<告知>全国龍馬社中九州ブロック大会、2014年7月12日熊本県で開催予定。
2014年04月09日
<告知>全国龍馬社中九州ブロック大会、2014年7月12日熊本県で開催予定。
詳しい内容は、後日にご案内いたします。
九州に20団体・グループの「◯◯龍馬会」「◯◯海援隊」なる幕末の志士「坂本龍馬」を敬慕する仲間たちがいます。全国47県・海外(アジア、北米、ブラジル、ヨーロッパ)も含めれば、155の龍馬会が存在します。
7月12日の全国龍馬社中九州ブロック大会には、会長の橋本邦健氏(高知市)をはじめ、九州の龍馬会の主だった方々が参加されます。
当日は、幕末志士たちの遺品や手紙等の展示、研究者による講演会、意見交換会、もちろん地元の産物を活かした食事でもてなす交流会も開催いたします。関心のある方は、ぜひ予定に加えてください。
宿泊される方は、翌日は、熊本の幕末維新、西南戦争に関わる史跡を巡るツアーも準備する予定です。こちらにもご参加ください。
「世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る」
日本の未来の危惧して、命がけで幕末を駆け抜けた英雄を偲び、意見交わし交流をやりましょう。現代の坂本龍馬、高杉晋作の志を持つ方々の結集をお願いいたします。
*龍馬会に参加していなくても、幕末維新に感心のある方、熊本県で地域おこしをやっている方、等々の参加もOKです。野口までお問い合わせください。
主催団体 不知火龍馬会
会長 野口修一
詳しい内容は、後日にご案内いたします。
九州に20団体・グループの「◯◯龍馬会」「◯◯海援隊」なる幕末の志士「坂本龍馬」を敬慕する仲間たちがいます。全国47県・海外(アジア、北米、ブラジル、ヨーロッパ)も含めれば、155の龍馬会が存在します。
7月12日の全国龍馬社中九州ブロック大会には、会長の橋本邦健氏(高知市)をはじめ、九州の龍馬会の主だった方々が参加されます。
当日は、幕末志士たちの遺品や手紙等の展示、研究者による講演会、意見交換会、もちろん地元の産物を活かした食事でもてなす交流会も開催いたします。関心のある方は、ぜひ予定に加えてください。
宿泊される方は、翌日は、熊本の幕末維新、西南戦争に関わる史跡を巡るツアーも準備する予定です。こちらにもご参加ください。
「世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る」
日本の未来の危惧して、命がけで幕末を駆け抜けた英雄を偲び、意見交わし交流をやりましょう。現代の坂本龍馬、高杉晋作の志を持つ方々の結集をお願いいたします。
*龍馬会に参加していなくても、幕末維新に感心のある方、熊本県で地域おこしをやっている方、等々の参加もOKです。野口までお問い合わせください。
主催団体 不知火龍馬会
会長 野口修一
(白寿の訓示)「少年老い易く学成り難し」「万世の為に太平を開かむと欲す」。
2014年04月09日
(白寿の訓示)「少年老い易く学成り難し」「万世の為に太平を開かむと欲す」。
おはようございます。朝ウォーキングは、気分を前向きにしてくれます。軽い汗をかき、シャワーで一日が始まります。
今月の『致知』に、99歳の伊与田學氏と渡邊五郎三郎氏の対談が掲載された。述べ10ページに及ぶ対談録は、とても感銘を受ける言葉が続いた。まず、96歳の名言だが、渡邊氏言葉に目が止まった。
「基本はやっぱり明るくものを考えていくということでしょうね。悪く考えるよりも、天から与えられたものだと、明るく明るく考えてほしい。」
人生は苦労の連続、それをどう切り抜けるか、その基本は明るく考えて生きること、至言のように思います。
また『致知』4月号のテーマは、「少年老い易く学成り難し」になっていて、初めの巻頭言に、日本人なら一度は聞いた訓示があった。
