究極の借り手保護策、最終的なツケは「納税者」に
2008年05月26日
究極の借り手保護策、最終的なツケは「納税者」に(2000.06.12)
アメリカは、サブプライムローンで足元を揺るがされいますが、バブル後の日本を振り返ると、首相が言うほど磐石な処理ではなかったように思います。
・糸瀬茂の経済コラム(故糸瀬茂のWebより)
http://www.tv-tokyo.co.jp/nms/column/itose/itose0612.html
究極の借り手保護策、最終的なツケは「納税者」に(2000.06.12)
6月7日の日本経済新聞に、「長銀・日債銀からの買い戻し債権-預保機構、放棄可能に」という小さな見出しの記事が載っていた。これぞ究極の借り手保護策であり、広く議論されるべきテーマだ。その意味を説明する前に、まず長銀や日債銀の譲渡における「借り手保護」に関わる特約のポイントを整理しておこう。それは、つぎの2点だ。
1・買収銀行(譲受銀行)は、金融再生委員会の資産判定で「適当」とされた貸出債権を、3年間継続保有する。
2・ 3年以内に、その貸出債権に瑕疵があり20%以上減価した場合には、預金保険機構が、それを簿価で買い戻す。
要するに、長銀の譲渡先となったリップルウッドも、日債銀の譲渡先となったソフトバンク・グループも、長銀や日債銀が抱えている取引先について3年間は融資を継続しなければならない。ただし、その間に不良債権化(20%以上減価)した場合には、預金保険機構が丸ごと買い戻してくれるということだ。
だれが聞いてもこんなに美味しい話はない。八城さんも孫さんも、さぞかしニンマリしたことだろう。こうした「おみやげ」をつけた理由は、当然それによって買い手を見つけやすくすることにあったのだろうが、その根底に流れているのは、「企業倒産はなんとしても避けなければならない。失業者を発生させてはならない」という、日本の金融危機対策を貫いている「哲学」だ。
それをさらに徹底しようとするのが、今回の提案だ。短い記事なので、ある程度類推するしかないが、こういうことだろう。預金保険機構が、20%以上減価した不良債権を長銀や日債銀から買い戻した場合、本来は、それを整理回収機構に回して「回収できるだけの債権を回収する」のだが、そうはせずに、買い戻した債権の一部を「放棄」することによって、借り手の経営破綻を防ごうというものだ。
そもそも、金融再生法の成立により長銀の国有化が決まったとき、「善意かつ健全な借り手」については融資を継続するものの、問題取引先については融資を継続しない、すなわち、「借り手の選別」が行なわれることになっていたはずだ。ところが、国有化後に、その選別がまったく行なわれなかったために、問題取引先に対する貸出債権の劣化が進み、譲渡時点での公的資金投入額が大幅に膨らんでしまった(2行で約7兆円)。
ところが、譲渡に際しても、先の特約を付与することにより、問題取引先は最大3年間のモラトリアムを与えられることになった。これが「最終期限」だと、当の借り手も信じていたにちがいない。それが今回の提案では、最終期限後についても、政府が面倒を見続けるという。
忘れてはならないのは、最終的なツケは「納税者」によって支払われるということだ。まったくもって、「そこまでやるのか」というのが率直な感想だ。
<淘汰されるべき銀行>
このコラムで再三指摘してきたことだが、淘汰されるべき銀行は淘汰されるべきであり、淘汰されるべき企業は淘汰されるべきである。しかし、そのプロセスで弾き出された人については、再出発のための公的支援を極力行なう。
それこそが構造改革の出発点なのだが、金融社会主義から脱し得ない日本では、そうした主張は受け入れられない。
ところで、先の特約の2は、買収銀行が途中で(=3年経過以前に)債権放棄に応じてしまうと効力を失ってしまう。つまり、その後の損失は譲渡先銀行の負担となるわけで、それが、そごうへの6390億円に上る債権放棄案に、新生銀行(旧長銀)がなかなか応じない理由だ。
メーンバンクの興銀は、「(債権放棄に応じずに)法的整理に持ち込むと損失が膨らむ」と主張しているが、債権放棄は一方で巨額損失の先送りとなる可能性もあ(注)。
八城さんには、「勝手に放漫経営を続けた百貨店が潰れても知ったことではない」と、アングロサクソン流を貫いてほしいところだが、見かねた政府が、また新たなおみやげを用意するのではないか。心配だ。
注 債権放棄後の再建計画が「真に合理的で実行可能」なものであれば、債権放棄をすることによって、損失総額が抑えられることになる。しかし、そうでない場合には、債権放棄後の損失は膨らみ、結局は損失の拡大・先送りにしかならない。
