2007年09月17日

恩人の期待するような人間になれ(勝海舟の人生訓)

恩人の期待するような人間になれ(勝海舟の人生訓)

 旧盆のお休みは、どこでお過ごしでしょうか?
 渋滞、大事故、水難等々、国内では色々悲しい出来事が起き、心痛む思いをしています。我が家は、昔から帰郷する側にあり、今日は3ヶ月ぶりに娘が5月連休以来、大学の試験も終えて返ってきます。家内と下の娘は、宮崎に迎に行き、変える途中で、霧島の姉の祖母の初盆で墓参してきます。

 さて、昨日まで本業の設計の調査と打合せで、過密なスケジュールでしたが、朝は犬の散歩で起こされ、昼まで何をしようかと買い込んでいた本をアサっていて、「勝海舟の人生訓」なるものを開き読んでいて、3時間ほどで読み上げてしましいました。
 いやーっ、勝海舟の生き方に感服しました。1985年の初版で、著者は童門冬二氏のせいか、一気に210ページを読み上げました。その海舟の生き方を表わしたことばが、

「恩人の期待するような人間になれ」

世の中の人は、盆暮れにお世話になった方にと、贈り物をしたり、挨拶に行くのが常識ですが、意外とうっとうしく思っている人もいると聞きます。その点、海舟の生き方は、盆暮れのご挨拶はせず、お世話(指導)した方が周りに自慢したくなる活躍・躍進をすることだったようです。「恩は、社会へ返す」の姿勢がとてもすばらしいと感じました。
 勝海舟の若い時期、厳しい生活と勉強振りは、逸話がいくつも有りますが、生涯変らない探究心を周りの知識人が支援をして行きます。自分を高め続ける姿勢が、良き支援者を増やして行ったことを知りました。

 当時の世情は、志士たちが大活躍した時代ですが、今の時代も志士たちの登場が必要な気がしています。この本が書かれたのは、1985年日本が元気に成り、バブルの狂乱に向っているころでした。それからバブルを経験し、失われた10(15)年を経て、規制緩和の掛け声で、景気は回復していますが、格差の問題から「不安」の心を持ち続けることになっています。
 国政は、内閣人事論争で明け暮れ、本質の議論は無いままに月日が過ぎています。こんな時、「西郷隆盛や高杉晋作が、居たらなー」と、英雄待望論がちらほら聞えたりします。本の中に、次の一節がありました。

「人材は今でもどこにでもいる」
~今、西郷いたらとか言うのは、責任のがれの口実だ~

 明治も中期になり、勝海舟の周りから「こんな時、西郷さんが生きていたらこんなことはしないだろう」とか、「坂本さんや高杉さんが生きていたらもっと社会はよくなるだろう」とか話が出たときに、勝海舟は、
「世間では、時々西郷がいたらとか、大久保がいたらとか言うものがいるが、それは自分の責任を免れるための口実だ。・・」
さらに、勝の人生態度は常に、次のことを守っていたと童門氏は書いています。
「今の現状からスタートする。つまり、結果からスタートする。人が居ないのではなく、人を見る目がないのだ。」
なかなか、手厳しい言葉ですが、現代の政治家たちに聞かせたい言葉と思います。

 本の最後に、「職責を越える仕事をやってみろ」とまとめられていました。
 勝は、剣術を極め、次に師のすすめから蘭学を学び、それをベースに大砲の設計製作、そして海軍の創設、更に大政奉還の受諾、江戸無血開城と、自分の職責を遥かに越えた仕事をして行きました。
 でも、勝の考えは、まずは「スペシャリスト」であり、初めからゼネラリストでは有りませんでした。一つの職能で秀でる者になり、「私はこれで稼いでいます」と言えるものを持つことが必要。それに加えた仕事を加味して行くと色々な道が拓ける生き方を実践しました。

 現代は、情報の洪水状態ですが、なんでも手を出して一つも物にできないように翻弄されている人良く見ます。慌しい時代だからこそ、その道で本物を目指し、それから更に上を目指して行くことが、時間はかかりますが確実になる気がします。急がず、地道な努力を積み、来るチャンスで仕事を「請ける気構え」を持ちたいと勝海舟の人生訓を読み考えました。
 お盆の初日の朝は、読書で終わりました。勝先生の自戒に、家族を含め、まず大事なのは足元が大事とありました。午後から、友人の父の初盆のお参りに行こうかと思っています。

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・『菜根譚』(さいこんたん)
第三十話 とらわれない心で  
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・論語の言葉
「学べば独善、頑固でなくなる」
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