「少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず、未だ目覚めず池塘春草の夢、階前の梧葉已に秋聲 」
(解説)「歳を取るには早い、理想を成就するのは難しい。わずかな時も無駄にしてはならない。石段の脇に繁るアオギリに葉が秋に訪れでいつしか色づいているように、少年時代を楽しむうち、早くも老境は迫ってくる」。
両氏は、99歳、96歳になりながらも今だに学び続け、同じ学を求める人々と交友を深め、さらなる出会いを求めて講演活動も続けておられます。気持ちに若さに、学ぶところが多く、私のような中年は、足元にも及ばないと痛感します。
両氏の共通の先生が、昭和の東洋哲学者の安岡正篤氏で、「平成」を名付けた方として有名ですが、太平洋戦争の終焉を伝える勅旨の最後に、「万世の為に太平を開かむと欲す」の一文加えられた。
渡邊氏は、「この言葉を自分たちなりに、道義によって世界に貢献あいていくことだと理解して、青年海外協力隊を作った」。後年、政府が受け継ぎ、これが今も続いていて、今日まで4万人を越える日本人が海外へ派遣されました。正に「万世の為に太平を開く」活動と思います。
伊与田氏は、99歳に至るまで幾多の病に苦しんだが、希望を持ち生き続けこられた。対談の末尾に、『中庸』の「患難に素しては患難に行う」とあり、伊与田氏は、
「まぁ病気になったら病気になったで、あまり気を患わさずに対して行く。そうすると気が楽ですね。人生には困難がつきものですが、そういう姿勢で乗り越えて学びを深めていく」。
常に前向きな生き方が、白寿(99歳)の老人とは思えぬ言動が続けられるのだと思います。文中に「『論語』学ぶことは天命を知ることです」ともあった。
今日は朝から論語の話でしたが、午前・午後は小中学校の入学式です。これから学ぶ子供たちが、先人たちの教示を学び、人生の艱難を切り抜ける糧にして欲しいなと思います。
おはようございます。朝ウォーキングは、気分を前向きにしてくれます。軽い汗をかき、シャワーで一日が始まります。
今月の『致知』に、99歳の伊与田學氏と渡邊五郎三郎氏の対談が掲載された。述べ10ページに及ぶ対談録は、とても感銘を受ける言葉が続いた。まず、96歳の名言だが、渡邊氏言葉に目が止まった。
「基本はやっぱり明るくものを考えていくということでしょうね。悪く考えるよりも、天から与えられたものだと、明るく明るく考えてほしい。」
人生は苦労の連続、それをどう切り抜けるか、その基本は明るく考えて生きること、至言のように思います。
また『致知』4月号のテーマは、「少年老い易く学成り難し」になっていて、初めの巻頭言に、日本人なら一度は聞いた訓示があった。
「少年老い易く学成り難し、一寸の光陰軽んずべからず、未だ目覚めず池塘春草の夢、階前の梧葉已に秋聲 」
(解説)「歳を取るには早い、理想を成就するのは難しい。わずかな時も無駄にしてはならない。石段の脇に繁るアオギリに葉が秋に訪れでいつしか色づいているように、少年時代を楽しむうち、早くも老境は迫ってくる」。
両氏は、99歳、96歳になりながらも今だに学び続け、同じ学を求める人々と交友を深め、さらなる出会いを求めて講演活動も続けておられます。気持ちに若さに、学ぶところが多く、私のような中年は、足元にも及ばないと痛感します。
両氏の共通の先生が、昭和の東洋哲学者の安岡正篤氏で、「平成」を名付けた方として有名ですが、太平洋戦争の終焉を伝える勅旨の最後に、「万世の為に太平を開かむと欲す」の一文加えられた。
渡邊氏は、「この言葉を自分たちなりに、道義によって世界に貢献あいていくことだと理解して、青年海外協力隊を作った」。後年、政府が受け継ぎ、これが今も続いていて、今日まで4万人を越える日本人が海外へ派遣されました。正に「万世の為に太平を開く」活動と思います。