アメリカは、サブプライムローンで足元を揺るがされいますが、バブル後の日本を振り返ると、首相が言うほど磐石な処理ではなかったように思います。
・糸瀬茂の経済コラム(故糸瀬茂のWebより)
http://www.tv-tokyo.co.jp/nms/column/itose/itose0612.html
究極の借り手保護策、最終的なツケは「納税者」に(2000.06.12)
6月7日の日本経済新聞に、「長銀・日債銀からの買い戻し債権-預保機構、放棄可能に」という小さな見出しの記事が載っていた。これぞ究極の借り手保護策であり、広く議論されるべきテーマだ。その意味を説明する前に、まず長銀や日債銀の譲渡における「借り手保護」に関わる特約のポイントを整理しておこう。それは、つぎの2点だ。
1・買収銀行(譲受銀行)は、金融再生委員会の資産判定で「適当」とされた貸出債権を、3年間継続保有する。
2・ 3年以内に、その貸出債権に瑕疵があり20%以上減価した場合には、預金保険機構が、それを簿価で買い戻す。
要するに、長銀の譲渡先となったリップルウッドも、日債銀の譲渡先となったソフトバンク・グループも、長銀や日債銀が抱えている取引先について3年間は融資を継続しなければならない。ただし、その間に不良債権化(20%以上減価)した場合には、預金保険機構が丸ごと買い戻してくれるということだ。
だれが聞いてもこんなに美味しい話はない。八城さんも孫さんも、さぞかしニンマリしたことだろう。こうした「おみやげ」をつけた理由は、当然それによって買い手を見つけやすくすることにあったのだろうが、その根底に流れているのは、「企業倒産はなんとしても避けなければならない。失業者を発生させてはならない」という、日本の金融危機対策を貫いている「哲学」だ。
それをさらに徹底しようとするのが、今回の提案だ。短い記事なので、ある程度類推するしかないが、こういうことだろう。預金保険機構が、20%以上減価した不良債権を長銀や日債銀から買い戻した場合、本来は、それを整理回収機構に回して「回収できるだけの債権を回収する」のだが、そうはせずに、買い戻した債権の一部を「放棄」することによって、借り手の経営破綻を防ごうというものだ。
そもそも、金融再生法の成立により長銀の国有化が決まったとき、「善意かつ健全な借り手」については融資を継続するものの、問題取引先については融資を継続しない、すなわち、「借り手の選別」が行なわれることになっていたはずだ。ところが、国有化後に、その選別がまったく行なわれなかったために、問題取引先に対する貸出債権の劣化が進み、譲渡時点での公的資金投入額が大幅に膨らんでしまった(2行で約7兆円)。
ところが、譲渡に際しても、先の特約を付与することにより、問題取引先は最大3年間のモラトリアムを与えられることになった。これが「最終期限」だと、当の借り手も信じていたにちがいない。それが今回の提案では、最終期限後についても、政府が面倒を見続けるという。
忘れてはならないのは、最終的なツケは「納税者」によって支払われるということだ。まったくもって、「そこまでやるのか」というのが率直な感想だ。
<淘汰されるべき銀行>
このコラムで再三指摘してきたことだが、淘汰されるべき銀行は淘汰されるべきであり、淘汰されるべき企業は淘汰されるべきである。しかし、そのプロセスで弾き出された人については、再出発のための公的支援を極力行なう。
それこそが構造改革の出発点なのだが、金融社会主義から脱し得ない日本では、そうした主張は受け入れられない。
ところで、先の特約の2は、買収銀行が途中で(=3年経過以前に)債権放棄に応じてしまうと効力を失ってしまう。つまり、その後の損失は譲渡先銀行の負担となるわけで、それが、そごうへの6390億円に上る債権放棄案に、新生銀行(旧長銀)がなかなか応じない理由だ。
メーンバンクの興銀は、「(債権放棄に応じずに)法的整理に持ち込むと損失が膨らむ」と主張しているが、債権放棄は一方で巨額損失の先送りとなる可能性もあ(注)。
八城さんには、「勝手に放漫経営を続けた百貨店が潰れても知ったことではない」と、アングロサクソン流を貫いてほしいところだが、見かねた政府が、また新たなおみやげを用意するのではないか。心配だ。
注 債権放棄後の再建計画が「真に合理的で実行可能」なものであれば、債権放棄をすることによって、損失総額が抑えられることになる。しかし、そうでない場合には、債権放棄後の損失は膨らみ、結局は損失の拡大・先送りにしかならない。