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仲間や同志を無理にても作っておく

2012年05月05日

仲間や同志を無理にても作っておく

おはようございます。萩の朝は、快晴です。朝早くから、一緒連れてきている、犬の散歩をさせています。

昨日、訪れた金子みすず記念館の資料を、朝読んだ本から気づかされました。余りにも、若くに亡くなり、その才能は早くに開花し、50年近く大きな評価がなかった。

更に偶然にも、昨年の東日本大震災の後、民法の支援キャンペーンに使われる機会を得て、日本中に、金子みすずの詩が、浸透して行ったように思います。

数日前カラ読む、作家の谷沢永一著『嫉妬する人、される人』 の一節に、以下のテーマの文がありました。

「仲間や同志を無理にでも作っておく」

テーマに挙げられた人物は、明治後期の評論家の高山樗牛で、彼は死後3度も、全集が発刊されるほど、一時は敬慕の対象となった。

ところが昭和になり、評価が下がり続けた。その原因は、一人勝ち、いわゆる死の直前まで、論壇で活躍し、ナンバー2、ナンバー3、を育てることを怠ったためとあった。

日本は、古来から、右近の橘、左近の桜と言って、日本人は並列が好きです。また、後任に譲るタイミングを、一般人も関心を持っている。

同じ本に、徳川家光を支えた、老中の松平信綱のことが、書かれていた。30年老中の地位にあり、3第将軍、4第将軍を、支えて、徳川幕府の強固な仕組みを作り上げた。
 ただ、松平信綱を検証した資料は、ほとんど出てこない。松平信綱自身が、退職時に破棄したのでは、と谷沢永一氏は、見ている。実権は在れど、跡を残さず、在職時も目立たず。事が起きて、処理するのではなく、事が起こる前に手を打つのが、最良のリーダーと思います。

豊臣秀吉は、前田利家をずっと引き立てた。自分の仲間というか、同志のようなものを無理してでも、作って行く必要があると、筆者が語っている。日ごろの準備が、大事なように思います。

文の末尾に、次の言葉があった。

(以下、転載)
 余談になりますが、もう一つ嫉妬されないための条件があります。それは、若くして亡くなることです。
 樋口一葉は、いまでも絶対に評価が下がりません。それから石川啄木、梶井基次郎、中島敦、太宰治、少し年齢は上ですが長編半ばで亡くなった漱石なども、株にたとえれば絶対に値が下がりません。
(略)

金子みすずも、不遇の中、若くしてなくなっています。早死にが、良いとは思いません。ならば、日ごろから、仲間を作り、色々な同志と共に、事業や活動をすることが、将来の評価を下げない方法と思われます。皆さんの周りには、どんなリーダーたちがいますか?
 そんな目で、検証してみると、違った評価も出で来るかもしれません。


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Posted by ノグチ(noguchi) at 08:12│Comments(0)日本の歴史、世界の歴史
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