(桜開花)外にも出よ触るるばかりに春の月~中村汀女~
2009年03月18日
裏庭の桜が、開花しました
(桜開花)外にも出よ触るるばかりに春の月~中村汀女~
高校生の娘が、「家の桜は、開花が遅いな」と昨日言っていたのですが、早朝、娘を学校へ送り、帰宅してみると裏庭の桜に3輪の花びらが開いていました。
「おっ、わが家も春か!」と気分を持つには、やはり日本人感覚でしょうか。裏庭の桜は、家を建てた翌年植えたのですが、だいぶ大きくなりました。
さて、朝からトイレの話ですが、わが家のトイレ図書の一冊「知っておきたいこの一句」(黛まどか編)に、熊本出身の俳人「中村汀女」の春の句がありました。
(以下、本文より転載)
「外(と)にも出よ 触るるばかりに 春の月」
こんなにもすばらしい月が出ているのに、ちょっとも気づかないで家に籠もっているなんて・・・。さあ、外に出ませんか、手を伸ばせば触れそうなところに、みごとな月が上がっていますよ・・・。(中略)
゛外にも出よ゛という弾むような呼びかけが、どれほどの女性を俳句に駆り立てたでしょう。汀女にとって゛外にも出よ゛ことは゛ノラ(野良)になる゛ことではなく、花鳥風月に触れ、女性として生まれたことを謳歌すること、女性のしなやかな詩情を存分に春月に映すことだったのです。
(以上、「知っておきたいこの一句」より)
*中村汀女:明治33年(1900年)~昭和63年(1988年)。昭和9年同人「ホトトギス」に参加し、高浜虚子の指導を受け、昭和22年「風花」を創刊・主宰。文化功労者、日本芸術院賞受賞。
中村貞女は、昭和を代表する女性俳人であり、多くの女性を俳句を通して、芸術文化へ興味を開いた先導者の一人と思います。今、熊本には、中村汀女の足跡を辿る遺跡は少なくなりましたが、後に続く熊本出身の女流俳人が居ることは、やはり汀女の輝きはまだまだ在ると思います。
・桜前線が日本を北上中
熊本の桜も、ちらほらと開花し、週末には桜の名所でもある熊本城が、夜間開放されます。いつもながらの「春の宴」が催されますが、春の月は見えるのでしょうか。滝廉太郎の「荒城の月」も春・桜・月を歌っています。
来週は、私も仲間と一緒に「花見の宴」を開こうかと思っています。くれぐれも、花につられて深酒には、注意したいと思います。中国故事に、「花は半開、ほろ酔い」とあります。全国で心地よき花の宴が開かれることを願います。
みなさんの地域の桜情報でもお知らせ頂けるとありがたいです。
*今日から毎日、わが家の裏庭の桜の開花状況をスナップ写真を掲載します。
<以前の日記>
・(老子)違った考え方を批判し合うから凶を招く
・(日本の首相)国内外から信頼されるリーダーの登壇が待ち遠しい
<公立高校定員割れ>県庁所在地の県立の進学校のクラスを減らす要求が出ないのが不思議でならない。
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<豊かさの条件>いつの時代にも人間社会は共同体的な部分を残さなければ、社会基盤の安定を欠く。
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高宗昭敏先生の活動を振り返る。熊本地球市民塾から「横井小楠と維新群像」建立まで
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Posted by ノグチ(noguchi) at 09:13│Comments(0)
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