伊与田氏は、99歳に至るまで幾多の病に苦しんだが、希望を持ち生き続けこられた。対談の末尾に、『中庸』の「患難に素しては患難に行う」とあり、伊与田氏は、
「まぁ病気になったら病気になったで、あまり気を患わさずに対して行く。そうすると気が楽ですね。人生には困難がつきものですが、そういう姿勢で乗り越えて学びを深めていく」。
常に前向きな生き方が、白寿(99歳)の老人とは思えぬ言動が続けられるのだと思います。文中に「『論語』学ぶことは天命を知ることです」ともあった。
今日は朝から論語の話でしたが、午前・午後は小中学校の入学式です。これから学ぶ子供たちが、先人たちの教示を学び、人生の艱難を切り抜ける糧にして欲しいなと思います。
<新聞週間>新聞を読む習慣を若者たちへ伝える。
2014年04月08日
<新聞週間>新聞を読む習慣を若者たちへ伝える。
おはようございます。昨夜、建築の事務作業と関心のあるテレビの特番に、夜更かしを久々にしてしまいました。0時を回って、耳に入ったのが「ファミリーホーム」、どこにでもありそうな言葉だが、映像の最初の出てきたのは、顔をぼかした女子中学生が、自分の生い立ちを話ているものだった。
この女生徒は、まだ生まれて間もないころ、養護施設の玄関に置き去りにされて以来、実の親を知らずに過ごしたこと。小学生になり、元教師のある家庭が始めた里親の家(ファミリーホーム)に引き取られ育てられ、現在、中1、小5・4・2の男児とともに、共同生活をしている。生みの親は全て違うが、まるで兄弟にように過ごしていることを公開の場語った映像だった。
つい、最後まで見てしまった。番組冒頭でに、育児放棄や、様々な要因から実の親元で暮らせない子供たちは、全国に約31000人いると紹介があった。小学1年から20歳までしか、ファミリーホームには居れないが、兄弟としての経験は、人生にはとても大事な経験と、心の育成につながると思いました。
~ファミリーホーム(厚生労働省)~
>ファミリーホームは、平成20年の児童福祉法改正で「小規模住居型児童養育事業」として実施されたが、それ以前から里親 型のグループホームとして自治体で行われていた事業を法定化したものであり、里親のうち多人数を養育するものを事業形態 とし、相応の措置費を交付できる制度としたものである。・・・・
「新聞週間」
さて、前置きが長くなりました。今日から新聞週間特集記事が掲載れている。内容は、震災直後の新聞関係者の奮闘を讃える話題だった。仙台市の東四郎丸児童館長の小岩孝子さん経験と新聞関係者への敬意を表す言葉が並んでいる。
震災翌日に届けられた新聞で、避難所と化した児童館で昼夜なく働く中で、大きな揺れの後の津波、被害の様子は新聞を見て理解できたと語った。また、地域情報が寸断される中、新聞販売所が独自に地域情報を知らせるミニコミ紙を作り新聞に織り込み始めた。新聞販売所仕事の合間をぬって、自転車を走らせ地域の困りごと、新たな情報載せた。地域のつながりを感じるとても大事な「応援隊」となっていることを紹介。
小岩さんは、「新聞には、生きて行きために必要なヒントがたくさんのっている。見つける気持ちを子供たち持たせたい」と思いが書かれていた。最近、活字離れ、新聞離れが進んでいる聞くが、ネット社会だからこそ、短な話題を知れる地域新聞こそ、これからの地方社会に必要なメディアと思います。
年を取るほどに、新聞が楽しみなっているが、やはり家族が老い、子育てで関わった地域のみなさん、人は社会と関わることが、人間的にも成長をさせてくれると思います。新聞と地域、私の人生に欠かせないものになっています。
今日は、午前中は建築の打ち合わせ、午後は提出書類、溜まった原稿を書きます。天気も回復し、良い一日になるように願っています。
