲しい」
昨日の天草西海岸のドライブの途中に、暫らく海岸で車を止めて、空の青さと海の透きとおるブルー、縁豊かな島の風景を眺めながら、潮騒の微かな音と潮の匂いは、何との言えぬ心休まる時間でした。日本各地に、このような美しい自然がたくさん在ります。
今国会では、美しい国作りとか発言がありますが、これから日本の何処を美しくして行かれるかは分かりませんが、それより今在る自然を大事に保全し、後世に手渡すこと方が大事なように思います。
最近、児童・生徒の心痛む事件が続いているのは、社会のひずみが弱い子供たちにしわ寄せて、心が病んでいると思います。いくつかの事件を検証する中で、何がいけないのか、どうしたら良いのか、考えると「美しい国造り」よりは、子供にも、大人にも「美しい心」を育てることの方が必要と考えるようになりました。
孟子の一節に「尽心」と言う言葉あります。この「心を尽くす」の真の意味は、一生懸命に精神力を振るうことでなく、自分の心と向き合い、知識を蓄え、志を持ち、人と語り、色々な経験し、そして自分自身の心を育てて行くことだと知りました。
今の教育には、この自分の心を育てる「視点」も「時間」も無くなっています。社会は、大人も子供も時間に追われ、そんなことを考えるゆとりさえありません。美しい心が、学問を積み、人徳を高め、困難に正面から向き合う精神、言動を制御する「良心」を持つ人を育てると思います。
これからの日本は、この「良心」=「美しい心」を育て、多様の人財を増やし、その青年たちが切磋琢磨して美しい国づくりをすれば、世界から望まれる「美しい日本」ができると考えます。見た目の美しさや制度を急ぎ整えるよりも、時間はかかりますが、青少年の美しい心を育てることに取り組んで欲しいと願います。
昨日の天草西海岸のドライブの途中に、暫らく海岸で車を止めて、空の青さと海の透きとおるブルー、縁豊かな島の風景を眺めながら、潮騒の微かな音と潮の匂いは、何との言えぬ心休まる時間でした。日本各地に、このような美しい自然がたくさん在ります。
今国会では、美しい国作りとか発言がありますが、これから日本の何処を美しくして行かれるかは分かりませんが、それより今在る自然を大事に保全し、後世に手渡すこと方が大事なように思います。
最近、児童・生徒の心痛む事件が続いているのは、社会のひずみが弱い子供たちにしわ寄せて、心が病んでいると思います。いくつかの事件を検証する中で、何がいけないのか、どうしたら良いのか、考えると「美しい国造り」よりは、子供にも、大人にも「美しい心」を育てることの方が必要と考えるようになりました。
孟子の一節に「尽心」と言う言葉あります。この「心を尽くす」の真の意味は、一生懸命に精神力を振るうことでなく、自分の心と向き合い、知識を蓄え、志を持ち、人と語り、色々な経験し、そして自分自身の心を育てて行くことだと知りました。
今の教育には、この自分の心を育てる「視点」も「時間」も無くなっています。社会は、大人も子供も時間に追われ、そんなことを考えるゆとりさえありません。美しい心が、学問を積み、人徳を高め、困難に正面から向き合う精神、言動を制御する「良心」を持つ人を育てると思います。
これからの日本は、この「良心」=「美しい心」を育て、多様の人財を増やし、その青年たちが切磋琢磨して美しい国づくりをすれば、世界から望まれる「美しい日本」ができると考えます。見た目の美しさや制度を急ぎ整えるよりも、時間はかかりますが、青少年の美しい心を育てることに取り組んで欲しいと願います。
宇土親子論語教室 第一回講話
2007年09月03日
宇土親子論語教室 第一回講話
7月7日に宇土親子論語開校式があり、熊本市の東洋倫理研究会の筑紫汎三先生の講演会が開催され、前回は台風が近接した日で大人の参加車が多かったのですが、実質の第一回講義は、子供たちが21名の参加、保護者が5名、更に一般参加者が12名と、親子論語の教室らしくなりました。今日の講義は、どこの高校でも一度は習う、「学而第一」の冒頭文でした。(かな論語の教材を使用しています)
「子曰わく学びて時に之を習う、亦説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)遠方より来る有り、亦楽しからずや。人知らずしてうらみず、亦君子ならずや。」
大人だったら、どこかで一度は聞いている言葉と思います。最近の小中では聞けない言葉と思います。
今日改めてその意味を聞くと、「これは、早くから意味は分からないまでも、この文章に慣れさせることが大事」と思いました。
上記の意味は、次のようなものです。
(孔子曰く)「聖賢の道を学んで、時に応じてこれを実践し、その真意を自ら会得することができるのは、なんと喜ばしいことではないか。共に道を学ぼうとして、思いがけなく遠くから同志がやって来るのは、なんと楽しいことではないか。
