<遊び上手>飽かないから遊びなのであって、飽くのは単なるヒマ(暇)つぶしである。〜田辺聖子著『ダンスと空想』〜
数日前から、春の草刈りを始めた。昨年に、父の使用済みの仮払い機の丸型の刃を加工しては使ってきたが、ついにヒビが入った。1日半ほど、"このヒビの入った刃を使うには?"と思案して、昨日加工した形が、写真のような変形手裏剣型に変わった。ここ4年で初めての形です。
刃は、両面使いにするようにしていて、
草刈り用は、切り込みが大きく。
小さな竹も切るのは、切り込みが短く。
この使用済みの仮払い機の丸型の刃の加工は、私のある意味"遊び"の部類に入っています。
市販の丸型の刃は、安いのは700円ほどから、高くなると3000円近くするものもある。
田畑の草は、一年中続く作業。中山間地の我が家の草刈り作業では、困るのが草陰に石や岩がたくさん在り、下手な私の草刈り作業では、よくぶつけて市販の丸型の刃先を飛ばして、すぐに切れなくなってしまっていました。年に、4〜6枚も羽先が無くなり使えないことありました。
そこで始めたのが、使用済みの刃の加工です。試行錯誤、これが面白いのです。
丸型の刃も、いろいろなデザインがある。軽量化するのに、小さな穴がたくさんあるもの、大きく三日月型に穴を開けたもの。父が使用して羽先の無くなったものを加工する。
今朝の読書で読んだ作家の田辺聖子さんの"遊びは飽きない"から、昨日の加工作業を思い出し、この言葉に賛同した!
以下が、その文です。
(以下、田辺聖子著『苦味を少々』より)
「私は遊び下手ですなあ、飽かんように遊べたら、ええのやけど」
私にいわせれば、飽かないから遊びなのであって、飽くのは、単なるヒマつぶしである。
〜『ダンスと空想』〜
(以上、本より転載)
>飽くのは、単なるヒマつぶしである。
私は、友人たちがよくやっている魚釣り等には、ほとんど興味が湧かないが、ものづくり、建築模型、さらに実際の建築設計から建設に至る行程は、何度やっても飽きることがない。たぶん、同じものが無いからだろうと思っています。
仕事が趣味という人がいます。たぶん、その仕事は、日々同じことがなく、変化や新たな工夫が必要だから面白い、だから飽きることがない。
遊びも同じで、プラモデルような既存の製品ではなく、実際に屋根に庇を取り付ける作業が飽かないのは、工夫が必要だからだと思います。だから続けることができる。
建築の仕事は、私にとっては遊びの工夫に似たような感覚を持っています。
これからの後半生を、遊びの感覚を持って生きていけたらいいなぁ、と田辺聖子さんの文を読み朝から考えました。
>遊び上手
これからの人生のテーマかもしれません。
加工前
加工後