おはようございます。昨夜、建築の事務作業と関心のあるテレビの特番に、夜更かしを久々にしてしまいました。0時を回って、耳に入ったのが「ファミリーホーム」、どこにでもありそうな言葉だが、映像の最初の出てきたのは、顔をぼかした女子中学生が、自分の生い立ちを話ているものだった。
この女生徒は、まだ生まれて間もないころ、養護施設の玄関に置き去りにされて以来、実の親を知らずに過ごしたこと。小学生になり、元教師のある家庭が始めた里親の家(ファミリーホーム)に引き取られ育てられ、現在、中1、小5・4・2の男児とともに、共同生活をしている。生みの親は全て違うが、まるで兄弟にように過ごしていることを公開の場語った映像だった。
つい、最後まで見てしまった。番組冒頭でに、育児放棄や、様々な要因から実の親元で暮らせない子供たちは、全国に約31000人いると紹介があった。小学1年から20歳までしか、ファミリーホームには居れないが、兄弟としての経験は、人生にはとても大事な経験と、心の育成につながると思いました。
~ファミリーホーム(厚生労働省)~
>ファミリーホームは、平成20年の児童福祉法改正で「小規模住居型児童養育事業」として実施されたが、それ以前から里親 型のグループホームとして自治体で行われていた事業を法定化したものであり、里親のうち多人数を養育するものを事業形態 とし、相応の措置費を交付できる制度としたものである。・・・・
「新聞週間」
さて、前置きが長くなりました。今日から新聞週間特集記事が掲載れている。内容は、震災直後の新聞関係者の奮闘を讃える話題だった。仙台市の東四郎丸児童館長の小岩孝子さん経験と新聞関係者への敬意を表す言葉が並んでいる。
震災翌日に届けられた新聞で、避難所と化した児童館で昼夜なく働く中で、大きな揺れの後の津波、被害の様子は新聞を見て理解できたと語った。また、地域情報が寸断される中、新聞販売所が独自に地域情報を知らせるミニコミ紙を作り新聞に織り込み始めた。新聞販売所仕事の合間をぬって、自転車を走らせ地域の困りごと、新たな情報載せた。地域のつながりを感じるとても大事な「応援隊」となっていることを紹介。
小岩さんは、「新聞には、生きて行きために必要なヒントがたくさんのっている。見つける気持ちを子供たち持たせたい」と思いが書かれていた。最近、活字離れ、新聞離れが進んでいる聞くが、ネット社会だからこそ、短な話題を知れる地域新聞こそ、これからの地方社会に必要なメディアと思います。
年を取るほどに、新聞が楽しみなっているが、やはり家族が老い、子育てで関わった地域のみなさん、人は社会と関わることが、人間的にも成長をさせてくれると思います。新聞と地域、私の人生に欠かせないものになっています。
今日は、午前中は建築の打ち合わせ、午後は提出書類、溜まった原稿を書きます。天気も回復し、良い一日になるように願っています。
<認定は県か国か>水俣病を思い詠まれた天皇皇后両陛下の歌3首に感銘。
2014年04月02日
<認定は県か国か>水俣病を思い詠まれた天皇皇后両陛下の歌3首に感銘。
おはようございます。約3週間ぶりに早朝ウォーキングを再開しました。気候も良くなり、夜明けが早くなったなと思います。
今朝の朝刊に、昨年開催された「全国豊かな海づくり大会」で、天皇皇后両陛下が詠まれた歌碑が建立された。その3つの歌は、水俣病に苦しむ患者へいたわりの心が滲み出るものでした。
「慰霊碑の先に広がる水俣の海青くして静かなりけり」
「あまたなる人の患いのもととなりし海にむかいて魚放ちけり」
「患いの元知れずして病みをりし人らの苦しみいかばかりなりし」
一昨日も、水俣病の判決が出て、患者に認められた人、認定を受けれなかった人、まだまだ揺れ動く水俣病認定の難しさがあるように思います。その状況を鑑み、両陛下は苦しむ患者のみなさんへ思いを伝えたかったのかもしれません。
