<コロナ禍、毎日を大切に生きる>「春の夜の 夢ばかりたる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ」〜周防内侍〜
老後に学ぶ百人一首から、
春は眠たいと「春眠暁を覚えず」の朝寝したい気分ですが、今朝の句は逆で、春に夜更かしして語り続ける女性が詠んだ歌です。
作家の田辺聖子編著『田辺聖子の小倉百人一首』67番、周防内侍の歌にまつわる本の解説がなかなか面白い。
(以下、本より転載)
二月(陰暦では春である)の月の明るい夜だった。関白教通(のりみち)の邸で、女房たちが集まって、一夜中、語り明かしたとき、周防内侍がふと横になろうとして、
「枕がほしいわね」
とそっとつぶやいたところ、それを聞いた大納言忠家が、
「どうぞ。これを枕に」
と御簾(みす)の下から自分の腕をさし入れた。ずいぶん思いきった、きわどいオトナの応酬である。
そこで周防内侍は、
「あら、いやだわ」
という感じで、この歌をよんで返した。
ーーこの歌が、冒頭の周防内侍の歌です。直訳するとーー
「春のみじか夜の
夢のような はかないおたわむれ
あなたの手枕を借りたりしたら
つまんない浮名が
ぱっと立ってしまいますわ
冗談じゃないわ
いやァねぇ」
この歌は、「かひな」に二つの意味がかかっていて、<甲斐な>く、という言葉に、腕の"かいな"を透かせてある。
しらべが流麗で、言葉が美しく、しかも"男をへこませて喜んでいる"という、いかつい感じではなく、<フフフ・・・>という含み笑い、男の大胆な挑発や、ギリギリの冗談を弾んだ気持ちで受け止め、娯(たの)しみつつ拒む、そんな女の花やがが出ていていい。
後世の江戸時代の女では、こうはいかない。
(以上、『田辺聖子の小倉百人一首』より)
この本は、田辺聖子の解説が、愉快なことと、作家として、歌の読まれた場面に注目しているのが、面白いのです。つい、笑いもでます。
現代のコロナ禍、百人一首の時代とは違いますが、当時の移動は、ほとんどが徒歩で、行動範囲も狭く、ほとんどがステイホームの生活だったことと思います。
ちょっとした冗談や、ウィットの効いた言動を楽しんだのが、公家社会だったのだのかもしれません。ほんと、古き良き時代でしたが、人生は短く40年とも、50年とも・・・、短いからこそ、中身の濃い時間を過ごそうと、夜な夜な語り続ける場面が、あったのではと想像します。
コロナ禍中の今、ほんと毎日を大切に、充実させて生きなければと思います。