2008年10月08日
<人生訓> この世に客に来たと思え(伊達政宗)
<人生訓> この世に客に来たと思え(伊達政宗)
仁に過れば弱くなる。義に過れば固くなる。礼に過れば諂いとなる。地に過れば嘘をつく。信に過れば損をする。
気ながく心穏やかにしてよろずに倹約を用い金を備うべし。倹約の仕方は不自由を忍ぶにあり、この世に客に来たと思えば何の苦もなし、朝夕の食事は、うまからずとも誉めて食うべし。元来、客の身なれば好き嫌いは申されまい。
今日の行くをおくり、子孫兄弟によく挨拶して、娑婆のお暇(いとま)申するがよし。
(解 説)
伊達政宗は自分を主人公と考えずに、この世に客に来た、相手のご好意に甘えてきました、と考えるという。客に行って、この飯まずくて食えぬとお膳をひっくり返す馬鹿はいない。ありがたく頂戴しますとなる。これはお客に行った時に常識である。とすれば、相手から七分目ぐらいの評価もありがたく頂ける。そのぐらいの気持ちでこの世に処していけば、不平もなく、心安泰に暮らすことができる、つまり人の世が案外すみやすくなる。不満を持って愚痴を言っている人生と、感謝の喜びを常とする人生とでは、味わいまでも変わってくるだろう。
(感 想)
この世に客に来た。・・・至言と思える言葉です。
ここには、感謝の気持ちを持つ事が大事という教えがあるように思います。我が、我がとしゃしゃり出るより、その状況にあわせ、関わる人々が少しでも喜びと、安堵感を持つような気配りがあれば、事を終えた時の感想は相当違ったものになると思います。
10月11日に、熊本県人吉市で、縁のあった市長に集まって頂き、これからの持続可能な農業について議論をしてもらいます。超多忙の首長に集まって、シンポジウムを出来ること自体に感謝をしなければいけないと思います。
*参考資料:谷沢永一編「名言の智恵 人生の智恵」
<以前の人生訓>
人の一生は、重き荷を背負うて (徳川家康)
http://utorongo.otemo-yan.net/e112768.html
仁に過れば弱くなる。義に過れば固くなる。礼に過れば諂いとなる。地に過れば嘘をつく。信に過れば損をする。
気ながく心穏やかにしてよろずに倹約を用い金を備うべし。倹約の仕方は不自由を忍ぶにあり、この世に客に来たと思えば何の苦もなし、朝夕の食事は、うまからずとも誉めて食うべし。元来、客の身なれば好き嫌いは申されまい。
今日の行くをおくり、子孫兄弟によく挨拶して、娑婆のお暇(いとま)申するがよし。
(解 説)
伊達政宗は自分を主人公と考えずに、この世に客に来た、相手のご好意に甘えてきました、と考えるという。客に行って、この飯まずくて食えぬとお膳をひっくり返す馬鹿はいない。ありがたく頂戴しますとなる。これはお客に行った時に常識である。とすれば、相手から七分目ぐらいの評価もありがたく頂ける。そのぐらいの気持ちでこの世に処していけば、不平もなく、心安泰に暮らすことができる、つまり人の世が案外すみやすくなる。不満を持って愚痴を言っている人生と、感謝の喜びを常とする人生とでは、味わいまでも変わってくるだろう。
(感 想)
この世に客に来た。・・・至言と思える言葉です。
ここには、感謝の気持ちを持つ事が大事という教えがあるように思います。我が、我がとしゃしゃり出るより、その状況にあわせ、関わる人々が少しでも喜びと、安堵感を持つような気配りがあれば、事を終えた時の感想は相当違ったものになると思います。
10月11日に、熊本県人吉市で、縁のあった市長に集まって頂き、これからの持続可能な農業について議論をしてもらいます。超多忙の首長に集まって、シンポジウムを出来ること自体に感謝をしなければいけないと思います。
*参考資料:谷沢永一編「名言の智恵 人生の智恵」
<以前の人生訓>
人の一生は、重き荷を背負うて (徳川家康)
http://utorongo.otemo-yan.net/e112768.html
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