だが人が自分の存在を認めてくれなくても、怨むことなく、自ら為すべきことを努めてやまない人、なんと立派な人物ではないか。」
子供たちの一緒に大きな声で、合唱するように読むことを数度して、意味を考えることを親子でやりました。
子供たちが理解できるかは定かでないですが、こんな中でやった経験こそが意味があり、青年になったときにまた論語を開いてくれれば良いと願いながらやって行くことに意味があると思います。
最近、政治家の不祥事が続いていますが、学而第一の第二話に、次に一説があります。子供たちと一緒に大きな声で読みました。
「子曰わく、巧言令色鮮(すく)なし仁。」
(孔子曰く)「ことさらに言葉を飾り、顔色をよくする者は、仁の心が乏しいものだよ」
*仁:相手を思いやる心、哀れみ
要は、自分本位で相手の思いを無視して、自分の主張(我)を通したり、その場をつくろってしまい、問題を先送りにしてしまったりします。
こんな堅い話では、続かないので、エピソードを話したり、歴史の話をしたりと、子供のたちに飽きさせない工夫をしながら第一回目の講話が終わりました。
その中で紹介された宇土の藩校「温知館」と会津藩の「什の掟」のことを少し書きます。
肥後藩の支藩「宇土藩(3万石)」の学習所「温知館」は、1,976年に開講し、武士の師弟を中心に熱心に教育がなされたと言います。肥後藩で有名な「宝暦の改革」と同じ時期に、宇土藩でも行財政改革がなされたのですが、これに当たったのが「温知館」の優秀な人材たちだったと言われています。
現在は、施設の在った処に、跡地の説明文が有りますので、一度訪問頂けるとありがたいです。近くに教育委員会の文化振興課もありますので、詳しい説明は文化振興課の職員にお聞き下さい。親切に説明してくれます。
次に、国会の重鎮の一人、渡辺恒三氏が紹介して有名になった会津藩の藩校「日新館」が指導して、武士んも6~9才の師弟に組みをつくり、集まるごとに読ませていた決まり「什(じゅう)の掟」が紹介されました。
什の掟
一つ、年長者の言うことにそむていはなりませぬ
二つ、年長者にはおじぎをせねばなりませぬ
三つ、うそをついてはなりませぬ
四つ、ひきょうなふるまいをしてはなりませぬ
五つ、弱いものをいじめてはなりませぬ
六つ、戸外でものを食べてはなりませぬ
七つ、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです。
七つめの教示は、当時のもので今は矛盾していますが、一から六までは、今でも十分通用する教えと思います。学校での知識を記憶することも必要ですが、日々に人の行いの教えを子供のときからしっかり、体現できるように繰り返し教え込むことも必要と思いました。
今、武士道が注目されいますが、武士道の中でも「人としての振る舞い(生活)」に注目が集まっているのだと思います。
今日の親子論語教室には、宇土市だけでなく域外からも参加者があり、必要と思っている人が多いように思います。
宇土の親子論語教室は、毎月第一土曜日10時~、宇土市の中央公民館で開催しています。興味がある方は、ぜひ覗いてみてください。参加しなくても、オブザーバーで聴講できます。
教室の参加の方は、年会費2,000円とかな論語の教科書1,200円が必要です。お問い合わせは、私(野口)まで、メッセージをお願いします。当日、参加も可能です。
*余談:出版者の「三省堂」の三省は、学而第一の第二話の
「曾子曰く、吾日に吾が身を三省す。」から取られていると聞きました。日本社会に、大きな影響を持つ論語が今注目を集めています。
・論語の言葉「コミュ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2476660
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
・『菜根譚』(さいこんたん)
第二十六話 やる気があれば進歩する
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=20471488&comm_id=2310909
・心を育てる言葉「コミュ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1186424
7月7日に宇土親子論語開校式があり、熊本市の東洋倫理研究会の筑紫汎三先生の講演会が開催され、前回は台風が近接した日で大人の参加車が多かったのですが、実質の第一回講義は、子供たちが21名の参加、保護者が5名、更に一般参加者が12名と、親子論語の教室らしくなりました。今日の講義は、どこの高校でも一度は習う、「学而第一」の冒頭文でした。(かな論語の教材を使用しています)
