<人生は出会いと生き様>日本人が大切にしてきた「権威」とか「格式」とか、みなさんはどう思われますか?
<人生は出会いと生き様>日本人が大切にしてきた「権威」とか「格式」とか、みなさんはどう思われますか?
私は、一般平民の家系です。学歴もなく、人の支えもなく、どこかの権威につながりもなく、大会社に所属もせず、地方の個人事業主です。
私は、38歳から仲間づくりを始め、少しづつ縁が広がってきました。人間の価値は、どの時点で、誰が判断するのでしょうか?
私が尊敬する熊本の偉人と思っている故永野光哉氏が、「人の価値(評価)は、棺桶のふたが閉まってから」と語られていました。
と、これを盛り返すと、権威とか、格式とか、名家とか、は関係なく、その人の生き様そのものであるように、教えられた気がします。
死んだら権威も格式も名家もありません。その人の生きた歴史、人との関わり、実績も問われます。
>人の価値(評価)は、棺桶のふたが閉まってから
奢れるものは久しからず、権威に擦り寄る人生は、擦り寄るものがなくなれば、個人の存在そのものが問われます。
夫婦、家族、親族、地域、友人、知人、職場、趣味、社会活動、等々、人とご縁、偶然の同席、も含め出会いをこれからも大切にしていきます。
この歳になれば、見栄(地域、権威、格式)は必要ありません。素敵な人間に出会いたいですね。
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