心の学問「陽明学」は、究極の民主主義?〜中江藤樹〜
2013年07月02日
心の学問「陽明学」は、究極の民主主義?〜中江藤樹〜
中江藤樹は、日本に陽明学を導入した先駆者だが、中江藤樹は陽明学の心髄に1644年に触れ、「これだ!」叫んだ。
そもそも陽明学の元は、論語だが、それから広がった朱子学に疑問をもち悩みつづけたq。それでいきついた「仁」の解釈は、次のようなものです。
仁を実践できる人は「聖人」と中江藤樹が解説している。
(以下、『論語より陽明学』より)
「聖人」は、すべての他者へ平等に接する寛容さを持ち、すべての人から尊敬される。
互いが互いをごく自然に支え合う。これをして、こんにち風の言葉で表すならば"究極の民主主義"ともいえます。
(以上、抜粋)
中江藤樹は、もともと近江商人だった。近江商人の商道倫理に「三方良し」がある。正直商売が、近江商人の基本。陽明学と「三方良し」は、誠心誠意の生き方につながるのではないかと、思いました。
中江藤樹は、日本に陽明学を導入した先駆者だが、中江藤樹は陽明学の心髄に1644年に触れ、「これだ!」叫んだ。
そもそも陽明学の元は、論語だが、それから広がった朱子学に疑問をもち悩みつづけたq。それでいきついた「仁」の解釈は、次のようなものです。
仁を実践できる人は「聖人」と中江藤樹が解説している。
(以下、『論語より陽明学』より)
「聖人」は、すべての他者へ平等に接する寛容さを持ち、すべての人から尊敬される。
互いが互いをごく自然に支え合う。これをして、こんにち風の言葉で表すならば"究極の民主主義"ともいえます。
(以上、抜粋)
中江藤樹は、もともと近江商人だった。近江商人の商道倫理に「三方良し」がある。正直商売が、近江商人の基本。陽明学と「三方良し」は、誠心誠意の生き方につながるのではないかと、思いました。
★『世界で最も貧しい大統領=ウルグアイ元大統領 ホセ・ムヒカ』の言葉
人と付き合うとは、違いを許容することから始まる。〜曽野綾子著『人びとの中の私』〜
<遊び上手>飽かないから遊びなのであって、飽くのは単なるヒマ(暇)つぶしである。〜田辺聖子著『ダンスと空想』〜
文明社会には、青年には青年の、老人には老人の、貢献するべき余地がある。〜渋澤栄一〜
<消費税3%→5%直前の激務>乗り越えれない試練を天は与えない。
<前途多難、日々新たに>算数(計算)通りにならない人生。〜曽野綾子著『中年以後』〜
人と付き合うとは、違いを許容することから始まる。〜曽野綾子著『人びとの中の私』〜
<遊び上手>飽かないから遊びなのであって、飽くのは単なるヒマ(暇)つぶしである。〜田辺聖子著『ダンスと空想』〜
文明社会には、青年には青年の、老人には老人の、貢献するべき余地がある。〜渋澤栄一〜
<消費税3%→5%直前の激務>乗り越えれない試練を天は与えない。
<前途多難、日々新たに>算数(計算)通りにならない人生。〜曽野綾子著『中年以後』〜
Posted by ノグチ(noguchi) at 08:37│Comments(0)
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