「子曰わく学びて時に之を習う、亦説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)遠方より来る有り、亦楽しからずや。人知らずしてうらみず、亦君子ならずや。」
大人だったら、どこかで一度は聞いている言葉と思います。最近の小中では聞けない言葉と思います。
今日改めてその意味を聞くと、「これは、早くから意味は分からないまでも、この文章に慣れさせることが大事」と思いました。
上記の意味は、次のようなものです。
(孔子曰く)「聖賢の道を学んで、時に応じてこれを実践し、その真意を自ら会得することができるのは、なんと喜ばしいことではないか。共に道を学ぼうとして、思いがけなく遠くから同志がやって来るのは、なんと楽しいことではないか。
だが人が自分の存在を認めてくれなくても、怨むことなく、自ら為すべきことを努めてやまない人、なんと立派な人物ではないか。」
子供たちの一緒に大きな声で、合唱するように読むことを数度して、意味を考えることを親子でやりました。
子供たちが理解できるかは定かでないですが、こんな中でやった経験こそが意味があり、青年になったときにまた論語を開いてくれれば良いと願いながらやって行くことに意味があると思います。
最近、政治家の不祥事が続いていますが、学而第一の第二話に、次に一説があります。子供たちと一緒に大きな声で読みました。
「子曰わく、巧言令色鮮(すく)なし仁。」
(孔子曰く)「ことさらに言葉を飾り、顔色をよくする者は、仁の心が乏しいものだよ」
*仁:相手を思いやる心、哀れみ
要は、自分本位で相手の思いを無視して、自分の主張(我)を通したり、その場をつくろってしまい、問題を先送りにしてしまったりします。
こんな堅い話では、続かないので、エピソードを話したり、歴史の話をしたりと、子供のたちに飽きさせない工夫をしながら第一回目の講話が終わりました。
その中で紹介された宇土の藩校「温知館」と会津藩の「什の掟」のことを少し書きます。
肥後藩の支藩「宇土藩(3万石)」の学習所「温知館」は、1,976年に開講し、武士の師弟を中心に熱心に教育がなされたと言います。肥後藩で有名な「宝暦の改革」と同じ時期に、宇土藩でも行財政改革がなされたのですが、これに当たったのが「温知館」の優秀な人材たちだったと言われています。
現在は、施設の在った処に、跡地の説明文が有りますので、一度訪問頂けるとありがたいです。近くに教育委員会の文化振興課もありますので、詳しい説明は文化振興課の職員にお聞き下さい。親切に説明してくれます。
次に、国会の重鎮の一人、渡辺恒三氏が紹介して有名になった会津藩の藩校「日新館」が指導して、武士んも6~9才の師弟に組みをつくり、集まるごとに読ませていた決まり「什(じゅう)の掟」が紹介されました。
什の掟
一つ、年長者の言うことにそむていはなりませぬ
二つ、年長者にはおじぎをせねばなりませぬ
三つ、うそをついてはなりませぬ
四つ、ひきょうなふるまいをしてはなりませぬ
五つ、弱いものをいじめてはなりませぬ
六つ、戸外でものを食べてはなりませぬ
七つ、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです。
七つめの教示は、当時のもので今は矛盾していますが、一から六までは、今でも十分通用する教えと思います。学校での知識を記憶することも必要ですが、日々に人の行いの教えを子供のときからしっかり、体現できるように繰り返し教え込むことも必要と思いました。
今、武士道が注目されいますが、武士道の中でも「人としての振る舞い(生活)」に注目が集まっているのだと思います。
今日の親子論語教室には、宇土市だけでなく域外からも参加者があり、必要と思っている人が多いように思います。
宇土の親子論語教室は、毎月第一土曜日10時~、宇土市の中央公民館で開催しています。興味がある方は、ぜひ覗いてみてください。参加しなくても、オブザーバーで聴講できます。
教室の参加の方は、年会費2,000円とかな論語の教科書1,200円が必要です。お問い合わせは、私(野口)まで、メッセージをお願いします。当日、参加も可能です。
*余談:出版者の「三省堂」の三省は、学而第一の第二話の
「曾子曰く、吾日に吾が身を三省す。」から取られていると聞きました。日本社会に、大きな影響を持つ論語が今注目を集めています。
・論語の言葉「コミュ」
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・『菜根譚』(さいこんたん)
第二十六話 やる気があれば進歩する
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・心を育てる言葉「コミュ」
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