人間が生きて存在とは何なのか~哲学は驚きから~

ノグチ(noguchi)

2009年05月25日 08:12

人間が生きて存在とは何なのか~哲学は驚きから~

 昨日は、何処にも出かけず、家で本を読みました。読みかけの石原慎太郎著「法華経を生きる」を読み上げようと思い、昼食後、珈琲をドリップして、夕方までベランダで、犬と一緒に静かな時間を持ちました。

 実は、親戚の一人が大きな病にかかり、親戚一同が重い気分になり、色々なことを語っています。昨日も数名が病院へ見舞いに行ったり、身内のところへ寄ったりと、その状況を受け入れようとする、語り合いの日だったように思います。
 見舞い後、病人の状況を聞き、同席したものは悲しい気分をが持つのですが、とにかくその状況を受け入れ、闘病をみんなで支えようという語り合いが、家族の中で持たれました。

 石原慎太郎氏は、学生時代に父が急死、弟(石原裕次郎)も若くして亡くされました。身内の死というものから、毎朝、仏壇の前で「法華経」を数行づつ読む週間を、父が亡くなったころから続けているとありました。
 何か、今回の親戚の病気を受け入れるために、先週から読んでいたような気がしてならなくなり、昨日200ページ近くを一気に読み上げました。
 宗教は、一種の哲学を教示したものと私は理解しているのですが、石原氏も同様の考えを持たれていました。本文からいくつか抜粋します。


(本文)
 そしてギリシャの哲学者たちは等しく、人間のこうした自らへの哲学的な疑問と問いかけの動機『驚き』だといっています。
 プラトンは、
「その驚きの感情こそが哲学の、哲学者のパトスなのだ。哲学はこの感情から始まるのだ」
といい、アリストテレスは、
「とにかく人間は今も昔も、驚きによってこそ哲学し始めるのだ」
といっている。これらの、まさに先哲たちの言葉には私たちも心から共感できます。(中略)

(注)パトス:ギリシア語で、「欲情・怒り・恐怖・喜び・憎しみ・哀(かな)しみなどの快楽や苦痛を伴う一時的な感情状態」という意味。


(本文)
 はたから眺めればもっと他にましな相手もいようにとは思えても、愛し合うようになった二人にとって、かぜこの相手がこんな風に自分の心を捉えてしまったのかは当人たちにもよくわからない。がしかし、相手はもう自分にとって他の誰よりも、他の何事よりも大切な、というより欠かすことの出来ぬ『存在』になってしまっているというような心の動き、とでも理解すればいい。(中略)


(本文)
 ・・、日常大方の人間は雑事に追われるままただ漫然と生きているが、病気をしたり、何が思いがけなくも不本意極まりない出来事に遭遇したりしないと、自分とはいったい何なんだ、生きているということ、人生とは何なんだなどと考えたりはしません。(中略)
 こうした心の動きというものは、やはり人間独特のもので、他の動物が同じようにいろいろなものに囲まれた生活環境について、そんな風に思ったり感じたりすることはない。つまり哲学するのは人間だけだということです。(中略)


(本文)
 つまり、人類はざっと紀元前3万5千年前ほどのころから、既に確立されたいた習慣として死者を埋葬する儀式を行っていたそうな。
 誕生、そして生を送り、やがての死という存在の循環に気づいた瞬間から、人間は『存在』と『時間』を主題とする哲学の呪縛を受け、それを勤(いそ)しむ哲学者の素養を(誰もが)与えられたといえるのでしょう。(中略)
 

 人生について考えるのが「哲学」と、私は理解しているのですが、何かの衝撃的な出来事(驚き)から、哲学し始めると本文にもあるように、哲学者だけが哲学をするのでなく、一般の人もごく普通に、日々人生を考える「哲学者」だと思います。

 生きていることは、存在るすこと。

 生命の連鎖(家族の系譜)の中で、自分がどう存在するかを納得することこそが人生なのかもしれません。

 今日は、少々高尚な話になりましたが、人生はたのしく生きることと思っています。そして哲学は、自分が生きるために考えつづける時間なもかもしれません。

*参考資料:石原慎太郎著「法華経を生きる」~人間が生きて在る、ということはそも何なのか~


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