蒲島知事は、水俣病認定の判定業務を国へ返そうと訴えているが、国の返事はまだ出ていない。昭和の公害は、平成26年になっても解決の目処が立っていない。豊かな海から発生した水俣病、苦しむ患者の方々へ、安息の日が来るのはいつのことだろうか。
*熊日朝刊の「読者の広場」に投稿された文中から両陛下の歌を引用しました。
おはようございます。約3週間ぶりに早朝ウォーキングを再開しました。気候も良くなり、夜明けが早くなったなと思います。
今朝の朝刊に、昨年開催された「全国豊かな海づくり大会」で、天皇皇后両陛下が詠まれた歌碑が建立された。その3つの歌は、水俣病に苦しむ患者へいたわりの心が滲み出るものでした。
「慰霊碑の先に広がる水俣の海青くして静かなりけり」
「あまたなる人の患いのもととなりし海にむかいて魚放ちけり」
「患いの元知れずして病みをりし人らの苦しみいかばかりなりし」
一昨日も、水俣病の判決が出て、患者に認められた人、認定を受けれなかった人、まだまだ揺れ動く水俣病認定の難しさがあるように思います。その状況を鑑み、両陛下は苦しむ患者のみなさんへ思いを伝えたかったのかもしれません。
蒲島知事は、水俣病認定の判定業務を国へ返そうと訴えているが、国の返事はまだ出ていない。昭和の公害は、平成26年になっても解決の目処が立っていない。豊かな海から発生した水俣病、苦しむ患者の方々へ、安息の日が来るのはいつのことだろうか。
*熊日朝刊の「読者の広場」に投稿された文中から両陛下の歌を引用しました。
桜が日本の誇りであるのと同様、武士道もまた日本の誇りである。(渋沢栄一)
2014年04月01日
桜が日本の誇りであるのと同様、武士道もまた日本の誇りである。(渋沢栄一)
先週末から、日本列島は桜前線が、南から西へ移動し始めた。日本の春のイメージ『桜』が、平成26年度を始めさせている。
冒頭の言葉は、明治の元勲の一人、渋沢栄一の訓示録『渋沢栄一、巨人の名語録』の一言である。解説に、
「道徳に背くことや義理に欠くことを避け、人の行うべき正しい道を歩むという堅固で変わらない考えの持ち続けるのと同時に、礼儀と恥を知り、弱気を助け強気をくじくという気持ちを併せ持つことといえるだろう。・・・」
東日本大震災の救援物資を、寒い中、整然と順番を待つ日本人の姿には、世界中が感動した、と聞きます。これまた、武士道の良識が、現代の日本人にも確実に人の素養として、脈々と受け継がれていると感じます。
桜の季節に際し、日本人の心「謙譲」という教えを学び、後世へ伝えて行くことがとても大事と思います。社会には、最低限のルールがあります。闘争、論争、討論会等で、意見が交わされますが、良識ある日本人として、桜の下で未来を語れるよう時代を求め、地域を創り出す努力が必要と思いました。
*参考資料:本郷陽二著『渋沢栄一、巨人の名語録」
先週末から、日本列島は桜前線が、南から西へ移動し始めた。日本の春のイメージ『桜』が、平成26年度を始めさせている。
冒頭の言葉は、明治の元勲の一人、渋沢栄一の訓示録『渋沢栄一、巨人の名語録』の一言である。解説に、
「道徳に背くことや義理に欠くことを避け、人の行うべき正しい道を歩むという堅固で変わらない考えの持ち続けるのと同時に、礼儀と恥を知り、弱気を助け強気をくじくという気持ちを併せ持つことといえるだろう。・・・」
東日本大震災の救援物資を、寒い中、整然と順番を待つ日本人の姿には、世界中が感動した、と聞きます。これまた、武士道の良識が、現代の日本人にも確実に人の素養として、脈々と受け継がれていると感じます。
桜の季節に際し、日本人の心「謙譲」という教えを学び、後世へ伝えて行くことがとても大事と思います。社会には、最低限のルールがあります。闘争、論争、討論会等で、意見が交わされますが、良識ある日本人として、桜の下で未来を語れるよう時代を求め、地域を創り出す努力が必要と思いました。
*参考資料:本郷陽二著『渋沢栄一、巨人の名語録」