(司馬遼太郎)「日本のリーダーの条件」を読んで(長文)
2008年08月23日
(司馬遼太郎)「日本のリーダーの条件」を読んで(長文)
~日本のリーダーは、多様性と足るを知る理念が必要(司馬遼太郎)~
お盆に里帰りした妻の実家で、文藝春秋8月号を時間潰しに読んでいて、司馬遼太郎氏の著書の中から浮かび上がらせた「リーダーの条件」を付いて、司馬氏との生前近しく意見を交わした5名に識者が対談し、その内容が掲載されていた。
最後の部分に「理想のリーダーとは」とテーマで、5氏がそれぞれ司馬氏の著書を基に意見交わしていた。中で興味を引いた司馬氏の日本のリーダー像の例えがおもしろい。
演出家の吉田直哉氏と、国際公共政策センター理事長の田中直毅氏の意見から、
・多様性という財産
(本文より)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あのな、親戚が法事なんかで集まるやろう。みんなそれぞれ親しいし、愛しいけれども、それぞれに欠陥もあるわな。それと同じで、理想的なリーダーというものは本等に選びにくい。親戚の中から誰がいいとか、選ぶのは無理だよ」(司馬氏の言葉)
吉田 現在の日本はほとんど画一化、平準化されています。このような状況からは、リーダーは生まれにくいのかもしれません。
「良きリーダーは、全き能力主義からしか生まれない」(司馬氏の言葉)
ですから軍閥とか学閥とか、しがみついていれば芋蔓式に引き上げられるようなものを嫌っていましたね。その能力主義の基盤をつくるものとになるのは教育でしょう。
田中 ・・・(江戸期)三百の地域それぞれに学校があり、それそれに地域経済をどうやって盛り上げるのかを考える人がいた。これが日本という国の多様性を育てたんですね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
幕末から明治にかけて、きら星の如く、それぞれの分野で活躍するリーダーが、湧き出るように登場します。それも時代の流れに合わせて、開国直前、開国後、幕府と公家との権力闘争、諸外国の介入、薩長同盟、江戸開城、明治維新、さらに憲法発布までに様々な分野にリーダーが登場してきます。
この多様性こそが、明治の奇跡とも言える発展を支えたと思います。
司馬氏のリーダー論の例え話が、一つあります。『竜馬が行く』の中に出てくる、土佐の志士、後藤象二郎を評して司馬氏が語っています。
・時勢に合わせたリーダーの登場
(本文より)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「(後藤は)頭が粗大で細密な計画性にとぼしいから治世の能吏とはいえないであろう。
乱世にはいい。物事を大ざっぱにつかみ、果断な行動力があり、度胸がある。人を人臭いろも思わない」(司馬氏の言葉)
つまり、時代によって必要とされるリーダー像は異なってくるということです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
司馬氏は、晩年に「そろそろ踏み出しますか」という言葉を口にしていたそうです。
要するにグローバルな視点を持つことが必要で、今のように日本社会だけでやって行くと、必ずどこかで行き詰まることを強調したことばと、本文に何度も出ていました。
末尾に、昭和史研究家の半藤一利氏と、演出家の吉田直哉氏の言葉は、
・グローバル社会へ踏み出す、日本の基準つくり
(本文より)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
吉田 ・・・いまの日本人には幕末、維新の人々がまなじりを決して国を開いて世界に出て行ったような覚悟はなく、いまだ藩のなかに固まっていたいという意識が強いのじゃないでしょうか。
半藤 ・・・お亡くなりになるちょうど一年前です。そのとき司馬さんはこう言った。
「これからの日本を何とかするためには、国民の80パーセントが合意できることを日本人みんなで決めて、それをみんなして守っていくことにしたらどうだろうか」
私が、「そんな80パーセントまで合意できるようなことってありませんよ」といったら、(司馬氏は)「いや、一つだけある。自然をこれ以上壊さないことだ。これだけは合意しようと言えば、日本人は合意するんじゃないか」と。つまり、自然を守ることで、日本人はおのずから足るを知る精神を学ぶ。(中略)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
司馬氏は、国民の80パーセントが合意できることを決めて、そこをベースして世界へ門戸を開くことが必要と、私は勝手に理解をしたいと思います。(笑い)
30ページ近い対談記事ですが、維新の志士たちの司馬氏の史論(私論)もまとめてあり、読み応えのあるものでした。手にする事が可能であれば、ぜひお読み頂きたれば幸いです。
今日は、土曜日で仕事は休みなのですが、午後から地元の夏祭り「宇土地蔵祭り」のサッカー大会のコート作りに出かけます。この準備は、地域のサッカー協会の有志がボランチィアでいつもやっています。
また、昨日の400mリレーの日本の4人のヒーローたちを見て、更に世界記録保持者のボルト率いるジャマイカチームを比較して、成熟した社会でのリーダーの役割と、途上国のヒーロー(リーダー)の存在には、違いがあるように感じます。
日本は、第三の開国と言われる現在、司馬氏の言う、変化多き時代に合わせた多様な人材を生み出す基盤を作るには、教育の充実が必要な気がします。
地方の名もなき地域のリーダーたちのボランチィア精神(志)こそが、日本を元気にする源かもしれません。
最後まで、お読み頂き感謝致します。
<関連の日記>
(急ぐ時にはゆとりをもつ)今日に必要な「理想人間像」、他
>後藤新平の有名な「自治三訣」(人のおせわにならぬやう 人の御世話をするやう そしてむくいをもとめぬやう)
<以前の日記>
・(80年ぶり快挙)陸上競技で銅メダル、すばらしいですね。
~日本のリーダーは、多様性と足るを知る理念が必要(司馬遼太郎)~
お盆に里帰りした妻の実家で、文藝春秋8月号を時間潰しに読んでいて、司馬遼太郎氏の著書の中から浮かび上がらせた「リーダーの条件」を付いて、司馬氏との生前近しく意見を交わした5名に識者が対談し、その内容が掲載されていた。
最後の部分に「理想のリーダーとは」とテーマで、5氏がそれぞれ司馬氏の著書を基に意見交わしていた。中で興味を引いた司馬氏の日本のリーダー像の例えがおもしろい。
演出家の吉田直哉氏と、国際公共政策センター理事長の田中直毅氏の意見から、
・多様性という財産
(本文より)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あのな、親戚が法事なんかで集まるやろう。みんなそれぞれ親しいし、愛しいけれども、それぞれに欠陥もあるわな。それと同じで、理想的なリーダーというものは本等に選びにくい。親戚の中から誰がいいとか、選ぶのは無理だよ」(司馬氏の言葉)
吉田 現在の日本はほとんど画一化、平準化されています。このような状況からは、リーダーは生まれにくいのかもしれません。
「良きリーダーは、全き能力主義からしか生まれない」(司馬氏の言葉)
ですから軍閥とか学閥とか、しがみついていれば芋蔓式に引き上げられるようなものを嫌っていましたね。その能力主義の基盤をつくるものとになるのは教育でしょう。
田中 ・・・(江戸期)三百の地域それぞれに学校があり、それそれに地域経済をどうやって盛り上げるのかを考える人がいた。これが日本という国の多様性を育てたんですね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
幕末から明治にかけて、きら星の如く、それぞれの分野で活躍するリーダーが、湧き出るように登場します。それも時代の流れに合わせて、開国直前、開国後、幕府と公家との権力闘争、諸外国の介入、薩長同盟、江戸開城、明治維新、さらに憲法発布までに様々な分野にリーダーが登場してきます。
この多様性こそが、明治の奇跡とも言える発展を支えたと思います。
司馬氏のリーダー論の例え話が、一つあります。『竜馬が行く』の中に出てくる、土佐の志士、後藤象二郎を評して司馬氏が語っています。
・時勢に合わせたリーダーの登場
(本文より)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「(後藤は)頭が粗大で細密な計画性にとぼしいから治世の能吏とはいえないであろう。
乱世にはいい。物事を大ざっぱにつかみ、果断な行動力があり、度胸がある。人を人臭いろも思わない」(司馬氏の言葉)
つまり、時代によって必要とされるリーダー像は異なってくるということです。
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司馬氏は、晩年に「そろそろ踏み出しますか」という言葉を口にしていたそうです。
要するにグローバルな視点を持つことが必要で、今のように日本社会だけでやって行くと、必ずどこかで行き詰まることを強調したことばと、本文に何度も出ていました。
末尾に、昭和史研究家の半藤一利氏と、演出家の吉田直哉氏の言葉は、
・グローバル社会へ踏み出す、日本の基準つくり
(本文より)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
吉田 ・・・いまの日本人には幕末、維新の人々がまなじりを決して国を開いて世界に出て行ったような覚悟はなく、いまだ藩のなかに固まっていたいという意識が強いのじゃないでしょうか。
半藤 ・・・お亡くなりになるちょうど一年前です。そのとき司馬さんはこう言った。
「これからの日本を何とかするためには、国民の80パーセントが合意できることを日本人みんなで決めて、それをみんなして守っていくことにしたらどうだろうか」
私が、「そんな80パーセントまで合意できるようなことってありませんよ」といったら、(司馬氏は)「いや、一つだけある。自然をこれ以上壊さないことだ。これだけは合意しようと言えば、日本人は合意するんじゃないか」と。つまり、自然を守ることで、日本人はおのずから足るを知る精神を学ぶ。(中略)
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司馬氏は、国民の80パーセントが合意できることを決めて、そこをベースして世界へ門戸を開くことが必要と、私は勝手に理解をしたいと思います。(笑い)
30ページ近い対談記事ですが、維新の志士たちの司馬氏の史論(私論)もまとめてあり、読み応えのあるものでした。手にする事が可能であれば、ぜひお読み頂きたれば幸いです。
今日は、土曜日で仕事は休みなのですが、午後から地元の夏祭り「宇土地蔵祭り」のサッカー大会のコート作りに出かけます。この準備は、地域のサッカー協会の有志がボランチィアでいつもやっています。
また、昨日の400mリレーの日本の4人のヒーローたちを見て、更に世界記録保持者のボルト率いるジャマイカチームを比較して、成熟した社会でのリーダーの役割と、途上国のヒーロー(リーダー)の存在には、違いがあるように感じます。
日本は、第三の開国と言われる現在、司馬氏の言う、変化多き時代に合わせた多様な人材を生み出す基盤を作るには、教育の充実が必要な気がします。
地方の名もなき地域のリーダーたちのボランチィア精神(志)こそが、日本を元気にする源かもしれません。
最後まで、お読み頂き感謝致します。
<関連の日記>
(急ぐ時にはゆとりをもつ)今日に必要な「理想人間像」、他
>後藤新平の有名な「自治三訣」(人のおせわにならぬやう 人の御世話をするやう そしてむくいをもとめぬやう)
<以前の日記>
・(80年ぶり快挙)陸上競技で銅メダル、すばらしいですね。
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